第二章 言葉は形
「明日、ちょっとした取材があるんだけど、ついてくる?」
咲坂先輩にそう言われたのは、仮入部して三日目のことだった。
「え、僕が、ですか?」
「うん。見学でもいいし、少し話を聞くだけでも。無理に質問しろとは言わないからさ」
先輩はにこっと笑って、僕の顔を覗き込んだ。
「書くって、実は“聴く”ところから始まるんだよ」
──翌日。放課後。
先輩に連れられてやって来たのは、生徒ホールの隅にあるベンチだった。そこにひとり、長い髪の女の子が座っていた。
「ごめんね、待たせたかな」
咲坂先輩が声をかけると、その子は小さく首を振った。
「別に……大丈夫」
その子は、クラスメイトの篠原梓だった。
あまり人と話しているところを見たことがない。教室ではひとりで静かにノートを見ていて、話しかけづらい雰囲気がある子だ。
「こっちは仮入部中の高橋蓮くん。話を一緒に聞いてもいい?」
「……別にいいけど」
梓の視線が一瞬だけ、僕のほうをかすめた。
その一瞬が、なぜか妙に刺さった。
咲坂先輩が話を聞き始めると、少しずつ梓は口を開いた。
「……生徒会の言いなりになるのって、なんか違うと思ってて」
「うん」
「“全体のバランス”とか“公平性”とか言われても……こっちは意見も出せてないし」
声は静かだけど、はっきりしていた。
「ちゃんと話し合おうって言ったのに、最初から決まってたみたいな感じがして……それが、すごく、イヤだった」
その“イヤだった”に、たくさんの感情が詰まっている気がした。
僕は、何も言えなかった。
それは、彼女がうまく言えないからじゃない。
僕のほうが、その思いを受け止める言葉を持っていなかったからだ。
取材が終わって、咲坂先輩と校舎に戻る途中。僕はぽつりと聞いた。
「……これ、記事にするんですか?」
「うん。でもね、ちゃんと“どう書くか”は慎重に考えるよ」
「うまくまとめられる気がしません……。言葉が、出てこない」
咲坂先輩は歩みを止め、空を見上げるようにして言った。
「言葉ってね、自分の中のぐちゃぐちゃを、人に手渡すための形なんだよ」
僕は、ふっと息を飲んだ。
「うまく言えなくてもいい。怖くてもいい。でも、黙ったままだと、心の中の声は誰にも届かないから」
先輩の言葉は、まるで僕の気持ちを見透かしてるみたいで──
それでも、あたたかかった。
部室に戻ってから、僕は取材メモを見返して、ノートの前でしばらく悩んでいた。
筆が進まない。言葉がうまくつながらない。
「梓さんの思いを、どうすればちゃんと伝えられるだろう」
そのとき、副部長の村井先輩がふと横から言った。
「気を遣いすぎるなよ。最初は“伝えたい”って気持ちがあるだけで十分だ」
「……はい」
結局その日のうちには書けなかったけれど、僕は少しずつ言葉を並べていった。
何度も消して、また書き直して──
数日後、校内掲示板に貼られた部報の片隅に、小さな記事が載った。
タイトルは《「ちゃんと話す場がほしい」──ある文化祭実行メンバーの声》。
その日の昼休み。僕はたまたま廊下で梓とすれ違った。
彼女は立ち止まり、ほんの一瞬だけ僕を見て、ぽつりと言った。
「……ちゃんと伝わってたよ」
それだけ言って、すぐに歩き出した。
でもその言葉は、僕の胸の奥に、静かにしっかりと届いていた。
あの日聞いた言葉が、今、僕の中で形になった気がした。
“伝える”って、思ったよりも怖いけど。
でも、“伝わる”って、こんなにも、うれしいことなんだ。
──はじめての取材は、僕の心の奥に、静かに火を灯した。




