色々と検証してみたら頭こんがらがって来たぞ?
『本日未明、××線○○駅で女性の死体が発見されました。被害者は県立北高校生徒中村百合枝さんと見られています。この付近では18日にも同様の事件が起きており、警察は連続殺人事件として……』
千倉はテレビに映し出された被害者写真を見て、朝食の箸を止めた。呆然と、画面に見入る。そこには見たことのある女の子の顔が映し出されていた。
「北高校って、梓の学校よね? 知り合い?」
隣で朝食をとっていた母親が驚いたように声を上げる。
「知り合いっていうか……うん、まあ。顔を見たことがある程度」
千倉はゆるゆると箸と茶碗を下ろして言う。
「あらあ。こんな可愛い子なのに、ねえ……」
「そうだね」
手の中の茶碗が重く感じた。ご飯は茶碗に半分以上残っているのに。
「ご馳走様」
「え? もう?」
「うん」
席を立って、足早に自分の部屋に入って、鍵をかける。ベッドに登って、壁に背を持たせかけて体育座りをする。
(……あの子だ!)
体中が震えた。百合枝、と呼ばれていた女子生徒。黒須の周りにまとわりついて、嬌声を上げていた。そして昨日、黒須と体育館裏で二人きりで……。
あの時、黒須は何をしていた?
(キスしてた? それだけ? 耳の後ろに顔をやって)
白雪姫は「続きをするらしい」から席を外そう、と言った。でも、本当にそうだったのだろうか? 黒須は、もしかしたら。
(血を、吸ってた……?)
そう考えれば、全ての説明がつく。千倉の血を吸おうとした事にも。
(もしかして私、あの時、命危なかった!?)
千倉が、あの百合枝という女子生徒と黒須が一緒にいたところを目撃したと知って、黒須は口止めの為に千倉を殺してしまおうとしたのではないだろうか?
ぞっと、背筋が寒くなる。
百合枝嬢は逃げられなかったのだろうか? 多分、無理だろう。千倉も動けなかったのだ。あの目に見つめられたら。身動き一つできずにただ立ち尽くすしかなかった。いや、多分逃げるだなんて念頭にもなかっただろう。彼女はとても甘い気持ちのまま、気づいたら。
(……死んでたんだ)
黒須がそんな事をするなんて、思いたくなかった。でも、ここに来て一色の言葉が頭にちらついた。
(警察は、吸血鬼事件として内々に捜査している、か)
黒須は捕まってしまうのだろうか? いや、多分捕まらないだろう。あの慣れた手つき、きっとあれは初めてじゃない。いつもあのように捕食してきたのではないだろうか?
(もしかして私、やっぱ白雪姫の命、救った事になるのかな?)
あの日ももしかしたら、今回のような事をしようとしていたのかもしれない。そうだとしたらちょっと良いことをしたのかもしれない。良かった良かった……。
気がついたら、涙がぼたぼたと両目から零れ落ちていた。手近にあったベッドの掛け布団でいくら拭いても拭いても、涙は出てくる。
(なんで私、泣いてんのさー)
悲しいのだろうか? 悔しいのだろうか? 恐いのだろうか? よく分からなかった。ただ、涙が出てくる。
一瞬、昨日の黒須との台所でのやり取りを、血を吸われそうになった時の事を思い出す。
(くそ。アレ、全然そういう甘いもんじゃなかったじゃないか)
自分ひとりでドキドキしていたけれど、黒須にとっては全然そんな意味のあることではなかった。むしろ、頭の中では冷静に、口封じの為に殺す事を考えていた。
人が死んでいる事件でこんなことを考えるのは不謹慎だとは思うけれど、止められなかった。今まで黒須は自分と一緒にいて何を考えていたのだろう? 殺す事をずっと考えていたのかも知れない。
(優しいと、思ってたのに……)
優しくて大らかで、いつも楽しそうで明るくて。そんな暗いものとは無縁だと思っていた。すっかり騙されていた。
(ちくしょー)
泣いているうちに段々腹が立って、やるせなくなって。
気づいたら立ち上がってずかずかと自室の押入れに向かっていた。押入れを開くとダイエットを始めるときに封印したお菓子たちがたくさん入っている。
「自棄食いしてやる」
誰も聞いているわけではないのに、一人で宣言して、千倉はポテトチップスの袋をびりりと開けた。
月曜日、通学する黒須は浮かない顔で歩いていた。数日前の日比野南高校の女子生徒殺害事件の時も背筋がひやり、とした。もしかしたら、と思った。でも、認めたくなくて。ついつい自分をごまかしてしまった。「まだ大丈夫だ。きっと単なる偶然だ。あの事件は、俺とは無関係だ」。自分に何度も言い聞かせて、ごまかす。さくらも特に何の忠告もしなかったし。あの、鋭いさくらが。
でも、数日おいて今度は黒須の学校の生徒が殺害されたというニュースが流れた。これはもう、確実だ。目を逸らすわけにはいかない。
(……とうとう、来た)
ニュースを見た時、背筋に震えが走った。体が震えて、止めるのに苦労した。いよいよだ、と思った。しばらく身動きできずに、息を呑んだように画面に見入っていた。
(ヤだなあ)
こうなった以上はもう、ここにいるわけにはいかない。学校に来るのも、今日で最後にしなければ。自分がいることで周囲に迷惑をかけてしまうかもしれないし、自分も色々と身辺整理しなければならないだろう。この先、どうなるか分からない。
(覚悟してたとは言っても、気が重い)
学校が近づくに連れて、知り合いの顔が増えてくる。黒須が暗い顔をしていても、今は同級生の死にみんなが悲しんでいるから誰も不審に思わない。
(百合枝にも、悪い事したなあ)
特に好ましいタイプとは言えなかったけれど、明るくて強くて、生きる活力に満ちたような女の子だった。見知った顔がいなくなるのは、何十回体験しても胸が痛む。
今日は学校全体がなんだか暗い気がした。みんな、同級生の訃報を聞いているから普段うるさい生徒たちも少し行いを慎んでいるのかもしれない。
(千倉の顔が見たいな……)
ふと、そう思った。思ったら、既に七組に向かって歩いていた。
通いなれた七組のドアをくぐって、通いなれた場所まで行って千倉が席にいない事に気づく。
「三崎さん、千倉は?」
「ん? あれ。さっきまでいたのにな」
小春は不思議そうに首をかしげて。
「いないみたい」
「……そう」
「黒須君黒須君」
ちょっとがっかりして引き下がろうとしたら、横から真希子が呆れたような目で小春を見て言った。
「あっち」
真希子の指差す方向を見れば、いかにもこそこそとした様子で黒須が入ってきたのと逆のドアから出て行く千倉の姿があった。
「あ。真希子ぉ」
「私は基本的にイケメンの味方よ」
「彼氏いるくせにー」
小春の非難も真希子には何の効果もなく、真希子は楽しげに笑う。
「いつまでも逃げ回れるわけじゃないんだから、いいのよこれで」
その言い争いを背に、黒須は大またに千倉の背中を追いかけた。




