第六章 言葉に残すということ
三月の風が、校舎の廊下を抜けていく。
いつもの新聞部室には、どこか春の気配が漂っていた。
咲坂先輩の卒業が近づいている。
そして今日、先輩は言った。
「……最後の記事を書こうと思ってるんだ。私なりの“伝える意味”を、ちゃんと残して卒業したいから」
その言葉を聞いたとき、胸が少しだけざわついた。
咲坂先輩は、僕を新聞部に導いてくれた人だ。
言葉の力を信じ、ずっと“届けよう”としてきた人。
その人が、どんな言葉を最後に選ぶのか。気にならないわけがなかった。
「僕、何か手伝えること、ありますか?」
そう声をかけた僕に、咲坂先輩はゆっくり首を振った。
「ありがとう。でも、これはきっと、自分の言葉でしか書けない気がするんだ。
……でもね、蓮には一つだけお願いがあるの」
「……はい」
「私が卒業してからも、あなたが“誰かの心の声”を見つけて、言葉にしてくれるなら。
それが一番、うれしいな」
◇ ◇ ◇
数日後、卒業式を翌日に控えた日。
掲示板には、咲坂先輩の最後の記事が貼られた。
『言葉に残すということ』
人の思いは、形がない。
時にはすぐに流れてしまって、消えてしまう。
でも、それを言葉にすることで、誰かの中に残ることがある。
自分の中に整理されて、過去になって、そしていつか、誰かの未来になる。
私が伝えたかったのは、正しさや正義じゃない。
ただ、心の中にあるものを、大事にすること。
言葉は、不完全だ。
でも、不完全だからこそ、何度でも向き合える。
これは、私からあなたたちへの、最後の“心の声”です。
掲示板の前には、先輩の言葉を静かに読む生徒たちの姿があった。
僕は、咲坂先輩がこの一年間で届けてきた記事の束を抱きしめた。
言葉は消えない。
たとえその人がいなくなっても、誰かの中で、生き続ける。
そして僕は、ノートを開く。
最初のページに、こう書いた。
「伝えるって、誰かを変えることじゃなくて、誰かに寄り添うことだ」
これからもきっと、迷うことはある。
けれどそのたびに、僕はこのページを開いて、思い出すだろう。
咲坂先輩の言葉。
自分の言葉。
そして、誰かの心の声。
言葉にするということの、ほんとうの意味を。




