第1話
初めまして、8byteです。脳内メモリが8byteでございます。
前々から考えていた作品ですが、自分に第二次プラモブームが来たので書いてみました。
プロローグ
「ん、んん~~~っ」
机で作業をしていた部屋の主が、両腕を上げて伸びをする。
その右手には、半透明のヤスリが。左手には指先ほどの大きさをした、プラスチック製の小さなパーツが握られている。
ここは彼女の自室。桃色を基調とした可愛らしい部屋である。
ベッドには数多のぬいぐるみが。小さな棚にはキャラ物のグッズが。そこかしこに置かれている。
もっとも大量にあるのが、わずかな隙間も埋めるように所狭しと設置されているプラスチックモデル。通称プラモ。それも、美少女をかたどった美プラと呼ばれている物だ。
部屋自体は綺麗に片付けられているが、部屋の隅には美プラの積みプラ──組み立てられず、箱のまま置かれているプラモデル──が柱のように積み上がっている。
それでも消化しようと彼女は今も組み立てているのだ。
彼女はパーツをヤスリに掛けつつ、目の前の説明書を読んで、次の工程を確認している。
彼女の机は目の前に説明書が置かれ、その横に工具が並び、更に円陣を組むかのようにランナーが出番を今か今かと出番を待っていた。
「喉渇いたなぁ……あ、取りに行かなきゃ」
彼女は机の下に置いてあった大型ペットボトルが空なのに気がつくと、冷蔵庫へ取りに行くため、席を立ち足を踏み出した。
しかし、不幸なことに、踏み出した足の先は床を踏みしめる事は無かった。
床があるように見えたそれは、まるでゲームの操作キャラがオブジェクトを抜けて裏世界に行くかのよう、彼女を呑み込んでしまった。
第一章 葉山実里
葉山実里が目を覚ましたのは、数多くのプラモデルが陳列されている店の中だった。
唯一記憶と違うのは、フロア移動に使う階段やエレベーターの区画境にシャッターが降りていることか。
彼女は立ち上がり、徐に目の前にあった商品に手を伸ばす。
しかし、それは幻影だったのか、彼女の手は虚空を掴むだけであった。
「あれ? これは……これも、これも持てない?」
彼女は困惑し、見える物全てに触れていく。だが、商品、棚といったもの、陳列全てが幻であったのだ。
唯一触れられたのは、会計カウンター。
彼女はそこから大声で店員を呼ぶのだった。
従業員専用出入り口から出てきた人に、彼女はぎょっとした。
出てきた人。と呼ぶのは、想定から外れるからだろうか。
出てきたのは確かに人型の女性。セミロングの藍色の髪も美しく、スレンダーで求める理想の体型であった。
しかしながら、その皮膚。特に関節部は鱗で覆われ、金色の目は瞳が縦に割れていたのだ。人に爬虫類が混ざっている。
実里は困惑して動けないが、店員と思われる女性は慣れた様子でカウンターの影から高めのスツールを引っ張り出し、彼女を着席させた。
店員は彼女が我に返ったのを見計らい、状況を話し始めた。
店員が言うには、彼女の家にできた次元の裂け目によって、神隠し状態になっているとのこと。
今現在、ここ、『当所』と呼ばれる施設の人達が修復中だそうだ。そして、修復完了次第家に帰れる事も伝えられる。
「ところで、えぇと、お名前を伺ってもよろしいですか?」
一通り連絡という話を終えたサツタは話題を振ろうとして、名前を聞くのを忘れていたことを思い出した。
「あ、私、葉山実里と言います」
名前を聞いたサツタはカウンター下にあるキーボードで何かを打ち込むと、一つ微笑んで周囲を見渡した。
「この情景がでているということは、ご趣味は模型ですか?」
部屋の風景の異常さを自然に受け入れているサツタの発言に、首をひねりながらも肯首し、プラモデルについて話し始めた。
兄の店舗プラモコンテスト入賞で興味を持ったこと。そこからハマり、色々作ったこと。そして、高校生活の中で周りと比べて実里が平凡だと気がつき、いつしか組む美プラに特別で羨ましいと羨望の思いを抱いていたこと。
気がつけば、かなりの早口になって色々と語っていた。
「それでしたら、葉山さん。私達に協力してくれませんか?」
「協力?」
サツタの申し出に再び首をひねる実里。
「はい、我々も一つ案件を抱えていまして、それの協力をしていただければ、貴女の望みを叶えられるかもしれません」
その言葉に実里は疑問符を大量に浮かべたまま、しばらくフリーズしていたのであった。
二章 ユヴェナ
サツタの申し出は、一言でいえば、異世界転移による移住との事だった。
帰省もできるし、遠隔サポートも受けられる。しかし非常に悩む。
美プラのような特別感を味わうことが出来、平凡では無い自分となれること。
しかし、移住となれば、親や友人達と気軽に会えなくなるのだ。
どちらが良いかとしばらく悩んだ結果、その協力を申し受けることにしたのだった。
そして今、実里は非常に渋い顔をしていた。
協力者ということで、自室を支給してもらったのだが、そこはコンクリート打ちっぱなしの六畳ワンルーム、バスルームキッチン付き。家具はなに一つもない。
あまりにも殺風景なのは支給元も理解しているのか、改装用のお金まで支給してもらっている。
となれば、購買に行くのは自然の摂理だ。
部屋の改装を購買で登録していく途中、ふとサツタとの会話を思い出したのだ。
『工具、ですか? 売っていると思いますけど、高いですよ?』
もののついでに工具を確認すれば、確かに売っているのだ。確かに高い。
別に、ホームセンターで買える数百円のニッパーが数千円で売られているという高価ではない。
名実そろったメーカーが高級品として販売している高性能な代物ばかりのみが並んでいるのだ。ただ記憶の定価より一割引きされている。
実里にとってはとてつもなく欲しいものだ。
かと言って『お財布取りに元の世界に帰してください』と言ったところで、財力が足りていないのは明確。
彼女は渋々、「お金が貯まれば」と言葉を残しながら工具のタブを閉めたのだった。
そんなこともありつつ、数日後。
裂け目の修復で家に帰れない。かと言って待機だけというのも、大変退屈だ。
暇を持て余していた実里は、『当所』の休憩室を手伝っていた。
ここは食堂も兼ねるので、忙しい時は人の手が全く足りないのだ。
そんな給仕の手伝いをしていたところ、呼び出しがかかる。
丁度手すきのタイミングだったため、すぐに応じて指定された会議室へと駆け込んだ。
そこで待っていたのは、『当所』に来て最初に会話した、サツタが待っていた。
「大変お待たせしました。準備ができたのでご説明させていただきます」
資料を渡し、サツタが口を開くと、ホログラムのディスプレイが彼女の後ろに展開された。
「実里さんに移住していただきたい世界は、L-22539415という世界です」
「える……なんて?」
即座に実里がツッコんだ。サツタはそれを予測していたのだろうか、すぐに頷いた。
「そこの管理人……神様ですね。ぐーたらの上、面倒くさくて名前を付けていないそうなので。あ、憶えなくていいです。資料にも書いてありますので、改めて見る程度で構いません」
「アッハイ」
ひどくうんざりしていたサツタを見て、実里は黙ることしかできなかった。
改めて説明が始まり、要約すると、以下の通りになる。
・かの世界はいわゆる剣と魔法の中世ファンタジー。冒険者になって、刺激的な生活を送るのもよし。のんびりスローライフを送るのもまたよしである。
・この世界には輪廻転生が組み込まれてはいるのだが、最近は外部からの干渉で魂の流出が起きている。
・その事から、管理人は移住希望者を募って世界崩壊を防ぎたいとして、協力を求めてきた。
先方は、世界崩壊を目論んだり、賊や罪人へ簡単に落ちないなら、何をしても良い。とのことで、本当に自由に住んで欲しいだけのようだ。
「先方曰く、移住希望を出しているのはこちらなのに、神の神託とか使命を与えるのは筋違いだ。何よりも面倒くさい。とのことです」
サツタはため息をつきながら話し、実里は苦笑いを浮かべるしかなかった。
ただ、『当所』としては世界の異常があれば、修復及び介入を行うのを是としている。
そのため、何か異常があれば報告して欲しい。ということだ。
とはいえ、移住が本目的のため、この報告は善意レベルでしてくれればと助かるという。
理由としては。
「そうですね。例えるなら、原子力発電所を外観から見て違和感を探してくれる程度で構いません。我々『当所』としても、協力者、いわばアルバイターに原子炉の炉心整備をやれなんて言えませんから」
だそうだ。
説明が終わると、サツタは横に置いてあったものを自らの前に持ってきて、説明しながら実里に渡していく。
襟止めを模した、自動翻訳機。
よくよくみれば、サツタの襟元にも同じものが付いている。
本当に効果があるのかと実里が疑問を投げかければ、彼女は3カウントだけと指を立ててそれを外した。
結論から言えば、擦過音だらけで、文字起こしすら不可能なレベルだったと伝えておこう。
次に衝撃を与えても、振ったりしても中に入れたプラモは無事という、特殊なプラモケース。中を見ると三体入るよう仕切りがされている。これはベルトで留められるようになっているようだ。
これに組み立て終わったプラモデルを入れ、名前を呼ぶと、そのプラモデルの装備が実体化して本人に装着される。
また、使用中は必要に応じて、『当所』と通信することもできるとか。
そこでサツタは思い出したようではっとした顔になった。
「伝え忘れておりました。私、サツタが専属オペレーター兼窓口担当となりました。よろしくお願いします」
彼女はそういって静かに頭を下げた。
次に渡されたのは、プラモの組立に使う、工具一式。これは購買に並んでいたような高級品ではなく、数ランク落ちた中堅品あたりになるだろうか。それでも、普段実里が使っているものに見劣りはしなさそうである。
ついでに、三ミリ軸や穴などを作るためのスケールが入っていたのも地味に嬉しいか。
そして。
「こちらが貴女専用のものです。NNG-PM-B04、ユヴェナ」
「ユヴェナ……」
厚さは指四本分。面積はA4サイズ程の紙の箱を渡された。
そのパッケージには、赤目で赤茶色で跳ねっけのあるショートの女の子がもじもじと恥ずかしがる姿で描かれている。
恥ずかしいのは局部が際どいからなのだろうか。
その髪、顔立ちは、実里と瓜二つでもあった。
「えへ、えへへへへ……」
自然と実里の顔が綻ぶ。自分が美プラになったのもそうだし、美プラで戦える。なんて、『普通』から脱却できたからというのもあるだろう。
「登録名は現在こちらで仮名付けしておりますが、変更しますか?」
「……うぅん。このままでお願いします」
サツタの提案に実里は頭を振り、それを大事そうに抱えた。
次に渡されたのは、お香。
アロマとかリラクゼーションに使われる、あの三角コーンタイプのお香である。
「こちらのお香を焚いて寝ていただくと、こちら、『当所』の購買に行けるようにしておきます。当然購入にはお金が必要ですが、移住先のお金で支払えますのでご安心ください」
現地のお金が使える事にほっとする実里だが、続く言葉に顔が青ざめた。
「しかし、先方の文化レベルは中世。管理人からの持ち込み許可があるとは言え、プラモデルはオーバーテクノロジー品です。持ち込み許可証代わりとして、定価の最低四割増は覚悟しておいてください」
「ひょえっ」
値段補正を聞いて思わず素っ頓狂な声が出てしまった実里である。
そして、最後に渡されたのは色々な大きさの皮袋。一番小さいものには金貨が三枚入っていた。
どうやら現地での数日分の生活費だそうだ。
以上で支給も終わり、サツタが直ぐにでも送ろうとしたが、実里は待ったをかけた。
「せめて、せめてこの子を組ませてからにしてください!」
そう懇願する実里の目は血走り、息も相当に荒かったと。後日サツタが語っていた。
第三章 初起動
自室に戻った実里は、新しい大きな机に陣取り、取り出した工具とユヴェナの箱を置いた。
並んだ工具はニッパー、ヤスリ、デザインナイフ、そして3gしか入っていない瞬間接着剤。
量が少ないのはオーバーテクノロジー品扱いされたからだそうだ。
スケールは工具箱と言う名の木箱の中でお休みである。
実里は目を輝かせ、うっきうきで箱を静かに持ち上げて開くと、中にはビニール袋で小分けされた、パーツの展示場であるランナーが数多く入っていた。
とは言え、素体だけのキットなので、これでも少ないのだが。
ランナーの色は赤茶、黒、白と三色で構成されているが、むっちりとした感触を思わせる肌部分のパーツはきちんと日本人の肌の色をしていた。
その中で一つ、別の包装がされたものが出てきた。
これもビニールの袋に入っているのだが、紙のタグがステープラで止められ、蓋とされていたのだ。
商品名『シンプルアーミーナイフ』
その中身は剥き身の一体形成のナイフと、三ミリ軸が付いたI字型とL字型のジョイントが付いた、一つのランナーだけである。
恐らく、武器も何も無いまま行くのは問題とされたのか、おまけで入れてくれたのだろう。
実里は頬を綻ばせながら、ランナーを置いていき、最後に残った一つの冊子。それを手前に広げて準備は完了。
彼女は冊子……説明書の通りにランナーを手に取り、ニッパーでゲートと呼ばれるランナーとパーツを繋ぐ部分から切り離していく。
続いてデザインナイフで、切り取り損ねたゲート跡を処理する。
そして、最後にヤスリ……目の大きさからして二百番台だろうか。それで表面を均してパーツの成型。
それを幾つか繰り返し、ある程度パーツが溜まれば組み立て、それらを繰り返していく。
本当に地味な作業である。
しかし、地味ながらも自らの手で組み上がり、形を成していくというものは、人によっては快感をもたらす。
そう解説している間に彼女は頭部を作り上げ、机の奥にことりと置く。
自分に見守られながらなのか。それとも、これから貴女の体はこうやってできるんだよと見せるためなのか。
その答えは黙々と作業する実里の心の中のみぞ知る事である。
ふいに、『鑢目を目立たなくしたいなぁ』と呟いて、もっと綺麗に作りたいと漏らしているが。
ただ家に取りに帰れば良いだけなのだが、組み上げる事ばかりに頭が行っているのか、その手段は頭から完全に紛失してしまっていた。
それから数時間後。
彼女の手には組み上がったユヴェナの姿があった。
胸元が開いた黒いインナーに、赤茶色のジャケットを着たような意匠。
膝丈まであるニーソックス。何がとは言わないが、見えてしまっている黒いアンダーアーマー。
これが自分だと思うと少し照れや恥ずかしさがこみ上げるがそれよりも自分が美プラになった。というのが一番嬉しいのだろう。
「それじゃあ、早速っ」
彼女は例のプラモケースにそれを入れ、ベルトにケース通して身につける。
試しに跳ねてみても、プラモケースからは音が全く鳴らない。
そして、姿見の前に立ち、一つ深呼吸。
「ユヴェナ!」
実里がプラモの名を呼ぶと、身体が赤茶の光に包まれる。
その光は腰の形を歪にさせ、右腿には何かが付いたのか、光が膨らむ。
そして、光が弾けるまで約一秒。
実里、いやユヴェナはその姿を顕していた。
腰の歪みはそこに搭載していた、I字型ジョイント──ベルトで固定され、背で後ろに向いた、万力型ウェポンハンガー──に挟まれた剥き身のアーミーナイフであり、右腿はバンドで留められた、細いものなら何か挟めそうな万力型のウェポンハンガーが床を向いていた。
「おぉー、すごーーい」
ユヴェナに変身した実里は感嘆する。が、姿見で全身を確認していると、どうしても目線がメタリックなアンダーアーマーに吸い込まれる。
水着と同じだと思い込んで気にしないようにしていたが、我慢できずに顔を赤くしてインナーを伸ばして隠そうとするが、そこまで伸びない。
その姿は奇しくもパッケージそのままの構図であった。
そして、変身を解いた彼女はすぐさま接着剤を手にとって、使用するかしばらく悩む。
一つため息付いて、それを机に置いて、ランナーゴミを集めてはキッチンのコンロに走り込んで、スカートをどうにか作れないかと試行錯誤するのであった。
第四章 転移
結局のところ、ランナーをコンロ火で溶接しようとしたら溶かして失敗する。ならばと溶けたものを、ランナーを炙って作ったスカートフレームに浸して作ろうにも失敗する。
手元に残ったのは、失敗した加工が残るランナー製のスカートフレームだけであった。
実里はそのままベッドにダイブインし、しばらく枕やマットレスをポカポカとたたいた後、不貞腐れて眠ってしまった。
翌日……というにも窓も無いため、正確に朝なのか夜なのかもわからないのだが。
一頻り眠った彼女の顔には、昨日の鬱憤は残っていないようだ。
シャワーを浴び、現地の旅人を装った衣装を纏い、出立の準備を整え、事前に決められていた出発ゲートへと向かう。
この出発ゲート、一見すると現実の空港と同じようなレイアウトをしている。
多くのベンチが整然と並び、ゲートのナンバープレート前にはカウンターもある。
違うところがあるといえば、行き先案内板や金属探知機のようなゲートもない。なんなら、ここには実里以外誰もいない。
少しばかり恐怖を覚えつつ手近なベンチに腰をおろすと、程なくしてサツタが走ってきた。
「実里さん、お待たせしました」
全力走のように見えたのだが、彼女は息切れ一つ起こさずカウンターに入って手続きを始める。
きっと実里は『体力お化けだなぁ』と思っているのだろうか、感心した顔を浮かべてサツタの元へ向かった。
「準備はよろしいですか?」
「はい! よろしくお願いします!」
サツタの問いに笑顔で答える実里。
サツタはカウンターのコンソールを触り、何か操作をすると、出発ゲートの壁が持ち上がっていく。
そして壁から人が一人入れるほどの白い円柱型カプセルが迫り出してきた。
それはどことなく宇宙物の緊急脱出ポッドを連想させるものであり、居住性はそんなに良くないように見える。
サツタの指示に従い、上半分が開いたポッドに肩掛けの皮袋を収納し、実里もポッドの中に身を沈める。
身を沈めたその実里の姿は胸の前で腕を組まされ、シートベルトのようなもので固定されていく。
縁起でもない話だが、見ようによっては棺に納められた遺体か、はたまたこれから睡眠をとる吸血鬼のようである。
因みに、シートベルト解除のボタンは実里の手に握られている。
「それでは、幸ある人生を歩まんことを」
サツタが祝詞を述べ、ポッドの蓋が閉められた。
中は真っ暗になるかと思いきや、閉まると同時に目の高さでディスプレイが展開された。
起動し、ホーム画面が映し出されると同時にポッドが揺れる。動き出したのだろう。
そして、スプラッシュフォールのように足元から落下し、どんどん加速していくのが感覚でわかる。
改めてディスプレイを見れば、角に残り時間三十分とでていた。
また、操作のチュートリアルも表示されており、どうやらこのディスプレイはウェアラブル端末のように視線と瞬きで操作できるようになっていた。
どうせ到着まで暇だからとディスプレイを弄り、エコノミー症候群対策のマッサージ機能を使ってはくすぐったくて笑ってしまったりと、退屈に苦しめられる事は無かった。
残り五分。
ディスプレイに注意書きが現れる。
どうやら到着後、自動で蓋が開くようだが、閉めてしまうと自動で帰還を始めてしまうようだ。
いわゆる忘れ物にご注意というやつだ。
それと同時に移動する感覚に変化が現れる。
体制が変わらないため、足元方向に動いているのは変わらないが、角度がほぼ垂直から弧を描いて水平になり、やや登っていく角度で減速がかかっていく。
そして、最後に平行となり、動きが止まった。
ワンテンポ遅れ、蓋が開く。それと同時にシートベルト解除ボタンの安全装置が外れ、自分で脱出できるようになる。
実里は皮袋を取り出し、彼女の胸ほどまで草が伸びた草原に降り立つ。
まだ恒星は天高く、白昼の時間なのだろう。
嗅ぎ慣れない草の、自然の香りを楽しみつつ、ポッドの蓋をガチりと閉める。
それは音もなく動き出したかと思えば、すっと消えてしまう。
「よーーっし! 楽しむぞーー!」
実里は一つ叫び、行く先もあてもない異世界の地を歩き始めたのであった。