第5話
第二十章 大工作
翌日、実里は朝食が終わると同時に連泊手続きを行い、さっさと部屋に引きこもった。
机に端切れを敷き、作業道具を広げ、側に『当所』で購入したランナーが入った皮袋を置いてある。
最初に取り出したのは、ヘッドギア対応の髪パーツ。赤茶色で跳ねっけのある髪だが、一部切り取られたかのように平らな断面になっており、所々小さな穴が見える。そこに対応するように、赤いバンダナのようなパーツが別で存在していた。表情パーツは同封されておらず、ユヴェナに元々付いていたものを取り付けろということらしい。
ぱちりぱちりとニッパーで切り出し、鑢で整え、慣れた手つきで組み上げていく。
そしてユヴェナを手に持ったところで、扉がノックされ、チームの二人から声が掛かった。
実里は声だけで招き入れ、二人が入ってきたと同時に彼女らがみたものは。
「ミッ、ミノリがミノリの首をもいだーーっ!」
丁度頭交換の最中だった。
猟奇な光景に軽く慌てた二人を落ち着かせ、実里は作業に戻る。
ちまちま買っていた木材の端材から、厚さ二ミリ程度の板を切り出しては加工するのだが、ユヴェナになったり元に戻ったりと実里の姿が大変忙しい。
そんな実里をじっと見ていたシャーリーは何か思いついたのか、ユヴェナの木刀を借り、代わりにナイフを置いてどこかに行ってしまった。
「ミノリ」
閉じた扉を見ながら、シルヴィが困ったように言う。
「あー、覚悟しておいた方がいいかもしれん。ああなったシャーリーは何をするかわからん」
その忠告に実里はただきょとんと、扉を見ることしかできなかった。
それから半刻ほど経っただろうか。実里の手元にある板はやや鈍角のL字型をしたものとなっていた。デザインナイフで詳細な拳銃の形に彫り込まれていく。
それを新たに買ったL字ジョイントに挟み込んで左腿にセットした時であった。
「ミノリさん、荷物を持っていいところに行きませんか?」
シャーリーが戻ってくるなり、そう言いだした。
「こちらですよ」
シャーリーに連れられ、たどり着いたのは、木工ギルド。その入り口前でシルヴィは頭を片手で支えながらうなだれ、実里は唖然としてる。
「あの、わたし、職人さんを雇うほどのお金無いんだけど?」
なんとか絞り出す実里の声もなんのその。シャーリーは軽い足取りでギルドの扉を開いて入っていく。
「おぉ、それが噂の嬢さんかい!こっちだこっち!」
慌ててついて入った実里は、木工ギルドに所属している職人に見つかって声をかけられ、更に奥へと連行されるのであった。
連れられたのは数多くの職人が作業を行っている作業場。中央に様々な資材が置かれ、その周りを囲むようにコの字型に作業机が並べられている。コの字の中央の作業机に、連れていかれる。作業机とその周辺には様々な木工工具が置かれている。
「シャーリーサン、ナニコレ」
死んだ目でシャーリーに向き直る実里。しかし、シャーリーはにこにこと笑顔を浮かべたままだ。
「はい、職人の皆さんがモケーに興味を持ってくれましたので、ミノリさんの知識を対価にお借りして頂けることになりました」
「わたしアマチュア! 素人! 素人がプロに伝授って釈迦……神父に聖典をそらんじてどうするの!?」
「セーテンって何ですか?」
実里は両手で頭を抱えてうずくまってしまった。
「えーと、作業場やら工具やらを貸してくれるって言ってくれたことは嬉しいんですけど、この魔術師さんの言葉ではズレがあったと思うから、わたしから改めて言います。模型とは、言ってしまえば玩具です。本当に使える、という意味では、全く役に立ちません」
実里による説明で少し落胆を見せる職人達。
「でも、小さくても使えなくても、見る人にこんな感じのものだ。って思わせられるよね?」
しかし、その一言で落胆した職人達の一部が何かに気が付いたのか反応した。
実里は端材を借りて大きめの板を二枚直角くっつけるようにして立て、その間に出来るだけ直方体にちかく、手頃な大きさのものを板で作った壁に一部をくっつけて置く。そして、一センチほどの輪切りにした持ち込みの枝をいくつか立てた。
「はい、『粗末な酒場』」
細かなディテールも無い、本当に簡素で粗末な作品だ。
だが、一部の職人は大声を上げて笑っていた。
侮蔑の笑いではない。共感の笑いだ。
行ったことがあるだの椅子が樽だったとか、そんな話で盛り上がる。
「だから、うん。今日を生きるのに必死な職人さんたちに模型を教えても……」
「いい知恵だな」
実里の言葉に割って職人達の先頭にいる、先導してくれた職人の男がうなった。
「これなら客との認識の祖語も減るし、説明もしやすくなる。見習いの練習としてやらせればいいしな。よし」
職人はひとしきりつぶやいた後、作業場使用の許可をだした。なんなら、見習いの練習課題としてでよければ実里が作ってほしいものも作ってくれるらしい。。
そうなると、実里の時間予想は圧倒的に短縮される。
実里は見本として厚さ一ミリ、縦一センチ、幅五ミリの板を作って、見習いに40枚ほどお願いした。
悲鳴を上げる見習い達に内心謝りつつ、自身はより面倒な部分を作り始める。こっそりユヴェナを取り出して大きさを測り、パーツを作り上げていく。
「あっ」
ユヴェナと追加パーツのリンクを作っている最中、実里は声を上げて止まった。
そう言えば、拳銃の予備弾倉をしまう場所を用意していなかったなと。
兵隊はどこにしまっていたかなと、思い出すが、胸のあたりから出している様子しか思い出せず、細かいディテールがさっぱりわからない。。
そのうえユヴェナの胸にパーツを接続するための場所はない。
どうしたものかと考えていると、面白い案が浮かび、顔をあげる。
「そうだ、侍だ」
実里は今作っているものを一旦やめ、思い付いたものに手をつける。
まずは予備弾倉の模型をあやふやな記憶から作り、それを差し込んでギリギリ収まる大きさの凹型の角柱を作る。
それに対応する蓋を作って、一度確認。
納得のいく出来に頷き、席を立つ。向かう先は見習い達がいる場所だ。
「またごめんね? これを後十一個作るの手伝ってくれないかな?」
人差し指の関節一つ分のサイズで、立方体に底板をあてがったような形のもの十一個の追加発注である。
再び見習い達が悲鳴をあげたのは必然の節理か。
追加のパーツを作った実里は、貴重な瞬間接着剤を投入。この世界で簡単に用意できる接着剤では接着に時間がかかりすぎる。若干のもったいなさを感じつつも、接着する箇所は全て瞬間接着剤でくっつけて時間を短縮する。
その後、調整だの装飾だのを施して、完成したのは、次の日の昼過ぎであった。
第二十一章 御披露目:ユヴェナ・カスタム
木工ギルドの面々も連れて一緒に町の外に出た実里達。ある程度町から離れ、被害が出なさそうな場所までたどり着くと、周りの人達は草原の草を刈り、視界の確保と草製標的の作成に入っていた。
実里はその作業に加わらず、ユヴェナの名を呼び、赤茶色の光を身に纏った。
いつものようにその光は実里のシルエットを変えていくのだが、今回は違う。
両の肩から厚い垂れ幕が垂れ、両のふくらはぎの外側が脚一本分ほど膨らむ。
そして光が弾け、顕れる。
肩の垂れ幕のように見えたそれは、戦国の侍が身に付けていた甲冑の肩アーマーに相当する圧縮布製大袖。ただし、六箇所部分的に膨れていて、そこには拳銃の予備弾倉が刺さっている。それが両肩から垂れ下がっている。ベースは木材だったはずだが、表面に布を接着したことでこのように再現されたのだろう。
ふくらはぎ横に膨れたそれは、正面から見れば、長方形の角を丸く落とした装甲板。横から見れば、長方形の板が等間隔に数多く並んでいる。
後ろから見れば、数多くの車輪がならび、上側から下端まで柱が延び、折り返して実里の脹ら脛に付いた装甲に繋がっていた。
それは、戦車の無限軌道ユニットだった。
履帯ユニットを支えるシャフトは、装甲版が外側になるように回転し、後ろに倒れていく。そして、履帯が地面についても更に回転を続け、実里を持ち上げた。
実里側の接続部近くに格納されていた保護板がシャフトに併せて回転し、ステップとなり彼女の足を乗せる。
丁度そのタイミングで彼女の視界の隅にinitializeと出ていた文字が消え、透明度の高いレーダーを始め、色々な情報が視界に映る。
注視すれば、透明度が低くなり、くっきりと見える仕様のようだ。
全ての装備の動作を軽く確認、事前練習をした後は、呼ばれるまで周辺の草を刀で刈って待つことにした。
「ミノリー!待たせたなー!」
シルヴィの呼ぶ声で実里は一旦変身を解除して、刈った草を抱えて向かう。
呼ばれた場所は最初とは様変わりしており、木の射撃用的や草を束ねた近接用的がそこかしこに立っており、それらよりも広い範囲の草が刈られて見通しが良くなっている。
余談だが、的の中には実里の攻撃を受けてみたいと言って完全武装して待ちかまえていた数人の見習いがいたが、本気で怒ったシルヴィによって退去させられている。冒険者が一般人に怪我をさせると基本的に重いペナルティが課される。
「始めるよ、ユヴェナ!」
開始の宣言と共に変身する実里。そしてすぐさまに左腿の木製拳銃を抜き、彼女にだけ見える赤い予測線を頼りに数発づつ連射。
大袖から予備を抜き取って弾倉を交換し、木刀に持ち替えつつ草束へ駆け寄って一閃。
次の束を斬ったと同時に無限軌道ユニットを展開し、駆け抜ける形で高速離脱。
その後、的の周りをぐるぐる高速で回りながら銃撃を加えて戻ってきた。
「ただいまーっ」
実里が声をかけても皆は信じられないとばかりに茫然としている。
それも仕方ない事か。彼らの常識では、草束が切断されることはともかく、、盾にも使われる材質の木の的が破裂音と共に穴が開き、砕けていくなどありえない。しかも途中から実里は馬と同じか、それ以上の速度で駆け回っていた。
驚きすぎてピクリとも動かない彼らに、実里は内心滝のような冷や汗をかく。
「もしかして、これが噂の『やりすぎちゃった?』ってやつかな?」
次はどう気を付けてお披露目したらいいかなと考えつつ、一人で周囲の片付けを始めたのだった。
幕間
──夜。
変則的なノックの後、一つの人影が部屋にするりと入っていく。
「お姉様」
「シャル、あの子の事ですか?」
シャルと呼ばれた来客は、姉の言葉で身を縮こまらせ、二つの人影が一つに重なる。
「はい、私達も知らない装備の知識、あの武力。どうしたらいいのでしょうか」
「難しいですね。兵としても欲しいのですが、歩兵に組み込めばあの速度を殺し、かといって騎兵に組み込めば馬はあの攻撃の音に怯えるでしょう。偵察隊にするにもあの音と轍が問題になりますね。これほど兵に向かない人は初めて見ました」
悲壮感を募らせる声と落ち着き払った声。
「彼女の強さ、知識が民に広く知られれば、我々はどうなるのでしょうか」
「シャル、今のところ、あの子を注意しても恐れることはありません。もっと別の最悪の事態を防げれば、問題ありません」
重なった影が動く。落ち着かせるために撫でているのだろう。
「他国の貴族にでも取り入れられなければ問題ありません」
姉の言葉で重なっていた影は、シャルが安心したのだろうか、重なったまま倒れこんでいった。
第二十二章 昇格試験
見学者失神事件を起こした翌日、一通りの依頼をこなした実里は昇格試験の話を受付嬢から聞かされた。
内容は以前シルヴィ達から聞いていたとおり、職員との模擬戦である。
勝つ必要はなく、昇格に問題なしと思わせれば問題ないようだ。
予約を翌日にとったものの、彼女の装備は手加減できない代物ばかりだ。無用な怪我を負わせないかと心配しつつ、その日の陽がのぼっている間は、町の外で拳銃の扱いを練習していた。
その時にわかったことがあり、使用した弾薬、廃棄したマガジンは変身解除と共に消えること。
そして再変身までの間を五分程度空けると、それらが全て再補充されるということだ。
思ったより弾を多く使える事に感謝しつつ、射撃補助もあることから片手で撃つことも練習していた。
「痛ったーー……」
「何やってんだよミノリ」
夕食時のぼやきでシルヴィに呆れられてしまった。
射撃練習として補充時間を除いてずっと撃ちっ放しだったのだ。そのせいで、特に左腕が反動で文句を言っている。
「焦るのはわかりますけど、何事にも程々ですよ」
シャーリーにも小言を言われ、何も言い返せない実里であった。
体を拭くお湯で左腕を温めてケアもしているが、これで止まる日本人、実里ではない。
ふと、兄のプラモで肩に砲を搭載しているものを思い出したので、雑に枝から砲身をでっち上げて、糸で肩に括り付ける。そしてケースに格納したところで見慣れない赤いテロップが映し出された。
【反動吸収力超過(大):発砲時肩もげます】
実里は涙を流しながら肩部枝砲を取り外したのだった。
翌日、彼女は変身した状態で、冒険者ギルドに内接された訓練所のグラウンドに立っていた。その対面には一人の男性が立っている。
距離は白兵戦よりも射撃がやや優位そうに見える十五メートルほどか。
周りにはパーティの二人に加え、不正が無いよう試験立会人としてか、ギルド職員が数名立っている。
その男は筋骨隆々で揉み上げから顎まで繋がる髭。オールバックにしては髪が短くて立っている金髪。身長は二メートルほど。実里の第一印象としては、海外の熊といったところか。だが獣耳は見えないので、純粋な人のようである。
装備は衛兵が装備していたのと同じ材質と思われる、美しい木目調のプレートアーマー。武器も同じ材質で彼の身長程もある金属塊とでも言えそうなグレートソード。
これがただの鉄系統だと素人の実里には良し悪しが解らなかっただろうが、ここまであからさまな目印があるのなら、実里でも相当に良いものなんだろうな。と予想は付く。
「俺は元ミスリルクラスのドルだ! お前の試験相手をする! 鉄に上がれるか見極めさせてもらおう!」
海外の熊、改めドルがグレートソードを片手で実里に向ける。
いつ来るかと身構えていると、外野からこえがかかった。実里も武器を相手に向けないと始まらないと。
実里は少し赤面して謝りつつ、左腿のアーミーナイフを持ってドルに向けたのだった。
「先手はやる!さぁ来い!」
彼は剣を肩に担いで半身になる。
宣言通り動く気配が無いため、実里は拳銃を抜いて剣先に狙いを定めて放つ。
「ぬぅっ!」
破裂音とほぼ同時に甲高い音が鳴り、大剣が弾かれる。
あわよくばそのまま弾き飛ばせれば良かったと思う実里だが、現実は甘くない。
咄嗟にドルは衝撃を回転切りの力に変換して衝撃を受け流す。流石に高ランクの元冒険者と言うべきか。
そのまま間合いを詰めてくるドル。実里も右手は木刀を引き抜きつつ、片手で足元へ数発威嚇射撃するが、怯む様子がない。
かと言って本当に当ててしまうと、取り返しの付かないことになる可能性も高くなるのが見えているため、それは躊躇われる。
となれば、できることは近接のみ。しかし、リーチは確実に負けている。
攻撃は絶対に避けて、反撃を。と内心で意気込み、頭の中で手札を組み替えていた。
「いくぞ!」
ドルが吼え、剣が振られる。
実里も合わせて少し飛んで避け……られなかった。
最初のホワイトウルフを思い出しながら同じように避けようとしたが、あの時とは比べ物にならないくらい脚に、全身に装備が積まれているのである。
重さに負けて跳び損ね、バランスを崩した所に大剣をたたき込まれる。
無限軌道ユニットの装甲版が木材の砕けるような悲鳴を上げた。
しかし実里は足払いを受けたような無理な体勢を強引に利用し、木刀で大剣を斬り落とすつもりで縦に振り下ろした。その斬撃は、実里がふっ飛ばされたことで大剣にまともには当たらなかったものの、掠めて一条の傷をつけた。
ドルは動きを止め、一度自らの大剣をためつすがめつ見る。
実里は吹き飛ばされた先で体勢を立て直し、相手の出方を見る。
「ただの木剣かと思っていたが、ダマスカスに傷を付けるとは、面白い」
彼の声は嬉しそうであるが、顔の笑みは粘着質な音を奏でそうなものである。
(あ、これホラーだ)
本能的なのか、反射的なのか。彼女はそう感じてしまった。
幸い、無限軌道ユニットのダメージは装甲版のみで動かす分には問題なさそうだ。
「少し本気を出してみるか」
ドルがふと呟いた瞬間。膨れ上がる殺気。津波のように押し寄せてくる恐怖。
直感で、動けば殺られる。と感じた彼女が取った行動は……
……構えた格好という棒立ちのまま、軌道ユニットで全力後退する事だった。
「無理無理無理無理無理ぃぃぃ!!」
「待たんかぁぁ!!」
無限軌道で全力後退する実里に追い付かんと笑顔で走ってくるドル。
端から見れば、もはやパニックホラーである。
試験とはいえ身の危険を感じてしまっては、配慮する余裕もない。
何せ場所が狭いという不利な条件があるとは言え、明らかに最低でも自転車よりも速い速度で逃げているのにも関わらず、互角の速度で迫ってくるのだ。
拳銃を胴体に向けて発砲するも、何事も無かったかのように切り払われる。ならばと連射するも、これまたあっさりと切り払われた。
「まってまって!なんでその大剣で全部捌けるの!?」
実里が叫ぶのも無理はない。ほぼ乱射で撃っているにも関わらず、全て対応されているのだから。それも二メートル近い大剣一本で。
「怖い怖い怖いっ!たぁぁぁすけてぇぇぇ!!」
発砲音と実里の悲鳴が数時間に渡って、訓練所で響き続けたのだった。
「精神が疲れたぁぁーー……」
ギルドのテーブルで実里は元の姿でぐったりとしていた。
体力は無限軌道のおかげで余裕はあるが、あのホラーは堪えたようで、すぐにでもストレス発散な事をしたい気分である。
「攻撃もままならないで、逃げてばっかりで受かっているか不安だよもぅー」
「でも教官が倒れるまで逃げ切ったというギルド初の快挙ですよ。自信を持ちましょう」
シャーリーがフォローを入れてくれるが、無限軌道という反則品を使って成したものだ。
本人としては、ギリギリまでは使わずに自分の力でと決めていたのだからやるせない気持ちがある。
「そうだぞ。あの狂戦士から逃げ切り、あれだけ攻撃したんだ。自信持てよ」
シルヴィからもフォローが飛んでくる。
「余裕持って用意したつもりなんだけど、弾切れになるとは思わなかったよ……逆に実力の差がわかった気分」
十五発入り弾倉を初期装填含めて十三本、総計百九十五発用意していたのだ。
それをたった数時間で、たった一人が街中の建物で使い切るなど元居た世界では銃の乱射事件としてトップニュースものである。
「でも何とかするんだろう?」
「今は無理だけど、お金が出来たら本格的にね」
疲れ果てた実里の笑顔とシルヴィのにっかりとした笑顔が向き合う。
「ミノリさん、お待たせしました」
受付から呼ばれ、三人揃って窓口に。
「さて、今回の試験ですが……全会一致で合格です。おめでとうございます」
ミノリはほっとし、更新のために求められた冒険者証を渡してしばらく待つことに。
「ミノリさん、今回のテスト、趣旨には気がつかれましたか?」
「え? 戦闘能力を見るんじゃなかったの?」
シャーリーの言葉に疑問を持つ実里。他に理由は無いかと考えるが、思いも付かない。
「ヒントは依頼だ」
「依頼……えーと、常設のウルフは鉄だったよね。後は……あれ? 無い」
そう、錫級の依頼は配達か採取しか存在せず、討伐依頼は無かったのだ。
クラス錫が討伐のみでクラスアップを目指すならば、最低でも格上である鉄級のウルフ等を討伐しなくてはならない。
それを踏まえると、昇格試験でいきなりの模擬戦というのも妙に思える。それでも実里は現地の人からすれば、未知の装備でゴリ押したとも言えるが。
「これ、実戦経験無しでも挑戦できるよね。戦うこと全く考えてなくてもできるって、何かおかしいような……これ、落ちてる人いるの?」
「結構いるらしいぞ」
「えぇ……」
質問したことでますますわからなくなる実里。
改めて整理してみる。勝利することが目的では無く、認めさせることだ。
そして、戦ったことがなくても通過できる戦闘の試験。
最低限の戦闘力を求められる話かと思えば違うらしい。
もう少しヒントを貰うと、落ちる人は討伐をメインで評価を得てきた人たちが殆どだそうだ。
そこまできて、ようやく答えが見えてきた気がするが、本当に合ってるのかが不安になる。
「もしかして、適切に逃げること?」
『正解』
二人からの答え合わせで安堵の溜め息がでる。
確かに事を成しても命を落としてしまっては意味がない事だと。
今回、実里も最初は手合わせ感覚なのだなと思っていたのである。それがどうだ。途中からの変貌による圧倒的強者からの威圧と恐怖。
彼女の中ではもう、逃走とそれを補助する手札以外は投げ捨ててしまっていたのだ。
「中にはクラスミスリルと聞いた瞬間逃げ出した合格者も結構居ますよ。この国では珍しいですが」
受付嬢が更新の手続きを止めずに補足し、心当たりがありすぎるのか、シャーリーとシルヴィは苦笑いを浮かべていた。
「お国柄のせいか、鉄への昇格試験は失敗率がダントツですが、高ランク冒険者が多いのもこの国出身が多いですね。お待たせしました」
実里に渡される、ランク鉄と記載された冒険者証。彼女は笑顔で受け取り、にまにましている。
「冒険者としては、これからが本番ですよ。頑張ってくださいね」
受付嬢に見送られ、ギルドを出る。
まずは兎にも角にも。
実里の心労を回復させるために、宿に戻ったのだった。