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17.自己陶酔人形演劇

「そこのサヤという方がおっしゃった通り、わたくし、元は普通のお人形でしたのよ」


 レイは瞬時にダリアの足元から消えたかと思うと、またも一瞬でダリアの目線の高さに現れた。

 彼女は今、さっきまでなかったはずの人形の山を目の前に作り、そこに腰掛けて話している。


「この街で作られた名前もない最高級人形、それがわたくしでした。そんなわたくしをリーが見つけてくれたのは彼女が六歳のとき、こちらの別荘に遊びに来ていたときでしたの。リーは店で見たわたくしをいたく気に入り、買ってくれました。それから、わたくしとリーはずっと一緒でしたわ」

 

 レイは人形の山の上で立ち上がり、芝居がかった手振り身振りで語る。

 けれども表情はずっと変わらず無表情である。

 人形だからと言って完全に顔が固まっているというわけでもなく、口元は人間らしく動いている。

 故に“無表情”という表現が適切だとダリアには感じられた。


「部屋にいるときも外出するときも、彼女はずっとわたくしを手放しませんでした。彼女はわたくしにレイという名前、そしてミドルネームとして自分の名前を与えてくださりました。リーの母親が自らの名をミドルネームとしたように、このわたくしも家族の一員、妹だから自分の名を分けると」

「なるほど……あなたがあなたの意志を宿したのは……そうね、名前をもらってからわりとすぐだったんじゃない?」


 レイの芝居がかった語りの中で、サヤがすっと割り込んで言う。

 問いかける内容ではあったが、その言い方にはどこか断定めいたものがあるとダリアには思えた。

 彼女のその言葉に、レイはコクっと頷いた。


「ええ、わたくしがわたくしとなったのはそう時間はかかりませんでした。故にわたくしは、彼女の妹として七年の間、ずっと側にいたのです。なんなら、この先も彼女と共に過ごしていくのだと思いました。……あの日が来るまでは」


 そこでレイは、足元の人形の山を見下ろしたかと思うと、不意にその人形を派手に蹴り飛ばした。

 先程ダリアが踏んでしまった兵士の姿をしたくるみ割り人形だった。


「ああ、忌まわしい、忌まわしい……! 己が欲望を満たすため、わたくしの目の前で奪い、襲い、あまつさえ私の大切なリーの命を手に掛けた者共が、忌まわしい……! たかが人形に過ぎなかったわたくしを必死に隠し守ってくれたリーが、愛おしい……!」


 レイはより絞られた光の輪の中で、両手で顔を覆い天井を見上げる。

 隙間から見える表情は相も変わらず無表情であったが、その声はとても憎しみに満ちていた。


「確かにチャイルド家は悪徳領主だったのでしょう! わたくしを買ったお金も民から絞り上げたものだったのでしょう! わたくしがリーと共に豪華な食卓を前にしていた一方で、民は飢え苦しみ死んでいたのでしょう! ですが、それでもリーはわたくしにとって大切なお姉様だったのです! 知らぬ民のために知る家族を奪われて喜べるでしょうか!? 答えは否です!」


 レイは顔を覆っていた両手を横に広げ、くるりと人形の山の上でゆっくりと回りながら高らかに叫ぶ。

 演劇における悲劇のヒロイン、と言った仕草であった。

 もはや顔の無表情さはその感情を遮るのに意味を成しておらず、絶え間ない悲しみの激流が荒れ狂っていた。


「ああ、可哀想なリー! わたくしのお姉様! こうしてわたくしの中で芽生えた憎悪は人々を呪い殺める力を与えてくれました! それから五十年、わたくしはこの屋敷に踏み入る不届き者に罰を下しているのです。わたくしをより、断罪者として昇華するためにっ!」


 ぐっと天に掲げた右手を握り、それをバっと横に振るって言い放ったレイ。

 かと思うと、すっと落ち着きを取り戻し姿勢を正した彼女はうやうやしいカーテンシーを伴って深く頭を下げた。


「ご清聴、ありがとうございましたわ。いかがでしたでしょうか、わたくしの涙なしでは語れない悲劇の物語は」

「……あ、お、おう……うん」


 急に態度が変わったものだからダリアはどう反応すればいいか少し困ってしまった。

 ここまで彼女が語った話に嘘はないのだろうが、こうも演劇めいた流れでそう言われると素直には反応しづらかったのだ。

 すると、横からパチパチパチ……と軽く拍手が聞こえてきた。サヤだ。

 彼女は時折見せる純粋に可愛らしい笑顔で手を叩いていた。


「ええ! とても良かったわよ! ふふふふふふっ、やはりここまで来たかいがあったわね。いい話が聞けたわ」

「そ、そうなのか……?」


 サヤの意図するところがダリアにはいまいち掴めなかった。

 魂を共有している関係上、サヤは本当に楽しんでいたのは分かるのだがそこでどういう考えなのかを把握する事はできなかった。

 けれどもサヤと目の前の人形の間で、何か通ずる所があったのは間違いないらしい。

 やはり自分にはまだまだ人外の思考は理解できないと、ダリアは思った。


「……それで、小娘はどう思いましたの?」

「え? オレ?」


 そこで、すっとレイがその紫水晶の人工眼を向けて言ってくる。今までの大げさな気配は消え、ただの純粋な追求がそこにはあった。


「ええ、先程お話した理由で五十年以上この屋敷の主として君臨し人間共の命と恐怖を啜ってきたこのわたくしについて、その感想をいただきたいのです」

「感想って……んー……まあ、そうだな……」


 ダリアは困ったようにこめかみをポリポリと指でかき、少しの間目を逸らしながら逡巡する。

 そしてそこから再び視線を紫水晶の輝きに合わせると、彼女は言った。


「別に良いんじゃないか? てかむしろそんぐらいやってもいいって思うが」

「……へぇ」


 ダリアの答えに、レイは変わらない無の顔のまま、しかし声は興味深げに言ってまたも一瞬で距離を詰めて見上げてくる。


「続けて」

「あ、ああうん。いや結局は大勢の犠牲のために大事な人を失われて納得できるわけないのは当たり前だし、そこで何かできるのに飲み込んで耐えるとか、そっちのほうがよっぽどかな。……少なくとも、それをやると生きてても死体と変わらなくなるのは、よく知ってる」


 レイが高らかに“お姉様”と叫ぶ姿が、声が、ダリアの胸に暗雲を渦巻かせる。

 ダリア自身の心を未だ縛る過去の残影が、またも彼女の心臓に刃を突き立てる。その痛みに、彼女は胸ぐらをぎゅっと片手で握った。


「それができるのならオレは止めないし、むしろやっちまえって思う。そしてだからこそ、オレはコイツに協力してるんだ。個人の切り捨てられる憎悪が世の中をめちゃくちゃにするのはその……笑えるからな」


 サヤを一瞥し、ダリアは言葉通り嗤ってみせた。

 心に正直な嘲笑だった。


「へぇ……」


 すると、レイはそんなダリアをまたもまじまじと見る。

 彼女の紫水晶の視線は、人工物のはずなのにサヤのものと同じような生々しさを感じた。


「ええ、良いですわね。この小娘、とても良いですわ。さすがあなたのほどの“モノ”が憑いてるだけあるりますわね」


 と、そこでレイはぱっとサヤの方に顔を向けて納得したように言った。その声は表情のない顔とは裏腹に妙に楽しげだ。


「では、そういうわけなのでよろしく」


 すると、レイはそんな事を急に軽い口調で言い放った。

 かと思うと、なんといつの間にかダリアの右肩に乗っかり座っていたのである。


「へ? よろしくって……ま、まさか……」


 さすがに困惑が露骨に出たダリアに、無表情の癖に笑っていると断言できてしまう声色で、レイは言う。


「ええそうよ小娘。わたくしも一緒にあなた達の旅路につれていきなさいと言っているの。 あら何? そんなことも理解ができない程のおつむなのかしら?」

「いや分かるけど分からねぇよ!? この屋敷大事な場所なんじゃねぇの!? そんな軽いノリで離れていいわけ!?」

「ええ確かにここはわたくしに取って思い出の場所の一つですわ。でもたくさん人間を呪って弄べるというのなら、天秤はそちらに傾きますのよ? わたくしそこまで土地に縛られているタイプってわけじゃありませんので」

「ふふふふふっ! まあまあ、いいじゃない。呪いを振りまく仲間は多いほうが楽しいわよ? それに彼女ならきっとあなたじゃ無理だった場所にも潜り込めるでしょうしね」

「ええ。わたくしは“域”の中なら自由にどこでも飛び回れるけどそうじゃないところは結構苦労するから億劫でしたの。でもあなたが運んで例えば誰かに渡してくれれば、わたくしは人の手から手を経由させて(・・・)あなたのような小汚い小娘じゃ入れないところにも入れる。そうしたら、後は“域”を作るのなんて簡単ですわ」

「おいこら話を勝手に進めてんじゃねぇ! ……ハァ、でもまあしゃーねぇか……別に今更悪霊が一匹増えるぐらいだし……でもハァァァァ……!」


 ダリアは片手でおでこを抱え、苦々しい表情で大きなため息をついた。

 別に彼女らの方針に異論はないが、そういうことを勝手に話を進められると心が疲れる、というのが彼女が強く思うところではあった。

 でもそこを言ったところでサヤは気にしないだろうし、多分このレイという人形も気に留めない……というかより酷いだろうなと既に思えてしまっていたので、ダリアは言うだけ無駄と諦める事にした。


「それじゃあわたくしが五十年遊んできた力を存分に使えるように頑張って下さいましね小娘。誰かにうまく渡してくれれば、後はわたくしの方でうまくやりますので」

「はいはい。……ったく、さっき会ったばかりなのに既にこの態度は凄いな……。ま、オレの商人としての立場があれば、ご用命はなんとなりと、って感じかな」


 ずっと呆れながらも既にダリアはすっと目を細める。

 彼女は既にこの人形をどうやって人に売ろうかを考え始めていたのだ。


 ――見た目は非常に綺麗だし高級な人形であるから売るにしてもそれなりの値段はつけないといけないだろう。下手な安値だと逆に何かよくないモノなのではと勘ぐられてうまく捌けない。だがあまりに高額過ぎても純粋に手は出されないだろうし、自分が行商の立場を取っているのもあってがめつい商人が不当に高いものを売っている、という話になりかねない。とすると適正価格とその売場は……。


 ダリアは口元に手を当て考えながら屋敷の外へと歩き出す。

 横にいるサヤはそんなダリアをこれまたほっこりとした顔になって見ていた。


「……ところで」


 と、そんなときダリアの方に乗っかっていたレイがその隣にいるサヤの方を向いて言ってきた。


「あなた、随分と濃く深く『やまのうみ』と繋がっていますのね。遠くからも感じられたけれど、こうして近くにいると驚愕する程ですわ。見た所人間から成り上がったばかりでしょうに……どうやって、そこまで?」

「……『やまのうみ』?」


 レイの問いかけにダリアが不思議な顔をした。

 彼女にとっては聞いたことがない単語だったので当然である。

 一方でレイとサヤは互いに深紫の視線を向かい合わせている。レイは顔に変わりなく、サヤもまたニコニコとしたままで。


「……そうね」


 そこでサヤは一拍の間をおいたかと思うと、自らの目元にそっと人差し指を置いて、ペロっと軽く舌先を出した悪戯な顔で言った。


「聖女としての才能、かしらね」

「……なるほどね」


 月を背にしたどこか蠱惑的なその姿に、レイは納得したように言った。

 二人の会話を聞いていたダリアは、またも二人の間だけで通じる話を前に「……ふぅむ。まいっか」と鼻を鳴らすように声を出して、特に問い詰める事なく終わった。

 あまりにもあっさりとした流れで屋敷の外に出された意志のある人形、レイ・リー・チャイルド。

 しかしそれはその軽さとは裏腹に、人々にとって大きな影を落とす事になることをダリアは既に悟っていた。

 そしてそれを思うと、ダリアの胸は、高鳴りを覚えたのである。


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