1章ー4…もう一人のミラ
あの恐怖の婚約の儀以降、自分が婚約したという現実をどう受け止めたらよいのかリュドミラはわからなくなってしまった。
昔の優しくおおらかだったシリルは別人のように変わってしまい、やさしさの”や”の字すら感じられない。
シリルとの面会は国王陛下の命令で、月に1度シアンテ公爵邸で1時間のみ行われた。きっと王命でなければ彼は自分と会うことはしないのだろうと思うと、虚しさが込み上げてくる。
文通なんて全くない。プレゼントすら届かない。唯一王宮の夜会のみ手紙が届き”何時に迎えに行く。”とだけ記載があるだけの手紙である。
誰からも好意を持たれるリュドミラが、まさか王太子にこのような仕打ちをされていようとは、リュドミラの両親は全く思っていなかった。プレゼントが届かなくても、手紙が届かなくても、自分の娘の有能さを妄信していたあまりに、リュドミラの悲痛な心の叫びには誰も気づかなかったのだった。
唯一触れ合う王宮主催の夜会であっても、必要最低限の挨拶を終えると気づかないうちにどこかに消えてしまい、終わり間近に彼は戻ってきた。
そんな婚約生活を気づけば2年も続けていた。
ここ最近では耐え忍ぶ自分をほめてもよいのでは?とさえ感じている自分がいる。
しかしシリルはどこまでもリュドミラを追い詰める。
ある噂が王都の街中で聞こえるようなった。社交界ですらも貴族の間で噂があっという間に広がっていた。
””王太子が運命の恋人を見つけた””
(運命???・・・運命ですって?!)
彼は運命など信じない人なのだろうと感じていた。”ミラ”とい特別だったはずの存在を簡単に忘れる事が出来てしまう程の人が”運命”なんて信じるわけないと思っていた。
しかし現実はとんでもない形で”運命”をリュドミラに見せつけることとなった。
妃教育すらも、2年で終わらせてしまったリュドミラは毎日やる事が減ってしまったので夜会へも度々誘われるたびに父のエスコートで参加するようになっていた。
今日はデイサーム侯爵家の主催の夜会で伯爵家以上の高位貴族はほぼ参加している夜会だった。いつものように父のエスコートで会場を訪れるとひと際賑わう一団が目に入った。
よく見ると見知った風貌の男性の様だ。顔が判断できる位置まで歩みを進めるとそこには気のせいではなく、自分の最愛の婚約者が佇んでいた。
周りには大勢の貴族が囲んでいるのだが、その中で異質な令嬢を発見してしまった。
(―――白色病患者がいる?!!)
シリルの横に寄り添うように立っていたのはショートカットで細身で小柄な明らかに白色病のような外見をした令嬢であった。
リュドミラは唖然とした。
(こんな貴族の大勢集まる場所に白色病患者を連れてきたら彼女が避難されてしまうじゃない!!)
真っ先に感じたのは彼女への心配だった。
しかし王太子に進言など下の者が容易にできる者ではないことをリュドミラは痛いほどわかっている。特に、私が何か進言しようものなら何倍にも避難の言葉を投げつけられるのだから。
それでも自身が昔患った病気と、同じ病の者を案じずにはいられなかった。
リュドミラはシリルに気づかれないように近づき彼らが何を話しているのか聴き耳を立てた。
「ミラ。また夜会に一緒に参加しよう。いいかい?」
リュドミラは絶句した。優しいシリルの声音にも衝撃だったが、シリルの横にいる白色病の令嬢を”ミラ”と呼んだのだ。
(どういうこと?)
一気に血の気が引くような思いに耐えながらもその令嬢をもう一度見つめてみた。
小柄で細身の体型。髪の毛は白に限りなく近い金色。瞳の色は淡いグレー、そして唇の右下の黒子・・・
(―――――私?)
あまりにも衝撃的な事実に目の前がシャットダウンしたことにリュドミラは気づかなかった。
自分で執筆していて泣きそうです。リュドミラごめんね。