第4話
第十五章 フリーハント
「はぁっ、はぁっ……」
「お、思ったより早かったじゃねぇか」
「初配達ですからもっと掛かると思っていましたが、すごいですね」
サツタの報を受けて全力で走ってきた実里。
最初は遅いと怒られるかと思っていたが、そんな事は無く、驚きと労いが返ってきた。
「て、てっきり遅いといわ……けほっ、言われると思ったから」
「そんな事言うかよ。元からあの町は迷うように作られてんだ。いきなり最速で来られたらこっちが驚くっての」
実里の弁明にシルヴィが肩を平手でバンバンと叩いてた。
実里の息がととのった所で、三人は森へと入っていく。
その地面は木漏れ日のプラネタリウムと言うべきか、薄暗いせいか届く光が一層輝いて見える。
木の葉を揺らす風は外よりも涼しく、肌寒さをも感じさせる。
耳を澄ませば鳥の営みもわずかに聞こえるが、肌で感じる雰囲気は獲物を狙う緊張感を孕んでいる。
「ミノリさん、その背中の剣はどうしたのですか? その、木で出来ているように見えるので練習用のように思えるのですが」
獲物を探す道中、後方警戒を担当していたシャーリーから声をかけられる。
「諸々の事情で詳しく言えないけど、見た目はひどいよねー。手に入れた場所は内緒って事で」
お気楽な感じで実里が返答するが、背の打刀を一度いて振るうと、その剣筋にあった草ははらりと斬れてしまった。
それを見てぞわりとするシャーリー。実里の申告通り、外見とは似つかわない切れ味で、何も知らずにもしうっかり触れでもしていたらと考えたのだった。
シルヴィが静かに手で警告する。少し先には灰色の毛皮を纏った狼が群れている。既に気が付かれているのか、左右へ展開して包囲を完成させようとしている。数は……15匹ほどだろうか。
「少ないな」
「そうですね、そろそろかもしれません」
「いや、わたしにとっては多いんだけど」
そんなやりとりをしながら三人で背中を向けあう円陣を取った。
「ミノリ、奴らは前のホワイトウルフと比べるとすごく弱い。落ち着いていれば問題ない。シャーリーはいつもの通り。ただミノリの方を気にかけてくれ」
シルヴィが指示を飛ばす最中にも一匹、指示出しを無防備と思ったのか突っ込んできたが、軽く両手斧を振るわれて動かなくなる。
実里も木刀を正眼に構え直し、どの個体から襲ってくるのかと気を張りつめた。
結論から書くと、この群れは実里がほぼ一人で片付けた事になった。
最初の一匹はともかく、残りは実里に経験を積ませようと二人が牽制、誘導を行うものだから、実里が一匹倒せば次々と送られてきたのだ。
休む暇もなく延々と斬り伏せるしか無かった。
「あぁー、もう大変だったー」
木刀を背に仕舞い、右腿ハンガーからアーミーナイフを抜いて、討伐証明となる右前足の肉球から先を切り取りながらぼやく実里。
「だが経験は積めただろ?」
にっかりと笑顔を浮かべるシルヴィだが、手は止めていない。
「鬼かな?」
ぼそりと聞こえないように実里がツッコみ、一体分だけ追加で皮を剥ぐ。
そして、三人はそれぞれウルフを一体づつ担ぎ、残りを放置したまま町へと帰還した。
ここでウルフの死体を放置したのは、この町固有の伝統で、『森の食料にする』ということらしい。実里としては供養したい、病気が心配という気持ちがあるが、歴史的伝統に無駄に反抗するのも無用のリスクだ。後ろ髪を引かれる思いで討伐したウルフをちらちら見ながらも、割り切って帰路につくのだった。
第十六章 今後
町に戻ってきた三人は早速報告と換金をおこなって頬を綻ばせるが、ギルドの職員達は慌ただしくなり始めた。
シルヴィが群の頭数が少なくなってきたと報告したからだ。
とはいえ、冒険者は何も手伝えないのでなにもせずにさっさと帰るのみだが。
少々の買い物を済ませれば、今日もまたマーシャの宿に泊まる。
出された夕食を食べていると、シルヴィから「近々町を出る」と話を聞かされた。
理由としては、そろそろ出没するウルフが減ってきたため、禁猟時期になる。とのことらしい。
そして、この街の周辺ではウルフの他に狙いやすい獲物が少ないので別の町で仕事を探すのが良いそうだ。
話を聞いて、実里の頭は装備更新の事でいっぱいになる。
長距離用、移動用、考えられる環境から対策できる事を絞っていく。
「うーん、何もかも足りない」
気が付けばスープを木匙から啜りつつ言葉が漏れていた。
「具体的には何が足りないのですか?」
「本当に色々。時間も合わせて。今はありあわせの装備でなんとか戦えるけど、もっと色んな戦い方や立ち回りも試してみたいからねー」
「本当にあれでありあわせなのか?」
「見えないですね」
シャーリーの質問に正直に答えた実里だが、二人にはそう見えないようだ。
錫級冒険者が銀級推奨のホワイトウルフの咬力に耐えるナイフを持ち、鉄級とはいえウルフを適当な素人剣術の数撃で屠る木刀を持つ。明らかに階級と装備の質の差があるのだ。故に装備自体に問題はないと思われるのだろう。
「まぁなんだ。金が欲しいなら、ランクを上げるしかないな」
シルヴィがそう纏めた所で、実里は明日からのランク上げを更に勤しむことになった。
部屋に入った実里は昨日やり残した作業を部屋が暗くなる前に済ませるために作業に取りかかった。
まず腰の三ミリ軸穴に一本のスジを入れた木の棒をねじ込む。
次に昨日斜めに溝を入れ、切り揃えた枝を同じ向きに並べて糸を通してユヴェナの腰に巻き、最後に腰に差した棒に結びつけて完成。
さしずめ、ブランチ・アーマード・スカートと呼ぶべきだろうか。そんな腰防具ができあがった。
彼女は作業の片づけをしてお香を焚き、お金の入った皮袋を片手にそそくさとベッドに潜り込んだのだった。
第十七章 『当所』にて
お香の効果で『当所』に戻った実里は、その購買でタッチパネルを操作してプラモデルを吟味していく。
ここ、『当所』の購買は完全自動化と個室を採用している。個室入り口近くにカウンターがあり、タッチパネルのディスプレイが一つある程度。その奥は十五メートル四方の空間があり、ここにはディスプレイから呼び出したサンプルが、壁から出てくるのだ。
何故個室なのかというと、服飾も取り扱っているから。と言えば理解できるだろう。
しかし、どれもこれもプラモデル品は高い。オーバーテクノロジー品を持ち込むから割高されているとは聞いているが、日本円で八百円程度だった物が二千円ほど。現地貨幣としては銀貨二枚。最低四割は割り増しとは聞いていたが、倍額以上もザラである。思っていた以上の高額に設定されている。ユヴェナと同程度の素体を買おうと思うと、本来なら四千円ほどだったのが一万円相当になり、小金貨1枚が飛ぶことになる。
今の実里には手痛い出費だろう。
なので、今はユヴェナ一体で色々できる構成は何かないかと考え始めた。
手元の銀貨と相談しながらしばらくディスプレイを眺めると、個室の扉がノックされた。
「実里さん、すこしお時間よろしいですか?」
耳に届いたのはサツタの声。別れてからまだ三日とはいえ、異世界の生活が濃すぎて声を聞いていても、会うのは数週間ぶりの気がしてならない。
扉を開けて中に招くと、皮袋をひとつ手渡される。
「この度はこちらの不手際でご不便をおかけして申し訳ありません。こちらがヘッドギア機能付きの頭パーツになります」
中はいくつかのランナーと簡単な説明書が入っているだけで、完成予想はわからない。
だが、これだけでもユヴェナの能力があがるのだ。嬉しくないわけがない。
「サツタさん、ありがとー……あ、そうだ」
実里がお礼を言い、ついでとばかりに相談に乗ってもらえないかお願いすると、快い返事が返ってきた。
相談したいこととは、町を移動するにあたっての長距離移動ユニットの事だ。
いくつかの案を出し、それぞれのメリット・デメリットを聞いていく。そして最後に、形を模したくても構造がわからないので、参考資料を見せてもらえないかと聞くと思わぬ一言が返ってくる。
「では、いっそのこと本物を見に来ますか?」
その言葉に実里は目を丸くしたのだった。
それから三十分後、実里は整備場の一角に案内されていた。
そこには、巨大人型兵器の膝先だけがいくつか鎮座されており、それぞれが別のユニットが取り付けられていたのだ。
足裏に車輪が仕込まれたもの。足首に噴出口みたいな機械がついたもの。はたまた思い切って戦車の土台部分となったもの、それらのバリエーション違いと様々だ。
『当所』としては、大きい方が見やすいだろうとの配慮なのかもしれないが、彼女にとってはただただ圧倒されるばかりである。
なんとか気を持ち直した実里は、動かしてもらっては動作を確認し、どんな形をしているのかと記憶に焼き付けていく。
記憶に焼き付けた後、どうプラモデルに落とし込むのかは自分次第。
自作するのに必要そうなものを予算内で買い足し、カムレに戻ったのだった。
「敵じゃなくて親切なところで良かった」と、そう言い残して。
第十八章 力無し
朝。
目覚めた実里の枕元には、『当所』で買ったパーツ等が置かれていた。
この時間帯は忙しく、組む時間もないので、さっさと皮袋に入れて支度を始めた。
今日も実里と二人は別行動。昨日と違うのは今日は一日中配達依頼にいそしむ事と、二人は常設依頼ではなく、普通の依頼を勝ち取って受けたくらいか。
実里が配達を始めてからしばらく。日差しが天中を越え、実里がギルドに新たな荷物を取りに戻ろうとしていた時。それが目に入った。
路地裏で剣を素振りし、振り切ったと同時に、膝から崩れ落ちた男が。
「大丈夫ですか!?」
彼女は急ぎ駆け寄り、介抱しようとするが、男は絶望と嘆きの怨嗟を漏らすのみである。
言葉を聞く限りでは、努力をしているのにどうして勝てない。と疑問が入り混じった言葉である。
何とか落ち着かせて話を聞いてみると。
同い年に手合わせを挑んでも一方的にやられ、孤児院の子供でも一対一で勝つという相手に何度挑んでも勝てず、終いに力無しと役立たずの烙印を押されてしまったようなのだ。
そうなると、町の人からは一切相手にされなくなってしまい、細々と独りで生きるしかなくなる。
話を聞いた実里は天を仰ぎつつ少し考え、まとまりかけた所で何かが一瞬だけ発光したのを感じた。
そして男の方に顔を向けなおすと、そこには誰も居なかった。
役立たずはただ消え去るのみという世界の理なのか。はたまた異世界転移もののお約束なのか。
判断のつかない実里はユヴェナを纏い、通信でサツタに今見たことを報告したのだった。
──夕刻
実里は、人が消えた事を伏せつつ、砂埃を落としきれていない二人に『力無し』について聞いてみることにした。
二人は少しバツの悪い顔を浮かべ、実里をシルヴィが泊まる部屋に入れる。
「その事なんだが……そういや実里にはまだこの国のこと詳しく話していなかったな」
シルヴィは静かに国のことを話し始めた。
オルディ王国。
ガーディ・オル・オルディ国王が治める国である。
かつては貴族が領地を拝領し、分割統治していたのだが。数十年前、あまりにもな貴族の腐敗具合に国王が怒り、貴族身分がほぼ壊滅。
そして民が代表を立て、代表が王に具申し、王が決定を下す。そんな体制をとっている。
ところがそれが影響し過ぎたのか、民の求政力が異常なほどに高まり、『力』を求めるようになった。
また、小市民でも王に謁見せざるを得ない可能性が出てきたので、恥ずかしくないようにと『知』も求めるようになった。
そしていつしか『力』の基準となる一線が引かれ、それを越えられない人は『力無し』、落ちこぼれと揶揄され、構うだけ無駄という風潮ができてしまった。
「こんなところかね。冒険者として他の国に行ったらこの国だけが異質に見えてきてな。気付いたときは驚いたよ」
シルヴィの話にシャーリーが所々補足しながら説明してくれた。
所謂実力主義の国なのだろう。
「じゃあ、その、認められるラインってどこなの?」
実里のその質問に、二人は心配そうな顔を見合わせた。
「他の国銀級冒険者以上のパーティーによる討伐が推奨されている黄巨漢相手に単独で勝利する、といったところですね」
「待って意味が分からない。巨鬼ってあの巨鬼!?」
実里が思う巨鬼は、何メートルもある巨体に丸太のように大きい棍棒を振り回す獰猛な生物であり、ファンタジーの中でも定番の位置に近い魔物である。
それを孤児院の子供が一人で倒したと昼間に消えた男が言っていた事になる。
理解できないのも当然かもしれない。
しかも、それが本当ならば、そこらを歩く町娘、噂話をしていたおばちゃん、チャンバラをしていた子供達。それらが十中八九巨鬼を倒した経験を持っているということになるのだ。
「そんな訳で、だ。あたし達がミノリのランクアップを急ぎたい理由もそこにある。銀にあがれば黄巨漢と戦えなくても、勝てなくても『力無し』扱いは無くなるからな」
シルヴィ達の話を聞き、実里はしばらく考え込む。あえて考えの構築をぶつぶつ口に出しているのは、絶望を植え込んだと思わせないため。
途中、鉄へのランクアップの見込みはと聞けば、後丸一日程度の配達依頼をこなす事とギルド員による模擬試験を受ける程度だと助言を受け、更に考えることしばし。
実里は決意のこもった顔を向け、二日、準備するために宿に籠もると宣言をしたのだった。
第十九章 告白
当然、説明もなく実里の宣言を、そのまま受け入れる事はできない二人。
そこで、実里は自分の部屋に二人を招き、ベッドに座ってもらうことにした。
そして、二人の前でベルトに装着していたケースからユヴェナを取り出して、二人に渡す。壊れやすいから気をつけてと忠告して。
「すげぇ、小さなミノリだ」
「こんな精巧な人形は初めて見ますね。材質も解りません」
初めてのプラモデルに二人は驚き、まじまじと見つめている。
「その子、ユヴェナって言うの。戦うときはその子の姿を借りていてね」
その言葉を皮切りに、今戦えている現状を説明する。
装備させている模型状態の刃物を外して触らせたりして、戦いの時と今の現実をすりあわせる。
「つまり、ミノリさんはおもちゃであっても、この人形に身に付けさせれば、実戦でも使えることになるのですね?」
「はい、シャーリーさん、その通りです」
「やっとわかった。つまり、このサイズなんて売ってる訳ないし、この二日を使って自分で作って万端にしたいって事だな?」
シャーリーに遅れてシルヴィも、実里が言いたかったことを理解したようで、実里はそれに頷いた。
「それで、あたし達に何か利点あるのか?」
シルヴィがいつになく真剣な顔で問いかけてくる。
新人が二日間稼ぐのをやめてまで、強化内容の知らない準備を始めるというのだ。素直にはいとは言えないだろう。
実里もそこは考えていたようで、利点を話していく。
一つ目は実里が遠距離攻撃を手に入れることだ。弓より射程の短いものではあるが、熟練の弓師やクロスボウよりも再攻撃が圧倒的に早いものだ。
二つ目は機動力の増加。これまでよりも速く移動できるので、索敵の向上、敵の引きつけなどで役に立てるだろう。そして、副次効果として荷台を用意できれば、馬無しでも遠距離依頼の時間短縮や獲物運びも楽になって売れる物も増える。と。
数日という短期間で見れば確かに損は大きいかもしれないが、お互いに冒険者を続けているならば、あっという間に今まで以上に稼げると思う。
そう話した実里の言葉に、二人は考え込む。
「それは、一人で作るのですか?」
シャーリーが首を傾げた。
実里は当然と答え、二人の生活もあるから下手に巻き込むわけにはいかないから。と理由を言えば。
「じゃああたし達が勝手に見る分にはいいんだな?」
シルヴィのその言葉には、実里も頷くしかなかった。
その夜、誰もが寝静まった頃。実里はひとり起きていた。
寝付けない。というわけではない。サツタから今日中に一人向かわせると聞いたので、それを待っているのだ。
ココッ、ココッ、ココッ
小さくドアが鳴る。事前に伝えられていた符丁だ。実里は襟止めを外す。
「虚空の彼方は」
「原初に至る」
生の日本語による、決められた合い言葉。
彼女は戸を僅かに開き、来客を招いた。
客は全身を黒いローブで覆っており、フードも目深に被っているせいで特徴を掴むことができない。
ただ、今言えることは。手に持っているランタンは白い文明の光を煌々と照らしていることくらいか。
「貴重な情報提供ありがとうございました。これで我々『当所』も本格的に調査を始めることができます」
ローブの人がお礼を述べると、チャリチャリと音の鳴る小さな皮袋を手渡した。
そして、速報としての情報は、バックドア──侵入口──が作られた痕跡があり、そこから手掛かりが掴めないか調査中である。とのことだ。
ローブの人はランタンのスイッチを切り替え、その灯りは揺らめく火を模す。
「注意する……と言っても未だ何を注意すればよいのやらといった具合かもしれませんが、お気をつけください」
そう残してローブの人は部屋を出て行ってしまった。
また、実里も光がなければ何もできないので、皮袋をサイドテーブルに置いてベッドに潜り込んだ。
「魂の流出、バックドア、かぁ。本当に関わるなんて」
そんな不安な言葉は、静かに闇に呑まれていった。