1章ー1…初恋
「お母様!私素敵なキラキラの瞳をした男の子とお友達になったのよ!」
久方ぶりに戻ってきたシアンテ公爵家の邸宅で、リュドミラは母親に嬉しそうに初恋の男の子の話をしていた。
「キラキラの瞳?それは何色の瞳だったのかしら?」
「キラキラなの!いろんな色で輝いていて、まるで宝石のような瞳だったわ!」
母親は目を見開いて驚いた。
「そのキラキラな瞳をしている人はね?この国の中では特別な人だけなのよ」
「トクベツナヒト?」
「そうよ。宝石眼といって、まるで宝石のように何色もの色が光の加減で見える美しい瞳なの。」
「すごい!シリルは特別な男の子だったんだね!」
「シリルですって?!その男の子はシリルというお名前なの?」
「うん。かっこいい男の子だったよ!背が高くって、何年も一緒にサマステリアで遊んだの!また会いおうって約束をしたわ!」
「そうなのね。リュドミラが一生懸命淑女教育を受けて、一人前のレディになれたらお母様とお父様が頑張ってまたシリル様に会えるようにしてあげるわよ!」
「本当?!お母様!私淑女教育頑張ります!!」
あの頃の私は本当に無垢で何も知らなくてかわいい少女だったと思う。
仲良くしていた少年とまた再会する為なら、何でもできる気がしていたのだから。
当時リュドミラは”白色病”という奇病を患っていた。自然治癒も可能な病気とは言われていたが、死亡率も高い病気だった。
それは日光に一定時間以上浴びると体が拒否反応を起こし、最悪死に至る病だったからなのだ。
生まれた時から”白色病”を患う赤子は、真っ白な肌に真っ白な髪の毛、瞳の色も白に近い色で生まれてくる。とにかく色素が薄い。その為日光への免疫が低く、長時間日光を浴び続けると体にすぐに影響してしまう恐ろしい病でもあった。
病が直り始めると色素が濃くなり始める。その兆候が出るまでは、とにかく日光を避けて過ごさなければならなかった。
また、奇病というだけあって貴族たちは”白色病”を嫌煙していた。我が子の将来を案じたリュドミラの両親は、何とか一目を避けて4歳まで頑張って育てたが、やんちゃな盛りの子供にとって外に出て遊びたい!というのは強い欲求として抗えなかった。
親の目を盗んでは外に出て体調を崩すことが増え、苦しむリュドミラを見て両親は涙することが増えていた。母の兄である北部のリストン辺境伯である伯父は、リュドミラを気遣って預かりたいと申し出てくれた。
北部の伯父の統治するサマステリア領は、一日中ほとんどお日様が隠れている。その為作物などは育ちにくいのだが、奇病である白色病を患う患者にとっては天国のような場所で、そんな彼らは職人として様々なものを創り出し、利益を生み出していた。
伯父もエレイン商会で様々な商品を他領に送り出し、なかなかよい業績を年々叩き出している。
リュドミラの住む西部のレキアラ領は果物の産地で有名で、沢山の種類の果物をエレイン商会を通して流通させている。
奇病を患ってしまったリュドミラにとって、サマステリアは住みやすい土地であり、商会の手伝いをしながらレキアラ領の果物の流通の勉強もできる良い機会だと伯父は両親に話してくれた。
元々奇病で日光に当たれない以外は元気いっぱいの色白な女の子だったのだが、流石に高位貴族の令嬢と知られると危険だろうという事で髪の毛は男の子のように短くし、服装も庶民風の装いで過ごすことになった。
リュドミラはサマステリアですくすく元気に育つことができた。見た目は同年代の子供たちより何歳か幼く見えていたらしいが明るく誰とでもすぐに仲良くなった。
淑女教育はしなかったが、マナーや計算、流通や読唇術などは人並み以上に積極的に学び、商会での手伝いにもしっかりと活かされていった。
4歳で自領を離れ、7歳になる頃には商会の手伝いなどは当たり前のようにこなしていたのだ。流石に伯父もリュドミラの才能には感嘆してくれていた。
そして7歳を過ぎた頃、皆にミラと愛称で呼ばれていた私は運命的な出会いをした。宝石のようなキラキラした瞳を持った男の子”シリル”との出会いだった。
彼はサマステリア領の町の一角の路地で座り込んでいた。見た限りけがをしている様子はなかったが、同行者とはぐれてしまったらしく、困っていたので探すのを手伝ってあげた。
彼は自身を”シリル”と名乗り、また会おうと誘ってくれた。それから10歳になるまでエレイン商会の周辺で、私たちは毎日のように遊んだ。あっとゆうまの3年間だったが、まるで親友の様に、時には家族のようになんでも話せる仲になっていた。
私はシリルのキラキラな瞳が大好きだった。シリルは私のふわふわした白金の髪の毛が綺麗と言ってくれた。ずっと一緒にいられると思ったけれど別れは突然やってきた。私の病気が治ったのだ。
今までほぼ白と言っても過言ではなかった髪の毛の色が、日を追うごとに金色に輝きだした。父親にそっくりな美しい金色だった。病気が治ってきているなら自領に戻らなくてはならない。どうしてもシリルにお別れを言いたくて、無理を言って2時間だけ時間をもらった。それでも髪の毛の色は知られない方が良いと言われて、白い鬘をかぶりフードをしてシリルに会いに行った。
「シリルー。私自分のお家に帰らなくっちゃいけなくなったの。明日にはサマステリアを出発するの。今まで仲良くしてくれてありがとう・・。」
最初は意気揚々と話していたリュドミラも、別れの言葉を自身の口で伝えていることで、現実を痛感してしまいぽろぽろと涙が零れ落ちた。
「ミラ・・お別れしたくないよ・・どうしても帰らなきゃいけないの?」
悲しげの瞳は涙を浮かべいつもより光を反射してキラキラ輝いて見えた。
「うん・・。みんな私の帰りをまって・・いるから・・。」
ぎゅうっと抱きしめ合いわんわん涙する二人に周りの大人たちまで涙を堪えきれずもらい泣きしてしまっていた。
しばらく二人抱き合って泣いていたが、落ち着いてきたら自分の気持ちを歌で表したいとリュドミラは思った。
「ねぇシリル。私の気持ちを歌にして送るね。聴いてくれる?」
「聴かせて!」
赤くなった目じりと鼻っ柱を気にもせずにっこり笑ってリュドミラが言うと、シリルも笑顔で答えた。
「♪――――♪――――♪――♪♪・・・」
リュドミラは嬉しい時にたまにこの曲を歌っていた。サマステア領に伝わる”愛の歌”らしい。シリルもこの歌を気に入ってくれていたし、大好きなシリルに贈る歌としてぴったりだと思った。
「ミラ。素敵な歌をありがとう。絶対絶対忘れないよ。また会おう。これは一生のお別れじゃないよ!きっとまた会える!」
「シリル・・。うん!また会おうね!!」
一時の別れは寂しくて堪らなかったけれど、また会えると思うと楽しみのほうが勝っていた。
いつか・・・また。
そして6年の月日が過ぎていくのだった。