1章ー7…苛立つ気持ちと育む友情
気持ちの良い空の下、東屋でリュドミラはシリルとのお茶会に向き合っていた。
終始不機嫌な表情を崩さないシリルは、椅子に腰かけて早々に鋭い眼光を飛ばし吐き捨てるように話し始めた。
「貴女は一体どういうつもりだ!何故ミラに悪態をつくのだ。彼女は私の友人なのだぞ!」
シリルはこちらの話など聞く気もないように捲し立てている。
ミラから直接聞いたわけではないが、最近リュドミラが何度も何度もミラに悪態をついて泣かせているらしいと噂が頻繁に飛び交っているのだ。
間違いなくあのご令嬢方が原因なのだろうとリュドミラは把握していた。
「何度この話をさせるつもりなのだ!国を背負って立つ王妃となるべき人間が、このような幼稚なことをして良いと思っているのか!・・・・・」
シリルは椅子に腰かけてから延々と30分近く文句を言い続けている。その様子を伺いながらもシリルが話す許可をくれることを静かに相槌を打ちながら紅茶を啜り待ち詫びていた。
「おい!リュドミラ!何か返事をしたらどうだ!!」
(やっと許しが下りたわ・・・)
心の中で嘆息すると、リュドミラはシリルを心から申し訳なさそうに見つめた。そして謝罪の気持ちが伝わるように想いを込めて、言葉を紡ぎだした。
「シリル殿下。弁明の許可をありがとうございます。ミラ嬢に対しては、私の不徳の致すところでございます。本当に申し訳なく思っているのです。私の知らないところで私を想ってくれる者たちが、ミラ嬢に心無い言葉をかけているという事実に大変申し訳なく思っております。」
「・・悪かったと思っているのであれば何故止めさせないのだ!!」
シリルは苦虫を噛み潰したように、思うままにリュドミラを責めきれない自分に戸惑いつつも、思いつく限りの言葉で責めようと必死だった。
「それこそが私が不徳といたすところでございます。人心を掌握できない王妃など、必要とされないことは存じ上げております。今は心から誠意をもって令嬢方と向かい合っておりますが、お一人ではないようで、時間がかかってしまっております。申し訳ございません。」
シリルがいかにどれだけの時間をかけて罵倒し責め立てようとも、リュドミラは真摯な言葉でシリルに言葉を返してきた。
それは誰が見てもわかることであった。シリルを心から敬う姿勢であるという事をシリル自身が強く感じていた。
(くそっ・・・なんなのだこの苛立ちは!!)
今シリルの元に挙がっているミラへの悪態は、全てリュドミラ本人ではなく、リュドミラを慕う者たちの独断の犯行であった。だからこそリュドミラがしっかりと令嬢たちを掌握しなければならないという事を責めたいのに、リュドミラは全て自民の罪であることを認め素直に謝罪し、現状を打開する術を模索していることが伺える。実際にリュドミラは真摯に令嬢たちとも向き合っているという事らしい。そんな状況でいくら罵っても、シリルにとって後味が悪くなるだけだった。
結局前回と同じような展開で、1時間を迎えると従者と共にシリルはシアンテ公爵の屋敷を後にするしかないのだった。
シリルは移動の馬車の中で自分の気持ちの荒れ具合に匙を投げたくなっていた。
(一体あいつは何なのだ!貴族の令嬢というのはもっとわかりやすく嫌味を吐き、自分さえ良ければ構わないと平然と思う者達ではなかったか?)
シリルは苛立ちとともに明らかに困惑していた。それはきっと最初からだったのだろう。
初めて対面した瞬間、貴族男性をまさに手籠めに出来るような、色香のオーラを纏うとんでもない美貌の令嬢に物凄い身の危険を感じた。決して胸が高鳴ったのではない!
それなのにも拘わらず、彼女はシリルの悪態に眉をしかめるでもなく、冷静に受け応えてきた。挙句の果てには、まるで競争でもしているかのような庭園の案内も、何でもないかのように後について歩き回り、泣き言さえ言わずに私の言葉に真摯に向き合って反論すらしなかった。
正直”自分の事を覚えているか”と尋ねられた時は初対面ではなかったのか?とかなり動揺はしたが、初対面だと押し切っても文句も言わなかった。
””規格外な令嬢”” シリルのリュドミラに対する印象はまさにそれに尽きる。
彼女が自分を惑わして来たら篭絡されてしまうのではないか・・など・・決して微塵も感じてなどいない・・・はずだ。
リュドミラの傍にいると、自分の中で鳴り響く警鐘が鳴りやまず、早く離れろと警告してくるのだ。
これはきっと私の危険察知能力が高いからに他ならない!きっとそうなのだ!と日々言い聞かせている。
・・・そう。リュドミラに出会ってから毎日この苦悩は続いている・・
―――この苛立ちから・・解放されたい。
シリルは深い溜息を吐くと、意味もなく窓の外を眺めるのだった。
***
「シアンテ令嬢!お久しぶりです!!」
夜会のバルコニーには一人になったミラがリュドミラを笑顔で出迎えた。
「久しぶりね!シリル殿下はどこかに行っているの?」
「はい。従者の方々と話があるとおっしゃっていました。恐らくしばらくは戻られないと思いますわ!」
「よかった・・なんだか密会のようでドキドキするわね!」
二人はクスクス笑い合いながらバルコニーに設置されているソファに共に腰掛けた。
最近は二人の密談をバルコニーで行っている。お互いが会場にいることを目で確認しあったら、どちらかがバルコニーへ向かった少し後に、密会をしようというのがいつの間にか決まりごとのようになっていた。
「私シリル殿下と会うよりミラ嬢と会う事の方が多い気がするわ!」
ふと思い返すと、ミラとは月に多いと数回バルコニーで密会していることに気が付いた。
「そうなのですか?私は殿下は傍におりますが、シアンテ令嬢と一緒にいるときは本当に心が癒されます。」
お互い様々なカミングアウトをしたことで、親友と呼んでもおかしくないのではないのかと思えるほど絆をリュドミラは感じていた。
「私も同感だわ。」
ゆったりとソファに座り二人は他愛もない話を楽しむのだが、やはりここ最近の嫌がらせがリュドミラは気になってしょうがなかった。
「―ミラ嬢。ここ最近嫌がらせ行為が悪化しているのではないですか?」
「―っそれは・・・」
ミラはわかりやすいほどにびくっと反応を示した。
(やはり・・・)
リュドミラが懸念した通り、取り巻きの二人が指揮する元、他のミラを良く思わない令嬢たちが””リュドミラ様のために!””を旗印に好き放題に嫌がらせをしているのだろう。過激になる噂がリュドミラの耳にも届いていた。
「その令嬢たちの証拠などは手に入れられないかしら・・。」
「最近はシアンテ令嬢が他のご令嬢方に忠告してくださっていたので面と向かっては言われなくなったんです。・・・その代わり誰がしたかわからないようないやがらせが増えてしまっている・・のは事実ですね・・。」
「――なんて姑息な手を使うのかしら・・貴族の風上にも置けない方たちですわね!!」
憤慨するリュドミラをミラは優しく微笑んで宥める。
「シアンテ令嬢が怒って下さるから私も救われるんです。いつもありがとうございます。」
(あぁ・・・なんてよいこなの・・)
リュドミラはミラをぎゅっと抱きしめると「私がなるべくあなたの傍にいるように心掛けましょう!!」力強く宣言したのだった。
それからリュドミラはミラとバルコニーで密談するたびに良くいく場所や時間など、偶然出くわせるように時間を示し合わせ少しでも令嬢の嫌がらせが減るようにミラとの偶然出会う時間を増やすようにしていった。
その行動が実を結んだのか、ミラの行く先々にリュドミラが偶然鉢合わせるという状況が度々続き、令嬢たちは驚きを隠せず、リュドミラに怯えて手を出さなくなるのだった。
そして令嬢とは別に、ミラと行動を共にしているシリルが、一番動揺を隠せていないのだった。
(なぜこんなことに?!!)
シリルの心の叫びは日に日に増えていくこととなる。