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34.夕闇に咲く華 後

 骸骨の山を前に立ち止まるダリアを、レイはその背中のリュックからいつの間にか降りて見ていた。

 彼女は今、泉の入口ギリギリのところにいるダリアのすぐ後ろに立っている。


「…………」


 ただ静かに、ダリアの動きを見守るレイ。

 半身たる双子の姉を探し求め、たどり着いた残骸の山を前にどうするのか。

 レイはただそれを、口を出す事なく見守っていた。


「……あぁ」


 すると、不意にダリアの口から声がこぼれた。

 声色から漂うのは悲嘆も絶望でも怒りでもない。

 その音が奏でたのは、上ずるような歓喜だった。


「そこにいたんだ……お姉ちゃん……」


 ダリアはゆっくりと泉に入っていく。骸骨の山に向かって歩いていく。

 彼女の表情を一言で表すのなら、狂喜という言葉が正しいだろう。

 目を飛び出る程に見開き、大きく開けた口は口角がつり上がっていて、眉は穏やかに垂れている。

 常軌を逸しているのが分かり、しかし心からの喜びもまた溢れていた。


「ははっ……お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃぁん……」


 腰まで水に浸かろうと彼女の歩む速度は変わらない。水を力いっぱいかき分けて進むその姿に理性はない。

 バシャバシャと水音を立てながら進んでいく彼女はそうしてついに光に照らされる骸の塊へとたどり着く。

 すると彼女は迷うことなくその骸をかき分けて中に入っていく。


「はぁ……はぁ……はぁ……!」


 息を荒げながらそうして白骨をどかしていき、やがて唐突に止まる。

 彼女が視線を向ける先には、他と特に特徴の差はない骸骨があった。だが、ダリアはその骸骨の目の前にするとより楽しげに笑い声を上げる。


「ははは……ひっ、ひひひひひっ……! 見つけたぁ……! 見つけたよ、お姉ちゃん……! 久しぶりだね、久しぶりだね……!」


 ダリアはその骸骨の上半身にあたる部分をそっと持ち上げる。

 まるで今もただ寝ているだけの人にそうするかの如く。


「また会えたね、お姉ちゃん……ごめんね……お姉ちゃん……帰るの、遅くなっちゃったね……でも()、生きてたよ……お姉ちゃんに言われた事守って、今日までずっと、生きてたよ……」


 ダリアは物言わぬ髑髏に目を合わせそう語る。

 彼女の瞳からは静かに涙が流れていた。


「へへっ……ねえお姉ちゃん……褒めてよ……昔みたいにさ……よく頑張ったね、よく我慢したねって、褒めてよ……私、すっごく、辛かったんだから……」


 ダリアがより骸骨を自らに寄せていく。

 静かに髑髏の後ろに手を添えて、愛する人にそうするように、抱きしめる形で。


「お姉ちゃん……私、お姉ちゃんの事が、大好き……もう、二度と離れない……私達は、ずっと、ずーっと、永遠に一緒だよ……だって私達は、二人で一つなんだから……ひひ、ひひひひっ……!」


 引き攣った、しかし心から喜んでいると分かるダリア。

 彼女はそのまま小さな骸骨の頭を自分の顔に寄せていく。

 そして――


「お姉ちゃん……愛してる」


 その髑髏に、口づけをした。


「――新しい誕生日(・・・・・・)、おめでとうございますわ。ダリア(・・・)


 一部始終を遠くから眺めていたレイが、声に楽しげな色を交えて、ポツリと言った。



   ◇◆◇◆◇



「おい早く船持って来い! どっかの誰かが穢れの島に入ったんだ!」

「なんで禁足地に外からの奴がはいってんだよ!」

「知るか! ともかく連れ出すぞ! どんな祟りがあるかわかったもんじゃねぇ!」


 船がつけてある漁村の港で、武器を片手にした村人達が耳障りに叫びながら船を準備している姿をサヤは両手の上にひじを乗せる形で手を組みながら遠巻きに眺めていた。

 五年も経っているとはいえ自分達が迫害し、その一人を殺めた双子の姿も分からぬ薄汚れた田舎者達の姿。

 サヤにはそれだけで非常に不愉快な光景だった。

 一人一人はただの人間だと言うのに、群れをなす事で勘違いしよってたかってはぐれものを追い詰め団結する。

 その姿は、かつて彼女を断罪し嘲笑った者達の姿とどうしても被り、サヤは自らその命を奪いたくなってしまう。

 だが、彼女はそれをこらえた。

 それをするには、自分よりもよっぽど相応しい者がいて、うまくいけば彼女はそれができるはずなのだから。


「……あら、これは」


 ふと声を上げ、彼女は海の方を見る。

 そこにあるのは先程ダリア達が向かい、これから村人達が向かおうとしていた島だ。そんな島で、常人には感じられない強い力が生まれたのを、サヤは感じ取った。

 そしてその次の瞬間である。

 まるで照明を切り替えたかのように、それまでの晴れ空が、血をこぼしたような黄昏へと塗り替えられたのである。

 一方で海や地面は影そのものかのように真っ黒になり、血染めの空とのコントラストがはっきりと分かれていた。

 それこそ、サヤが滅ぼした自らの故郷のように。


「なっ、なんだこれっ!?」

「何が起こって……!?」


 何も理解していない村人達は突然の出来事に困惑し情けない声を上げる。

 哀れさすら抱くその無知で弱々しい姿に、サヤはつい鼻で彼らを笑ってしまう。


「……と、あれは」


 そこでサヤはまた気付いて海の方を見た。

 闇の中にある島と海の風景の中で、赤く小さい光のようなものがいくつか見え始めたのだ。

 港に大勢集まっていた村人達もやがてそれに気づき目を向ける。

 その小さな赤は、さぁっと彼らのいる陸にまで広がってきた。そこで彼らはそれがなんなのか知った。

 それは、華だった。

 小さな花弁を無数に広げ大輪を咲かせる丸く大きい華だったのだ。

 サヤは、その華の名前を知っていた。

 無数に生える赤い大輪の華、その名は『ダリア』。彼女の名と同じ、夏に咲く華だ。


「――クククッ……」


 海にできた花畑から、楽しげな嘲笑が聞こえてくる。

 そこには、女性がいた。

 海の上を歩く、闇の中だというのにはっきりと見える黒服の女性がそこにはいた。

 彼女の背はサヤと同じ程度で、服装は上はゆったりとした上品さを感じる灰色のローブの下に大きな胸元が開けられた黒の薄手のシャツ、下は女性的なラインが見えるようなピッタリのズボン。

 髪は首元から少しはみ出るくらいの銀色のセミロングで、歩く中でかすかに靡くその髪は繊細な美しさを漂わせている。

 そしてそんな銀髪から見える瞳は灰色で、その顔は大人びたものになっていたがサヤのよく知った顔からの延長線上であるのも分かっていた。

 うろたえる村人達を見ながら笑い歩いてくるその顔は、ダリアのものだった。


「やあ大人達。お久しぶり」


 未だ海の上ながらも未だ海の上にいるダリアは、サヤのよく知る声で村人達に言った。


「なっ、一体……お前は……」

「うん? ああ、そりゃそうだよな。ワタシ(・・・)の事など分かる訳もなしか。……じゃあ、改めて挨拶してやろう。ワタシは、ダリア・ミア(・・)・クルーニー。かつてこの村で生まれ、片割れを奪われ、そして今再び一つに戻れた(・・・)、そんなワタシだ」


 彼女の語り口はこれまでと変わらない粗暴な雰囲気があった。

 だが、今のダリアはこれまでのダリアではないこともサヤはよく理解していた。

 少なくとも、人としてのダリア・クルーニーとあったはずの魂の繋がりは、今のサヤとダリアの間にはなくなったのだから。


「クルーニー……? はっ!? お、お前まさか、あのときの悪魔の子……!?」

「ああ、そうだよ。お前らに生まれたときから殺される事を決められていた、あの双子さ」


 一見すると責めるような言い方のダリア。

 だがそこには意外にも怒りは孕んでいないようにサヤには思えた。

 より言うなら、人間的な精神構造が感じられないとも言えるような言い方であったのだ。


「……そ、そんな……ああ、クソ! あのときしっかり殺してればっ……!」

「ああ、そうだな。そうしとけばこうはならなかったろうな。でも、現実はこうだ。二つに分かれ生まれたオレ(・・)()は一つに戻りワタシ(・・・)と成った。過去は変わらず、今こうした結果も揺るがない。これより至る未来も、そうした結果の終着となるだろう」


 ダリアはそっと右手を上げる。

 すらっと伸びたその手は美しく、誰もその場から動く事ができない。

 明らかに何かおぞましい事が起こるという前触れだと本能が知らせているのに、誰もその場から足を動かす事ができなかった。


「ああ、心配しなくていいぞ。ワタシは直接お前達を殺したりしないさ。……でも、隣にいる奴はどうなんだろうな」


 彼女の言葉と共に、足元に咲いていた華がその花弁を散らせ始める。

 花弁はまるで空が地面であるかのようにひらひらと黄昏の空に落ちていく。

 赤い花弁が彩る中で、村人達の目はダリアではなく周りにいる同胞達に向く。

 (みな)、恐れに満ちた目で先程まで気にせずいた仲間達を見ている。

 そんな彼らに、ダリアは語りかける。


「隣にいる相手に、恨みを持たれていないなんて言い切れるか? 自分は何も悪い事をしてないなんて思えるか? 自分に対して害意を持った行動をしてきた過去はないか? そいつは本当に信じられるのか? 自分を消す事によって、相手に何か得があるかもな?」


 目を薄っすらと細め、村人達を唆すダリアは、とても楽しそうな顔をしていた。

 人としての感性は、そこには微塵も感じられなかった。


「さあ、よぉく考えてみろ……隣のそいつは、お前を殺そうとしているのか、どうかをな……」


 言葉であるにも関わらず、まるで粘りつく汚水のような印象を受けるその声。

 誰も声を出せず、動けない。視線は隣の誰かに向いていて、全員の目には恐怖が満ちていて。

 ――そんな中、不意に風が吹き、港にある小屋に立てかけてあった箒が音を立てて倒れた。


「あっ、ああああああああああああああああああああッ!?!?」


 その音の直後、一人の村人が隣の男の頭を持っていた錆びた剣で叩き割った。


「こっ、こいつ!?!?」「やだっ!? 死にたくないぃっ!?」「殺してやる殺してやる殺してやる!」「子供の分際で親に楯突いて! 言う事聞けないガキは死ねや!」「前から気に食わなかったんだテメェ!」「ずっと私の事いじめて来て! 親がなんだ! 死んじまえっ!」「お前さえいなければ俺は今頃っ!」


 一瞬で、村人達は狂気に堕ちた。

 ここままこの村は全員が死ぬまで続く殺し合いの舞台となるだろう。真っ赤な黄昏の空の如く、村もまた鮮血に塗れるのである。


「ようサヤ。待たせたな。そしてはじめまして」


 と、そこでそんな光景を見ていたサヤにダリアが近づいてきて笑って言った。

 サヤもまたそんな彼女に笑顔で返す。


「ええダリア、お帰り。そしてはじめまして」


 サヤは今のダリアがどういった存在になったのかを分かっていた。

 けれども念の為、その状況を問い直そうと思った。

 それは確認もそうなのだが、そうなった事を彼女本人の口から聞いてみたいとも思ったためだ。


「今のあなたは双子として分かたれていたけど一つに戻った本来のあなたであり、そして戻れず殺され続けてきたこれまでの双子達の怨念の塊、と見ていいのかしら?」

「ああ、そんなところだな。あくまで主体はワタシだが、そこにはこれまでずっとこの村に蓄積され封じ込められていた負の念もある。今やワタシはダリアでありミアであり、そして数多いた死者であって、そしてその誰でもないワタシってところだ」


 不敵に笑い、お披露目をするかのようにその場でお茶目に回って見せるダリア。

 ダリアがその生まれがただの悲劇ではないことを、いつしかサヤは知っていた。このオールスピリットという村の双子への認識はあまりにも時代錯誤で愚かしい行いであったが、そこには真実も紛れていたのだ。

 オールスピリットは、“穴”がある場所の一つなのだ。そしてそれに対し双子を生贄にするという風習だけが今も残っていたのだ。

 しかし、八魔之膿(やまのうみ)へと繋がる“穴”は今は閉じられていた。

 それを彼らは理由も忘れただ不吉で穢らわしいという感情だけを継承していったせいで、こうしてこの村は滅び、今再び“穴”が広がった。

 それは先程ダリアが言ったように、変わらぬ過去が呼び起こした必然の未来であり現在であったのだ。

 だけれど、それをしっかり理解していても、今のダリアを見てサヤは少しだけ寂しさを覚えてしまった。

 もはや憑く憑かれるの立場ではない、同等の立場である“同類”となった彼女に。


「あらあらまあまあ、随分とまた人間らしい表情をするのですわね」


 と、そんなサヤに急に高飛車な声が飛んでくる。

 いつの間にか近くの物置小屋の屋根に腰掛けていたレイだった。


「レイ……私、そんな顔してた?」

「ええ。わたくしこれでもそうした人の表情を読むのは得意でして。……やっぱり、少しまだ人らしさがこびりついていますわねサヤ。そこで言えば、もはやダリアはあなたより先に行きましたわよ?」

「そうだな。今のワタシはもう自分が何なのか知ってるし、“穴”で繋がってる八魔之膿(やまのうみ)も分かる。今まではサヤとレイ(・・)が通じ合っててワタシは仲間外れみたいなところがあったけれど、もうそんなことはない。ワタシもまた、レイ達と一緒の完全な“同類”だ」

 

 ある種の憎たらしさを感じる笑みを浮かべながらダリアが言った。

 魂の共有がなくなった今のサヤにも、彼女がその魂に渦巻かせているのはもはや人間的な思考ではないのがよく伝わってきた。


「そうね……なら、私も頑張らないといけないわね。私もまたそうなるために残りの復讐を――残された“秘跡”を」

「ああ、そうだな。もちろん協力するよ。ワタシはワタシとなれたけれど、今なおこうして肉の体は持っているのだから、お前の運び手の仕事は変わらずできるし」

「ええ。物質的な体がないからこその強さもありますが、人の世においてはこうしたときに不便さもありますからね」


 笑いかけてくれるダリアとレイ。

 そこにあるのは“同類”への完全なる変化を望む意志か、それともこれまで共に過ごした友人的な感情なのか。


 ――……そもそも、こうした事を考えるのがまだ自分には人間が残っているという事なのよね。


「ええ、これからもよろしくダリア」


 サヤはそんな自分に軽く苦笑しつつも、おのが目的と意志のため、そして新たに咲き誇った夕闇の華への祝福を込めて、彼女はダリアへ笑いかけてそう言ったのだった。


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