1章ー3…最悪な再会
リュドミラ・シアンテはとうとう16歳の誕生日を迎えた。今日、王太子であるシリルと再会し、婚約を結ぶことになっている。
澄んだ青空には雲一つない。こんな素晴らしい天気の良い日であっても、もうリュドミラは体調を崩すことはない。お父様とお母様と共に王宮へと足を運び、初めての王宮にリュドミラは顔色は変えずとも心臓はバクバクと早鐘を打ち続けていた。
従者に王宮の応接室へ案内されると、そこには立派なテーブルとイスが並べられており、案内されるままに椅子に腰かけて国王の入室を待った。
30分経たずして国王夫妻とシリルは応接室にやってきた。
別れた時と同じで、彼の情熱的な性格を表すかのような燃えるような赤色は美しく惚れ惚れする。鼻筋は高く、唇は少し薄めで艶めいている。身長は以前は160㎝くらいのように感じたが、今は明らかに180㎝は超えているだろう。着やせしているのか細身でとても騎士団長レベルの剣の達人とは信じがたい風貌だった。何よりも懐かしかったのは、彼の美しいキラキラの瞳である。
リュドミラはシリルが入室した時から胸のときめきで失神してしまうのではないかと思う程目が釘付けになってしまった。幼い頃はあの宝石眼の瞳に涙が溜まりキラキラ輝くのがかわいく美しいと思ったのに、今はかわいいなんて口が裂けても言えないだろう。
細身体型であっても目元は凛々しく男らしい瞳に心を奪われてしまった。
リュドミラは淑女として、顔色は一切変えなかったが間違いなく一目ぼれといっても過言でないほどにドキドキしていた。
しかし、読唇術を学んだリュドミラだからこそ、違和感を感じてしまった。
彼の眼には全く熱がこもっておらず、むしろ嫌悪感さえ滲ませているという事を。
リュドミラはそのことに気づくと、先ほどまで高鳴っていた胸の鼓動は一気に鳴りを潜め、より神妙な面持ちで婚約を進めることになってしまったのだった。
婚約の書面での手続きが終わると、国王陛下は婚約者同士で交流を深めるようにと庭園の案内をシリルに命じた。その瞬間のあの恐ろしいほどのシリルの眼圧は、自分が圧死するのでは?と感じるほど重々しく鋭いものだったのだが、眼圧を向けられた国王陛下は何事もなかったように私の両親と談笑を始めてしまった。
はぁぁぁぁ――っとわざとらしくシリルは溜息を吐くと、こちらに向かって「行きましょう」と告げるとすたすたと部屋を後にしてしまった。
(こ・・・・この空気・・・逃げ出したいんですけど??!)
リュドミラは心の中で悲鳴を叫びつつ、表情は変えずに黙ってシリルの後を歩いてついていった。
(え?こういうときってエスコートとかされるものなんじゃなかったっけ????)
社交は初めてのリュドミラは、心の中で正解を探してパニックを起こしていた。
黙ったまま庭園を歩き回り、気づけば最速ではないか?これはジョギングに近い競歩か??という勢いと速さで、30分足らずで庭園の入り口まで戻ってきてしまっていた。
(普通に散策したら1時間以上かかるような立派な庭園だと思うのだけど・・・)
流石に自分の非に気づいたのか、「こちらへどうぞ。」と淡々と告げると、庭園のベンチに腰掛けた。二人の距離はベンチの橋と端。とても婚約者同士の距離ではない。
(シリルは私の事を忘れてしまったの???)
考えたくないことが頭をよぎってしまい、リュドミラは不安になりどうしても確認したくてたまらなくなってしまった。
「あの・・シリル王太子殿下は私の事・・覚えていらっしゃいますか?」
恐る恐るどうか杞憂であれ!と願いながらした質問にこれ以上ないほどの最悪な返答が返ってきた。
「私たちは本日が初対面ですが。」
が―――――――――んっっっ!!!!!
気を失ってもおかしくないのではないか?というほどの大きい鐘が頭の中で鳴った気がした。
(お・・・オボエテナイ・・・)
リュドミラの初恋は悲しいかな木っ端みじんに吹き飛んでしまった。
(約束どころか・・・私の事すら・・私の事すら覚えていないなんて・・)
自分が何故ここに今いるのかすらわからなくなるほどに放心状態に陥ったリュドミラにとどめといっても過言ではない言葉を浴びせ始めた。
「シアンテ令嬢。私はまずあなたとの婚約を全く望んでいませんでした。子どもだけは世継ぎが生まれるまでは私も協力するよう努めよう。だが例え閨を共にしようとも、私の愛は得られないと覚悟していただきたい。あと、貴女のような男を篭絡しようとしているような風貌の女性を私は嫌悪しています。口もできれば聞きたくないので最低限度の接触のみとさせていただきたい。私が貴女に伝えたいことは以上だ。それでは失礼する。」
言いたいことを言い切るとシリルはすっと立ち上がり踵を返して王宮へと一人で戻っていってしまった。
呆然とするリュドミラには、この日から最低最悪の婚約期間が始まったのだった。