33.夕闇に咲く華 前
元々ひどく光を遮っていた曇天の暗さをより濃くしてしまう鬱蒼とした林道を通り、そのままロクな整備もされていない山道を上って下りた先に、漁村オールスピリットはある。
漁村と言ってもその交通の不便さから他の街との積極的な交易は行っておらず、とても寂れた寒村でもあった。
それ故に古き因習と偏見が今も根強く残っており、そうして引き起こされたのがダリアとミアの双子の悲劇である。
ダリアにとっての忌むべき土地。
もう二度と来る事はないだろうと残してしまった姉への後悔を抱えながらも思っていた場所に、彼女は帰ってきた。
「……本当に、何も変わってないな」
ダリアは丸太をそのまま並べたような粗末だが高い壁に囲まれた村の入口を、百メートルないぐらいの距離にある下り坂の外れに生える木の陰から眺めて言った。
その目にもその言葉にも、覇気というものは感じられなかった。
「あら、いざ目の前にしたらまた怖気づいたのかしら?」
と、そんな彼女に背中のリュックに入っていたレイがひょっこり顔を出して言ってきた。
ダリアは振り返ってそんなレイをキッと睨みつける。
「は? ちげーし! ただちょっとその……ノスタルジックってやつになってただけだよ。仕方ないだろそこはあそこにいい思い出なんてねぇんだから。……お姉ちゃんとの思い出以外はな」
声を荒げたかと思ったら最後にはまたトーンダウンさせるダリア。
そんな彼女にレイはわざとらしく「……ハァ」と大きなため息をついた。
「だからこそ、行くんでしょう。あなたの決着をつけるために。ならばうじうじしてないでさっさと行きなさいな。わたくし、いい加減こんな雑多にモノが入ったリュックの中にいるのは我慢なりませんし」
「ならなんで入ったんだよお前は! やろうと思えばサヤと一緒にいれただろ!?」
ダリアはそう言った後に自分の真横を向く。
そこにはより下り坂で気持ち程度に道になっている場所の横にある岩に腰掛けているサヤがいた。
彼女は二人の会話を聞きながら、じっとそこから見える範疇――村の一部と、その村から繋がる海を見ていた。
「しょうがないわよ、だってレイは今回あなたがどうするかを直で見届けたいらしいし」
と、そこでサヤはからかうような笑みと声色で二人の方を向いて言った。
「……へぇ」
そんなサヤの言葉に、ダリアは少し驚いた顔をレイに向ける。
一方彼女に見られたレイは、表情は変わらないのにも関わらずリュックの中で体の向きを変え、目線をそっぽに向けていた。
「……別に小娘の事を心配しているわけじゃありませんわ。ただ、見たいんですのよ。あなたの選択の、その結果を」
レイは体ごと目線を逸らすという動作からしたら意外な程に落ち着いた声色で言い、最後には再びダリアの方を向いた。
その紫水晶の目が向けてくる透き通った輝きは、ダリアにそれ以上の詮索は無意味で野暮であると思わせるに十分だった。
「……ったく、しょーがないな。今回は高慢人形様の意志も汲み取ってやりますか。最前列で観覧できんだからよーく感謝しろよ?」
なのでダリアはあえて茶化したような返答で返した。
普段と変わらぬやり取りをするならこれが一番自然体だからである。
「はい? ちょっと下手に出てやればなんですかこの小娘は。まったくやはりしつけがなっていない小娘は駄目ですわね。あといい加減このわたくしに向かってその失礼な呼び方は止めなさい」
「あ? だったらお前がまずその小娘って呼び方をやめろこの無駄に高慢人形」
「あっ余計なもの付け加えてきましたわね? そういうところが愚かだと言うのですよ小娘。あとわたくしからしたらどこまで言ってもあなたは人間の小娘でしかないのだから変える気はありません小娘」
「ほうほう分かったじゃあオレも変えねぇよ高慢人形さんよ」
「ふふ、やっぱり見てて飽きないわね二人は」
バチバチに視線を向け合う二人を見て微笑むサヤ。
一方ですぐ横でサヤがそんな態度なのだから、二人は「はぁ……」と少し呆れ喧嘩を止め、再び目の前の漁村に目を向ける。
「……じゃあ、いっちょいきますか。……オレ自身のケリをつけるために」
仕切り直し表情を引き締めたダリアはそう言ってフードを深く被って坂道を下りていく。
彼女が動き出すとレイは再びリュックの中に身を隠し、誰にも見られないサヤはその後ろを堂々とついていった。
「おい待てお前」
そうして下っていってすぐにたどり着いた村の入口にて、ダリアはぶっきらぼうでしわがれた声に呼び止められる。
どうやら村の門番らしかった。それなりに老いた顔立ちである。
「あ? なんだよ」
ダリアは不機嫌に返す。
一見するとよくない反応だが、ダリアにとってはそれでも精一杯感情を抑えての事だった。
そいつは彼女も知った顔の村人だった。なんなら、新たに人が増えていなければダリアは村の人間の顔はだいたい見覚えがあったのだ。
つまり、それはこれから常に殺意と戦っていくわけである。
実際先程もその村人の顔を見た瞬間、すぐに殺してやる、という気持ちを必死に抑え込んだのだから、そんな不機嫌な対応になったのだ。
溢れ出る感情を無理矢理押さえつけるために、彼女はこっそりとポケットの中に隠した左手の拳には血が滲む程だった。
「なんだよ、じゃねぇよ。この村は余所者は嫌いなんだ。何者か知らないがとっとと帰れ」
――まるで身内には優しいみたいな言い方じゃないか。
と瞬間吐き出しそうになった嫌味も彼女はなんとか飲み込んだ。
そしてなんとか変わりの言葉を見つけてきて言う。
「はっ、別にいいだろ。そっちだってモノあるに越したことはないだろ?」
「俺達は自給自足ができてるんだ。故に余計なお世話だ」
「つっても限度はあろうだろうよ。そういうので補えるかもしれんし、なぁ入れてくれよ。特別に安くしとくからさ」
ヘラヘラとした営業スマイルを見せたダリア。
正直、それだけでも腸が煮えくり返る重いのだが、そうでもしないとこの忌々しい漁村には入れない。
だから彼女は必死に我慢をした。
ここで心が痛む程度、どうってことはない――
「――はぁ、まったく見てられないわね」
ダリアがなんとか交渉を進めていたその最中だった。
サヤが、軽く手を上げたのだ。
「がっ、うっ、か、はッ……!?」
すると、先程までダリアを通すまいとしていた門番が突然苦しそうに喉を抑えながらその場に倒れ始めたのだ。
「がっ、ががが、があっ……!」
そのまま老いた門番の口からはまるでカニのように泡が吹きこぼれている。
サヤがやったのは明らかであった。
「おっ、お前何やってんだよ!?」
「何って、行くのでしょう? あなたのお姉さんのところへ。ならこんな老いぼれ一人に足止めされる必要などないわ」
「……場所、もしかして分かったの、か?」
ダリアは驚き、思わず訪ねた。
すると彼女の言葉にサヤはゆっくりと頷いて、村の入口からすっと指を差した。
その先、海を少しだけ越えた先には、島があった。海岸と島で海原を挟むようになっているそれは、言ってしまえば沿岸部でたまに見るようなサイズの大きな島であった。
遠くからもはっきりと見えるが、実際に人が営みをするとしても数十人が限度なのではと思えるような島だ。
そして少なくとも彼女の幼少期にあの島には今の今まで人が住み暮らしているという話は聞いたことがない。
つまり、彼女が指し示した島は“そういう用途”で使われている可能性があるのである。そしてそれは、僅かに残っていた“もしかしたら生きているかもしれない”という都合の良すぎる幻影を捨てるには十分な効力であった。
「……ありがとう」
「礼には及ばないわ。私がこの村で手を貸すのは、これが最初で最後だから」
ダリアはとても小さく、しかし感謝の意志は間違いなく伝わってくる声で言い、走り出す。
落ち着いた様子で道を切り開いたサヤもその言葉通り門に背中を預け――と言っても当然肉体があるわけではないのだが――走っていく彼女の姿をじっと見つめ始める。
ダリアは最初はあれこれと村人を言いくるめて騙し、夜にこっそりと探すつもりだったのだがサヤがやってしまったのなら……もとい、やってくれたのなら計画を変更である。
このままダリアは、サヤが教えてくれた場所にまっすぐと向かうと決めたのだ。
ダリアは走る。
まっすぐ、海岸に向かって。
「ん? オイお前ナニモンだ!」
「見ろ! こっちで門番が倒れてるぞ!」
「あぁ!? じゃああのガキが……! ゴラァ! 止まれ小僧ッ!」
漁村の村人達が怒声を飛ばし彼女を追ってくる。
瞬間、彼女の脳にフラッシュバックが起きる。
かつて姉と共に味わった、村での数々の暴力。そして、村から逃げ出そうとしたときの、あの日の光景。
「――――……っ! アア、クソッ!!!!」
ダリアは大声で悪態をついて自らに喝を入れる。
少しでも弱気になれば自分はそのまま飲まれてしまうと感じたのだ。
だから、彼女にできるのは結局走るだけなのだ。
走って走って、海岸についたのなら一人で動かせる小舟に乗って島を目指す。
――ああ、自分一人だけ助かったときもこんな小舟だったっけな。
と思い出す。
それだけでも呼吸が荒くなってしまうのだが、なんとかパニックにならずに彼女は船を漕ぐ。
漁村の老人達はそれなりの人数で追いかけてきたせいで逆にうまく出港できず、彼女は捕まる事はなさそうだった。
それでもダリアは必死に小舟を漕ぐ。とにかく持てる力すべてを振り絞って漕いで漕いで漕ぎ続けて、やがて彼女は目的としていた島についた。
砂浜にボートを乱雑に乗っけると、特に待たずに走り出した。
「お姉ちゃんが、いる……こっちにいるのが、分かるっ……!」
その頃には、ダリアにも感じられていた。
双子としての絆が今なお彼女達の間にあったのか、お互い一つの命を分け合った相手だと認識しているからなのか、それとも単にサヤに憑かれているおかげだからなのか、ともかくもうダリアにもどこに行けば姉に会えるかが分かっていたのだ。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん……ッ!」
ダリアは半狂乱とも言える状態で走る。
もはや頭にあるのは、五年前に犠牲にしてしまった姉との再会の事だけだった。
「…………」
そんな彼女の背で、いつの間にか体を出していたレイは何も言わない。
ただその紫の命のない目で、そんな笑みすら浮かべて走っているダリアを見ているだけだった。
「ここ、だっ……!」
そうして彼女はとある場所に行き着いた。それは、その島の真ん中らへんにある洞窟の中、地下への伸びる洞窟をとにかく進んでいった先の終着点であった。
そこは、いわゆる地底湖だった。
と言ってもそんな深い地底湖ではない。広さは直径十数メートル程度、溜まっている水はせいぜいダリアが腰まで浸かる程度の水量である。
だがそこが深い地の底なのは間違いなく、その証拠に彼女達がいる場所よりずっとずっと高いところに天井があって、そこにはまあまあな幅の割れ目もあって、そこは別の道を辿ればいける島の平野部分でもあったのだ。
そんな天井に開いた平野部分からはいつの間にか晴れていた空の光が地底湖の中央部分を照らすように差し込んできている。
まるで宗教画のように美しく射し込む光が照らす場所、そこにソレはあった。
地底湖中央、人の腰程度の浅い泉の中央に積み重なる、小さな骸骨の山を。
「……あ、あああ……あ」
ダリアは、それを見て呆然とした声を上げた。
そここそが、これまでオールスピリットの住人達が双子を処分し続けてきた死体捨て場であったのだ。




