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22.揺るがぬ意志、変わらぬ憎悪

「……なるほど。それがあなたの“根源”ですか」


 ダリアの話を一通り聞き終えたレイは、軽く呼吸を置いてからそう言った。

 椅子に座り俯く彼女の目は、暗く濁っている。


「そうだな……こうやって言葉にして整理したのは初めてだけど、改めて考えると、ああ……まったく、人生に意味なんてないんだなってのがよく分かるよ」


 応えるダリアの言葉は、半笑いで捨て鉢だった。

 言い方の軽さとは裏腹にその中には深い深い絶望が滲み出ている。


「そりゃ、そういうのを背負って生まれてくる奴だっているんだろうさ。でもそれも社会的な立場とかなんだで背負わされるだけで、そういうしがらみを抜きにしたら結局人間の命もただそこにあるだけだ。車輪の下敷きになる雑草と何が違うっていうのか」


 ダリアは組んでいた手をそっと自分に向ける。

 指も手のひらの中も全部がボロボロで痩せ細っていて、とても十五歳の少女の手には見えない。


「オレは生かされたけど、それで良かったって思えることなんてこれまで一度もなかった。ただお姉ちゃんが生きろって言ったから生きてたけど、これはオレへの罰なんだって思った。一人残ったオレへの……いや、違うな、罰とでも理由をつけないと、自分を保てなかったんだ」


 口元が自嘲的に釣り上がる。

 目自体は大きく広がるというのに胡乱な瞳は小さくなって、朧気な四白眼となる。


「だって、こんな辛いのに生きて、辛いだけなのに死ぬのを引き伸ばして、それなのに生きるの引き伸ばして、オレが物を売る相手はみんな笑ってて、そんな奴らに合わせるたびに自分が惨めになって、憎くて、殺してやりたくて、でも、できなくて……!」


 手をわなわなと震わせながら、その指を自らの顔に突き立てるダリア。

 指の間から覗く瞳の輪郭はあまりにもおぼつかない。


「……ああ、でもあのとき、サヤと出会って、オレは、わたし(・・・)に戻れたんだ」


 だが、その恐慌はその言葉を口にした瞬間、一瞬で収まった。

 そんな彼女に、今までずっと静かに座って聞いていたサヤが立ち上がって、そっと肩に手を置く。


「そうね。あなたはあのとき、私を前にしてあなた自身の恐怖を見せ、悲鳴を上げた。苦痛と悲しみすらも越えた、根源的な畏れ。すべてのしがらみを取り除いた生のあなた。そしてそんなあなたが私と繋がる事によって、すべては動き出した」

「ああ……。お前が不条理過ぎる力で無差別に誰かの命を奪うたびに、私は人生で初めての感情を……喜びを得られたんだ。だから私は、お前がお前である限りついていこうって、そう思えてるんだ」


 手を下ろし、サヤを見上げるダリア。

 サヤはそんなダリアに、とても穏やかな微笑みを向けている。

 彼女が死者でなければだれもが癒やされ魅了されたであろう、そんな笑みを。


「……ありがとうございます。よく理解できましたわ、あなたがサヤと共にいられて、サヤがあなたを選んだ理由を」


 と、そこでレイがひょこりと机の上から降りてきてコツコツと軽い足音を鳴らしながらダリアの元に近づいていく。

 そして座っているダリアを見上げながら、レイは言う。


「そして確認できましたか? あなたのあなた自身の“意志”を」

「……ああ」


 見上げ問うレイの言葉に、ダリアはゆっくりと頷く。

 そして引き締まった表情で、固い視線を向けて彼女は言った。


「オレは……お姉ちゃんがどうなったのかを知りたい。もちろんお前達が人を殺めて自分達の世界を広げるのは変わらず手伝うし、サヤの復讐に手を貸せるなら喜んでなんでもする。でもそれとは別に、オレは……例え見つからなくてもいいからあの村に戻って、お姉ちゃんの最期を、確かめたいんだ」

「……ですって、サヤ」


 ダリアの言葉を受けてレイは軽く顔をサヤに向けた。

 それにつられてダリアもサヤの方を見る。

 二人に目を向けられたサヤは、落ち着いた顔で頷いた。


「ええ、もちろん。そもそもあなたに憑いている私ですもの。お互い一蓮托生、共に憎悪を世に知らしめましょう」

「……まったく、そんなことをにニコニコしながら言うのは、お前ぐらいだよ」


 両手を合わせて笑うサヤに、ダリアは苦笑した。

 いつもの空気が戻ってきた、そんな感じがあった。


「……あーあ、我ながら話しすぎたな。ちょっとさっぱりしたくなったし、外にある公衆浴場にでも行ってくるよ。ここから近いらしいし」

「あらじゃあ私はここで待ってるわね。何かあったら呼んで頂戴」

「お前はオレの保護者か何かか?」

「頑張って清潔になってらっしゃいね小娘。わたくしを持ち運ぶのならそれ相応の綺麗さでいてもらわなければ困りますから」

「お前はお前で何様なんだよ……」


 レイに呆れた言葉と顔を向けた後、ダリアは部屋の外に出ていく。

 そんな彼女が出ていった扉を二人で見るサヤとレイ。


「……あの子、気づいてはなかったのですね」


 と、そこでレイは扉に顔を向けたまま、ポツリと言って一瞬の静寂を破った。


「そうね……。でも、それならそれでいいんじゃない? むしろだからこそ今の彼女の意志と憎悪は純粋で美しいのよ」


 横でサヤは同じく顔を動かさないまま応える。

 愛でるようなその言い方に、レイはフンと鼻息を鳴らした。


「ま、生きてる最中の人間らしさはありますわね。それで気づくとするのなら……そう、やはり――」


 そして、レイは冷たく、重さを感じる声色で言った。


「――わたくし達の“同類”となる、その日かしら」


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