1章ー5…私悪役令嬢なんですか?!
白い光を感じる。
(―――朝?)
瞼を開けようとすると光が異様に眩しく感じた。何が起きているのか理解できないリュドミラは、自分の顔の前に両手をあてて光を遮断し、眩しさを感じなくなってからゆっくりと瞼を開けてみた。
そこはいつもの自分の部屋だった。
(いつの間にかお昼近くまで眠ってしまっていたのかしら?)
ぼーっとしながら部屋の中を見渡していると、侍女のマリアがノックもせずに入ってきた。
「マリア?主の部屋に入るのにノックなしっていうのはよろしくなくってよ?」
苦笑しながら伝えると、マリアは目を見開いてこちらをじっと黙ったまま数秒見つめている。
「マリア?」
「お・・お嬢様!!お目覚めになられたのですね!!良かった!!本当に良かった!!」
突然マリアは大泣きしながらリュドミラに飛び掛かってきた。
「ま・・マリア?!気は確か?!落ち着いて!落ち着いてちょうだい!!」
マリアがあまりにも号泣するので宥めようと背中をさすっているとガバっと勢いよくマリアは立ち上がった。
「だ・・旦那様お奥様を呼んでまいります!!」
「え?!え?!何々?!どうしたのーーーー?!」
マリアの挙動不審な行動に寝起きのリュドミラは思わず動揺が顔に出てしまっていた。
「「リュドミラ!!」」
(なんてこと!・・お母様とお父様まで泣いている・・なぜ?!)
「心配したんだよ!あの夜会の後から3日も目覚めなかったんだから!!」
「???三日?」
「そうよ!王太子殿下の話は聞いたわ!余程つらかったのでしょうね!気づいてあげられなくてごめんなさい!」
お父様もお母様も涙を流しながら私を抱きしめどうやら慰めてくれているようだ。
「・・・夜会・・・」
(――――あー――――思い出してしまった・・・)
そう。私は自分の子供のころの風貌が大人になったような同名の”ミラ”という令嬢を見てショックできっと気を失ったんだろう。
今の自分とはかけ離れた風貌の彼女ではあったが、もしも「私は貴方の友達だったミラです!」なんて久々に会って言われたら、私でも信じるかもしれない。
その位には昔の幼い頃の私を思い出せるような令嬢だった。逆に私が”ミラ”だと言ったところでシリルには鼻で笑われることだろう。そんな気がする。
あの時はショックが強すぎて気を失ってしまったのだろうけれど、今大泣きしている両親やマリアを見ていると逆に冷静さが戻ってくる。
(シリルは覚えていた・・ということなのね・・)
それは間違いない事実だった。
彼はずっと幼い頃のミラを覚えていて探していたのだろう。同じ風貌をした令嬢を。そして偶然にも似た少女を見つけてしまったのだろう。
彼女は明らかに自分より年下に見受けられたが、昔の自分は成長が遅れていたので幼く見えていて、シリルは誤解したのかもしれない。
(きっと・・大切に思われてはいたのよね・・あの頃のわたしは。)
成長した自分の姿を悲しみたくはない。両親や周りの皆が愛情をもって自分を育ててくれて、だからこそ私は健康になって生きているのだから。――それでも寂しさを感じずにはいられなかった。
もう今の私は彼に愛されることはない。今の”ミラ”と比べると、私は真逆の容姿なのだから。
心配してくれる両親たちをこれ以上悲しませたくなくて「大丈夫だよ。」最大限の微笑みを作って両親とマリアを宥めた。
あれからすでに1か月は経過したのに、体調不良を言い訳にシリルとのお茶会も取りやめにして、リュドミラはタウンハウスの自室でこれからどうするべきか一人考えあぐねていた。
そして一通のお茶会の招待状が届いた。
マルタレナ伯爵令嬢からの熱烈なファンレターのようなお茶会の招待状だった。
以前からリュドミラのファンだったという彼女はここ最近私が夜会に参加しておらず、何かあったのではないかと心配になっていてもたってもいられず手紙を書いたのだという。恐らくこの文章を両親も確認しており、害意がないと判断して私に渡してくれたのだろう。
正直気乗りはしなかったが、いつまでも自室にこもっているわけにもいかないのでマルタレナ伯爵令嬢のお茶会に参加することを決めた。
***
「お待ちしておりましたわ!リュドミラ様ようこそお越しくださいました。」
にこやかに出迎えてくれたのは本日の主宰者マルタレナ伯爵令嬢であった。彼女はどこにでもいそうな平凡な顔立ちではあったが、来ているドレスなどは随分と派手に着飾っているように見えた。
(私の為に派手なドレスを着てくれているのかしら?)
リュドミラは容姿映えするのでシンプルなドレスでも派手に見えてしまう。そんなオーラを醸し出す美しさを持っていた。
(きっと私を呼ぶために無理して私に合わせてくれたのね?)
斜め上な勘違いをしつつもマルタレナ伯爵令嬢が好意を向けてくれているように感じて嬉しかった。
しかし、冷静なときであれば読唇術をしっかり使いこなせていたのだろうが、リュドミラは疲れ切っていた。
心も体もシリルに傷つけられてボロボロだった。だからこそ自分が冷静ではないことにすら気づけていない。
本当はリュドミラを一人にすべきではなかったのに表情を表に出さない術を身に着けた彼女の不安定な状況を判断できる者はだれ一人としていなかった。
「私以前からずっとずっとリュドミラ様とお話したいと思っていたのですわ!」
「私もです!!!」
口を揃えて媚を打ってくる二人はマルタレナ伯爵令嬢と、ハルメア子爵令嬢だった。他には招待されていないようで、3人でゆっくりお茶会を楽しむこととなったのだが、ずっと彼女たちはリュドミラを褒めたたえ、媚を売ることが当たり前化のような口ぶりで接してきた。
それもしばらくすると今度は”ミラ”の話に切り替わったのだ。
「これだけ素晴らしいリュドミラ様がいらっしゃるのにあんなガリガリな令嬢を好んでそばに奥だなんて王太子殿下のお気持ちが全く理解できませんわ!」
明らかに害意を向けて【あんなガリガリな令嬢】呼ばわりして文句を言うマルタレナ伯爵令嬢がリュドミラには異質に感じられた。
「あんなガリガリな令嬢とは?」
リュドミラが質問を投げてみると、すかさず食い気味でハルメア子爵令嬢は答えた。
「ミラ・アルテンド伯爵令嬢ですわ!!!」
(―――なるほど・・・すでに彼女は標的にされてしまっているのか・・)
リュドミラは少し悲しく感じた。
もしまだ自分が白色病を患っていたら・・きっと同じように罵倒されていたのかもしれない。
「アルテンド伯爵令嬢は先日初めてお見かけしましたが、つつましやかな令嬢に見受けられましたわ。王太子殿下には何かお考えがあって傍にいらっしゃるのではないかしら?」
フォローを入れるがその瞬間二人の令嬢は一瞬苦々しい目をしているような気がした。しかしすぐににこやかに微笑むと「そうかもしれませんわね!」と言ってそれ以降その日のお茶会ではミラを貶すようなことは言わなかったのだった。
彼女たちはミラへの愚痴は毎回必ず言うのだが、注意を促せばやめてはくれるのでそれ以降も共にお茶をしたり社交活動を再開し夜会にも参加する用意なると二人と共にいることが増えていった。
同性の話す相手ができたことが気持ちを少し軽くしてくれたのかな?と思い始めた矢先にまた噂が広がっていると侍女たちが騒いでいるのを聞いてしまった。
(・・また王太子がミラとのことで何か言っているのかしら・・)
呆れたように溜息を吐いたリュドミラは自分の耳を疑った。
「リュドミラお嬢様がミラ様に最近何度も悪態をついているようよ!」
・・・とんでもない噂だった。
(――私???なんで私がミラに悪態???そもそも接してすらいないのになぜ??!)
その答えはすぐにわかることとなる。
最近では【リュドミラ=悪役令嬢】などという話まで出ているようで、夜会に参加するたびに「あれが噂の悪役令嬢リュドミラ様ですのね!!確かに怒らせたら怖そうだわ!」などとひそひそと話のネタにされている。
ソファに腰掛けて嘆息を吐くリュドミラに、マルタレナ伯爵令嬢はとんでもないことを言ってきた。
「リュドミラ様!!最近お元気がなさそうで心配ですわ!きっとアルテンド伯爵令嬢のせいなのですわよね!!わかっておりますわ!リュドミラ様のために先日もアルテンド伯爵令嬢に文句をしっかり伝えておきましたわ!」
(――――こいつか!!!)
リュドミラが動いたわけでなくとも、リュドミラとよく行動を共にしているこの二人がミラに悪態をついていれば、リュドミラの命令でやっていると誤解されてもおかしくないだろう。それに、この二人は”リュドミラのためにやった”をやけに協調している気がする。
「マルタレナ伯爵令嬢。ハルメア子爵令嬢。何か誤解しているようですが、私はアルテンド伯爵令嬢の事をどうにかしたいだなんてこれっぽっちも思っておりませんわ。勝手に判断しないでちょうだい!」
リュドミラは少々きつめに二人には忠告を伝えた。
恐らくミラは何度もすでに私の代わりに二人から暴言を聞いているのだろう。直接謝らなくては!リュドミラはすっと立ち上がると二人に一瞥することもなく「今日は失礼しますわ。」と告げてその場を後にした。
(今日はミラは会場にはいるかしら・・)
会場の中を捜し歩くと壁の花になっていたミラを見つけたのだった。