物騒な話が聞こえてきました
「お母さん。ちょっとおねだりがあるんですが」
朝の仕度が終わってちょっと時間が空いたので、前々から言おうと思っていた事を言おうと千倉が話しかけると、台所でテレビを見ていた母親が振り返った。
「あ、梓。今丁度ニュースでさあ……」
「あの。先におねだりがあるんですが」
「えー。何? 最近美味しいレストランとかケーキ屋さんできたって話聞かないよ?」
「いや、そうじゃなくて」
「貯蓄のお菓子も切らしてないし」
「いやいや」
「えー? どっかのスーパーでお肉の安売りやってたっけ?」
「や。食べ物の事じゃないんですが」
言うと、母親は目をぱちくりとさせて、本当に不思議そうにした。
「嘘。じゃあ、見当もつかないわ」
「制服が。ウェストが緩くなりすぎちゃったんで、新調したいんだけど。……ダメかな?」
言ったら、母親はソファーからがばりと立ち上がった。
「何ですって!?」
「ご、ごめんなさい? 結構ずっとベルトで止めてたんだけど、そろそろそれも間に合わなくなって……」
「謝ってんじゃないわよ! 誉めてんのよ!
母親はつかつかと歩いてきて、千倉の制服のセーターをがばりと上げて、スカートを確認する。
「細くなってる」
「まあ」
「まさかこんな日が来るとは」
母親は感極まったかのように言う。
「あんたはお父さんに似て堪えしょうがないし、根性もないからダイエットするって言った時もまさか続かないとは思ってたけど、とうとうやったのね!」
(まだ途中だけども……)
「母は女として嬉しいわ!! 誇りに思うわ! いいわよ制服の一着や二着。お母さん、へそくりから出しちゃう。あ、こんどの日曜日、一緒にお買い物行く? お洋服も新しいの必要でしょ?」
うきうきと弾んだ声ではしゃぐ母親はかなりのハイテンションで、正直ちょっとこわい。
「ありがたいけど、日曜は予定あるから、とりあえず制服だけ」
「オッケー! じゃあ、注文しとくからチャッチャとサイズ測っちゃおう」
うきうきと千倉の手を引いて隣の部屋へと急ぐ母親の背後で、テレビのニュース番組が、本日のトップニュースを放送していた。
『繰り返しお伝えします。本日未明、○○市の公園で女性の死体が見つかりました。被害者は県立日比野南高校生徒青山さやかさんと見られています。犯人はいまだ見つかっておらず……』
通学途中、いつも通る公園の前に人だかりができていた。いつも人気のない静かな公園なのに、中で何が行われているか通りすがりにはうかがえないくらい、何重もの人垣ができている。
(なんだなんだー?)
千倉は不審に思いながらも、ここで足を止められていては遅刻の危機。気にしないようにしてその場を通り過ぎた。
学校に到着すると、教室全体がなんだか浮き足立っているように感じた。疑問を覚えながら席に着くと、一色や数人の生徒と一緒になって話していた真希子が早速千倉にも話しかけてきた。
「千倉、聞いたあ?」
聞いた? と聞かれても何についてか言ってくれない事には、と思っているとすかさず「その顔は知らない顔ね」と言われる。
「何? 何の話かまずそこを」
「殺人事件の話よ」
「朝からいきなり物騒な」
「梓、朝ニュース見なかった?」
一色が横から尋ねてくる。
「今朝は時間がなくて見てない」
「ここら辺で殺人事件があったって。学校中その噂で持ちきりよ」
真希子が興奮して言う。
「殺されちゃった子、ヒビ南の2年生だって。かなり可愛い子だったみたい」
小春も横から補足する。
「ヒビ南!?」
ヒビ南と地元で略される高校は正式名称日比野南高校と言って、千倉たちの高校のすぐ近くにある。千倉の中学校の同級生などでも進学した人は多いから、知り合いも多い高校だ。
「物騒だねー」
「現場は結構ウチの高校からも近いからね。犯人捕まってないみたいだし」
いくら連日のようにテレビで殺人報道がされていても、実際に身近にそれが起こるということはなかなかない。どおりで、学校中の雰囲気が騒然としている筈だ。
「現場ってどこよ?」
「西公園」
その単語に、どきりとする。
「私、通学路真っ只中なんだけど!」
朝できていた人だかりはそれのせいか、と納得する。
「ええ!? そうなの? 別ルートから帰れるならそうした方がいいかも。それか、誰かと一緒に帰るとか」
小春が心配そうに言う。
「千倉なら大丈夫よ。ちょっと痩せたからってなんてことないわ。まだまだ勝てるわよ」
「真希子さんそれはどういう意味ですか」
「言葉通りの」
「マキちゃん、梓頑張ったじゃん。認めてあげようよ」
横から一色が口を出す。
「梓、ホント痩せたよ。男子の間でも噂になってるって。可愛くなったよ?」
一色がにっこりとわらってそう言う。
「はは……ありがと」
千倉は言いながら、自分の中に微妙な変化を感じて戸惑った。
(あれ。前は孝行に誉められたらもっと嬉しかったはずだけどな……?)
嬉しくないわけじゃないけれど。前はもっと、胸の中がほかっと温かくなって、気持ちが弾むような。
(……吹っ切ったって事かな?)
「ちょっと、孝行。私以外の女子に可愛いとか言うの止めた方が良いと思うんだけど」
真希子の不機嫌な言いがかりにたじたじとなる一色を見ながら、遠巻きに普通に笑っている自分にそう納得するのだった。
お昼を食べにいつも通り白雪姫を1組の教室に迎えに行ったら、白雪姫は欠席だった。戸口にいた1組の生徒、山縣という男子生徒にそれを聞いて、初めて白雪姫の欠席を知った。
(そういえば、学校以外で会う事ないし、メールアドレスも知らないもんね)
一応自宅は知っているものの、それ以外白雪姫のプライベートはほぼ知らない。
「わかった。ありがとう」
礼を言って立ち去ろうとしたら、山縣は「あ」と何か言いた気に千倉を引き止めた。
「何? 山縣」
「いや、その」
呼び止めたくせに、山縣はなんだか煮え切らない態度で黙り込む。
「用がないなら行くけども」
千倉はそう言って踵を返そうとした。
「や。ちょっと待て。千倉、おまえその」
「ん?」
「今週の日曜とか空いてたりするか?」
「は?」
「……は、って」
千倉とて、この質問の意図をさすがに取り違えはしないのだが、それにしても。
『山縣なんて、あんなデブと仲良くしてあげて白雪姫優しーい、とか言ってたよ』
人の噂話を真に受けるのもどうかと思うけれど、いつぞやの陰口は忘れてはいないわけで。
「良かったら、映画でも」
「あ。ごめん、今週日曜用事あるわ」
「……そっか」
「うん」
「そうか」
「うん。……じゃあ」
と逃げるように去った教室の背後で「山縣が千倉にふられたぞー」という歓声と大騒ぎが聞こえる。一瞬だけちらりと、小春の言っていた「モテ期」発言が頭をよぎった。
白雪姫が休みだったというと小春たちは快く仲間に入れてくれた。どうやら最近は小春と真希子と一色と、一色の友人の井上という男子生徒と一緒に食事をしているらしい。食事の話題はもっぱら殺人事件の話だった。
「ヒビ南の青山さんつったら、美人で有名だよ。俺同じ中学。高嶺の花だったから、話したこともないけどねー」
井上が何故か自慢気に言う。
「ウチの高校で言う白雪姫みたいな感じ?」
小春の言葉に井上はちょっと考える。
「ん。んー? ……好みに違いはあるので一概には言えないけど俺にとって白雪姫はもうワンランク上」
「男子って女子をランク付けするよねー。ヤダヤダ」
「三崎って割と男子に厳しいよね」
井上が情けなさそうな顔をする。
「俺の兄貴さ、マスコミ系なんだけど」
横から一色が話を変えるように言う。
「ここだけの話、一般に公表されてないんだけど、今回の事件って猟奇的らしいよ」
「猟奇的って、なに?」
「マキちゃんそれは言葉の意味を問うているの?」
「……彼女が頭良すぎない方がいいでしょ?」
「異常な事件って事でしょ? で、どんな?」
小春が横からカップルの会話に口を挟んで続きを促す。一色も気を取り直して話を続けた。
「その一。死因は失血死」
「失血死?」
「マキちゃん、それは言葉の意味を……」
「血が足りなくて死んだって事だよね! で?」
また促されて一色は続ける。
「それも、ただの失血死じゃない。体中すべての血が抜かれてるって」
「丁寧な仕事する犯人ねー」
真希子が変な感心をする。
「その二。被害者に外傷はなし」
「なし?」
小春が首をかしげる。一色は頷いて続けた。
「正確に言えば、一応外傷はある。けど、その傷だけで死に至らせる筈はどう見てもないだろう、って言うくらいの傷」
「勿体つけないでよー」
真希子の催促に、一色ははい、とちょっと気抜けしたように言って続けた。
「首筋のところに、二つの小さい穴が空いてたって。血管までぶっ刺さってね。でも本当に小さい穴だから、普通ならそんな傷で死ぬはずないんだって。でも他に外傷はないし、血は全てなくなってる。まるでその穴から全部吸い取られてしまったみたいに」
で、と一色は真面目な顔をして人差し指を立てる。
「関係者の間ではこの事件を『吸血鬼事件』と呼んでるらしいよ」
一瞬、千倉はどきりとする。
(吸血鬼……)
とはいえ、一瞬思い浮かんだ知り合いの吸血鬼がそんな事件を起こすような残虐非道な人物にはとても思えないからすぐに「ないない」とその可能性を打ち消したのだけど。
千倉の内心のそんな反応も知らず、友人たちは「吸血鬼って」と若干呆れたように苦笑している。
「いや、馬鹿にしたもんじゃないんだよ?」
一色の説明にも「はいはい」という反応だ。
「一色君、オカルトとか結構好き?」
小春がちょっと優しくそう聞く。
「あ。そういえば好きだよな。よくムーとか買ってるもん」
井上が暴露すると、彼女である真希子が本気で引いた様子で「ムーって……」と言う。
「みんなして馬鹿にして。あ、梓はわかってくれるよね」
「……ごめん孝行。こればっかりは私もこっち派。ムーはないわ」
「裏切り者!」
「っていうかお兄さん、孝行を喜ばせる為に作ってくれたんじゃない?」
真希子の言葉に一同が「ああ」と納得の様相をみせる。一色一人がしぶとく抵抗をしていた。




