第11話 不退転の覚悟で
【神喰丸視点】
「それでは、マッドタワー17階までご案内させていただきますが、先に皆様のリンクレベルと手持ちのテラモンの情報を可能な範囲で教えていただけますかしら?」
キザクラ駅からタクシーを出す前に、薔薇塚ランガは確認した。
「リンクレベル6、手持ちのテラモンはギガフロッグレベル55、シュレベロスレベル50、エンマオーレベル44、カパライデンレベル36。誘拐されたドヒョウガメはレベル15です」
まずは神喰丸が申告する。
神喰丸は大相撲の力士であると同時に、現役のテラモン親方でもある。
アリーナでのランクは低いが、テラモン力士として育成したテラモンは平均レベルが高かった。
「精鋭揃いですのね」
ランガは感心した様子で言った。
「リンクレベルは2。テラモンとのリンクはしていません」
続いて比嘉刑事。
最後はアリーナネーム一本槍こと伊勢界人。
「リンクレベル1、ハネコイレベル16です」
「あらー、素敵ですわよね、ハネコイ。私の屋敷でも飼育しておりましてよー」
ランガは朗らかな調子で言った。
愛玩・鑑賞用と思ったらしい。
「そうなりますと、比嘉様と伊勢様のお二人は車の中でお待ちいただいたほうが良さそうですわね。誘拐されたテラモンを取り戻しにタワーに入るには少々危険すぎますわ」
「いえ、同行させていただきます。私は警察の人間ですので」
比嘉刑事が身分を明かした。
「あら、そうでしたの? では、恐縮でございますが、伊勢様だけ車でお留守番をお願いできますかしらー」
「わかりました」
「よろしいんですか?」
あっさりとうなずいた界人に神喰丸は訊ねた。
伊勢界人はここまで神喰丸を導いてきた張本人だ。最後まで来るものだと思っていた。
「ここまで来ればリンクレベル1の素人にできることもありませんから、どうかお気を付けて」
界人は静かにそう言った。
全てを見通しているような、透徹した表情。
ファンタジーに出てくる賢者や隠者、仙人などをなぜか連想した。
なにか企んでいるのか、なにか裏でもあるのか、と思わないでもなかったが、なにひとつ推し量れない。
一体どれだけのことを知っているのか、どれだけの力を持っているのか、想像もつかなかった。
本当に、リンクレベル1なのかも怪しく思えた。
浮橋亭で見せたハネコイの動き、そしてシンジク3Dネコビジョンのシュレベロスとの交渉法を知っていた知識量。
アリーナのトップは知らないが、テラモン相撲であれば、神喰丸はトップクラスの親方だ。
その目で見る限り、一流どころの競技テラモンリーダーに匹敵するか、それ以上の水準に立っている。
「リンクレベル1、ハネコイ一本槍です」と口で言っておきながらもっと強力なテラモンを隠し持っていてもおかしくなさそうに思える。
だが今はそんなことを考えている場合でもない。
「ええ、一意専心、不退転の覚悟で、ドヒョウガメを助け出して参ります」
雑念を追い払うようにそう告げた。
ドヒョウガメは神喰丸のテラモンだ。
どんな犠牲を払おうと、必ず救い出す。
今はそれだけが、神喰丸の責務だ。
そんな決意と覚悟を固める神喰丸に、界人は「それと……」と付け加えた。
「六根丸は殺さないでください。許せない相手だとは思いますが、神喰丸さんやテラモンたちの未来や幸福と天秤に掛けるほどの価値はありません」
◇◇◇
六根丸譲司。
本名飛田譲司は神喰丸より3歳上の27歳。
身長195センチ、体重180キロ。
その巨躯と裕福な実家の権力を笠に着て、少年時代から暴行、恐喝などの犯罪行為を繰り返してきた。
そして息子が手に負えなくなった両親によって「性根をたたき直してくれ」と、18歳で雪風部屋に預けられた。
だが、飛田譲司改め六根丸譲司をたたき直すには、雪風部屋は力不足だった。
小規模部屋だった雪風部屋には六根丸を抑え込める有力な力士は居らず、一方六根丸は持って生まれた体躯と闘争心で雪風部屋ではトップとなる前頭十枚目の地位へと駆け上がった。
雪風部屋では唯一の幕内力士。
相撲の世界では幕内力士とそれ以外の幕下力士の序列は絶対的だ。
雪風部屋を自身を中心とした猿山に変えた六根丸は同部屋の力士たちを暴君として支配した。
誤魔化しの効かないレベルの暴力や強請りたかりを控える程度の知恵はついていたが、稽古の名目での暴力、リンチは日常茶飯事。
特訓と称して一人の力士を数人がかりで袋叩きにさせることも珍しくなかった。
そんな生活を続けていても、良くも悪くも才能のあった六根丸は、前頭十枚目から上にあがることはなかったものの、十両以下の番付に落ちることもなく、20代半ばまでの時間を過ごした。
そこに現れたのが、大学学生横綱にしてテラモン相撲の親方という肩書を持つ怪物、神喰丸だった。
本来はもっと大手の部屋へ入門する予定だったのだが、そちらの部屋で別の不祥事が発生、新弟子の受け入れが不可能となり、人間の相撲とテラモン相撲の二刀流ができる部屋ということで手を挙げたのが、有望な新弟子が喉から手が出るほど欲しかった雪風部屋だった。
大崩れこそしないものの、素行が悪く、前頭十枚目から上に行けない六根丸。
そんな六根丸の元で萎縮したその他の弟子たち。
閉塞した空気を打ち破る存在として期待された神喰丸は、六根丸には当然目障りな存在だった。
早速プロの世界の洗礼を浴びせてやろうとした六根丸だが、神喰丸には全く歯が立たなかった。
同部屋の力士たちを支配の対象とみなし、恐怖による上下関係を植え付け、自分に逆らわないようにさせて来た六根丸。
学生相撲の力士として稽古を積むと同時に、人間以上の力を持つテラモンたちに稽古をつけ、結果的に自身も腕を磨き続けてきた神喰丸。
どちらかが新弟子でどちらが幕内力士かわからない力の差を見せつけ、神喰丸は六根丸を叩きのめした。
面子を潰された六根丸はおとなしくなるどころか、なめられてたまるかとばかりにその凶暴性を激化させ、最後は公衆の面前であるホテルのロビーで付け人の顔面を数十回殴る場面が動画に収められてネットに流出。
これまでの暴力、ハラスメント行為を暴露され、角界から姿を消した。
◇◇◇
六根丸譲司。
力士の風上にもおけない男であり、ドヒョウガメ誘拐事件の主犯でもある。
「万死に値する」と言いたいところだが、さすがに本当に殺害するつもりはない。
ないのだが。
伊勢界人は本当に、六根丸の殺害を心配しているようだった。
――オレを一体なんだと思っているんだ?
六根丸のような暴力性の持ち主だと思われているなら、さすがに心外というものである。
そう思いながら「勿論です」と答えた。
「そんなつもりは一切ありませんとも」
◇◇◇
「では、そろそろ出発いたしましょう。と、さすがにそのままでは目立ちすぎますわね」
ランガが神喰丸の大銀杏髷を見上げて言った。
神喰丸は身長2メートル、体重185キロ。
大銀杏に着物姿。
確かに目立ちすぎるので着替えと靴、帽子を調達し『巨漢のヤカラ』風の風体に変装してからマッドタワー前へと乗り込んだ。
界人も車には乗っているが、このまま車内で待機となる。
運転席を降りたランガが一体の騎士型テラモンをリリースした。
ユリコーン。
白百合の鎧をまとい、角を生やした一角の騎士。
武器は黄金に輝くトウモロコシ型の短槍2本。
花と鎧属性の複合属性、総合パラメータも高い強力なテラモンだった。
「それでは参りましょう、わたくしについてきてくださいませー」
「行ってまいります」
「気をつけて」
ユリコーンとランガの先導を受け、界人に見送られた神喰丸と比嘉刑事はキザクラエリアの中枢、マッドタワー内部へと足を踏み入れた。




