モテ期来たか!? これ
(おお。黒須君。今日もモテモテだ)
学校から帰ろうと思って一人で歩いていたら、廊下の辺りで数人の男女がたむろしているのが見えた。中の一人は他でもない黒須で、女子生徒数人が押し合うようにその周囲を取り巻いている。
(ってあれ、ガツンの人たちだ!)
数日前、千倉を教室まで呼び出しに来た女子生徒たち。千倉が気づいたのと同時に相手も気がついたようで、中の一人と目が会ってしまう。
(うわ。気が強そう。可愛い子だけど、気が強そう)
スキのないメイクのはっきりとした顔が、「ふふん」というように千倉を見て、黒須の腕に自分の手を絡める。
(強そうだけど、可愛いなあ。悔しいけど)
すらりとした細い足の魅力を自分で存分にわかっているかのような短いスカート。程よく茶色に染めてある長い髪。くっきりとした目鼻立ち。白雪姫程ではなくても、とても可愛くて、到底千倉には太刀打ちできはしない。たとえ痩せたとしても、だ。
(……って何私張り合おうとしるんだ!?)
張り合ってどうする。どっちにしろ元から土俵が違う相手だし。
慌てて顔を逸らして真っ直ぐ歩く耳にヒソヒソと「ゲリピー女」的単語が聞こえてきてうんざりする。やっぱり一部で噂になってしまったか。というか広められてしまったか。
小春に注意されたとおり、帰り道は公園前を通らない道で遠回りをして帰った。そんな事件が自分に降りかかるとは思えなかったけれど、一応、用心の為だ。
公園前を通らない事にすると、人通りの多い駅前の道を抜けていく事になる。今日も今日とて姿勢に気をつけながら歩いていると、知らない人に声をかけられた。
「あの。すいません……」
と三度ほど声をかけられて、ようやく自分が尋ねられてるのだと気づく。
「はい! すいません。なんでしょう」
慌てて振り返ってちょっと息を呑んだのは、黒の学ラン姿のその人物の容姿が整っていて振り返り様の目には強烈だったからだ。
(誰!? この美形は。知り合いにいたっけ!?)
千倉の学校は男子生徒もブレザーであるから学校の生徒ではないだろう。
(この辺りの学ランって言ったら、ヒビ南か、芳高かな?)
すらりとした細身で、鋭い雰囲気のある人だ。
「君、北高校の生徒?」
「はあ」
「何年生?」
「2年ですが」
「そう。良かった」
相手はにっこりと微笑んだ。
「北高の2年生にちょっと話を聞きたかったんだ。今って時間大丈夫かな?」
千倉はちらりと自分の腕時計を見る。
「時間、ダメみたいです」
(さくら先生、今日はおでんが食べたいとかいうから。さっさと行って仕込みしないとだし)
それに、なんといっても胡散臭い。こんな美形が自分に声を掛けてくるなんて何か裏があるとしか思えない。
「……そう」
相手は残念そうな顔をして、それから「ちょっと待って」と言って、学ランのポケットから手帳とペンを取り出し、さらさらと何かを書き付け、ページを破る。
「これ、俺の携帯のアドレス。良かったらメールしてくれると嬉しいな」
「はあ」
「メール、待ってるから」
どうしよう、と思いつつもつきかえすのも悪いような気がして千倉は差し出されたその紙を受取る。
「じゃあ、また今度」
そう言って爽やかに去る相手を、千倉はぽかんとして見送った。
「……モテ期?」
呟いてみて、ちょっと自分で赤くなる。
(調子乗りすぎ)
でもしかし。だがしかし。
小春の言った事を考える。黒須は単なる協力者だし、さすがにあんな良い男が自分をそういう対象として見ていると考えるのは片腹痛いので除くとしても。駅前の青年。山縣。そして今の美形。
(いやまさか。でも……)
白雪姫みたいに可愛いならばともかく、自分にもそんな事、有り得るのだろうか? ちょっとだけ舞い上がってそんなことを考えて、ふと気になる。
(そういえば、白雪姫、今日休んでたの大丈夫かな……?)
+ + +
「寛二さん、洗濯物ここに置いておきますね」
「おう、ありがとな。お前が休みだと楽で良いな」
その言葉に、白雪姫は苦笑した。
「俺はちょっと調子が狂いますけどね。最近きちんと学校行っていたので」
「前はあんなに嫌がってたのになあ」
「そりゃあ。今でも女装は嫌ですけど」
言って、白雪姫はちょっと真面目な顔になった。
「それより、ホントなんですか? 虎岩組の動きが活発になってるって」
「ホントだから大事を取ってお前を休ませたんだろ。ここんトコ、大人しくしてたのに、久々に派手に動き出してるみたいだな。この間お前が倒れたやつも、やっぱりなんかの前触れだったかもしれん」
「そっちについては、何も収穫がでなくてすいません」
「元からそういう方向はお前に期待してねえよ。お前はなによりもお嬢の替玉として無事過ごしてくれればそれだけで充分だ」
「でも」
「あんまり、勇むな」
その言葉に、白雪姫はしばし黙り込む。
「それから、虎岩の動きが派手になってるってお嬢に言うなよ? あの人は意外に気にするんだ」
「気にする?」
「自分のせいで替玉が死んだ事が、何度かあるからな」
ああ、と白雪姫は頷いた。
「ならば尚更、俺が家にいては変に感づかせるだけでは?」
「今日はお嬢は若いもん引っつれてお忍びで家に居ないよ」
「明日は?」
「……」
白雪姫はちょっと苦笑した。
「明日は、学校に行きますね」
「……すまんなあ。俺だって、お前を危険な目に遭わせたいと思ってるわけじゃないんだぜ?」
「わかってますよ」
この家に拾われて来てからもう何年も経つ。その間、この人には言い表せないほど良くしてもらっている。今更、そんな事言われなくてもわかっている。




