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リバウンド、こえぇ~……。orz

 (うわ。追ってくる)

 騒々しい足音に背後を振り返ってそう確認して、千倉は足を速めた。早めた、というかもはや駆け足だ。

 (げ。二日サボっただけでこんなに足が重いとか……)

 勘弁してよ、と思う。思うけれど、それも当然かも、とも思う。なにしろ週末二日間の自棄食いを経て、千倉は体に大きな変化をきたしていた。

 まったくもって。体重とはどうしてこう、減らすのは地獄のような特訓の果てにようやくできる、辛く厳しいものであるのに、増やすのは一瞬なのだろう。びっくりする。たかが土日の間中ずっと自棄食いを続けていただけなのに。

 (ぎゃー。すっげえ早いし!)

 コンパスの差が大きいからしょうがないかもしれないけれど。千倉は精一杯手足を動かす。二の腕の肉、ふとももの肉が動きにあわせてぶるぶると震えているのが自分でも分かる。

 無我夢中で逃げていたらどんどん上に追い詰められて屋上しか行き場所がなくなっていた。

 (しまった! 馬鹿と煙はなんとやら……!)

 思ったときには既に遅く、もうどうしようもないから屋上に繋がる重い鉄製のドアを押しのけるようにして開けて、慌ててドアを閉める。がしょん、という重い音がしたらすぐにそこに背中を押し付けて、両足をコンクリートにきつく踏ん張った。

 「あ。くそ。開けろ」

 重い扉の向こうで黒須の声が聞こえる。その声が、いつも通りの黒須の声なのに腹が立つったらない。

 (この期に及んでまだ騙しおおせてるつもりなんだ!)

 腰の辺りでドアノブががちゃがちゃと乱暴に回されている音が聞こえる。小刻みな振動を押さえ込むように、背中に力を込めた。

 「開けろって! 授業始まるぞ」

 言われた丁度その時、授業開始のチャイムが鳴った。でも、こんな時間だから屋上には当然誰もいないから、誰かの迷惑になることはない。

 「ああ。くそ、チャイム鳴っちまったじゃねえか」

 ヤケクソのような声と共に、ばたばたと駆け去って行く足音が段々と小さくなっていった。

 (……行った?)

 ずるずると、千倉はその場に座り込む。快晴の空を見上げる。

 「……私、何やってんだろ」

 別に授業は始まったばかりだし、今戻ればまだ戻れるけれど。

 (もういいや、一時間目はサボっちゃお)

 ゆっくりと白い雲が流れていく、それをぼうっと見上げていたら、突然背中から圧力がかかって前につんのめった。背後でドアが開く。

 「だ、騙したなー」

 千倉は両手をコンクリートについて四つんばいの無様な格好のまま恨めしげに背後を振り返った。黒須はきっと、去ったふりをしてこっそり足音を忍ばせて戻ってきたのだ。

 「非難されるいわれはねえよ。人の顔見るなりいきなり逃げやがって」

 黒須は腕組みして冷たい目でコンクリート上の千倉を見下ろして、それから「あれ?」と言った。

 「……千倉、お前、太ってねえ?」

 「女子に向かってそういう事言うもんじゃないと思います」

 「いやいやいやいや」

 腕を掴んで千倉を引っ張り上げて立たせて。

 「何キロくらい?」

 「……10キロほど」

 「10キロぉ!?」

 黒須が目を丸くするのが、腹立たしい。

 (誰のせいだと!)

 お陰で折角新調した制服のウェストが入らずに、結局もとの制服を着る羽目になった。母親のあのがっかりした顔!

 「何やったら二日でそんなに肥えられるんだよ」

 「そんなの、私の勝手じゃん」

 「なんだよその態度!」

 「そりゃあ、黒須君には色々してもらったけどさ。もういいよ」

 「は!? もう良いってなんだよ」

 千倉がイライラとした口調で言うのと同じくらい、黒須もイライラとした口調だった。

 「もう黒須君のトコには行かない。さくら先生にも言っておいて」

 「なんでだって聞いてんだよ。折角……っ」

 ___折角可愛くなったのに。

 勢い余って言いそうになったその言葉を、黒須は寸前で飲み込んだ。言ってしまえば良かったのに、咄嗟に止めてしまった。可愛い、だなんてそこいらの女子生徒にいくらでも言えるのに。特にその意味を吟味せずに普段は「喜ばれるから」という理由だけで、平気で使っているのに。いざ本気で、本来の意味で言おうとすると。意識してしまうと無理だ。無理だったのは、今回が初めてじゃなくて、千倉が痩せ始めてから何度か経験していたりする。

 「とにかく、理由を言えよ」

 「そんなのっ! 黒須君が一番よく知ってるんじゃないの?」

 嫌味のようにそう言って、するりと黒須の脇を通り抜けて屋上から駆け出て行ってしまう。あ、と黒須が慌ててその腕を掴もうとしたときはもうそこにはいなかった。

 千倉の去った屋上で、黒須は呆然と立ち尽くす。

 (俺が、知ってる?)

 考えてみて、思いつく理由は一つだけだ。思い出して、思わず一人で赤くなって自分の口を片手で押さえた。

 (……アレか)

 突然襲ってきた衝動に抗えずに、千倉の血を吸おうとした。

 (そんなに嫌だったのかなあ?)

 それはなんだかちょっと……ショックだ。


 

 白雪姫の驚いたような顔に、千倉は穴があったら入りたい気分を味わっていた。今日こんな視線はもう何十人にも向けられているので慣れたもんだと思っていたけれど、白雪姫だけは別格だった。

 「どうしたんですか、千倉さん。その……」

 「リバウンド、きちゃいました」

 恥じ入って言う千倉に、白雪姫は特に非難の言葉はかけなかった。

 「そうですか。……もうダイエットはおしまいですか?」

 その言葉に、千倉はちょっと黙り込む。

 「……考え中、です」

 白雪姫は少し黙って、それからお弁当を開いて「食べましょう」と言った。

 お弁当は、一応献立表を以前から母親に渡していたので、ダイエットメニューのままだ。白雪姫はちらりとそれを見て、相変わらず優雅にお弁当を食べながら言う。

 「別に太っていても痩せていても千倉さんは千倉さんなので、ダイエットを続けられようが止めようが、あなたの好きにして良いと思います」

 でも、と白雪姫は千倉を真っ直ぐに見て言った。

 「もし、何か悩みがあるんなら言ってください。千倉さん、酷い顔してます」

 (酷い顔? ……太ったから、肉が垂れてる!?)

 「そうじゃありません」

 (!? 心を読まれた)

 「エスパー?」

 呟いてみたら、呆れた顔をされた。

 「千倉さんは考えてる事、顔に出すぎなだけです。……酷い顔っていうのは。千倉さん、今にも泣きそうな顔してるって事です」

 「マジで!?」

 顔を押さえて言うと、白雪姫はちょっと苦笑してやさしい顔で千倉の目を覗き込んだ。

 「何があったんですか?」

 (うわあ。白雪姫、優しいよー)

 ちょっとうるりときてしまった。

 こんな風に言われたら、こんな優しい目で問いかけられたら、黙っていられるはずがない。なんでも話してしまいたくなる。

 千倉は一つ深呼吸をした。

 「実はね、リバウンドじゃなくて、自棄食いしちゃったんだよね。嫌な事があって、パーッと食べたら忘れられるかと思って食べたんだけど、おかしいね。食べても食べても、なんか満たされない気持ちでいっぱいだし。そのうち、胃もお腹も痛くなってきて。でも食べ続けて。この二日間、ずっともやもやむかむかしてた。ダイエットしてる時は、成功した暁にはあれも食べてやる、これも食べてやるって色々思ってたのになあ」

 「そんな気持ちでは、何食べたって美味しくないですよ」

 「そうだよね」

 千倉は自嘲するようにちょっと苦笑した。

 「……信じてた人が、ずっとダイエット協力してくれてた人なんだけど、もしかしたら悪いひとだったのかもしれないんだ。それ知ったら、なんか、悔しくなっちゃって」

 「でも、千倉さんはその人が本当に悪い人と、思いたくないんですね」

 「なんで」

 「顔に書いてありますよ」

 お見通しだという顔で白雪姫はちょっと笑う。

 「もやもやむかむかするのは、もしかしたら、とか、かもしれない、とか全部曖昧だからです。曖昧なのに、自分で思い込もうとしてるからですよ」

 「つまり?」

 「きちんと確認すればいいんです。本人に」

 本人に、確認?

 (や。でも確認に行って殺されたらシャレにならないし)

 殺されない程度の距離を保って聞く? あとは、いざとなったら逃げれる準備を万端にして。

 (は! そうだ。ニンニク! ニンニク大量に持って行こう! いざとなったら投げよう)

 あとは、十字架はどうだろう? 十字架なんて自分は持っていただろうか? 100円均一で売っているだろうか?

 考え込んでいたら、白雪姫がにこにことして見ているのに気づいた。目が合うと、「ね?」と首をかしげた。

 「その方がきっと、簡単でしょう? もやもやしているより」

 その微笑が天使か女神か。とにかくとてもスイートで。女同士なのにやっぱりどっきりとしてしまう。小春の気持ちがちょっと分かる気がした。

 「……ありがとう」

 「どういたしまして」

 「あの。私も、何かあったら、相談したい事とかあったら、聞くよ?」

 言うと、白雪姫はちょっと笑った。

 「じゃあ、そういうのができたら言いますね」

 「恋愛相談とかでも」

 「今はこれといってないですねえ」

 「へ!? ないの?」

 千倉が驚いた顔をするので、白雪姫も意外な顔をする。

 「私が恋愛しているように見えました?」

 「え、でも。黒須君の事が、好きなんじゃないの?」

 「なんで」

 思わず素に戻って真顔で言ってしまうくらい、白雪姫にとっては意外な発言だった。

 「だって。黒須君の事を探る為に私に近づいたってこの前」

 「それはそうですが」

 そこで、ようやく白雪姫は気づく。

 (そうか。平和な女子高生にとっては相手のことを調べるイコール恋愛に結びついてしまうのか!)

 言われてみれば一介の女子高生が誰かの事を探る理由だなんてあまり考え付かない。

 「誤解です! あの、あのですねえ……」

 思わぬ誤解に動揺して咄嗟に良い言い訳が思い浮かばない。

 「私の家が……あの、私って実は実際の家じゃなくて。両親は幼い頃に死んでしまったので、引き取ってくださった先の家なのですが……」

 さらっととんでもない事を言う白雪姫に、千倉は固まる。

 (うっわ。もしかしてヘヴィーな事聞いちゃってない?)

 そんな千倉の内心などおかまいなく、白雪姫は言葉を続ける。

 「ちょっと黒須君に興味があるそうで。あ、別に変な意味じゃなくてですね。彼、ほら成績もいいですし。それで、調べて来てくれと頼まれまして」

 とにかく、と白雪姫は両手の拳を握り締めて珍しく言葉に力を込めて主張する。

 「私は、男の人には興味ありません!!」

 「……わ、わかりました。ごめん。変な事聞いちゃって」

 千倉が気圧されたように言うと、白雪姫ははっと正気を取り戻して、慌てて姿勢を正した。

 「こちらこそごめんなさい。誤解させるような事を」

 「いやいや、私が勝手に勘違いしただけだから」

 ちょっと気まずい雰囲気になりそうだったけれど、白雪姫がちょっと可笑しそうに笑ったから、千倉もなんだか笑えて来た。

 笑ったら、空気が和やかになって、いつものように楽しく昼食をとる事ができた。内心でちょっと反省したけれど。

 (まさか白雪姫がそんな苦労してたなんて! カミサマは不公平とか思ってすいません!!)

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