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32.因果

 世界には“穴”がある。

 地の底よりもずっと深い場所にある暗闇の世界へと繋がる大きな“穴”が。

 そこにはよくないものがたくさんいて、人の世界に出てきて悪さをしようとする。

 だから誰かがその“穴”を見張ってなくてはならない。何かがそこから出てこないように。誰もそこを覗いてしまわないように。

 それが、小さい頃にサヤが母親のパメラから聞かされた話だった。


「でもお母さん、私そんなおっきい穴なんて見たことないよ?」

「うん、そうよねぇ。実はお母さんも見たことないのよ」


 小さなサヤが不思議な顔で聞き返すと、母も苦笑しながらそう返してきた。


「お母さんのお家のマイヤー家ってその“穴”を見張る役目があるんだけれど、実際にはどんなものかは知らないのよね。……でも、お母さんが強い魔力を持っているのはその役目のため……いや、逆かな。ご先祖様が強い魔力を持ってたからそういう役目になったのかもね」


 パメラは微笑みながら説明し、サヤの頭を撫でてくる。

 サヤはそんな母の優しく温かい手つきと顔が大好きだった。


「でもね、やっぱり見たことがないものはよく分からないし、それに何かあってもこの村の人達、そしてお父さんが一緒なら乗り越えられるって思ったの。だからお母さんはお父さんと結婚したのよ」

「そうなの? お父さんも、凄い人だったの?」


 母親の語り口がそういう風な含みを持たせていたのを幼いながらもサヤは感じ取っていた。それは以前から母のパメラが父親も強い力を持っていた事を度々話していたのもそう思う理由としてあった。

 すると、母親は静かに頷いた。


「そうなの。実はお父さんのクニヒコさんもお母さんと同じ役目を東の国で担うお家の生まれだったらしいのよ。カグラバ一族……向こうの言葉では『神楽場』、つまり神様のために踊る場所を守ってる人達らしくて、そこはよくないものがいる“穴”がある場所でもあったからそうなったって」

「えっ、そうなの!? うわー凄い! なんだかロマンチックー!」


 東の果てと西の果てにいながら同じ運命を持った男女が結ばれ自分が生まれた。

 サヤにはそれがまるで絵本に描かれたおとぎ話のように思えたのだ。

 だが、そんな話に目を輝かせているサヤにパメラは少しばかりぎこちない笑みを浮かべた。


「ええ、それだけ見ればね。でも話はもうちょっと難しくてね……本当はお母さんとお父さんみたいな別々の”穴”を守る人達って結婚しちゃ駄目だったのよ」

「えーっ!? なんで!? そんなのおかしいよ! 好き同士なのに結婚したら駄目だって! あれ? でも私は生まれてるからお母さんとお父さんは結婚してるわけで……あれ?」


 なんだかよく分からなくなってきてまだ短くぷにぷにとした人差し指で自分のこめかみを挟みながら考えてみるサヤ。

 そんな可愛らしくある意味子供らしい滑稽さもある姿に、パメラはくすくすと笑った。


「ふふふっ、そうね。でも、お母さんとお父さんは、それでも結婚したいって思ったの。どうせその役目を覚えてるのってもうお母さんだけだし、お父さんもいろいろと嫌になって自分の国から逃げてきてここまで来たし、まあいいかなって」

「そ、そんなテキトーな……」


 幼いながらちょっと呆れた顔をしてしまうサヤ。

 そんなサヤに母は意地悪な笑みを浮かべた。


「ふーん? じゃあサヤちゃんはお母さんとお父さんの子供に生まれたくなかったのかなー? あーあ、お母さん悲しいなぁ、サヤちゃんがお母さん達の事嫌いだったなんて」

「そっ、そんな事ないもんっ!? サヤ、お母さんの事大好きだし、ちゃんと覚えてないけどお父さんの事だって好きだもん! だってお母さん、お父さんの事話すときはすっごく楽しそうだし! だから、だからぁ……!」


 母親の言葉を真に受けて半泣きで服をぎゅっと掴みながら必死に反論するサヤ。

 今すぐにでも大声で泣き出しそうな彼女を、パメラは「ごめんね、嘘だよ嘘」と笑って謝りながらサヤを抱きかかえた。


「ちゃんと言うと、お母さんとお父さんはそういうしきたりを越えても結婚して、一緒に家族になりたいって思ったの。自分達が特別な力を持ってるのは分かってたけれど、それでも夫婦になって、子供を作りたいって。だからこそ、サヤはお母さんにとって大事な宝物なんだよ。あの人との愛の証で、かけがえのない家族なんだから」


 サヤに向かってそう笑いかけるパメラからは、とても温かいものを感じた。

 そこにさっきのような冗談めいた雰囲気はなく、心からサヤを、そして死んでしまった父のクニヒコを愛しているのが伝わってきた。


「だからねサヤ。私とお父さんから受け継いだその力を、あなたが正しいと思う事に使いなさい。あなたがみんなの事を思いやってみんなを幸せにしてあげれば、それはきっとサヤの幸せにもなるし、結婚したお母さん達も幸せだったって言えるから」

「……うん! 分かった! 私、頑張るね!」


 母親の言葉に満面の笑みで頷くサヤ。

 家の外は日が隠れ、今にも雨が降ってきそうな曇天だったが、そんな事は彼女には気にならないほど胸が満たされていた。



   ◇◆◇◆◇



 平原にポツンとある廃屋の屋根の上に座り曇り空を見上げていたサヤは、ふとそんな小さな日の事を思い出していた。

 彼女の表情は、普段ダリアに見せているような余裕があって人を小馬鹿にしているような微笑みではなかった。


「あらまあ、極悪非道の亡霊様でも思い出に耽る事なんてありますのね」


 と、そんな彼女の隣からそんな高飛車な声が聞こえてくる。

 いつの間にかレイが同じようにそこに腰掛けていたのだ。


「……そうね、ちょっと空模様が思い出の中のとよく似ていてね。つい柄にもないことをしてしまったわ」


 サヤは落ち着いた微笑みを作り、サラッと色のない白髪を片手でかき上げる。

 そんなサヤをレイは人形の顔でじっと見つめてくる。


「……何?」


 じっと見てくるレイをサヤは瞳だけ動かし見下ろす。

 するとレイは顔を正面に戻し再び口を開く。


「いえ、やはりまだ完全な“同類”となったわけではないのですわね、と。あなたほど“八魔之膿(やまのうみ)”と深く繋がれる特別な出自でいても、やはり成り上がり直後だと少し人間性とでも言うものがこびりついてしまいますのね」

「……知ってたのね、私の出自。いや、分かってた、っていうのが正しいのかしら?」


 真面目な顔で問い返すサヤに、レイはそっけなく頷く。


「当たり前でしょう。初対面のときはともかく、少し一緒にいればあなたが守護者の混血である事は簡単に分かりますわ。人から成り上がったばかりでこのわたくしを軽く凌駕する力を持ち、かつ“秘跡”を行っている。そしてなにより“八魔之膿(やまのうみ)”からそう聞こえてくる。これで分からないものなど下級もいいところですわ」

「ま、そうよね。でも私自身が自分が“そういうもの”だと気づいたのはリンを殺めたそのときだったのだから、やっぱりさすがね」


 かつての友人であり、強い執着と怨念を抱いていた一人である、リン・エンフィールドの呪殺。

 それがサヤが自らがどういう存在かを気づかせるきかっけになっていたのだ。

 だがそんな彼女の言葉にレイは「当たり前ですわ」と言いたそうにフン、と鼻を鳴らした。


「しょうがないですわよそれは。それを含めての“秘跡”なのですから。あなた自身をより完全にするための穢れたサクラメントであり堕落を迎えるイニシエート。得てして魔力とはそういうものであり、我々はその魔力そのものでもあるのですから」

「……ふふふ、そういう事を改めて整理して説明してくれるところはさすが五十年上の先輩ね」


 少し悪戯な笑い方でサヤはレイに言った。

 けれどもレイはそんなからかいを含む彼女の言葉に乗る事はなく、むしろ少し呆れた様子で話してくる。


「残念だけれど仕方ないのですのよ、やはりあなたはまだ人間的な部分を残してしまっているせいで言葉で説明する部分が必要になってきてしまうのですから。まったく不便で仕方がありませんわ。……でも、あなたがそうした部分を残していたおかげであの小娘が拾えたのは僥倖であったと言えましょう」

「……ええ、そうね。あそこで私とダリアが出会えた事は、本当に奇跡だったのでしょう。人にとっては災厄と呼べる不運でもあるのだけれどね」


 話題が変わった途端、サヤはいつものような邪悪な笑みを浮かべる。

 横にいるレイは変わらず表情はないのだが、サヤにはそれでもレイもまたその事を歓び楽しんでいるのがよく分かった。


「あとは、あの小娘がどうするかですわね。下手をすれば、あの小娘とはここでお別れ、なんて事になるかもしれませんが……」

「いいえ、彼女なら大丈夫よ」


 サヤは断言する。その瞳には昏く燃える邪悪な確信が灯っていた。


「私はあの子にずっと憑いていて、魂を共有していたのだもの。そしてそれは今も。そんな私だから分かる。彼女は、“こちら”に転ぶわ」

「……なるほど。じゃあ、確かめてみましょうか。そろそろ答えも出た頃でしょうし」

「そうね、まずは聞いてみないとね」


 二人がそう言った瞬間、サヤ達は別の場所に瞬間的に移動していた。

 サヤは座っていた状態から立ち姿になり、その手にレイを抱えている状態になる。

 そんなサヤ達は、見下ろしていた。

 サヤのすぐ側で岩に座っていて、目の前をじっと見つめているダリアが。


「どう? 気持ちは……固まったかしら」

「……ああ、悪いな。この前せっかく自分の意志を確認したばっかりだったのに、結局目の前にしたら臆病風吹かせちまってな」


 そう言いながらダリアは立ち上がる。

 視線は変わらず、前を見ている。


「決めたよ。……行くよ、オレは。オレとお姉ちゃん両方の決着をつけるために」

「……そう」


 彼女の言葉に静かに返すと、サヤもまたダリアの視線が向く先に目を向ける。

 そこにあったのは林道の入口であり、共にとても古い矢印の形をした標識があって、林道に向けての標識にはこう書かれていた。


 ――これより先『オールスピリット』


 それこそ、かつてダリアが生まれ育ち、双子の姉を失った場所。ダリアにとって根源である、因縁の漁村であった。


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