第16話 1本目のフラグブレイク
「お待ちしていました。恐縮ですが、あとはお願いできますか」
「うけたまわりましてよー。ハネコイ一匹でよく……」
そういいつつ周囲の状況を確認した薔薇塚ランガは。
「よくここまでおやりになりましたわねっ!? コンドルフも倒したんですの!? レベルもそこそこお高めでしてよ!?」
と、声をあげた。
オレとハネさんではお手上げのB型ゼノビシャモサも、レベル50のシュレベロス、レベル80台のユリコーン、そしてビーハチにとっては難敵ではない。
ハネさんをボトルに戻したオレは、目を回したままのビータンに傷薬を使いつつ観戦モードに移行した。
あとは六根丸が逃げないか見張っていればいい。
「しゅれにゃ!」
量子猫シュレベロスの〈クォーククロー〉がゼノビシャモサのサイバー器官の機能を乱し、ユリコーンが投げつけたトウモロコシランスが一定時間後に爆発する〈ポップコーン〉、8本のマフラーから8本の炎の剣を出して投射するビーハチの〈エキゾーストソード〉が大ダメージを叩き込んでいく。
サイバー器官が破壊されるようなダメージを受けても、ゼノビシャモサはゼノライズ粒子の力を使い、時間を巻き戻すように回復していくが、ゼノドープ缶から放出されたゼノライズ粒子の量には限りがある。
回復限界に達したゼノビシャモサが体勢を崩した。
「攻撃はもう結構ですわ! 動きを止めてくださいまし!」
「ギガフロッグ!」
神喰丸がテラモンボトルを投げる。
「ギガー!」
現れたのは体長3メートル超の大蛙テラモン、ギガフロッグ。
テラモン親方としての神喰丸が育てたテラモン力士で、神喰丸譲りの肉弾戦闘力を誇る。
「ギガ!」
「ビシャッ!」
痛烈な張り手で崩しを入れると、河津掛けでゼノビシャモサを地面へと転がした。
「お見事ですわ! 参りましてよ!」
ランガは四気筒テラモンのビーヨンから緑色のボトルを受け取り、倒れたゼノビシャモサへと転がした。
アブゾーブボトル。
ゼノドープとは逆に、テラモンの体に入ったゼノライズ粒子を吸収することで、ゼノライズ状態、ひいてはB型化を解除するアイテムである。
ゼノビシャモサの体から緑色のゼノライズ粒子が抜けてゆき、やがてもとのビシャモサの姿へと戻って目を回した。
そして神喰丸は、ドヒョウガメ誘拐事件の主犯、六根丸へと歩み寄る。
ゼノビシャモサに吹き飛ばされ、口から血を出していた六根丸はどうにか立ちあがり、神喰丸を見上げる。
オレから見ると恐怖のフィジカルモンスターだった六根丸譲司だが、神喰丸一刻はその六根丸を圧倒的な力で惨殺する男だ。
現時点ではまだ、惨殺ルートには入っていないはずだが、鬼神、羅刹、修羅と言った形容がぴったりくる憤怒のオーラを放っている。
後ろで見ているオレでも足がすくみ、頬が引きつるレベルだ。
正面から向き合った六根丸も後退りかけたが、元力士の意地だろうか、咆哮とともに突進し、神喰丸の顔面に張り手を打ち込みに行く。
正確にいうと目潰し、指先を目に入れにいっていたようだが、小細工が通じる相手ではない。
先に動いた六根丸の張り手が届く前に、神喰丸の張り手、俗に言う鉄砲が六根丸の胸板に直撃する。
ドゥン!
衝撃波めいた音と共に180キロの巨体が冗談のように吹き飛び、地面に転がった。
「……アガッ、ひ、ひっ、ひぃっ……」
一撃で戦意を喪失。
這うように逃げようとする六根丸。
神喰丸はその襟首を掴んで引き起こし、ドバン! ズバン! という恐ろしい音のするビンタを立て続けに入れた。
”人体から出してええ音と違うんとちゃうか、アレ……?”
確かにまずい。
「神喰丸さん! そこまでで! 」
制止の声をあげて走り寄る。
殺してしまうのではないかとひやりとしたが、まだ闇落ちには至っていないようだ。神喰丸は重く息をつき、手を止めた。
「そのまま押さえておいてください」
六根丸の体を探ると、それらしいテラモンボトルが見つかった。
ボトルの底のシリアルナンバーも、ドヒョウガメのものと一致する。
「これのようです」
「ありがとうございます」
六根丸の体を放り出し、ボトルを受け取った神喰丸はすぐにドヒョウガメをリリースした。
「ドヒョ……?」
誘拐された、という認識はあったのだろう。
リリースされたドヒョウガメは不安げに周囲を見回し、神喰丸の姿に気づくと、「ドヒョッ!」と悲鳴をあげてあとずさった。
「……どうした、ドヒョウガメ? オレだ」
「帽子は取ったほうがいいかもしれません」
変装用のヤカラ系ファッションのままである。
六根丸の仲間と思われてもおかしくない。
「ああ、そうか、すまん。オレだ、ドヒョウマル。だいじょうぶか?」
帽子を取り、潰れ、崩れた丁髷を見せる神喰丸。
それでようやくわかったらしい。
「ドヒョォォォォォゥッ!」
歓喜の声をあげたドヒョウガメは〈ぶちかまし〉めいた勢いで神喰丸に飛びついた。
◇◇◇
六根丸譲司こと飛田譲司は比嘉刑事に逮捕され、フロイライン交通で警視庁へと連行された。
ドヒョウガメも無事生還。
神喰丸の闇落ちフラグは折れたといってもいいだろう。
ただし、折るべきフラグはまだ多い。
神喰丸の年齢から逆算すると〈欺瞞のユートピア/烙印のディストピア〉はこれから20年後の物語だ。
恐らくこれから5年後にPOSE現象が発生することになる。
ただし、POSE現象の原因は地球外から飛来する〈時の石〉と呼ばれる隕石なので、実際に飛来してくるまでは手の出しようがなかった。
あとは神喰丸以外のユートピアの四騎士、ディストピアの四神の動向も気になるところだ。
このあたりを探ってくれそうなのは、神喰丸とリンクしたシュレベロスだと考え、オレは神喰丸に連絡を取り、浮橋亭で待ち合わせをした。
浮橋亭の屋上席に足を運ぶと、神喰丸とドヒョウガメが「こちらです、伊勢の兄さん」「ドヒョッス!」と、妙な声をあげた。
同席しているシュレベロスはこちらを気にせず、浮橋亭特製テラモン鮨に舌鼓を打っている。
“兄さんと来よったか”
敬意を持ってもらえるのはありがたいが、やや想定外の流れである。
神喰丸ばかりかドヒョウガメまで「押忍」などと言いそうな姿勢を取っている。
フロア係の花園ルカとシュガリエ、イカタコテラモンたちも「なにごと?」「どういうこと?」という顔をしていた。
「お待たせして申しわけありません」
「いえ、伊勢の兄さんのお呼びとあれば何時間でも」
「何時間のレベルになったら怒っていただければ」
やりにくい。
任侠系というか、極道ゲームの伝説の極道を思い出す仰々しい『兄さん』だ。
気を取り直し、食事をしながら本題に入る。
「実は、神喰丸さんとドヒョウガメ以外にも、良くない未来が見えた相手がいるんですが、具体的な所在が掴めないんです。シュレベロスの力で探ってみていただけないかと」
「助けに動かれるんでしょうか? オレとドヒョウガメのときのように」
「それが必要なタイミングなら」
「わかりました。伊勢の兄さんの頼みとあれば喜んで」
そうして神喰丸、シュレベロスの協力を取り付けたオレだが、残念ながらユートピアの四騎士、ディストピアの四神らしき人間を見つけ出すことはできなかった。
なにせ20年後の話である。
まだ生まれてもいない人間のほうが多いのだろう。




