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もしかして、白雪姫って……

 「最近千倉さん、あの人とよく一緒にいますね」

 白雪姫のそんな発言に、千倉は目をぱちくりさせた。

 「あの人? 黒須君?」

 「はい」

 二人でいつものように屋上で食事をしている際、たまたま見下ろしていたグラウンドに黒須の姿を発見した際の発言だ。

 「つきあっているんですか?」

 「はあ!?」

 思わず声が裏返ってしまった。

 「ないない。有り得ないでしょ」

 「そうなんですか? 随分仲が良いみたいに見えましたけど」

 「それは私が女として見られてないからだよ」

 千倉はグラウンドでサッカーに興じる黒須の姿を見下ろす。いつも通り人懐っこい様子でみんなの中心にいる。人気者だ。こうして見ると、まるで別世界の人間。完璧すぎるし手が届かない。ここのところ毎日その家に通っては筋トレをして、余裕があればDVDのトレーニングをこなして、料理を作って帰っているだなんて嘘みたいに思える。

 (私が、白雪姫くらい可愛いければ別なんだけどね)

 千倉はちらりと隣に並ぶ美少女を見る。その美少女も、じっとグラウンドの黒須を見ている。

 (随分熱心に見てるなー)

 珍しい。そう思って何かひっかかるのを感じた。

 (そういえば。男嫌いで有名なのに黒須君とお昼食べるのはオッケーしたんだよな)

 (しかも、結構会話会話で黒須君のこと聞いてくるし)

 もしかして、と千倉の中にぴんと閃くものがあった。

 (もしかして、白雪姫って黒須君の事……!)

 「なんですか?」

 千倉がじっと見つめすぎていたせいで視線を感じたのか、白雪姫が怪訝そうに振り返る。

 「や。なんでもないなんでもない」

 千倉は慌てて弁当に視線を戻した。最近は母親に頼んで、自分で立てた献立の昼食を作ってもらっていた。

 「千倉さん、頑張りますね。偉いです」

 白雪姫は千倉の弁当を見て、ちょっと微笑んで言った。

 (わ。最近よく笑ってくれるなあ)

 そんな事に和みながら、誉められた事に普通に嬉しくなる。

 「ホントに痩せられるかまだ不安だけどね。できる限り頑張ってみるよ」

 「毎朝、ジョギングもされてるんですっけ?」

 「うん。最初の数日はかなりきつくて、途中歩いちゃったりしたんだけど、最近ちょっと楽になってきて。昨日、指導してくれてる人に距離を伸ばそうって言われたからちょっと辛くなるかもだけど」

 「前向きですね」

 「うん。白雪姫とお弁当交換ができるような日が来るまで私は頑張るよ!」

 「楽しみにしています」

 そう言って、白雪姫はまたちょっと笑った。



 「黒須君って、この問題説くの何百回目くらい?」

 「何が言いたい」

 「流石にそんな長く生きてたらできて当然だよねって事を」

 「自分の成績の悪さを棚上げするために俺を非難するな」

 筋トレと料理の合間に宿題を解いていた千倉がうんざりして放り出すと、黒須にそう叱られた。

 「数学はね。才能なんだよ。できる人はできる。できない人はできない」

 「諦めんなっつーの」 

 ノートで頭をぺちんとはたかれて、千倉は背の低いテーブルにだらんと伸ばしきっていた上半身を持ち上げた。

 「でもさ。ホント、今いくつなの?」

 「大まかに230歳くらい」

 「……!」

 「生まれは江戸時代だよ。町の人みんな、着物着て歩いてた。姉ちゃんも同じ頃だな」

 そういえば、と千倉は疑問に思っていた事を思い出す。

 「さくら先生、黒須って苗字じゃなくない?」

 「小寺」

 「そう。なんで?」

 「気分的に、未亡人だからじゃない?」

 さくっと言われた言葉に、千倉は一瞬戸惑う。黒須はちょっと笑って、肩を竦めた。

 「昔一度結婚してるんだ。旦那さんはもう死んじゃったけど、小寺は旦那の苗字」

 「あ。ごめんなんかヘヴィーだね」

 「さあ? 姉ちゃんはあんなふうにケロっとしてるから、よくわかんないよ」

 「さらっとそんな」

 千倉が少し動揺して言うと、黒須は宙を見つめて少し真面目な顔をした。

 「俺たちは、いろんな人の死を見送ってきたからね。……なんせ、長く生きてるから色々見てる。酷い災害も目にしたことあったし。天明の飢饉、天保の大飢饉、戊辰戦争、太平洋戦争。歴史の教科書に載ってるようなこと、見てきたから。いっぱい人が死んでたし、仲の良い人だって親しい人だって死んでった」

 黒須はシャープペンシルでこつこつとテーブルを叩いて「んー」と言う。

 「飢饉とか見ると、食ってどんなに大切か分かるよ。食べるものがないって、死に直結する事だから、人はみんな必死になるんだ。醜い面を曝して、見てられないくらい酷くて。俺はそんな中で人の血を吸うのさえ躊躇してしまうくらいだったけど、飢えに耐えかねて人のクセに人を食ってる人もいた」

 (うわ)

 いつもと変わらない調子で淡々と語る黒須が理解できなかった。不気味そうな顔をしてしまった千倉に、黒須は一つでこぴんをくれる。

 「だからまあ、今の世の中は恵まれてんだけど、恵まれすぎて千倉みたいに加減がわかんなくなっちゃうやつもいて、難しいもんだとつくづく思うよ俺は」

 「うあ。なんか罪悪感」

 「だったらしっかりとダイエット成功させて、健全な食生活をその身に叩き込むんだな」

 「へーい」

 「きちんとした返事!」

 「はい!」

 その時、さくらの帰ってくる声が聞こえた。

 「ただいまー! 今帰ったので出迎えろヤロウども」

 黒須と千倉は立ち上がりもせずに、既に慣れた返事を返す。

 「おかえりー」

 「お帰りなさいー」

 「迎えろっていってんのに」

 さくらは不機嫌そうに歩いてきて、リビングのソファにどん、と腰を下ろす。

 「疲れた。お茶入れて」

 「はいはーい」

 「良いね。そのフットワークの軽さ。陣衛門も千倉をちょっとは見習え」

 「あ!」

 黒須が大声を上げるのと千倉が「じんえもん?」と首をかしげるのは同時だった。

 「姉ちゃん! その名前はもう廃止って言っただろ」

 「何かっこつけてんの? 親から貰った大事な名前だろう陣衛門」

 「昔はそれでかっこ良かったけど今は時代遅れなの!」

 「いや……いいと思うよ? じんえもん?」

 「千倉、フォローしながらも顔が笑いでひきつってるぞ」

 黒須は千倉を軽く睨みながら言うので、千倉は逃げるように既に使い慣れた台所に、お茶を入れるために向かった。


             + + +



 「白雪姫だ!」

 声が聞こえて振り返ると、千倉が駆け寄ってくるところだった。学校帰りの道で、白雪姫はいつもの通り一人で帰るところだった。

 「なんかお昼以外で会うの、初めてだね」

 千倉はごく自然に隣に並んでくる。白雪姫はちょっと微笑んだ。

 「そうですね。今お帰りですか?」

 「うん。これからね、帰って筋トレとか有酸素運動とか、地獄の特訓が待っているのですよ。朝も毎朝走ってるんだよ。これはもう、マゾの域だね」

 「随分頑張りますね」

 本当に努力しているのだろう。白雪姫の感心した声に千倉は照れくさそうに笑う。

 「本当に効果が出るかわからないけどね」

 「え?」

 白雪姫は不思議そうに首をかしげる。

 「分かってないんですか?」

 「へ?」

 「随分痩せてきてますよね?」

 「んー。まあ多少制服のスカートが緩くなって来た感じはするけど」

 「ですよね。痩せて来てるなって思ってました」

 「ホント? なんか人に言われると嬉しいなー」

 千倉が本当に嬉しそうにそう言うので、白雪姫はつられて微笑んだ。

  

 自分に割り当てられた部屋に入ってティーシャツとジーンズ、という軽装に着替えて一息つくと、白雪姫は大きく一つため息をついた。

 「何、どうしたのため息なんてついて」

 自室なのに、そんな声が唐突に背後から聞こえてややうんざりと背後を振り返る。そこに立っていたのはすらりとした黒髪美人。切れ長の涼しげな瞳が、からかうように半月形に細められて白雪姫を眺めている。

 「お嬢。いつからいたんですか?」

 「雪姫ちゃんが着替えてる途中から。パンツは黒だった」

 「変態ですか」

 「いいじゃん。見ても減るもんじゃないし」

 白雪姫は諦めたように軽く肩を竦める。

 「大体、雪姫はお嬢でしょう」

 「それじゃあ、ハルちゃん」

 「……なんですか?」

 「今のため息は何?」

 尋ねながら、お嬢と呼ばれた少女は勝手に白雪姫のベッドに腰掛ける。

 「お嬢にはあまり関係のないことですよ。少なくとも、虎岩組とは関係ないと思います」

 「そんな事はなっから知りたいとも思わないわよ。ハルは私の代わりに学校行ってるんだから、学校生活について報告する義務があるってもんじゃない?」

 強がってこういう言い方をしているけれど、それを本当に彼女が欲しているという事を白雪姫は知っているから拒めない。

 彼女は、本来なら高校に通っているはずの年齢なのに生まれたその家に敵が多すぎ、抗争が激しすぎるために、彼女を人質に取られる事を恐れた親が、家に閉じ込めた。高校には入学当初からまったくの「替え玉」を通わせ、それをもって彼女の「学歴」とするから、高校には彼女の替玉が「龍川雪姫」として通っている。そして、その替玉こそが白雪姫だった。本来ならば別の名前があるけれど、その名前はこの組に拾われた時から捨てたも同然だから別に良いと思っている。

 むしろ可哀想なのは、本物の雪姫の方。彼女がどんなに、同世代の人間と話すことに飢えているか。そして、学校の生活の話の片鱗を、白雪姫の言葉から拾うのに貪欲であるか。それはもう、いじましいほどに。

 それでも、彼女が学校に通うのは不可能だ。今でさえ、彼女のフリをしている白雪姫に対してしばしば危害は加えられる。通学途中に襲われそうになったり、薬を嗅がされそうになったりと言う事は珍しい事ではなかった。お陰で、白雪姫が保健室の常連になってしまうくらい。

 だから、せめても話くらい、と白雪姫は彼女のその言葉を簡単には拒めない。

 「ちょっと最近、友人ができて」

 「友達!?」

 渋々ながら白雪姫が口を開くと、雪姫は驚いたような声をあげた。

 「へえ。あんたに友達ねえ。へええええーーー」

 「その人があまりにもお人よしなんで、騙してるのにちょっと良心が咎めてるだけです」

 「良心なんてあったんだ。ハルに」

 白雪姫がじろりと睨むと雪姫はけらけらと笑う。

 「恐い顔しないでよお。でもさ、あんまり気に病む必要ないと思うわよ? あんたが友達だと思ってても、大方相手はきっとあんたに恋してるだけ、とかだから。なんせあんたの美少女っぷりったらないんだから」

 その言葉に、白雪姫は不可解そうに眉を寄せる。

 「まさか。彼女は俺が女だと思ってるんですよ」

 「え!? 彼女、って。女なの?」

 雪姫は目の前の青年を見詰める。可愛らしい顔は、ジーンズとTシャツという出で立ちをしていてさえ、そこいらの女の子よりも数倍可愛い。これで腕っ節は結構強い男だというものだから、人間見た目ではわからないものだと、雪姫は常に思っているくらいだ。

 「男女の友情なんて、成立するの?」

 疑わしげな雪姫の言葉に、白雪姫は当たり前だと言う顔で言う。

 「ですから。彼女にとっては俺は女なので」

 「……ふーん。まあ、良心に従ってボロが出ないように気をつけてね」

 雪姫はちょっと肩をそびやかしてそう言った。 

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