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13.Victim 1st:終末類 PART Ⅱ

 サムは自らの剣技に絶対の自信があった。

 十二歳において首都の武闘大会を制した腕前からすればそれは当然の自信であるし、実際彼の腕前は天才と称するべき程の物であった。

 それでいてサムは彼よりも強い騎士団の熟練の剣士達にちゃんと敬意を払っていたし、才能にかまけて鍛錬を怠る事もなかった。

 剣は彼にとって誇りの中核を成すものであり、志を果たすための一番の手段であった。

 当然そんなサムの剣技を誰もが評価していたのだが、剣技だけでなく彼のそれに付随した心意気をも評価していた者は意外に少なかった。

 サムに取ってそれは表立って気にしていたことでもなかったが引っかかっていた部分でもあり、ゆえに彼を技だけでなく人としても評価してくれる相手に好意を抱いていた。

 そんな彼を騎士団以外の身近で評価していた人物は三人いた。

 まず彼の主であり親友のリクリー、もう一人は発明家でもありながら武人の側面も持つアリア。

 そして三人目は、人々の善性を心から信じ評価して、そうした人の真っ直ぐさがこの世界に住むあまねく人々の幸福に繋がると疑いもしなかった、サヤだった。



   ◇◆◇◆◇



「くそっ、くそっ……!」


 サムはこれほどまで剣を握る手が震えた事はなかった。

 騎士団にいる歴戦の剣士達でも一切気後れする事のなかった彼だが、さすがに目の前にいる『顔のない首長蛙』には心の平静を保っていられなかった。


「お、おいサム! なんなんだよコイツは……!?」

「うるさい! 私が知るか! それよりも油断するな! 村がこうなったのも間違いなく……!」


 お互い、見えずとも他に気配を感じる他の相手に備え背中合わせで言い合うカイルとサム。ちょうど正面に向いていたサムは目の前の何かを睨む。

 だがその鋭い視線もいつ襲ってくるか分からないまま彼らの前に一匹だけ姿を現したソイツに通じているのかはまったく分からなかった。


「ひ、ひいっ……!? あ、ああ……あああ……!?」


 一方、二人が合わせている背の横合いに同じように背中をくっつけているピーターだったが、明らかに二人以上に怯えていた。

 急ぎのために着てきた軽い鎧と手に持つ剣が、音を立てて震えている程に。

 今にも緊張が張り裂けてしまいそうな三人。

 そんな彼らに、『顔のない首長蛙』は不意にその八本指をベシャリ、と前に出した。ぬるついたその一歩で、偶然目の前に倒れていた木の柱が、ぺっきりと折れた。


「あっ、うわああああああああああああああああああああああっ!?!?」


 折れた柱がバキッ! と音を立てたのが、他二人よりも限界が近かったピーターの緊張の堰を破った。

 ピーターは絶叫しながら目の前の化け物に向かって剣を振り上げ走り出したのだ。


「おっ、おいピーター!?」


 サムが叫ぶ。

 だがピーターにその声は届かず、あっという間に『顔のない首長蛙』の元まで辿り着き、その頭に剣を振り下ろした。

 だが、彼の剣はぼん……というあまりにも軽く鈍い音だけを立てて、まるでクッションを棒で叩いたかかのように受け止められてしまった。


「えっ……?」


 傷一つ付けられなかった事に、ピーターの体は硬直する。

 一方で『顔のない首長蛙』はその口をぐわりと大きく開き……一瞬でピーターをその長い舌で絡め取って、背後にものすごい速さで後退していった。


「ひっ、ぎゃああああああああああああああああああああっーーーっ……!?」


 ピーターの悲鳴がその姿と同じく一瞬で消えていく。

 剣で斬ることすらできず連れ去られたピーターの怯えた表情、そして後ろにバタバタと四本の手を動かしながら去っていくソイツのあまりにも気色悪い姿は、二人の心を折るに十分だった。


「あっ、ああっ……!? クソッ、おい、逃げるぞ! 逃げるぞっ!!」


 カイルが叫び、その場から走り出す。

 サムもその後を追う。

 二人は必死に黄昏に染まった村を走る。出口に留めた馬のところ目指して走る。

 だが、そんな彼らの側から、グチャグチャ……グチャグチャ……と重く粘ついた足音が響き渡る。

 自分達を複数の化け物共が後ろから、建物の影から追ってきてるのがよく分かった。

 そしてそれが、全速力で走っていないと追いつかれてしまう程の速さである事も。


「ハッ、ハッ、ハッ……! あ、あと少しっ……!」


 小さな村であるためそこまで時間もかからずに二人は村の入口近くまでやってくる。

 彼らの前に門の柱に縛り付けられた馬の姿が見える。

 ――ガシャン! と、そんな二人の前から轟音が響いた。横の建物の壁を壊し、別の『顔のない首長蛙』がその行先を遮るように現れたのだ。

 ソイツは目も耳もないはずの顔をグイと首を曲げ、明確に二人の方を“視”て、大きく口を開けた。


「ああまずいまずいっ!」


 二人は瞬時に道の横に転がる。

 先程まで二人がいた場所にビュルリと舌が伸びそして戻っていった。


「駄目だあっちは駄目だ! どこか別の道をっ!」

「くそっ! ええいこっちだ! とにかくこっちに!」


 慌て叫ぶカイルに応えサムもまた叫んで横の路地に駆け込む。当然、カイルもその後についていく。

 二人が路地を走っていくと、明らかに家々の天井をはね飛ぶ音、また壁を壊す音が聞こえてきた。

 そこで走る速度を抑えずにチラリと背後を見ると、狭い路地、路地の隙間から見える屋根の間、過ぎ去る壊れた壁の穴から、何匹ものソイツらがシャカシャカと四本の手を動かし追ってくる姿が。


「あああああっ! クソクソクソッ!? 何なのだ、何なのだアイツらはっ!? 私の、私の村がどうしてこんな事にっ……!?」


 サムはもはや半狂乱の状態で叫んだ。

 その顔は普段の彼がずっと顔が怖くて勘違いされる、なんて仲間内からちゃかされるような面影は一切なかった。

 二人はとにかく走り続ける。

 ときには路地を曲がり、追跡者の手から逃れるためにジグザグに走る。

 だが彼らを追うその緑色の体は消え去る事なく、ドタドタネバネバと不快な音を立てて迫ってくる。

 そうして逃げ続けた彼らは、いつしか村の奥にある農場の前まで来ていた。

 放牧されている家畜達には一切の手はついておらず、自分達を追ってくる怪物達が人間しか襲っていない事が分かった。


「ここはっ、村の、縁だっ……! ここからなら、村を、出られる、かもっ……!」


 サムが息を切らしながら叫ぶ。

 村生まれの彼は当然村の立地を知っていたから、そこが村の果てである事も知っていた。


「とにかく、とにかくここから出ないとっ……!」


 同じくカイルが息も絶え絶えに言った。

 この村から出られればアイツらは追ってこない。

 なぜだかそんな確信めいた直感が、彼らにあった。

 二人は少しでも走りやすくなっている道なりに走る。しばらく整備はされていなくとも、雑草生い茂る道よりは幾分走りやすかったからだ。

 彼らの目の前には、なだからな斜面となった場所にある村境の門が見える。村を簡単に囲む柵からは出るのが時間がかかるため、逃げ出せる出口は実質もうそこだけ。

 だから彼らは必死にその出口を目指した。幸い、開けた視界にはあの怪物共の姿はない。


「よし、よし逃げっ――」


 やっと脱出できる。そうして顔が綻んだ、そんなときだった。

 強く地面を蹴る筈だった足が、空を切った。


「――なっ……!?」


 気づいたときには、サムの視界は地に向いていた。

 村と外界を繋ぐ門に空いた大きな穴。壁面がテカテカと固くコーティングされた、深く暗い地の底に続いているとしか思えないそんな洞穴の闇を、彼は見ていた。

 彼らはあまりに必死で気づけず、考えもしなかったのだ。

 自分達が、異形の追跡者達に追い立てられた獲物である事に。


「あっ、うわああああああああああああああああああああああああああああっ!?」


 二人揃って、穴に落ちていく。

 ゴロンゴロンと転がり落ちていってぐるんぐるんと移り変わるサムの視界。

 その視界に一瞬だけ、白い髪の女が穴の上から覗いているのが見えた気がした。


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