第1話 金色のハネコイ
テラリウムモンスター。
通称テラモン。
小さなテラリウムボトルに収まる、精霊と生命の間の存在。
ボトルの中ではのんびりと。
自然の中ではのびのびと。
もちろん、街の中でも――。
空で、大地で、海で。
テラモンたちは生きています。
自然と共に、私たちと共に。
太古から、現代まで。
そして、きっと、これからも――。
◇◇◇
そういうゲームの世界にオレは転生していた。
前世のオレが生まれる前からの世界的IPで、アニメや映画も世代交代などを挟んで数十年続いている。
対するオレは交通整理のアルバイト中に車に突っ込まれて死亡。
テラモンシリーズのコンテンツ寿命より短い人生を終えてこのテラモン世界へ転生した。
そこから更に25年。
少年らしくプロテラモンリーダーを志した頃もあったが、普通に才能に恵まれず、大学を出てからはゲーム会社のプログラマーとして働いてきた。
オレが暮らしているのはテイトー地方。
明治、大正あたりの帝都東京のテイストを残しつつ、ネットやスマホといったIT技術が発展、ソシャゲや配信文化なども普及している。
地名などは微妙に違うが、地理や文化、歴史などは概ね日本の関東地方と同じ。
『帝』の住む皇居もあればお堀もある。
現在地はそのお堀の外縁を流れるソトボリ川の一角にある釣り堀だ。
日本で言うと市ヶ谷、神田川流域あたりだろうか。
平日の午後二時。
ゲーム会社の仕事はさぼっているわけでなく、少し前に退職している。
ソシャゲのバランス調整などを担当していたんだが、仕事の最中に前世の記憶が戻り、ゲームの仕事をしているのが薄気味悪くなった。
自分が関わったゲームの中にも誰が入り込み、ゲーム知識で無双し原作破壊、くらいならまだ笑えるが。
いわゆるクソ難度クソイベントの中で無限にすり潰され続けたり、人生を掛けたリアルガチャに爆死し続けたりするのだろうか、などと考えてしまった結果、心療内科のお世話になり、退職を勧められた。
今は祖父が経営する釣り堀の管理を手伝っている。
世界の時系列はゲームに出てきた時代の少し後。
前世の最新作だった〈テラリウムモンスター アンダーカバー〉という作品から2年後となる。
ゲームに登場した悪の組織も壊滅済み。
テラモン同士を戦わせるテラモンマッチは今も人気だが、アリーナチャンプやハイランカーと呼ばれる有力なテラモンリーダーたちも大半が世代交代している。
およそ30年前のアリーナチャンプが、第一世代と言われるテラモン第一作の主人公だ。
ちなみにこの釣り堀だが、歴代、各地のアリーナチャンプ、つまりテラモンシリーズの主人公たちの何人かが立ち寄り写真を残している。
ゲーム中最弱で知られるコイ型テラモンのハネコイを一定時間に何匹釣れるか、どれくらい大きなハネコイを釣れるかを競うミニゲームの記念写真だ。
つまりオレはテラモンシリーズの釣りミニゲームの管理人の孫に転生したことになる。
ここで釣れるテラモンはさっき言ったハネコイと、フナリィというフナ型テラモン。
後者はスピードと特殊攻撃力がよく伸びる、バトルでも使い勝手の良いテラモンだ。
テラモンについては桟橋からソトボリ川に直接釣り糸を垂れるシステムで、それとは別に普通の鯉とニジマスを放流した水槽をひとつずつ用意している。
鯉のほうはあまり問題ないが、ニジマスについてはハネコイやフナリィに近づけるとムダに興奮して寿命を縮めてしまう。
名前の通り無闇に良く跳ねて水槽に入ってくるハネコイを外に出すのも大事な管理人業務である。
釣り堀や、ハネコイ飛び込む水の音。
ドボン!
ということで、水槽のほうからの水音に気付いて様子を見に行くと、水槽に飛び込んだハネコイが一匹、ニジマスたちに群がられ、袋叩きにされていた。
ハネコイの大きさは平均的な個体で90センチ程度。ニジマスより大きいが、とにかく弱いテラモンなので群が相手だとなすすべなく蹂躙される。
一対一でも攻撃手段や攻撃性が足りないので一方的につつき回されてしまう。
一般ニジマスにすら舐められてしまうオーラがあるのがハネコイというテラモンだった。
生命力だけはやたらと強く、水死体のように水面に浮いてから再起動したりするので死体の処理に困ることはないのだが、金を払って仕入れた魚の寿命を縮められると困る。
テラモン確保に使うテラモンボトルのフタを取り、放流魚たちが暴れ狂う水槽に向かって投げた。
テラモン。
正式名称テラリウムモンスター。
半分精霊で半分普通の生き物であるテラモンを完全な精霊状態にし、一定時間封印するアイテムがテラモンボトルである。
ボトルの中は精霊状態になったモンスターが快適に生存できる小温室となっていることが、テラモンという名前の由来だった。
見た目は300mlの飲み切りサイズのペットボトルに近い。
パシュン、と音がして、光の粒子となったハネコイがボトルに吸い込まれていく。
闖入者を見失ったニジマスたちが鎮まっていく。
取り急ぎボトルに入れたが、ハネコイを捕まえても仕方がない。水槽に浮いたボトルを回収、川に向けてリリースボタンを押そうとすると。
“ちょ、ちょい、待ち……”
そんな声が頭に響いた。
やや中性的な響きだが、二十代くらいの女の声だろうか。
“こないなボロボロのハネコイをそのまま放り出すとかないやろ……。せめて、傷薬くらい使ってもバチは当たらへんのと違うか……”
息も絶え絶えといった様子だ。
芸人系ではなく、ダウナー系の関西弁、こちら風に言うとコート弁。
どうなってるんだ?
前世の記憶を含めてもテラモン世界で「頭の中に声」「会話が可能なレベルのテレパシー」といった芸当ができるのは、ほんの一握りの神格、伝説扱いのテラモンだけである。
ハネコイがやっていい芸当ではないはずだが、本当に、ボトルの中のハネコイの声が聞こえて来ているようだ。
そのあたりで目を回してしまったのか、ハネコイの声は聞こえなくなった。
幻聴の可能性のほうが高そうだが、声が聞こえてしまった以上、ぼろぼろのままリリースするのも少し気分が悪い。
まぁ、ハネコイを回復させる程度なら費用も知れている。
事故対策として常備しているテラモン用救急箱から傷薬のボトルを取り出し、ボトルに直接薬液を流し込む。
こんな乱暴な方法で回復できてしまうのが、ゲーム世界の恐ろしさだろうか。
リリースボタンを押し、夏場のヨーヨー釣りで使う水槽にハネコイを出してみると……。
プカプカプカプカプカプカプカプカ……。
美しい、黄金の鱗を身につけた(身につけていた?)ハネコイが白目を剥き、お腹を上に向けて水面に浮いた。
えっ!
と声を上げそうになるのをどうにか飲み込んだ。
ハネコイの色は大体金魚風の赤色。
金色の色違いというのはレア個体である。比較的出やすいタイトルでも1/4,000、出現率の厳しいタイトルなら1/8,000の確立でしか出てこない。
色が違うだけで別に強いわけではないが、観賞用としてなら普通に高額取引の対象となる。
出てきただけでちょっとした騒ぎになるレベルのテラモンである。
そんなものを水死体状態で浮かべているところを常連客にでも見られた日には生涯続く話のネタを提供する羽目になる。
平静を装い、救急箱から蘇生アイテムのライフクリスタルを投げる。
完全に死んだテラモンは消滅してしまうので無理だが、戦闘不能状態のテラモンの意識を回復させ、HPの半分を回復させることができる。
金のハネコイの目に光が戻る。
ぱちゃりと水音を立て、ハネコイにしては滑らかな動作で水死体モードから水面浮遊モードへと移行する。そして、再び頭に声が響いた。
“おおきにな、兄さん。この恩はいつか必ず返すさかい。とりあえず鱗ちょっと置いてくさかい薬代にしたってや、ほな、今日のところはこれで……”
そんな言葉を残して跳ね、水槽から川に飛び込もうとする金ハネコイ。
釣り堀の人間としてこのまま逃がしていいものか、という部分はあるが、頭の中に言葉を流し込んでくるテラモンを力ずくでボトルに閉じ込めるのはシンプルにうるさそうである。
素直に見送ろうと判断したのだが。
“聞こえとるで、だれがうるさそうやねん”
泳ぎ去ろうとしていた金ハネコイが一時停止し、こちらを振り向いた。
こちらの頭に声を響かせるだけでなく、こちらの心の声も読み取れるのだろうか。
そう考えると、金ハネコイのほうも驚いたような声をあげた。
“聞こえとるんか!?”




