なんか最近この界隈、イケメンが出没するらしいよ?
「そお。すっごいカッコイイの! っていうか、キレイ?」
「私も見た見た」
廊下できゃあきゃあと盛り上がる声が聞こえてきてなんとなく見たら、「ガツン」の可愛い女の子だったので千倉は慌てて目を逸らした。幸い彼女たちは話に夢中でこちらには気づいていないので気づかれないままやり過ごしてしまおうと足を速める。
「百合枝、あんた陣じゃなかったのー?」
「それとこれとは別っしょ。まあ、本命は陣だけど。昨日の子は陣とは違ったタイプだよね。どっちかっつーと中性的で、観賞用、みたいな」
「でも昨日の子に声かけてたじゃん? もしあっちがなびいたらどうすんのよ」
「隠れて二股するー」
(なんじゃそりゃ!?)
心の中でだけ激しくツッコミながら慣れ親しんだ教室に入る。
「すごいキレイな男の子だったのー」
「私もその子見たわよ。」
慣れ親しんだ教室では似たような会話がなされていた。
「何の話?」
「あ。梓おはよう。最近ここらへんにイケメンが出現するって話」
「イケメン?」
「そう。駅前辺りに出没するんだけど。すごくキレイな男の子」
「……学ランの?」
「そう! 梓も見た?」
「見たっちゃあ見た」
「ここんとこ、各所で噂になってたのよ。駅前の美青年」
「へえ……」
「廊下で尻軽女どもも騒いでたでしょ?」
「真希子本気で人格疑われそうなほど口悪い」
千倉が言うと、真希子はふん、と反抗的に鼻で笑っただけだった。
「ああ。惜しいな。あの子が女の子なら超絶美人さんだったのに」
「私時々小春の事、心配になるよ?」
「ありがと梓、心配してくれて」
「……どういたしまして」
そんな会話をしながら、千倉は昨日駅前でもらった電話番号をメモした紙切れがまだ学生鞄の中に入りっ放しであることを思い出した。
(多分、あの子の事だよね?)
確かに綺麗な子だった。間違いないだろう。学ランだし。
「何何? イケメン? 俺の話?」
背後でそんな声が聞こえて千倉が振り返ると、黒須が立っていた。
「まことに残念ながら」
「げ。千倉、本当にそんな憐れむような顔すんなよ」
(黒須君、あの子に二股されるのかあ……)
そう考えると、普段あの子たちにちやほやされて、よくつるんで騒いでいる姿を知っているだけにちょっと可哀相になってくる。
真希子の「尻軽女」発言は言い過ぎかと思ったけれど、当然かも、とも思えてくる。
(黒須君、ちょっと調子良いけど、こんな良い人なのに)
「元気出してね」
「なぜ突然励まし!?」
「黒須君、十分すぎるほどイケメンだよ?」
「? お、おお。それはわかってるけれども、気持ち悪いくらい優しい声をやめてくれ」
「わかってるんだ……」
「そして引くな。すいませんねえ自信過剰で」
「いやまあ、そんな黒須君程の容姿を持っていれば天狗になってしまうのもしょうがないよね」
「だから優しくするのやめて。きもい」
「願わくば、黒須君の女の子を見る目が確かでありますように」
「なんだなんだ?」
「そしてイケメンというのは、最近目撃例が増えている他校男子の事ですので悪しからず」
「そ、そのいたわりでちょっと優しかったのか! そっか。俺にもとうとうライバルの出現か。気を引き締めてかからねば」
「どのように?」
千倉が言うと、黒須はちょっと首をかしげた。
「……ダイエットでもしとく?」
「なんという嫌味!」
千倉が言うと、黒須が声を立てて笑った。
(いやしかし、私が思うに黒須君は長生きしてるから人生経験豊富だし。お姉さんもしっかりしてるし。大丈夫だと思う。女を見る目はあると思う)
千倉は昼過ぎになってもそれを地味に引きずっていた。大したことではないと思うのに、地味に気がつくと考えていたりする。
(いやでもあの子、可愛いしなあ。あれに対抗できるのは白雪姫くらいしかいないよねえ。あ。でもあの子のほうがボイン度が上だし。あのボインとすらっとした足で攻められたら落ちちゃうかも。落ちちゃうかもー)
黒須は、白雪姫を食事に選ぶ辺りを見ても、どう考えても面食いだし。
(黒須君には辛い思いしてほしくないんだけどなー)
色々お世話になっているのだし。それを差し引いても、黒須は優しいし、一緒にいると楽しいし。いつも、いつも通りに余裕気に笑っていて欲しいと思う。
「千倉さん? なにか悩みごとですか?」
「あ。ごめん。ちょっとボーっとしちゃって」
白雪姫の問いかけに、慌てて我に返る。
「体調が悪いとか、ですか?」
「それはないわー」
ダイエットを始めてから健全すぎるほど健全すぎる生活を送っている。早寝早起き、健康的な食事、結構がっつりとした運動。あまりにも規則正しい生活すぎて毎朝お通じもバッチリだ。体調は常に良い。
「ほんと、ちょっとぼうっとしちゃっただけだよ」
「無理はしないでくださいね? 一度倒れてるんですから」
「はは」
空笑いして、ふっと何気なく目をあげて見た校庭の端の方。おそらく地上からだとどこからも死角であろう体育館裏の一角の光景。
その光景に、千倉は一瞬動きを止めた。千倉の視線を追って白雪姫が「あ」と言ったのでおそらく気づいてしまっただろう。
(黒須君が、女の子ひっかけてる)
しかもあろうことか、その女の子は百合枝と呼ばれていたあの女の子だ。彼女は長身の黒須の首に両手を回して、つま先立ちしている。対して、黒須もしっかりと彼女の腰に両手を回して支えてあげている。一方的に、とかではない。
(ふ、不純異性交遊!)
あの体勢は、どう見ても……。
「キスしてますね。あの二人、お付き合いされていたんですね」
白雪姫の冷静な声に、千倉ははっと我に返る。
「あ」
(しまった……白雪姫は黒須君の事)
光景があまりに衝撃的で、すっかりその事が頭から抜け落ちていた。思いつきもせずに凝視してしまっていた。
「や、なんかの間違いじゃないですかね?」
「何で千倉さんがそんなに動揺してフォローするんです?」
「いや。別にフォローとかでは」
「まあ、別にいいですけど。誰とお付き合いされていても」
(あれ? 案外ドライだ)
白雪姫の冷静な反応に、千倉はちょっと拍子抜けする。
(美人だから、場数踏んでるのかなあ?)
千倉なんて、今の光景だけで心臓がバクバクだ。嫌な汗も出てきた。知り合いのそういう場面を見る、というのはなかなかドラマを見るようにはいかないものらしい。
「でも、彼、思ったより女のシュミ悪いですね」
(出たー! 久々の黒雪姫)
白雪姫は、千倉の内心の叫びは知る由もなく、それは上品に里芋の煮つけを口に運んだ。
「……千倉さん、場所を変えましょう。どうやら続きもされるご様子なので」
「続き!?」
言われて見ると、黒須の顔が百合枝嬢の耳の裏辺りに回っていて、千倉は慌てて顔をそむけた。




