第14話 ゼノライズ
アタッシュケースを受け取ったところで、神喰丸から電話が入った。
『神喰丸です。六根丸がテラモンで飛んで逃げました。そちらから目視できるでしょうか!?』
「ああ、はい、それでしたら……」
アタッシュケースのロックを外しながら応じる。
「ハネコイをぶつけて不時着させました。今は近くの遊園地跡に降りています」
500ミリリットルの金属ボトルに、拳銃のトリガーとグリップを取り付けたような構造のガジェットである。
“水鉄砲みたいやな”
――実際そういうイメージらしい。
前世でも「ゼノライザーみずでっぽう」という玩具が売られていた。
「追いかけて見張っておきます」
セットになっているベルトとホルスターで身につけ、移動を開始する。
「ビ!」
ビータンが一緒についてきた。
”護衛みたいやな“
「助かるよ」
贅沢を言うとビーハチについてきてもらいたいところだが、そこはタクシーのエンジン業務のほうが優先順位が高いようだ。
遊園地跡へと走る。
ごろつきたちに時間を取られ、ゼノライザーを準備した結果、意識を回復する時間を与えてしまったようだ。
ドヒョウガメ誘拐事件の主犯、六根丸譲司は立ち上がってハーネスを外している最中だった。
隠れて様子を伺い、ランガや神喰丸と合流の上制圧、というのが無難な立ち回りだが、残念ながら見通しが良すぎたようだ。
ハーネスを外し、顔を上げた六根丸と見事に目があった。
飛行中にモンスターボトルを叩きつけてきたクソ野郎ということも把握しているようだ。
ハーネスを外し終えた六根丸はぴくりと口元を震わせると、殺意と暴力性の塊のような圧力を撒き散らし、こちらに足を踏み出した。
既に現役を離れているとはいえ、元幕内力士のフィジカルというのはやはり凄まじい。
大型の獣属性テラモンを思わせる重圧感。
素人が立ち向かっていい相手では絶対にない。
――逃げるぞ!
護身術の基本は逃げること。
”せやな、すもうとりのダイレクトアタックはさすがにアカン……”
「ビ!」
ハネさんとビータンも同意見のようである。
オレは踵を返して逃げ出した。
殺気と威圧感は壮絶だが、六根丸は180キロの高体重。
ただの一般人とはいえ、全力逃走を決め込んだ相手を捕まえるのは難しいようだ。
六根丸は自力での追跡を断念し、モンスターボトルから闘鶏型テラモン、ビシャモサを出してきた。
毘沙門+軍鶏+猛者でビシャモサ。
体高約170センチ、体重70キロ。
格闘能力に長け、足も早い。
更には短距離ならば飛行も可能という強力な肉弾型テラモンだ。
頭にはマッドマッチ用鋲付きヘルメット、足にも金属のクローを装備している。
シュレベロスの調べによると、角界を追われた六根丸は雪風部屋時代から付き合いのあった反社系の人間の手引きでキザクラエリアに流れ着き、マッドマッチバトラー、つまり闇テラモンマッチ専門のテラモンリーダーとして生計を立てていたらしい。
「ビシャモサ! 〈引きずり回し〉!」
「ビシャアアアアッ!」
六根丸の声を受けて咆哮、加速を開始するビシャモサ。
名前の通り相手の体を掴んで地面を引きずり回す継続ダメージ系の格闘技である。
嘴でやられても金属クローつきの足でやられても大怪我は間違いなし。
つかまらなければどうということはない、といいたいところだが、ビシャモサの走行速度は時速50キロにも達する。
短距離陸上選手より早い。
逃げ切るのは不可能だ。
「ビーッ!」
ビータンが自己判断で〈スチーム〉を展開。
お尻のマフラーから白煙を吹いて目眩ましをかける。
視界を奪われたビシャモサは一旦足を止めて白煙を抜け出すと、ビータン目掛けて突進する。
ビータンは高度を取ってその攻撃をかわそうとするが、ビシャモサのフィジカルは凄まじかった。
およそ3メートルほどの高度まで一気に飛び上がると、メタルパーツで補強された羽根を一閃。
交通事故のような激突音を立て、ビータンをはね飛ばした。
ビシャモサはそのままオレのほうに視線を向ける。
さらに、六根丸の手持ちテラモンはもう一匹いる。
「コンドルフ〈噛み潰し〉!」
ターゲットの指定はなかったが、コンドルフは墜落したビータンを狙って動き出す。
――まずい。
これはルールのあるテラモンマッチじゃない。
オレの知っている六根丸という男は、ドヒョウガメを惨殺して動画を送りつけてくる人間だ。
ビータンも普通に殺される。
――ハネさん。
オレの呼びかけに、ハネさんは軽い調子で”ええで”と答えた。
”ええ経験値や”
元力士の六根丸がオレへのダイレクトアタックをためらわない相手なのでまずは回避の方向で動いていたが、本音としてはバトルがしたかったのだろう。
ちょうどいい大義名分ができたようだ。
――頼む!
コンドルフを迎え撃つ格好でボトルを投げる。
”任しとき!”
ハイテンションで飛び出したハネさんが〈びったん〉でコンドルフの横っ面を一撃、ビータンへの〈噛み潰し〉の出鼻をくじく。
相手は進化形のテラモン2匹に、六根丸という元力士&半グレ系フィジカルモンスター。
対するこちらはどちらも未進化のハネコイに目を回したビータン。
ビータンについてはそもそもオレのテラモンじゃない。
オレ自身は元サラリーマンの現釣り堀管理人というクソ雑魚モブ。
倒すというより、神喰丸とランガの到着まで持ちこたえるミッションだろう。
重い足音、太い呼吸音を立てながら、六根丸が迫って来る。
人間のはずなのだが、人喰い熊を目の前にしているような戦慄を感じた。
コンドルフがハネさん、ビシャモサがオレに向かって動き出す。
この局面で真っ先に死にそうなのは……オレだろう。
一旦ハネさんに戻って来てもらいたいが、ハネさんのほうもコンドルフに背中を向けて動くのは危ない。
借りてて良かったゼノライザー、と言えるかどうかはやってみないとわからないが。
使ってみるしかないだろう。
――ハネさん! ゼノライズだ!
”おうっ!”
短く返事をしたハネさんにゼノライザーの銃口、正確に言うとボトルキャップ部分を向けてトリガーを引く。
回収。
はめ込み式のキャップがポンと音を立てて開き、ハネさんの体を粒子化させてボトル内に収容する。
ハネさんと対峙していたコンドルフが敵を見失う。
安全装置を兼ねたボトルキャップを手動で閉鎖。
二度目のトリガーを引く。
加圧。
ボトル内に疑似的なゼノライズ粒子場を作り出し、内部のテラモンが持つ『ありえたかも知れない可能性』を励起していく。
所要時間は数秒程度だが、オレを狙うビシャモサが距離を詰めるには充分な時間である。
目の前で地面を蹴り、金属クローから火花を散らしたビシャモサにゼノライザーを向ける。
解放。
ビシャモサのクローが届く一瞬前に三度目のトリガーを引ききり、『あり得たかも知れない姿』のテラモンを解き放つ。
ドン。
反動と共に飛び出したもの――それは虹色、七色の魚影。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の光を放って飛び出した魚影は、最後は緑色の魚影となって尻尾の一撃を叩き込み、ビシャモサを数メートル後退させた。
〈テールスラスト〉
命中すると相手をノックバック、そのターン相手の近接技は届かなくなる。
尻尾のあるテラモンが良く覚えるスキルだが、通常のハネコイは覚えない。
打撃の瞬間は緑色に見えたが、ベースカラーは黄金のまま。
鱗あたりから七色の光を放つことで虹色に輝いていた。




