16.人形令嬢
『ソルマティコの人形屋敷』
それはマルシャン王国でもとりわけ有名な幽霊屋敷の話である。
事の始まりは五十年ほど前の事。当時のソルマティコ領はチャイルド伯爵家が治めるチャイルド領であった。
当時のチャイルド伯爵家は領民に重い税を課し些細な事で刑罰に処すという、絵に描いたような悪徳領主であった。
そんな伯爵一家が領民達から恨まれるのは当然であり、果てに起きたのは領民による反乱だったのは当然の帰結と言えよう。
チャイルド家が自らの邸宅を離れ別荘へと家族旅行をした際、その別荘で襲撃され一家全員が捕縛、処刑の道を辿った。
その後、反乱において中心核にいたソルマティコ家がエドキンズ王家とやり取りし領の自治を引き継ぐ事となったのであった。
……と、ここまでが歴史の話であり、怪談『ソルマティコの人形屋敷』の話の起点となる部分である。
『ソルマティコの人形屋敷』の舞台となるのは旧領主一家が襲撃された別荘である。
この別荘において領主夫妻、そして彼らに与していた親類はパーティーを開いていたところを一斉に捕縛されたのだが、唯一この屋敷の中で死亡した人物がいた。
まだ十三歳だった伯爵夫妻の一人娘、リー・ティファ・チャイルド伯爵令嬢である。
彼女は伯爵家別荘襲撃の際、一部の乱暴な兵の暴走により殺害されてしまったのだ。
その後すぐに処刑という形で家族もまた彼女の後を追ったわけだが、しばらくしてから伯爵家別荘においては家族を全員殺された恨みでとか、一人だけ家族とは別に殺されたために孤独に幽霊として家に縛られてしまったとか、ともかくリーの霊が出没するようになったと囁かれ始めたのだ。
そしてリーの霊は別荘に侵入した人間を呪い殺してしまうのだと言う。
彼女は生前可愛らしい人形を愛でていたので、その霊を鎮めるために屋敷には人形が溢れている、しかし、それでもなお彼女の霊は屋敷に現れ悪戯半分で屋敷の敷居を跨ぐ者を許さない。もし入るのならば必ず身代わりの人形を持っていくこと、そうしなければその命で代償を払う事になるだろう――。
これがマルシャン王国に伝わる有名な幽霊屋敷の噂『ソルマティコの幽霊屋敷』の概要である。
「……とまあ、お前も知ってるだろうその話の舞台がココってワケ」
アローマウスの街にて、ダリアがピッと目の前の屋敷をランタン片手に空いた方の手の指で差して言った。
時間帯は夜で、道すら整備が放って置かれている町外れにあるその旧チャイルド家別荘は形を維持しているのが不思議な程に荒れ果てていた。
四階建てで下手な領主邸宅よりも大きい屋敷の全体図は僅かに月明かりで照らされている程度で、魔法街灯の明かりもこの道には届いていない。
「ふぅん、なるほど、なるほど……」
そんな彼女の横でサヤは一人納得したようにコクコクと頷いている。
ダリアはそんなサヤに目を細めて視線を向ける。
「えーと、一人で納得しないでくれるか? てかここの話がマジなのは分かったけれど、オレ達わざわざ来る必要あったの? まあ言われたから宿に荷物置いてここまで来たけど、そういうのって縄張りとかないのか?」
「ふふっ、面白い事を言うのねダリアは」
呆れ半分心配半分と言ったダリアの様子に、サヤは笑ってくる。
若干小馬鹿にされた感じがして、ダリアは少しだけイラついた。
「いいダリア、縄張りなんてのはいちいち細かいラインを引かないと生きてられない弱い人間の考えよ。私達みたいな“そういうもの”同士はあんまりそこらへんは気にしないの。私達はみんな一つの“域”にいるんだから」
「“域”ね……そういやベルウッドの街でもそんな事言ってたな。お前もつい最近死んだばっかりだって言うのに詳しそうに語りやがって」
「くすっ、そうね。でも“分かる”んだから仕方ないじゃない?」
ダリアは嫌味を込めて言ったのだが、サヤはまったく気にした様子はなく軽く笑って返して来た。
更にサヤは楽しげな表情でダリアの肩に手を置いて「ほら行きましょ行きましょ!」ともう片方の手で人差し指を向けて促してくる。
そんな彼女にダリアはもう彼女に何度ついたか分からない「はぁ……」というため息をつくと、彼女の言う通り屋敷へと向かっていった。
正門は鎖で封じられているが、いわゆる若者の肝試しとしても人気スポットなためわりとすぐ柵を越える抜け道は見つかり、ダリアはそれを通って中に入っていく。
屋敷の正門から屋敷の正面扉に続く道と庭は雑草だらけでその高さはダリアの太ももあたりまで伸びている程だった。
「あー虫に刺されそう……」
ダリアは愚痴をこぼしながらもその雑草の中を歩いていき、屋敷の扉を開いて中に入る。
「うええ……」
そして開門一番、ダリアは屋敷内部を照らしたランタンの光の先を見て声を上げてしまった。
そこにあったのは無数の人形だった。
陶器の人形、ぬいぐるみ、ビスクドールにブリキ人形に操り人形、果ては東の国で作られている気味の悪い着物の人形などなんでも揃っていて、それが無造作に散らばり、ところどころで山を作っているのである。
人形は広いエントランスホールだけでなく、そこから続く扉の壊れた廊下の先や二階へと上がる階段のところどころにも見えて、軽く見回しただけでも見えない場所がなかった。
「こりゃ人形屋敷って言われるわけだよ……ってうわっ、踏んじまった、気色悪ぃ……」
とても苦い顔で言いながら進み、数歩で足元からパキっと音がして足元にランタンをかざして言うダリア。
彼女の足の下には顔が潰れた古びた騎士を模したくるみ割り人形があった。たった今彼女が潰したのだ。
「なぁこの先行かなきゃ……ああうん、分かってるよ、駄目なんだよな」
振り返って聞いたダリアだったが、すぐ後ろで微笑んでいるサヤにすぐさま諦めて歩き出す。
この先に一体何があるというのか。ダリアはそんなことも分からず歩みを進め始める。
――それで十歩程しか歩いていない程度であった。シャンデリアが彼女めがけて落ちてきた。
「――へ? ってわぁ!?」
ダリアは思わず驚き尻もちを着きそうになった。
何せ彼女の頭上でシャンデリアが空中で静止しているのだから。
そこで体勢を崩さなかったのは、直ぐ側でサヤが軽く手のひらを上に上げていたから下手に転んだら恥ずかしい、とその状況でとっさにダリアが思ったからだ。
「え!? こ、これって……!?」
「ふむ、ちょっとしたサプライズのご挨拶、ってところかしら? ま、遊び心って大事よね」
「――ええ、こちらの意図を汲んで下さり感謝しますわ」
サヤの発言の直後、甲高い神経質そうな声がエントランスホールに響き渡った。
声は上の方から聞こえてきたのでダリアはすっとランタンと共に顔を上げる。
すると、それに応えるかのようにエントランスのもう蝋燭がないはずの燭台に小さな火が灯り始めた。
同時にサヤが受け止めたシャンデリアもゆっくりと上に上がっていき、同じく明かりが灯る。
それらの光はまんべんなく揺らめいているはずなのに、闇をまんべんなく照らすのではなくエントランスにいるダリアとサヤ、そしてエントランス上の声の主だけを丸く切り抜くように照らし出したのだ。
そこでダリア達は声の主の姿をはっきりと見た。
二人を見下ろすように二階の手すりに座っていたのは、人形だった。
ゆらゆらと足を揺らすそれは、全長にして四十センチ程のレジンドールである。
着ている衣装は赤がメインのゴシックドレス、髪は金髪の姫カットロングでその頭には薄手のヴェールが付いたフリル多めの赤いヘッドドレス、そして顔は職人芸を感じる程に可愛らしく作り込まれているがやはりどこか人形らしい冷たさを感じる。また、その顔で一番ダリアの目を引いたのはその人形の瞳がサヤと似た色の紫水晶で作られていた事だった。そのすべてがまるで新品同様に綺麗で、埃と瓦礫にまみれた屋敷にはあまりにも不釣り合いである。
そんなある種魅惑的な美しさで、しかし人形だから当然とも言える血の通っていない無表情さで見下ろすその人形と、相変わらず愉しげに微笑むサヤ。
お互い、同じ深紫の瞳を向け合っていた。
「なるほど、随分ととんでもないのが人間と一緒に入ってきたと思ったけれど……これは想像以上ですわね。そしてその人間もそんなあなたと同調していると。ああまったく、これだからわたくし達という存在は」
「そちらこそ、飲み込みが早くて助かるわ。さすがこれほどに積み重ねられた力を持つだけはあるわね。ああこれまた、なんとも愉快な。ふふふふ」
「…………」
変わらず表情のない人形と、いつも以上にニヤついたサヤの会話。
それに挟まれるダリアは、なんだか仲間外れにされている気分になって来た。
だいぶおかしな状況だと言うのにそんな感情が先立っているのは、自分も随分慣れたものだなと少し感じた。
「……あのさぁ、当人同士で満足しないでくれないか? オレにもあの人形が何だとか説明、あるいは自己紹介してくんない?」
「……ふむ。またこれは失礼な物言いの人間ね」
瞬間、目の前からパッと人形が消えた。
かと思うと、瞬きもしない間にその人形はダリアの目の前に現れて両手を背中に回し、小さな顔をゆっくり上げて下ろしたり、ダリアの周りをくるくると歩き始めたりなどして露骨に観察する姿を見せてきたのだ。
「なっ、なんだよっ!? だからお前はなんなんだって!」
「あらまあ、人に名を尋ねるならばまず自らが名乗り出るのが人間の礼儀ではなくて? 躾がなっていないのかしらこの小娘は」
「あぁ!? 誰が小娘だぁ!?」
「それは事実じゃない」
「余計な口を挟むんじゃねぇよ! オレはこれでも十五歳なんだぞ!」
「あらそうなの小娘。も三つから下手したら五つは下かと」
「……体の成長が妙にしねぇからな。ってかそうじゃなくて……ああもう! 分かったよ!」
なんだか雰囲気がもう真面目なモノじゃなくなった気がしてバカらしくなったダリアは、ガガッと頭を掻いて物珍しそうに自分を見上げている小さな人形を見下ろし言った。
「オレはダリア。ダリア・クルーニーだ。んでオレの後ろで無駄にニタニタしてんのはサヤ・パメラ・カグラバ。ひでぇ死に方したこいつが人間みんなぶっ殺したいって言ってオレもそれ悪くねぇなって感じで付き合ってんだよ。で、お前だお前。さっさと名乗れ」
「あらご丁寧にどうも小娘。なら、わたくしも名乗らないと礼儀が通らないわね」
途中サヤを親指で差しながらもう破れかぶれと言った様子で自己紹介を済ませるダリア。
そんな彼女に目の前の人形はわざとらしい前かがみの姿勢からすっと後ろに軽く飛んで、姿勢を正したかと思うととても綺麗なカーテンシーを見せてきた。
「ごきげんよう。お初にお目にかかりますわ。わたくしの名前はレイ・リー・チャイルド。伯爵家であるチャイルド家の次女ですわ」
「……次女? でも確かチャイルド家の死んだ娘って一人娘で……それに名前も……」
目の前の人形――レイの自己紹介に露骨に訝しんだ表情を見せるダリア。
そんな彼女に、レイはお腹の当たりに手を重ね合わせて言った。
「ええ、確かに人間の娘はリー一人だけでした。わたくしはただの人形。ですがリーから愛を貰い、リーから私自身の名と彼女の名両方を授かって妹と認められた、リー最愛の人形であり家族なのです」
「そうね、彼女はそういう存在。人からの大きな感情を受けた結果、魂が宿った人形。そしてこの五十年以上、無数の人間の命と悪意を吸い上げて成長した、最上級の“同類”よ」
「……って事は、この屋敷の幽霊の正体は、死んだ伯爵令嬢じゃなくて、その伯爵令嬢のお気に入りの人形、って事か……?」
確かめるようにサヤ、そしてレイを見て言うダリア。
そんなダリアに変わらずレイは無表情に、棘のある口調で言った。
「ええそうですわ。まったく、頭の回らない小娘ですこと」
その態度は、人形とは思えないほどに高慢な令嬢そのものだった。




