第13話 余裕の音だ、馬力(レベル)が違いますよ
マッドタワーに乗り込んだ神喰丸と薔薇塚ランガ、比嘉刑事とユリコーンの帰りを待つオレは、タクシーの後部座席でハネさんと雑談をしていた。
カモとみて寄ってくるヤカラ系はいたが、フロイライン交通の車だと気づくとそのまま視線を外していった。
当人不在だというのにゴロツキの忌避能力が桁違いである。
”ホンマにやべぇ女っちゅう認識なんやろな”
――まぁ、あのレベルだったらなぁ。
現在薔薇塚ランガに同行しているユリコーンは、ゲーム序盤の初対戦では進化前のユリッコの姿で登場するが、クリア後の再戦イベントでレベル80で出てくるエンドコンテンツ的なテラモンだ。
そんなテラモンを従える人間をわざわざ刺激したい人間はいないだろう。
”ところでなんやけど、ゼノテラモンってなんなん?”
――ゼノっていうのは、異質、外来って意味だ。つまり、この時代、この場所にはいないはずのテラモンだ。太古や未来、それと別の地域あたりから、時空を超えてやってくる。
もう少し身も蓋もなくいうと、過去作に登場した他の地方、他の時間軸のテラモンのことである。
〈蒼穹のアクアリウム/深淵のプラネタリウム〉のメインギミックだ。
――10年前に起きたゼノキーズ、ゼノアクシズの2体の時空系テラモンの共振と激突で、このキザクラエリアはゼノテラモンの大量発生地帯になった。
時空の門を開く鍵、時空の門を叩き壊す斧の名を持つテラモンだ。
――大方のゼノテラモンは外来テラモンっていうだけで危険度は普通のテラモンと変わらないんだが、一部に、テラモンが人類の宿敵っていう世界からやって来る危険なテラモンがいる。B型ゼノテラモンと呼ばれていて、人間を見ると狂ったように暴れて襲いかかってくる。
狂戦士、BerserkerのBである。
――ゼノキーズとゼノアクシズを当時のネコハマアリーナチャンプとそのライバルが一体ずつ鎮圧、制御することでゼノテラモンの出現は減少し始めたが、今でも完全には収まっていない。
メインストーリーのクリア後もゼノテラモンを捕まえられるように、というゲーム的な都合によるものだろう。
ちなみに〈蒼穹のアクアリウム〉ではゼノアクシズ、〈深淵のプラネタリウム〉だとゼノキーズを手に入れることができる。
――それから5年もすると、ゼノテラモンの出現そのものはだいぶ収まったんだが、代わりにゼノ粒子と呼ばれる、普通のテラモンに一時的にゼノテラモンの力を与える粒子が発見された。
”ゼノテラモンの力?”
――本来の進化や成長ルートではありえないスキルやステータスを得たり、属性を変化させたりだな。ゼノライズって言われてる。
こちらは後発作品である〈アンダーカバー〉における目玉ギミックだ
――たとえば駅で見た装甲ハトテラモンのメタルッポーがゼノライズすると、グランデ地方に棲息する近縁種の騎士型ハトテラモン、アイアンポーの強力な白兵戦スキルを使えるようになり、ステータスも全体的に向上し、属性も鎧属性から鎧・格闘の複合属性に変化する。
”おもろそうやな、ハネコイの場合は?”
――亜種とか作品差とかなく全体的に弱いから誤差程度の変化だな。
ゼノライズをしたテラモンは、そのテラモンが持つ「別の可能性」つまり「他作品の同種、近隣種が持っていた特性」を発揮できるようになる。
しかし、全作皆勤&全作共通で「最弱こそがアイデンティティ」とされているハネコイにとっては意味はほとんどない。
“やっぱ不遇なイキモンやなぁ、ハネコイっちゅうんは”
ハネさんは芝居がかった調子で嘆いたあと、”せやけど”と続けた。
”ウチはどうなるんやろ、人間から転生しとるんやけど”
――そういえばそうだな
ハネさんは人間のハイランカーだった前世を持つ。
つまり「ハネコイとは別の可能性」を持っていた。
普通のハネコイとは違ってくるかも知れない。
”試してみたいところやけど、どうやってやるんかな?
――専用のボトルの中に疑似ゼノ粒子場を作るゼノライザーっていうアイテムを使う。ブラックマーケットには単純にゼノドープって呼ばれる使い捨ての粒子供給ボトルもあるけど、B型化リスクが高い。
後者は敵用アイテムで、事実上B型化用というか、シナリオで強めの敵を出すためのギミックとして活躍していた。
マッドタワー17階の窓を打ち破った六根丸が飛び出してきたのは、そんな話をしている最中だった。
◇◇◇
重い破裂音と共にガラスが降ってきたと思うと、ハーネスをつけた元力士が空中にダイブ、落下しながら巨大コンドル・ロック鳥型テラモンのコンドルフをリリース。
地面に叩きつけられる寸前で滑空を開始した。
テラモン誘拐犯ながら大した度胸、見事な荒業だったが、惜しむらくは、高度が地面ギリギリすぎた。
コンドルフも巨大な翼で高度を上げようとはしていたが、ぶら下げているのが体重180キロの元力士とあってはそうそうスムーズに上昇はできない。
ちょうどオレとハネさんが待つオープンカーの前に来た時点では、地上5メートルほどの高度も取れていなかった。
――ハネさん!
“まかしとき!”
言葉というよりイメージを頭の中で交換し、ハネさんのボトルを投げつけた。
目を見開いた六根丸の眼前でリリースされたハネさんが空中で一回転し――。
“〈びったん〉!”
スナップの効いた尻尾の一撃を六根丸の顔面へと叩き込んだ。
コンドルフのスピードは時速60キロ前後、ボトルのスピードはよくわからないが、ちょっとした交通事故くらいの打撃力はあるはずだ。
ハーネスの上の六根丸譲司は白目を剥いてひっくり返り、ハネさんも後方に跳ね返った後、〈ぴちぴち〉を使って着地する。
無法地帯のキザクラエリアで金コイを出してしまったので、急いでボトルを拾ってハネさんを戻す。
コンドルフは無傷だが、人を運ぶ飛行テラモンは一般的に、リーダーが意識を失うといったん着陸して様子を見ることが多い。
狙い通り高度と速度を落とし、マッドタワー近くの遊園地跡の敷地に降りていく。
それはいいのだが、
「なあなあ、オレとテラモン交換しねぇか?」
「その金色のハネコイとオレのテンバイヤー交換しようぜ」
早速近くのごろつき連中が群がってきた。
面倒なことになってきたが、ランガも無策でオレを残していたわけではない。
「お構いなく」
「ちょっと待てって言ってんだろうが!」
ガゴン!
オレがごろつき連中に取り囲まれそうになったところで、タクシーのボンネットが開き、一匹のテラモンが現れた。
「ビビビビビビビビ……」
クロームの表皮。
背中に8つのエンジンシリンダーと8本のエンジンマフラーを生やしたハチ型テラモン。
ビーハチ。
一応これでも花属性。
花の蜜をガソリン代わりに1,000馬力のパワーを生み出すエンジン蜂テラモンである。
名前の元ネタはV8、などのエンジン形式。
蜂(Bee)型8気筒でビーハチである。
推定レベル80オーバー。
「ビビビビビビビビ!」
余裕の羽音だ。
馬力が違いますよ。
といったところだろうか。
ごろつき連中の顔があっという間に真っ白になり、後ずさって逃げ去っていった。
「ありがとう。助かったよ」
「ビビビビビビビビ」
ビーハチは言葉の代わりに羽音を高くした。
「ついでと言うのもなんだけれど、ゼノライザーを貸してくれないかな。ハッタリ用として使わせて欲しいんだけれど」
〈アンダーカバー〉のゲーム知識でこの車に積んであるのは分かっている。
ダメで元々で聞いてみた。
妙なことを言い出したオレを見つめるように、または見定めるように顔を動かしたビーハチは、やがて「ビビッ」と高い羽音を立てた。
それに呼応するように、タクシーのグローブボックスがガチャリと開く。
ビーハチと同じく車内に潜んでいた単気筒エンジン蜂のビータンが、ジュラルミンケースをぶら下げてこちらに飛んできた。
「ビ」
疑似ゼノ粒子場生成モジュール、通称ゼノライザーを収めたケースとなる。
「ありがとう。あとで返すよ」
ランガの私物ではなく、やはりビッグショットの一人であるゼノライザーの開発者セキガク博士が「これと思った相手に渡してくれ」と言ってランガに託しているものだ。
〈アンダーカバー〉ではランガ、またはセキガク博士との対戦に勝利することがゼノライザーの解放条件になっていた。




