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深夜バス  作者: merry
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02:00

 気が付くと、辺りは夜の帳が降りており、ああ、戻ってきたんだな、という思いが浮かぶ。つい先ほどまで、あのような体験をしたとは思えない、それこそ夢だったかのようだ。


「到着っと。いかがでしたが?今回の旅は。」

「正直にいうと、まだ信じられないって思いがありますね。普通じゃ有り得ないことだと思いますから。」

「まあ最初は皆さん、そんな感じですよ。それで、続けて何処か行きますか?それともこれでお仕舞いにします?」


 そうか、これで終わるかどうかは客である俺次第というわけか。ある程度の時間は掛かるが、元の場所に戻ってくることも出来たし、折角の貴重な体験をすぐ終わらせるには惜しいと思う。

 だが、それとは別に聞いておかなければならないこともある。


「質問なんですが、さっき行った場所は現実なんですか?それとも夢とか催眠の類いなんですかね?」

「先程の場所はキチンと存在してますよ。ただ、お客さんの要望次第では、架空の空間を作り出すこともありますがね。」

「作り出すって、運転手さん何者なんですか?それともこのバスの能力?どっちにしろまともではないですよね。」


 俺は一気に得体の知れない物を相手しているような気分になり、思わず警戒心を(あらわ)にしてしまう。


「まあ、そう警戒なさんな。私は氏がない運転手ですとも。あの空間を走るのはバスの力ですんで、私自身は大したものじゃありませんよ。」


 そう軽く微笑んでいる様子は、先程までなら楽しそうに見えるだけなのだろうが、今はニヤリと笑って腹のなかに何か渦巻いているのでは?と勘ぐってしまった。別段変化は無かった筈なのに、人間の疑心暗鬼、先入観とは恐ろしいものである。


「ひとまず、先程の料金は払っておきます。」

「おや、全部終わった後でも結構なんですがねえ。」


 何かあった後では取り返しが付かなくなると思い、これで結構な金額を取られたら、さっさと帰ろうと決意する。何せ時空を超えた何処かへ行ったのだ、幾ら請求されても不思議ではない。


「それじゃあ100円になります。」

「・・・・・・・・・・・・は?」


 聞き間違いだろうか?そんな安いわけはないと思うが、運転手はさも当たり前のように繰り返す。


「ですから100円です。いいですねぇ。移動先でもそうですが、この料金を聞いたときの、お客さんの表情も同じくらい私は楽しんでますよ。」


 どうやら本気で100円のようだ。最初に聞いた数百円からという金額は本当だったのだ。それならば話通り、100箇所にでもいかない限り、財布に心配は要らないだろう。


「それじゃあ折角だし、次の場所をお願いしますか。」

「へい、次はどちらまで?」


 会話しながら運転手の手に100円を握らせ、次の行き先を思案する。


「過去にいく場合って、過去に跳ぶんですか?それとも過去っぽい所を作るんですか?」

「具体的に過去の何処どこに行きたいと言われれば、実際の過去へ行きます。逆に、江戸時代のようなといった抽象的な物ですと、作ったり、現存するイメージの近い場所で済ませたりですな。」


 実際に時間軸を越える場合は、キチンと指定しないと行けないわけか。


「ちなみに、身に危険が及ぶような所へ行ったとして、そこでの体験は体に影響を与えたりします?」

「過去や現実の場所ならば、そのまま影響を受けるだろうね。作った空間であれば、体には問題ない。但し、恐怖や快楽はそのまま心が感じとるから、トラウマになるような酷いことがあった場合は、何らかの後遺症が出るかもね。ま、それを望んだのはお客さん自身なんだから、そこは自己責任ってことで。」


 なるほど、つまり実際の過去へ行った場合、某世紀末的な場所であったならば、身の保証は全くなし。そこを作ったならば、死ぬほど怖い体験をしたって感じと言うわけだ。


「それじゃあ、まずは様子見ということで、昭和にでも行って貰おうかな。」

「昭和といっても色んな時期がありますよ。戦時中、戦後、高度成長期とか様々な事があった、ある意味で日本が一番慌ただしかった時期さ。」


 そうか、近しい過去という事で何気なく口にした言葉であったが、これは少々短慮だったかもしれない。


「であれば、昭和全部をざざっと眺めていく感じでお願いできますか?」

「いいですよ。それなら空間を作るほうがいいか。」


 運転手がつぶやくと、バスが白光に包まれ、ぐにゃりと周囲が捻じ曲がる。そうしてまた、果てしない白とスナップの世界へと移行する。


「あ、そうだ。俺オカルトとか好きなんですけど、そんな感じの遊び心も取り入れてくれますか?」

「ほう、それは変わった要望だ。面白そうだね、それらしいものを見繕っておくよ。」


 そうして俺は改めて、この奇妙なバスツアーを続ける。最初は勘違いをし、次は恐れたが、今は多少の高揚感を持って臨む。この先に何があるのか、待ち遠しくて仕方が無いかのように、車窓から期待を飛ばしていた。

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