例のイケメンだ……
「わかってます」
矢田の顔を正面から見据えて、黒須は言った。
「元からそのつもりでした。退治します」
「できるの? 陣衛門」
腕を組みながら様子を見ていたさくらが、静かに真面目に問いかける。
「父さんや母さんのように、やればできんだろ」
苦笑して。悲しそうに苦笑して。無理して苦笑して。
「ずっと、どこかで覚悟してたんだ。潮時だよ」
「そうか。あんたがいいなら、いいけど」
「話は決まりましたね」
矢田は敢えてビジネスライクな口調でてきぱきと言う。
「じゃあ、こちらの調査結果をお教えしましょう。黒須蒼衛門は今『虎岩組』の頭をしています」
「あら。古巣に戻ったのか」
さくらが皮憎げに言う。
「古巣?」
「いいから、先に情報を続けてくれ」
黒須の促しに、矢田は脱線していた話を戻した。
「本日、虎岩組屋敷内に組の人間や関係者でない人間の出入りが二名確認されている。近隣の妖怪にね。両方、両手両足テープでぐるぐる巻きにされて、いかにもさらわれて来た風だったらしい」
「二人?」
「一人は、楽ランの男子高校生。もう一人は、ふくよかな女子高生」
「まどろっこしい。つまり、千倉は虎岩組にさらわれてるんだな?」
さくらの言葉に、矢田は頷く。
「簡潔に申し上げればそういう事ですね。蒼衛門もそこにいますよ」
「当然だろうな。食べちゃわないで人質をとるだなんて、珍しいけど」
「ちょっと待て。楽ランの男子高校生ってイケメン? 切れ長の目の」
「え? えー? そっちに食いつくと思わなかったな」
黒須の問いかけに、矢田は頭をかいて、慌てて一度閉じた資料をぱらぱらとめくる。
「あ。そうそう。まるでその特徴。体型はわりと細身」
黒須は突然ポケットから携帯電話を取り出す。コール数回で相手は出た。相手の声も聞かず、黒須は話し出した。
「もしもし? 龍川か? お前の探し人の場所が分かった」
「分かった!? どこに?」
「虎岩組って言う……」
言いかけるのと、受話器の向こうで苛立たしげな舌打ちが聞こえるのは同時だった。
「屋敷にいるのか?」
「屋敷にいるそうだ」
「そう。分かった。助かった、ありがとう」
「待て。切るな。お前あれだろ? 龍川って虎岩と対立する組だろ?」
受話器の向こうに沈黙がおりる。
(最近じゃ知ってるヤツも少なくなったもんな。江戸時代はここいら歩いてて知らないヤツラはいないくらいの任侠集団だったけど)
黒須は思いながら、言葉を続けた。
「もし、乗り込むなら俺も混ぜてくれ。千倉もそこにいる」
「千倉さんも!?」
驚きを隠せない声。
「どうして……まさか俺と関わりを持ったから……」
「関係ない。俺が原因だ。詳しく説明してる暇はない。お前の探し人は要人か?」
「……そうだ」
「なら、人数は動かせるな。俺も合流する。どこに行けばいい?」
白雪姫はちょっと考えるように黙った後、静かな声で言った。
「龍川の屋敷に。俺もすぐ戻るので向かってくれ。『椎名 春樹』の名前を出せば俺の知り合いとして入れてくれるように指示しておくから」
「それがお前の本名か」
「そうだよ」
「分かった。すぐ行く」
電話を切って、意味がつかめていない矢田と、薄々掴んださくらを振り返る。
「人間の協力者……利害が一致しただけだけど。見つかった。魔守からはどれくらい戦力貸して貰える?」
問いかけると、矢田は「図々しいな」といいながらも、質問に答える。
「虎岩組は半数が『人ならざるもの』というのはこちらの調査でもほぼ確実なので、まあ、魔守が手を貸すのはやぶさかではないんですけどね。……人間には手を出さないという条件付ですけど、近隣の妖怪たちは協力してくれるそうです。虎岩組は評判が悪い。……あとは、俺」
「お遣いが?」
「俺がいれば百人力ですからね」
矢田は言って、不敵ににやりと笑う。
「あんまり反社会組織と関わりを持つのは、教師としては頷けない話だぞ、陣衛門」
既にドアに向かって歩き出した黒須の背中に、さくらは呼びかける。
「保護者としてついてってやろうか?」
黒須は振り返って、首を振った。
「いくら不死身でも、女を連れては行けねえなあ」
「生意気な」
さくらが鼻を鳴らすとちょっと笑って、黒須は矢田と連れ立って出て行った。
「ちょっと、アンタ」
呆然と畳に転がっていたら誰もいないと思っていた部屋の中からそんな声が聞こえて、千倉は体をごろんと仰向けにして、頭を回して部屋の中を探った。
声はハスキーで一見女子か男子か判別し難いところがあるけれど、この喋り方は女子だろう。そう推測してその人物を探したから、視界に、壁際に蹲っている学ラン姿を見て驚いた。
(例の駅前のイケメン!)
「アンタ、チクラアズサよね?」
問われて返事をしようとしたところ、口の中に入っている布のようなものが邪魔で喋れない。奇妙な唸り声を上げていたら、イケメンは呆れたような顔をした。
「ちょっと転がってこっちまで来なさいよ。位置がうまくいけば、その口のくらいとってやれるわ」
言われて、特に抵抗するいわれはないのでごろごろと転がってイケメンのところまで行く。イケメンはガムテープでまとめられている割に器用に手先を使って、どうやら千倉の頭の後ろで結ばれていたらしい紐を解いた。
「あ、ありがとうございます」
「まったくよ。……で、なんであんたまでさらわれてんのよ」
「あの、その前に」
「何?」
「女性、ですか?」
「そうよ。見ればわかるでしょ?」
分からないから聞いている。でも喋り方は完全女性だ。
「すいません」
一応謝っておいた。
「なんでさらわれたかは自分でもよくわかんなくて」
「ふうん」
「あなたは心当たりあるんですか?」
「あるわ。私、お嬢様だから」
「なるほどー」
感心する千倉をちらりと見て、イケメン、改め雪姫は続ける。
「お嬢様だから、閉じ込められてたんだけど、親に無理言われて自棄になって供も付けずに家を抜け出したら、ハルには見つかって散々怒られるし、そのハルをアンタが拉致して行ったと思ったら今度はこっちが拉致されるわで散々よ」
「あ。その節はどうもすいませんでした。勘違いだったみたいで……」
一瞬、「ハル?」とは思ったけれど、話の文脈から白雪姫の事だろうと推測する。確かに季節に例えればあの美少女っぷりは春っぽい、と意味の分からない納得の仕方をした。
「まあ、以前からちょいちょい変装して抜け出してはいたんだけど」
「変装って……その男装ですか?」
「そうよ。女だって分からなかったでしょ」
(さっきと言ってる事違うし!)
思うけれど、へたに反論せずに「ははは」と笑っておく。分からなかったでしょう、もなにも、学校の女子たちも男と信じて疑っていなかった。でも、それを口にしてまた癪に障られても嫌だ。とりあえず、話題を変えよう。
「ところでここはどこですか?」
「おおかた、虎岩組の本拠地ってトコかしら」
「とらいわぐみ?」
千倉が首をかしげると、雪姫はちょっと呆れた顔をする。
「あんた、虎岩組も知らないの?」
「すいません」
はあ、とため息をついて呆れた声で雪姫はその組織の説明をする。話が続くにしたがって、千倉の顔が蒼白になって行った。
「と、言う事で私たちはこんなところで長居すべきじゃないのよ。おわかり?」
「はあ」
こんな場所にいてこの落ち着きはなんなんだろうこの子、と感心半分得体の知れなさ半分で千倉は頷く。
「分かったら、その口で私のこのテープを破って。チクラアズサなんかと協力するのは癪に障るんだけど、この際しょうがないわ」




