第三章 届かなかった言葉
壁新聞に載った僕の記事は、誰もが注目するようなものじゃなかったけれど──
その小さな一言「ちゃんと伝わってたよ」が、僕の心にしっかり根を下ろしていた。
言葉って、届くんだ。
そう思えたあの日から、僕はほんの少し、自分に自信が持てるようになった気がした。
「なぁ、蓮。記事って、誰でも書いていいの?」
昼休み、隣の席の蒼太が声をかけてきた。
「うん、仮入部でも提案できるよ。どうして?」
「ちょっと気になることあって。部活棟のトイレ、すげー汚れてんのに全然清掃されてないんだよな。あれ、たぶん予算が削られてるっぽいんだよ」
「それ、取材したら記事にできるかもね」
僕は素直にそう答えた。
「じゃあ、お前書いてよ。記事になるだろ、そういうの」
「……僕が?」
「ほら、お前もう書いたことあるし、慣れてんだろ?」
その言葉に、少し胸がざらっとした。
「でも、蒼太が思ってることなんでしょ? それなら、自分の言葉で書いた方が──」
「……なんだよ、めんどくさいな」
そう言って、蒼太は顔をしかめた。
次の日、蒼太は僕に話しかけてこなかった。
僕は、何か間違えたんだろうかと考え続けた。
「ちゃんと伝えたつもりだったのに」
「僕は、悪いこと言ったかな」
「“自分の言葉で”って、押しつけだったのかも」
その日の放課後。咲坂先輩は僕の悩みに、こう言った。
「言葉って、時々、届かないこともあるんだよ。でもね──それは“届こうとした証拠”でもあるの」
「……届こうとした、証拠」
「本当に届くには、相手が“受け取りたい”って思ってくれないといけない。でもそれって、書き手にはどうしようもないときもある。
だからって、伝えることをやめたら、何も届かなくなるんだよ」
僕は、その言葉を胸にそっとしまった。
夜、ノートに今日のことをメモしながら、ふと気づいた。
もしかして、僕が書きたいのは、「問題点」じゃなくて──「誰かが思っていること」なんじゃないかって。
次の日、僕は蒼太に声をかけた。
「ねえ、やっぱり、書いてみない? あのこと。最初は箇条書きでもいいし、僕が手伝うからさ」
蒼太はしばらく黙っていたけど、やがて小さく、
「……じゃあ、ちょっとだけな」
と、言ってくれた。
“ちゃんと伝わる”って、簡単じゃない。
でも、伝えようとしなきゃ、始まらない。
言葉にするって、やっぱり、むずかしい。
でも、やっぱり──だいじなことなんだ。




