1章ー2…変わりすぎた姿
レキアラ領に戻ってからの6年はあっとゆう間だった。
朝は4歳の弟が侍女たちと共に朝5時にはお越しにやってきて、それからは昼食を食べるまでみっちりと淑女教育を学んだ。午後からは領地の視察もお父様と一緒に回り、自身の領地運営のノウハウをグレードアップさせ続けた。
本当は弟が生まれたのだから領地の勉強なんてしなくてよかったのだが、サマステリア領での生活を思い出すとつい涙する私を気遣って、気がまぎれるならばと続けさせてくれた。
15歳になるといよいよ来年は社交界デビューという事もあり、王都のシアンテ公爵家のタウンハウスへ住居を移した。
お父様は領地運営で離れられなかったけれど、お母さまは月の半分はタウンハウスへ住んで私のサポートをしてくれた。
特に貴族令嬢のお茶会には、お母様の力が遺憾なく発揮された。どうやらお母様は結婚するまでは伯爵令嬢としてもかなり社交界で注目を浴びていたらしく、結婚後は公爵夫人になり力を得たこともあり、更に有力貴族との関りも増えたのだという。
シアンテ公爵家は偏った見方をせず、中立公平を重んじており、そういう点でも王家からは重要視されているらしい。
その為王家とも懇意にすることが多く、それが後々に自身に大きく影響することになるなど思いもしなかった。
順調に淑女として成長を遂げたリュドミラ・シアンテは、昔とは大きく変化を遂げていた。
10歳までのリュドミラは、小柄で幼く見え、髪の毛は白金で肌も真っ白。瞳は薄いグレーで、元気に外を活発に走り回って大きな口を開けて笑う少年のような女の子だった。
まもなく16歳を迎えるリュドミラは、身長は同年代の令嬢たちよりも10センチ近く背が高く、髪の毛は美しく輝く金髪のサラサラロングヘアー。肌は昔のように色白のままだが、瞳は美しい碧眼。貧弱そうだった身体は、大人の女性の理想ともいえるような美しいボディラインを描いており、胸もお尻も程よく張り出し女性の魅力という魅力を最大限に引き出している。微笑みは大輪のバラを背負っているかのように華やかに美しく、唇の右下の黒子はリュドミラの色香を最大限に引き立たせ、すでに男女問わず憧れの眼差しを向けられているまごうことなき美人であった。
そしてリュドミラの趣味でもあった歌は淑女教育の中で更に磨かれ、幻の歌姫と賞賛されるほどに求められている。あまりにも依頼が殺到するので、両親が王家とリュドミラの懇意にしている貴族のみ歌う依頼は受けると断言している。
そしてまだ社交界デビューする前なのにも拘わらず、リュドミラの噂は王都中に広まっており、我先にと求婚の手紙が届いているのだという。しかし、手紙は全て両親が確認しており、リュドミラの手元には最低限度しか届かなかったので、自分がそれほど求婚されているとは気づいていなかった。
しかし、リュドミラの魅力は王家をも動かし、国王は王命を使ってまで王太子とリュドミラの婚約を16歳の誕生日に執り行うと決めた。
流石にリュドミラも驚いたが、その相手の名前を聞いてリュドミラは歓喜した。
婚約予定の王太子殿下の名前は”シリル・バルサントス”だったからだ。
宝石眼は王家の血を引くもののみに現れる。それを知ったリュドミラは、王太子殿下が自分の初恋の人なのだとすぐに気が付いた。年齢もあっている。寄こされた絵姿の風貌も同じだった。
リュドミラは本当に再会できる喜びに舞い上がって失念していた。
自分の姿が全く変わってしまっていたことに。
***
「父上!私は婚約はしたくありません!私は探している女性がいると以前から申し上げていたではないですか!」
こちらを睨みつけながら物申す息子のいつもの文句に、耳を傷めながらも平然とした面持ちで見つめ返した。
「王家に嫁ぐものは王が認められるものでなければ許可はできん。認めてほしいのであれば私の前に連れて来いと前から申していたであろう。忘れたとは言わせぬぞ。」
「―それはわかっております。」
国王の言葉に思わずシリルは怯みたじろいだ。
「お前はもう19歳なのだ。妻を娶らねばならぬ。どうしても探している少女がいるのであれば、その者は愛妾としなさい。」
「な・・なんてことを!!私は一人の女性を愛し抜きたいのです!愛のない結婚など不要です!」
「お前の願望で国を動かされては堪らぬわ。リュドミラ・シアンテ公爵令嬢が16歳になったら婚約は強制的に行う!どうしても自分の好きな令嬢と婚約したいのであれば、それまでに私の前に連れてきなさい。それ以上は譲歩せぬ!」
国王にとっての最大の譲歩であったが、シリルにとってはもうどうにもならない絶望に打ちひしがれていた。
シリルは、貴族令嬢のいかにも男を惑わすような体つきやきつい香水の匂い、蹴落とすことを何とも思わないような非常な言動が大嫌いだった。シリルは兄弟はおらず、王太子になることは約束されていたため様々な輩が近づいてきた。その最たるものはハニートラップだ。
幼い頃から王子を篭絡するために、何人ものハニートラップ要員の侍女がシリルの前に送られ、困り切った国王は貴族が忌み嫌う”白色病”を多く抱えるサマステア領で、13歳まで王子を隠して育てることにした。
この策のお陰で案の定貴族はシリルにほぼ寄り付かなくなった。しかし、13歳でミラと離れ離れになったことをきっかけに、強い男になりいつでもミラを迎えに行けるようになりたいと自身に近いを立てた。
元々剣の才に恵まれていたシリルは16歳には騎士団長と肩を並べるほどの腕前に成長した。自分に自信がついてからは、勉学に励みながらも王国各地でミラを探した。
最初は王国全土を探し回ったが、ミラが白色病であったことがわかり、またサマステリアに戻ってくる可能性があることが想定できた。それに気づいてからは、サマステリア領の至る所にミラを探しているという似顔絵入りの張り髪を至る所に貼るようになった。
その当時ミラは自分より5歳くらいは年下だろうとシリルは想像していた。髪の毛はほぼ白に近い金色でショートカット。瞳の色はグレーに近く、唇の右下には黒子。背丈も同年代より低めで、スレンダーな体型と記載した。
似顔絵をみた貴族たちは、次第に高貴なお方が白色病の女性を求めていると噂を立てるようになった。
東部と北部の貴族たちは、張り紙のイメージにあうような白色病の少女を見つけては、唇の右下に黒子を描き短髪にさせて連れて行った。そして連れていくことで少女を探しているのが王太子殿下だということが一部貴族の中で露見してしまったのだ。偽物のミラは更に増えてしまったが、もう間もなく自分のタイムリミットが過ぎてしまうとわかっていても、捜索をやめることはできなかった。
結局シリルの求める”ミラ”は期日までには見つけられなかったのだった。