25.Victim 2nd:死人遊び PART Ⅱ
「ふむふむ……」
カゲトラは腕を組みながら今一度目の前に掛かる五本の橋を見比べた。
綺麗な鉄の橋、錆びついた橋、白い大理石の橋、木箱の橋、金の橋。
この中から正しい橋を選べという“エクスキューター”と名乗る謎の人物からの指示。
あまりにも簡潔過ぎるその指示だったが、ここからいくら喚こうと相手が正解を教えてくれるわけもないだろう事は分かっているので、カゲトラはとにかくどうにかして現状から答えを導くしか無かった。
「しかし、見極めろって言われてもねぇ、どうしろってんだか」
表面上はニヤつき軽く言い放つカゲトラ。
だが内心はより重く受け止め、考えを巡らせている。
「見る分には錆びた橋が怪しいくらいでどれも歩いて渡るには問題ない。でも、この明らかに異常な空間だからこそ、正解以外は本当に落ちちまうって考えた方がいいだろうねぇ……」
目の前の果てが見えない天井、そして底が見えない床の穴を見比べるカゲトラ。
どちらも空間が無限に続いているように見えて、やはりとても現実の光景とは思えない。
ならもういっそのこと失敗しても夢だろうしいいだろう、と気楽に受け止めてしまっても良さそうではあるが、あまり楽天的に受け止めるのは愚の骨頂であるし、さらに言えばカゲトラのプライドがそれを許さなかった。
誰とも知らぬが知恵比べのゲームで負けるなど、カゲトラにとっては許しがたい事だったのだ。
「ハァ……俺っちも大概な性格してんなぁ」
今度は心からの苦笑を浮かべるカゲトラ。
頭の後ろをポリポリとそうしながら掻いた後、真剣な目線で橋を見ながら状況の整理を始める。
「中央の鉄の橋は本当にただの鉄の橋だね。傷もなく、でも目立つ所もない。真ん中にある分ニュートラルって感じだ。んでこれみよがしに並べれている赤錆びた橋……あまりにも露骨過ぎて、判断に迷うねぇコイツは。そういう嘘とも、嘘と見越して信頼するのもよくない気がする」
鉄の橋と右側の錆びた橋を見比べて言う。
組んだ手から上げた右手の指が顎を軽く擦る。
「んで右端の白い大理石のは……まあ間違いなくしっかりはしてるだろうね。表面も磨き上げられた綺麗さだし、橋というよりも王宮や首都にある美術館の床すら思い出すぐらいだ」
大理石の橋は先程もカゲトラが言ったように高級な邸宅の床や柱といった代物で、ある意味橋には不釣り合いとまで言えてしまった。
乗って歩くのには問題ないだろうが、そういうことではないのだろうとカゲトラは考える。
「左側にある木箱の橋……んー大きくしっかりとした木箱の繋ぎ合わせって感じだし、頑丈なんだろうけれど……ちょっとだけ怖さは感じる、でも一番橋って感じなのはこいつだ。そんで左端は……ああうん、こういうの好きな奴はお得意様に結構いるよねぇ……なんとか持って帰りたいぐらいだよ」
金の橋に対してカゲトラはニヤついて言った。
木箱の橋は今カゲトラが立っている銅の床とどうやって接合しているのかは謎だが、少なくともそこが甘くて崩れるという気配はない。だけれども感覚的にはやはり怖さは感じてしまった。
そして金の橋はその下品な輝きは多くの人を惑わせるし、なんなら実際惑わしているところもカゲトラは見てきた。人には見せられない商人としての影の部分がそこにある気がした。
「はー……で、これを“商人としての目”で見極めろって事か。“商人として”ってのが間違いなく肝なんだろうが……んんー……」
そこで少し考えて、カゲトラはひとまずの仮説を立てる。
「価値で考えろ、って事か……?」
商人としての目……つまり金銭にするとした際に目利きをしろと言われているのではないのかと、カゲトラは考えたのだ。
「となると、やっぱり目が惹かれるのは金の橋、なんだが……」
ギラギラと輝く黄金の橋。左端に見えるそれに、カゲトラは目をやる。
だが、すぐに逸らした。
「賄賂ならともかく、商品としては見るもんじゃないな」
そして代わりに四本の橋に目を向ける。
「んでまあ、木箱はあくまで木箱。鉄はまあ価値はあるか。錆びた鉄はやっぱ論外。んで……」
彼はじっくりと大理石の橋を見る。僅かに模様の入ったそれは気品すら漂う。
「この中で一番商品価値って考えると、この橋かな。貴族向けの建築だけじゃなく、芸術家が素材として求める事もある。なんならこれ単体として見ても綺麗に磨き上げられた感じは手が掛けられているわけで、それだけ金がかかってるって事でもある……」
カゲトラはカンカンと銅の床で足音を立てながら大理石の橋の前に行く。
完全な確証が持てたわけではないが、おそらくこれが正解。
あとは自らの判断が正しかったと勇気を出して橋を渡るだけ。
「……ふぅ」
そう思い、軽く呼吸を置いてからカゲトラは足を伸ばした。
「……いや」
だが、その足は大理石の橋を実際に踏む前に空中で止まり、そっと銅の床に戻った。
「確かあの声は『商人としての目ならば果たしてどれが先に渡すモノとしてもっとも正しい答えなのか』って言ったよな? 前半の部分ばっか考えてたが、後半もよく考えると少し変な言い回しじゃないか?」
再びこちら側の床の真ん中部分に戻ったカゲトラは、それぞれ橋を見渡し、考えを言葉にする。
「普通なら『どれが正しい答えなのか』とでもだけ言えばいい。でもわざわざ『先に渡すモノとして正しい答え』なんて言ってるのが引っかかる。てか、先に渡す……? 橋を主体にした言い方だけどなんか変な…………あっ」
と、そこでカゲトラはひらめき、目を見開いた。
「そっか……これ、相手に送るとしたらどれがいいか、って話か。つまり商人として相手に送るという事で考えればいいんだな?」
瞬時に、カゲトラはそれぞれの橋を再度見比べた。
「少なくとも真ん中から右三本はアウトだ。こんなもの送るものじゃあない。危なかったぜ……んで、とすると左二つになるわけだが……」
残ったのは木箱の橋と黄金の橋。
カゲトラは腕を組み顎を親指と人差し指で摘みながらその間に立つ。
「黄金ってのはさっきも言ったように不正な商売のお供で賄賂の定番だ。じゃあこの金の橋……となりそうだが、それは商人としての選択じゃない。そのまま抜き身で黄金を渡す奴がどこにいる? 違法なブツを渡すにしろ、真っ当な商品を渡すにしろ、まずは……しっかりと、そう、箱に入れてやらないとな?」
そこでカゲトラが選んだのは木箱の箱だった。
商人として相手に何かを渡すとするならば、モノにもよるが箱にそれを入れて手渡すものである、そういう問いなのだとカゲトラは解釈した。
故に木箱の橋の前に彼は立つ。
「…………」
そして、ゴクリと唾を飲み込みながら、そっと木箱の橋に片足を乗せる。
ひとまず、それで橋は崩れなかった。
そこからゆっくりと彼は足を進めていく。
一歩、また一歩と橋を歩き続ける木箱の橋はカゲトラが歩くたびにギィ、ギィ……と軋んだ音を立てて彼の心を焦らせるが、一度選んだ以上下手に戻る事もできない。そういう姿を見せたらどうなるか分からなかったからだ。
ゆっくりと、確実にカゲトラは歩いていく。
そうして……ついに彼は、橋を渡りきった。
「……はっ! おい見たかい!? どうだエクスキューターさんよぉ!」
カゲトラは挑発的に上を見上げて言い放った。
この手の煽りに乗っかってくるかは分からなかったが、そうしたい気分だった。
『お見事。では次も頑張ってくれたまえ。目の前の扉を進んだ先にまた次の“遊び”が待っている』
だが返ってきたのは事務的とも言えるそんな返事だけ。
やはり相手は手練れている、とカゲトラは感じた。
駆け引きにおいて弱みを見せないために徹底的に仮面を被っている相手なのだというのが伺えた。
「ふん、いいさ。だったらそっちが仕掛けてきたゲーム、全部こっちがクリアしてやるさ」
こうして、カゲトラは進んでいった。
その先にはまた人を馬鹿にしたような仕掛けが待っていた。
明確にタイムリミットがついて大きな音で焦らせてくるパズルや、長く細い棒を使って鍵をすくい上げてドアを開ける慎重で繊細な技術を求められる部屋などである。
どれもカゲトラの精神を疲れさせ、すり減らすような仕掛けばかりであった。
だがそのどれもをカゲトラは突破し、そのたびに勝利に酔いしれ、声だけの相手に優越感を抱いていた。
カゲトラはこうしてゲームで相手を打ち負かす事が好きだった。
そういった環境で育ったのもあるが、これは本人の根本的な気質でもあった。
だから彼はいつしかそんな気分でこの命のかかった状況を楽しむようになっていた。
「さて、そろそろ出してくれてもいいんじゃないのかい?」
故に彼はニヤつきながら目の前の扉に手をかける。
勢いよく開けた部屋は小さな部屋だった。五メートル四方の正方形の部屋で、天井は変わらず闇が続く程に高い。正面にはこれまで通り条件を満たして開けるのであろう扉があった。
床は金網でできていて、暗くてよく見えないが今までのように底がないわけではなさそうだった。かつ中央には丸い一メートル程の穴が空いていて、そこだけ金網の床とは切り離された井戸のようになっていた。
だがそんな部屋の作り以上に、彼の目を引いて驚かせたモノがあった。
「……なっ!?」
「……え!?」
そこには、自分とは別に、人がいた。同じ黒髪で茶色の目、黄色い着物の少女だ。
ただその着物はいわゆるミニスカートになっていて、可愛らしさが重視されている。
髪はツインテールを揺らしていてあざとさを感じる髪型だ。
カゲトラは、その少女を知っていた。
「……マイ?」
「兄様……?」
そこにいたのは、マイ・タカガワ。
カゲトラの三つ下の妹である。
確かに彼女も、彼と同じ街にいた。商人の家のものとして修行を積むためにジェーワンネルにある商人組合に身を置いている最中だったのだ。
しかしだからといって、どうして彼女がこんなところに……? さすがのカゲトラも、これには困惑した。
『さて、では今までで最大の決断をしてもらおう』
と、そこでまたあのエクスキューターの声がする。
そして、その声は誰とも分からぬ老若男女すべての声がコーラスのようになった声で、告げてきた。
『カゲトラ・タカガワ。選び給え。自らの片腕を切り落とすか、それとも家族の命を捧げるか』
次の瞬間、部屋の中央の穴から台座がせり上がってきた。
そこにはギロチンが備え付けられていた。断頭台はただ穴があるだけでそこにカゲトラの頭は入らず、入るのならそれこそ目の前の妹の小さな頭が精一杯。その横にはこれみよがしなレバー。
そして、その台座、ギロチンが何かを切り落とした後それが落ちていくであろう場所には暗い穴が続いている。そこに、落とせというのだろう。
自らの腕か、妹の頭を。
そして更に、そこにはそこそこの長さで槌部分が小さめな両手持ちの戦鎚も添えられていた。武器……という事なのだろうと、二人は判断した。
お互い、顔を見合わせる。青ざめ、言葉を失った顔を。
彼らがそうした次の瞬間、ボッ! という音がした。金網の床下からだ。
そこには、火が揺らめいていた。それぞれ銃口のような小さな円柱から小さな火が見える。
『今はまだ蝋燭の火程度だが、それはどんどんと大きくなり、やがて君達を焼き尽くす窯の火となるだろう。故に、なるべく早い決断をオススメするよ』
そこで言葉は途切れる。
怯える妹、床の火、自分の腕、戦鎚、そしてギロチン。
カゲトラにとっての最大の選択が今、迫られていた。




