2章ー5…愛の歌と再会
「・・懐かしいな」
リュドミラは午前の仕事を終えてから、昔のシリルと共に過ごした場所を回って歩いていた。
昨日シリルの昔の笑顔を思い出してしまったからか、やっぱり頭の中から離れなかったのだ。
マリアには思いにふけるリュドミラが悩んでることに気づかれてしまった。仕方なくシリルの話をすると、「思い出したなら昔の思い出の場所を回ってみるのも良いのでは?」と提案された。
最初は否定的だったが、いざ思い出の場所を回ってみると苦しさよりも懐かしさと温かさに心が包まれていた。
シリルは”ミラ”の事は忘れていなかった。だからなのかもしれない。その事だけは良かったと思えた。
何故あんなにもリュドミラがシリルに嫌われてしまったのか全く分からないが、もうこれは過去なのだ。
同じ過去ならば、優しく暖かい過去を大切にしたい。リュドミラはそう思いたかった。
色んな場所を巡って最後にたどり着いたのは、別れを惜しんだエレイン商会の近くにある小さな公園だった。
(毎日お昼ご飯を食べてからこの公園に行くとシリルは私を待ってくれてたな・・)
あの頃が本当に懐かしい。何度戻れたらと願っただろう。
この小さな公園は色々な思い出が詰まっている。
幼いシリルが剣の鍛錬を大人とここでしていたのを見た時に「かっこいい!」初めて異性にそう感じた。
愛おしさが込み上げる。優しくて誰にも奪われることのなかった幼い頃の甘酸っぱい楽しかった日々。
何度も再開できることを夢見てきた。
絶対に忘れないって言ってくれた。
また会おうって約束してくれた。
それなのに・・貴方は違うミラを見つけてしまった・・
段々悲しくなってきたけれど悲しいのに愛しいこの想いを歌いたくなった。
(【愛の歌】・・・別れの時・・シリルは喜んでくれてたよね・・)
「♪――――♪――――♪――♪♪・・・」
別れの時を思い出し愛おしさを乗せてリュドミラは歌った。
たとえもう二度とシリルに届かない想いでも。
私は歌わずにはいられなかった。
「――――ミラ?!」
声の方を振り向くとそこにはシリルが佇んでいた。
(――――うそ・・)
「シリル・・殿下?」
「ミラだ!!やっぱりミラだったんだな?・・・やっと会えた。ずっと探していたんだ!!」
「・・・・・」
「私はミラが歌う愛の歌が大好きだったんだ。変わりなく美しい君の歌声が聴けて夢の様だったよ!」
「・・・・・」
「―ミラ?」
「なんで今更?」
「え?」
リュドミラからは思いもよらず男性のような低い声が出た。
「貴方にはもう”ミラ”がいるだろう。昔のミラのことは忘れなよ」
「何を言って?私の探していたミラは君だけだ!」
「嘘は言わなくてもいいよ。気づけなかったじゃぁないか。私が覚えているか聞いた時も・・初対面だってシリルはいったじゃぁないか。」
「・・・それは・・」
初対面・・・確かに言った。リュドミラに覚えているかと聞かれた時に一度だけ・・
(あぁ・・・やはり私は間違えたのか・・)
「顔が変わったら・・・背格好が変わったら・・・好きじゃなくなるようなそんな愛情はいらない!!」
「リュドミラっ!!」
「そうですよシリル殿下。・・・3年も一緒にいてお気づきにならなかった本物のミラが私です。
ずっと・・ミラが羨ましかった。・・・悲しかった。
シリル殿下に嫌われて・・罵倒されて・・幼い頃のシリルが消えてしまいそうになっても・・
それでも私の思い出だけは誰にも消すことはできないから!!
すっと・・ずっと耐えました。
どうやったら良い婚約者になれるだろう・・
どうやったら必要とされる王妃になれるだろう・・
どうしたら公爵令嬢として振舞えるだろうって・・
でも・・・そんな私を・・そんな私をシリル殿下は踏みにじったんです!!」
「す・・・すまない・・・でも・・聞いてほしいんだ・・私が全て悪かったんだ・・
リュドミラに初めて王宮であった時・・・危険だと思ったんだ・・
篭絡されると・・誤解してしまった・・・王国を背負って立つ王が王妃に篭絡されるようじゃだめだと・・それで距離を・・」
「国王として・・・ご立派な意見だと思います。
ですが、私はシリル殿下を篭絡しようとしたことは一度たりともございませんわ!!」
「わかっている・・・私が誤解したのだ・・リュドミラが美しいから・・勝手に自分が恐れたんだ・・しかし・・ミラを救おうとするリュドミラが・・抗えない程に美しいと思ってしまった・・
もう自分の気持ちにごまかせないほどに・・・君を好きになってしまったんだ!!」
「―――――嘘は結構です。
先日の夜会で婚約破棄なさろうとしたのに何故好きだといえるのですか?
私の顔など見たくもないとおっしゃったではないですか!とってつけたような嘘など聞きたくないのです!」
「それも全て私が悪いのだ・・・あの日君の装いはとても妖艶なのに光り輝いて・・女神のようにさえ思えた・・そのことに動揺して冷静な判断が下せなかった。
自分の王太子としての責任だと・・あのようなことを言って場を収めようとしてしまったが、本当に婚約破棄するつもりなんてなかった!本当なんだ!ミラ!君しか愛せない。
リュドミラも・・・ミラも・・・君なのだと・・今頃気づいた私は愚か者だとわかっている。
それでも諦められない!!」
「・・・・・
もう良いのです。
私は疲れました。
私が生きているから皆が幸せになれないのだと・・
いっそ死んでしまいたいと・・・
私はあの夜死んだのです。
もう今さら期待などしません。
私は美しい幼き頃のシリルを愛して余生を過ごします。
だから放っておいてください。」
リュドミラはシリルに発言の許可など待たなかった。
婚約者でも、侯爵令嬢でもない一人のミラとして、言いたいことを初めて言い切った。
その心には悲しみだけでなく希望が宿っていた。
(これで私は先に勧める。この感情と別れて、新しくミラとして生きられる。)
「―――シリル殿下。さようなら。」
最後に優しく微笑むと踵を返しリュドミラはシリルの言葉を聞くことなく去っていったのだった。