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38.Victim 3rd & 4th:Town of Nightmare PART ZERO

 ――三日前。


 大通りながらも人通りの少ないヴューチックの町。

 そこにあるカフェのテラスで一人の少女と彼女よりも一回り小さい娘と向かい合って座り紅茶を飲んでいた。二人の間にあるテーブルにはショートケーキがそれぞれ置いてある。

 道に向かい座っているのはアリアである。


「どうだレベッカ、おいしいか?」

「うん! おいしい!」


 レベッカと呼ばれた少女は口元にクリームをつけながら笑って言ったのでアリアはやれやれと苦笑しつつその口元をハンカチで拭ってやる。

 彼女はアリアにとって恩師の娘だった。

 ヴューチックはアリアが生まれ育った場所というわけではないのだが、幼い頃の彼女がこの町を訪れた際、レベッカの父であるケネスから医療の手ほどきを受けた事があった。

 ケネスは町に病院を構える医者であり、小さな町にいる医者としては卓越した腕前と技術を持っていた。

 彼による指導はアリアにとって大きな糧となり今に至る発明趣味の礎の一つとなっていた。


「しかし私にべったりだったあのレベッカがこんな大きくなるとは……時の流れとは早いものだな」

「もーやめてよぉ! 本当に小さい頃の話じゃない! それを言ったらお姉ちゃんもすごいかっこよくなったよね、背もすっごく伸びたし顔もかっこいいし! それに王子様の婚約者にもなったんでしょ? すごいよほんとにー!」

「……ああ、そうだな」


 それまでレベッカの言葉を笑って聞いていたアリアだったが、最後の言葉でふと俯いてその曇らせた顔を手に持っていた紅茶に映した。

 無邪気で悪気のない一言なのは分かっている。

 悪いのは自分なのも理解している。

 それでも、彼女の中では未だ割り切れずに目を背けている過去であった故に、不意に言われると顔に出てしまうのだ。


「……お姉ちゃん? どうしたの?」

「あっ、いや、なんでもない。それよりもこのケーキの事は内緒だぞ? バレれば先生に小言を言われかねないからな」

「はーい。お父さんって細かい事でうるさいしねー」

「ふふっ、そうだな……」


 苦笑しながら紅茶を口に運ぶアリア。

 なんだかその味わいはさっきよりも苦い気がした。






 レベッカとの秘密のお茶会を終えた二人は手を繋いで病院へと向かう。

 アリアの恩師でありレベッカの父親でもあるケネスが運営する病院だ。

 元々アリアがこの町を訪れたのは、とあるモノをケネスに調べてもらうためだった。

 それは彼女がこの町に来る前に、聖光輝教(せいこうききょう)の本拠地であるセノバ大聖堂を訪れた事から始まる。

 彼女はエンフィールド家の惨劇から始まった不可解な出来事についてより詳しく調べるため、セノバ大聖堂へと向かい辿り着いて調べ物をしていたのだが、そこで二つの出来事に出くわした。

 まずひとつは、祓魔省所属のエクソシストの一人がとある生き物らしきモノ(・・・・・)の死骸をセノバ大聖堂に運んできたのである。

 それは、大きな身体を持った『顔のない首長蛙』とでも言うべき見た目をしている“何か”だった。

 医学の心得もある発明家、そして国家に名を轟かせる才女であるアリアは特別にそれを見せてもらったが、そのおぞましい姿はこれまで見たどんな生き物からも感じたことのない根本的な恐怖というものを感じた。

 その死骸を運んできたエクソシスト曰く、何やらよくない魔力を感じたため訪れたランドネットの村で遭遇した存在であり、この一体の死体を持ち帰るためにエクソシストが三人ほど犠牲になったという。

 にわかには信じられない話であったが現に彼女の目の前にまったく知らない怪物の死体があること、そしてそこが行方不明になっているサムの故郷でもある事からアリアは目の前の現実を受け入れるしかなかった。

 さらにもう一つ、その場にいたアリアが耳にした話があった。

 当代の祓魔省において最も強い力を持ったエクソシスト、リーガン・クロウの訃報である。

 彼女が“人ではないモノ”に敗れたのだと。

 アリアはそうした存在について知識があるわけではなかった。だが祓魔省の人間達が騒ぎ、彼らからその説明を聞いてそういった存在が実在する事を知ったのだ。

 事態は彼女が思っていたよりも恐ろしい事になっている。そう思った彼女はリクリーと別行動しているイゴールに連絡を取った。

 だがリクリーはそうしたものに懐疑的でありかつ教会と王家の政治的な関係もあってか話をまともに取り合ってくれず、絶えず動いているイゴールにはそもそも連絡する手段がなかった。

 携帯用の魔法通信器は強い魔力を持つ人間でなければ仕様できず、イゴールはもちろんの事アリアもそう気楽に使えるモノではなかったからだ。

 そうした状況の中で、アリアは少しでも状況を解明したくその死体を彼女自らが発明した写真の技術で写し取り、また死体そのものを彼女の恩師たるケネスに見てもらおうと思ったのだ。

 医学的な見地からまた新たな事実が分かるかも知れず、そうしたときに彼女は自らの恩師なら話を聞いてくれると思って移動を決意した。

 そうして今、彼女はケネスの病院にいた。

 レベッカと外出していたのは久々の再会を楽しむのもあったが、ケネスが一度診療を終えるまで待って欲しいという事なのでその間の時間潰しでもあったのである。

 こうして夕方になり、院長でもあるケネスの診察は落ち着いている時間帯となった。

 なので彼女はこうして二人で帰ってきて、今大丈夫か聞こうとどこにも置けない死体を一旦置いた場所でもある院長室の扉をノックした。


「先生、そろそろ大丈夫ですか?」


 ……反応は、返ってこなかった。

 アリアは再びノックし扉の向こうに呼びかける。


「先生、大丈夫ですか? 先生? ……先生!」


 ノックはやがて強く扉を強く拳で叩く事に変わったが、やはり反応は返ってこない。

 彼女はすぐさま扉を開こうとするも、鍵がかかって開かない。


「お姉ちゃん……どうしたの?」


 通路にある椅子に座っていたレベッカが心配そうな顔で近づいてきてアリアを見上げる。

 アリアはレベッカと扉を見比べ、一瞬躊躇う姿を見せる。


「……ごめん。少し離れてて」


 そしてレベッカに焦りが出ている声で言った。

 レベッカはその言葉を受けて言われた通りに離れる。

 それを確認すると、アリアは魔法銃を取り出して鍵の部分を貫通力を重視した魔法弾で吹き飛ばす。

 背後でレベッカが明らかに驚いた声を上げていたが振り返らずに内部に突入する。


「先生っ! 大丈……」


 アリアは、言葉を失い固まってしまった。


「お姉ちゃん、お父さんは……?」


 続いてレベッカが入る。そこでアリアは自らが呆けていた事に気付いたが、もう遅かった。

 二人はそこで見たのだ。

 胸部に大きな穴が開き心臓を抉り取られたケネスの姿を。

 そして、彼の遺体からまっすぐと伸びた血が、開き夕方に吹く強風でバタバタと揺れる窓の外へと続いている光景を。

 

「……いっ、いやああああああああああああああああああああっ!!!!!???」


 レベッカの絶叫が院長室に響く。

 そんな中で、アリアはレベッカを落ち着かせる前に窓の外を確認するためにすぐさま走った。

 なぜなら、下手人ははっきりしているからだ。そこに持ち運んだ死体だったもの(・・・・・)は密室の院長室のどこにもなかったのだから。

 院長室は三階にあり、窓の外は病院がぐるりと囲む形になっている中庭である。

 そこは入院患者の憩いの場になっているのだが、目下に広がる光景はもうその面影はなかった。

 同じように心臓を食い破られたであろう死体が、いくつも転がっていたのである。

 そして、人を襲ったであろう怪物が残した血の跡は、病院の中へと続いていた。


「くそっ……! レベッカ! ここを出るぞ!」

「いやぁっ! お父さんがっ! お父さんがぁあっ!」

「もう先生は駄目だっ! それよりも早くここを――」


 ――ガサリ。


 ……と、遺体を背にしレベッカを説き伏せようとしていたアリアの背後からかすかな物音がした。

 どう考えても、それは人が立ち上がる音だった。

 レベッカも、背後に向けて大きく開いた目を向けている。

 何が起こっているのかは見なくとも明らかだった。でも、見ないといけない。

 自分の目で見て、現実を受け止めないといけない。

 そんな無意識からの動きで、アリアは振り向く。

 そこには大きく開いていたはずの胸元が真っ白なブヨブヨとした脂肪で埋まっていて、その白い脂肪によってまるでカビのように根を伸ばし顔や手足を今なお侵し染め続けられている、かつての恩師の姿があったのだ。


「せ、んせい……?」


 ――……ヤァアアァマアァアアアァァノオオオオウウウミイイイイーーーー……。


 かつての恩師は、今はもはや“人ではないモノ”となった。

 彼女はそれを一瞬で理解した。

 ……あくまで、理屈では。


「先生……私です……アリアです……あなたに大事な事をたくさん教えてもらった、アリアですよ……」


 ――アアアアアアア……。


 目の前の真っ白な人の形をした化物はペタリ、ペタリと一歩ずつ近づいてくる。


「ほら、ここにいるのはあなたの娘ですよ……昔、私達が一緒に遊んでるのを見てまるで娘が一人増えたみたいだって言ってくれましたよね……あのとき、私嬉しかったんですよ……? 私の両親は、私の事を好いてはくれなかったから、あの言葉が本当に嬉しくて……」


 分かっているのだ。彼女は、分かっているのだ。

 だけれども、いくら理解していても、割り切れないものというのはあった。


 ――アアアア……ヤアアアアマアアアノオオウウウミイイ……アアアアアア……。


 言葉が明らかに届いていなくても、それが歩く死体だと分かっていても、彼女は動けない。

 現実に立ち向かう事が、できない。


「……お父さん……お父さ……」


 そんな中で、背後にいたレベッカが一歩前に出る。

 自分よりもこの状況が飲み込めていないレベッカがそうして動くことで、やっとアリアの心に発破がかかった。


「レベッカっ! 駄目だっ!」


 ――ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!


「キャアアアアアアアアアアアアッ!?」


 目の前の“人ではないモノ”がレベッカに噛みつこうと襲いかかる。

 アリアはソレの頭に、先程の貫通力を高めた弾丸のままの魔法銃を放った。

 バァン! とその射撃により頭が弾け飛び、かつての恩師だったモノは倒れた。


「あああああ……」

「レベッカ! ……ごめんっ!」


 アリアは茫然自失としたレベッカを抱きかかえて病院内を駆け抜けた。

 病院の中は彼女らがそうしているうちにパニックに陥っていて、既に院内には先程のケネスと同じように人ではなくなってしまった白い体の化物達が徘徊を始めていた。

 今のアリアにそいつらの対応をする気力も余裕もなく、そのままレベッカを抱えて飛び出していった。

 どこへ走っているかなんて彼女自身にも分かっていなかった。

 ただレベッカを安全な場所にと思い動いているのだ。

 でも、そうはいかなかった。なぜなら、ヴューチックの町は既に混乱に支配されていたからである。


「いやあああああああああああああっ!?化物おおおおおおっ!?」「なっ、なんだこいつっ!?」「あなた!? あなたあああっ!」「オイ嘘だろ!? 死んだやつがどんどんと化物にっ……!」「皆さん落ち着いて! ここは我らがっ!」「正門が開いてないってどういう事だよ! あそこが封じられたらこの町は出るのも精一杯なんだぞ!?」「動かす仕掛けのところと担当してた衛兵がやられたんだ! もう正門に近づけねぇんだよ!」


 至る所に人の死体が転がり、悲鳴が響き渡り、家々からは火の手が上がっている。

 その惨状に、彼女は思わず足を止めてしまった。


 ――私が、この町にあの死体を持ってきたせいで……? でも、ここまで来るまでの長い日数で、あの死体は完全に死体だったのに、どうして……? まるで、“ここに来たから誰かが蘇らせた”としか……。


 思案する彼女の肩が、ぎゅっと掴まれる。

 彼女が抱えていたレベッカの手だった。

 それでアリアはハッとし、我に戻る。


「……大丈夫だよ、お姉ちゃんが守るから!」


 アリアはレベッカに抱き返し答えると、周囲を探る。

 すると多くの人が近くにあった商人組合の建物に逃げ込んでいるのが見えた。おそらくあそこが一時的な避難所になっているのかもしれない。

 アリアもまたその中に駆け込んだ。すると、その後少しして扉が閉じられ、大きな閂がかけらた。

 どうやらそれで近くにいた人は全部入ったらしい。


「…………ふぅ」


 アリアはホッとしながらレベッカをそっと床に下ろした。

 商人組合の建物は広かったが、そのエントランスには既に多くの人が集まりさすがに狭さを感じる密度になっていた。

 最後に入ってきた彼女らは手を繋ぎその中を歩く。

 皆、怯え震えお互いを励まし合っていた。どうしてこんな事になったのかと話し合う者もいる。


「何があったんだよ……」「白くてデカい化物が次々人を殺して、殺されたはずの人が化物になって蘇って……」「怖い、怖いよぉ……」「あんな風になりたくない、あんな風になりたくない、あんな風になりたくない……」


 静寂の中で小声で恐怖を共有するしかない者達。

 その姿に、アリアは今にも吐き出したくなるほどの苦痛が湧いてくる。

 原因は間違いなく彼女だった。想定外の事態であり防ぐことが出来ない事態であるとはいえ、そう割り切る事はアリアには不可能な事だった。

 未だにサヤに対してずっと大きな罪悪感を持つ彼女に、現在の状況を落ち着いて整理し分けて考えることなど無理だった。


「……ハァ、ハァ、ハァ……ッ! 私、は……『人助け』を、したかった……それだけなのに……なのに、なのに……っ!」


 過呼吸になりながら胸を押さえ、半ば自らの言い訳気味に俯きこぼすアリア。

 その言葉は誰にも届いてはなかった。


「……お姉ちゃん、大丈夫?」


 手を繋ぐ、レベッカ以外には。

 彼女の今にも泣き出しそうになりながらもアリアを心配する顔を見て、アリアは驚き頭を冷やしていく。


「ああ……すまなかった。大丈夫だよ、レベッカの事はお姉ちゃんが守る、守るから……!」


 ――そうだ、ここで私が参ってしまってはレベッカはどうなる? 悔やむ事も罪を償う事も後からいくらでもできる。今はレベッカを助けて、ここにいる人達も助ける。それに集中しないと……! そうだ、確かあの化物は火に弱いと言っていたはず。正門が駄目なら他の小さな橋か、いっそのこと山を越えるルートも考えれば……!


「――知っています? あの化物は、病院から出て来たそうですわよ?」


 考えをまとめているアリア、そして商人組合のエントランスにいたすべての者の耳に、その嫌味で甲高い声の言葉が響いた。

 誰が言ったのかと、周囲を見回す。だが、それらしい人物は見当たらない。

 ただ一瞬エントランスの受付に置かれている“高級そうな人形”がこちらを見ている気がしたが、気の所為だとすぐに流した。


「えっ、じゃあ病院が悪いって事……?」

「そんな、あそこの院長先生に限って……」

「いやしかし、何か悪い病気が病院から広まったって可能性も……」


 疑う心が、じわじわとエントランスに広がる。

 暗闇の中に鬼が潜んでいるかのような恐れが、その場にいるすべての人を支配する。


 ――まずい。


 アリアは思った。


 ――この状況で病院から来たと、レベッカか病院の娘だと知る者がいれば、何が起こるか分からない……なんとか隠して、最悪ここから出ないと……!


「あれを見ろ! あそこにいるのは病院の院長の娘じゃないか!? 病気を広げたのが病院ならば、あの娘も危険なはずだ!」


 また、誰かが叫んだ。高らかに、まるで演劇のように叫ぶ声。

 今度はその声の主をアリアは見つける事ができた。

 灰色のローブを頭からまとい、かつ同じ女性でありながらも伝わってくる、蠱惑的な魅力を備えた灰色の目の女だった。


「なっ――」

「――ほっ、本当だ!? じゃ、じゃあこいつが病気持ち!?」「嫌だっ! あんな風になりたくない!」「なんとかしないとっ!? なんとかしないとっ!?」「殺せ! そのガキを殺せ!」「殺せ! 殺せ!」「殺せ!」「殺せ殺せ殺せ!」「殺せっ! 殺せっ!」


 アリアが反論する前に、一瞬で狂気がエントランスに伝播し殺意が小さな世界の王となる。

 最初にいい出した灰色の目の女の姿はいつしか熱狂する人々の中に消えていた。

 それと入れ替わるように、何故か鼻をくすぐる強い華の香りが漂い始めた気がした。


「殺せええええええええええええええっ!!!!」


 その香りが一段と強くなったかと思うと、人々は何のきっかけもなくレベッカ達に襲いかかってきた。


「嫌あああああああああああああああああああっ!?!? お姉ちゃんっ!」

「やめろっ! この子は何の関係も――ガハッ!?!?」


 庇おうとしたアリアの後頭部に強い衝撃が加わる。どうやら誰かが鈍器のようなもので殴り飛ばしたらしい。

 それによりアリアは倒れ、少しの間動けなくなる。どうやらかなり硬い物で殴られたせいか、目に頭からの血が垂れて視界を邪魔する。意識を失わなかったのはひとえに鍛えていたからに過ぎない。

 人々はそんな彼女を尻目にもせず、一瞬で蜂球が如くレベッカに群がっていった。


「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ! お姉ちゃんッ! 助けてっ! お姉ちゃ……痛だああっ! やだっ! やめ……ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッーーーーー……!?!?」


 助けを求める声は、一瞬で悲鳴となり醜い断末魔と変わる。


「レ……ベッカ……ア、アアア……」


 痛みで未だ体は起こせずとも悲鳴の先に手を伸ばす。

 やがて、その彼女の視線の先の人々が大人しくなって群がっていた人混みに隙間ができる。

 そこには、レベッカがいた。

 幾度となく踏みつけられ、殴られ、武器を振り下ろされて完全に息の根が止まった、レベッカの姿があった。


「あ……ああ……うわあああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」


 アリアは絶叫した。


 まだたくさんの未来があった幼い娘が。


 自分を頼ってくれた妹とまで思った娘が。


 自分に助けを求めてくれた娘が。


 もはや見る影もない骸になってしまった。


 人々を抑えられず、恐慌よりの凶行を目の前で見過ごし、手を伸ばせなかった。

 助けられなかった。


「ああああああああああああああああああああああああああああ!!!! ああああああああああああああああああああああああああ!!!! うああああああああああああああああああああああああああああ……!!」


 ただアリアは叫ぶ事しかできない。喉から血が出るほどに。


「ああああ……あ……ごめんなさい……守れなくて、ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」



 そんな彼女の悲痛過ぎる叫びは無限に続く謝罪へと変わる。

 心壊れたとしか言えないアリアの姿に、いつしかエントランスの空気も変わっていく。


「あ……れ……俺達……何を……」

「そんな……いくら怖かったからって、こんな、子供を……!」

「で、でもこの子が本当に病気だったかもしれないし……!」


 ――…………………………病気?


 アリアは、その言葉でふと顔を上げた。

 それは言葉が気になったからもあったが、なぜだか知っている気配を感じて、懐かしくなって、そうしたのだ。

 そこには感じた気配通りの人物がいた。

 服は黒く、髪は白くなっていたが、それは間違いなくかつての親友だった。


 サヤ・パメラ・カグラバがいたのだ。


 彼女はアリアに微笑み、そして、ゆっくりと頷いてくれた。

 つまりそれは、アリアが“今思いついた事”が正しいと、そう彼女が認めてくれたのだ。


「…………………………………………ああ、そうか………………病気……なんだ……」


 急に、アリアはとても小さな声で呟いた。

 そうしてそのままレベッカの死体を凝視しながら立ち上がった。まるで下手くそな操り人形のように。


「これは、病なのだ…………人の心を犯す、不治の病……命を奪う、人を化物に変えてしまう……」

「お、おい……?」


 ――サヤが微笑んでくれている。つまり私がこれからすることは正しいのだ。


「防がないと……防がないと……防がないと……私が……もう誰も、こんな風に死なせちゃいけないんだ……苦しませちゃ、駄目なんだ……ああ、先生……レベッカ……サヤ……私は……私が……」


 ――だってサヤはずっと世のため人のために奔走していたから。私が志した『人助け』の道を体現した彼女がいいって認めてくれたんだから、これは、正しいのだ。


 周囲の人々が、そっとアリアを中心に距離を取り始めた、そんな時であった。

 アリアは腰掛けていた二丁の魔法銃を素早く抜き、両端にいた人物を燃える散弾で撃ち抜いた。


「ぎゃっ、ぎゃああああああああああああああああああっ!?」

「私がッッッッッッ!! この町のォ、貴様ら病持ちを検疫し、滅菌するッ! 私が、この病を食い止めるんだっ! 人が化物となり人を殺める、そんな病からっ! ぐひ! ぐひひひひ!」


 次々と銃撃し、その場にいる者達を骸に変えていくアリア。

 途中で抵抗するものもいたが、彼女の武芸はそのへんの相手が束になろうと敵うものではない。


「ぐひひひひっ!! 滅菌だぁ! 滅菌だぁっ! 頭を割いて菌を出してッ! 体を燃やして毒を殺してッ! そうだ自分も感染しないようにしないとォ! マスクしてぇ! コートも羽織ってぇ! 医者の不養生はよくないしぃ!? 病院戻ったら、全部、準備しないとぉッ! ぐひひひひひひっ!!」


 狂い笑いながらも撃ち続けるアリア。

 誰もそこから逃れられず、いつまでも銃声と悲鳴は続き、やがて不意に止まる。

 静寂はエントランスだけでなく、建物全体を包み込む。

 もはや息をするものはアリアを除き誰一人いない。


「ぐひひひひひひひひひひひ……見ててくれ先生……そして、サヤぁ……私、頑張るぞぉ……! あなた達みたいに、たとえ自分を犠牲にしてもたくさんを救う『人助け』して見せるからぁ……私、医者(ドクトル)として、この国を、病から助けるからなぁ……ぐひひひひ……」


 アリアは目を見開いて笑いながら歩き、閂を外す。


「そのために、この町から誰も出しちゃいけない……誰も出られない結界を作らないと……でも私の魔力じゃ出さないだけの結界が精一杯だから、もし滅菌中に誰か入ってきたら、殺さないと……仲間のフリして、近づいて、検疫して……ぐひっ……ぐひひ……」


 そのまま、彼女は未だ叫びの止まらぬ町へと出ていった。

 アリアが築き上げた死体の山の中に、最初に冤罪を叫んだあの灰色の目の女の姿がないことに彼女は気づく事はなかった。


「サヤぁ……見ててくれぇ……だから、私を許してくれよ……ねぇ……ぐひひひひ……」


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