1章ー9…そして訪れた悲劇
「もういい加減にしてくれ!婚約者であっても、このような非常識な人間を未来の王妃にすることを認められない!このようなことが続くのであれば、婚約破棄も視野に入れさせてもらう!リュドミラ弁明があるなら申してみよ!」
「申し訳ございません。このような事態になったのは私の落ち度でございます。行動を自粛し、自身を改めさせて下さいませ。」
「いつも私の前では猫を被るのがうまいのだな!その言葉に二言がないように行動で示してみよ!今夜はこれ以上顔を見たくない!控えよ!」
***
静まり返る会場を、リュドミラは足早に立ち去っていく。会場中の視線は殿下へと向けられていた。
誰も身動きが取れず固唾をのんで見守っていると、呆けたように佇むシリルの腕をぎゅっと掴んだのはミラだった。強く腕を掴んだまま、リュドミラの去っていったドアに向かおうとミラは必死だった。
「・・・ミラ?」
「私の我儘だと承知しております!!それでも一緒に来てください!!後悔したくないんです!!」
ミラのこんな必死の形相は初めて見た。シリルはぼーっと思考が定まらない頭の中でそう思った。
(私は何を言ったのだろうか・・リュドミラがミラにワインをかけたわけじゃないことぐらいわかっていたはずなのに・・・)
シリルは困惑していた。その困惑は今に始まったことではなく、出会ったころからであったのだが、それだけでもなかった。
ミラが嫌がらせをうけるようになってから、リュドミラは迅速に対応していた。
彼女が被害を受けないようリュドミラ自身が動いていた。普通ならありえないことだ。人心を掌握するのは確かに王妃の役目ではある。しかし、彼女は自ら危険な現地に赴き、自ら身を挺してミラを守ろうと動き回ったのだから。ここ最近幾度となく彼女は行動に移していた。どうしようもないほどにその彼女の姿に焦がれていた。
弱きものを身を挺して守ろうとする気高き心と、周りを動かしつつも少しでも丸く収めるために、対話を妥協しない芯の強さ。誰にもまねできない誇れることなのに、それでも自分の非は即座に認め、心から謝罪する謙虚な心を持っていた・・本当に・・彼女の全てが美しかった・・
偶然を装って幾度となく鉢合わせる度に、彼女はミラを守るために動いているのだとわかっているのに、自分のために来てくれているかのように感じて胸を高鳴らせてしまっていた。
抑えられない心の昂ぶりを暴言を彼女に浴びせることで紛らわせようとした。
私はとんでもなく幼稚で最低な人間だ・・・
挙句の果てには今日の夜会に彼女がいたことにまた胸が高揚し、思わずじっと見つめて見惚れてしまった。
(あんなのは反則だ!ボディラインを美しく魅せるあのドレスはリュドミラに似合いすぎていた・・他の男たちの目を全て潰してしまいたくなるほどに・・)
それなのにその動揺した感情のまま、冷静な判断も下せずに罪もない彼女を大勢の見守る中で断罪ともいえるような「婚約破棄に近いようなこと」を言い渡してしまった・・
そして彼女を退場させたのは私自身だ・・・
それなのに彼女は何も反論しなかった・・私と結婚したくはないのだろうか・・その事に無性にイライラしてしまった・・
言ったのは自分なのに、心の中に大きな穴が開いたように自分の心が空しくなった
だがそんな私をミラは引っ張って、今連れて行こうとしている。
(――どこへ?・・・リュドミラを追いかけてどうなる?・・きっと私はまた傷付けてしまうだろう・・彼女への気持ちをどう吐き出したらよいのかもわからずに・・)
「―――いい加減にしてください!!!」
「??!」
低く鋭い声が会場を出た廊下に響き渡った。
「殿下はどれだけ拗らせたら気づけるんですか?!本当に大切なものを失ってもよいんですか?!」
「ミラ・・・何を言っているんだ・・私は・・拗らせてなど・・」
「それなら殿下の身に着けている装飾品全ての淡い空色の宝石は何なんですか?!シアンテ令嬢の瞳の色ですよね?!私気づいてましたよ!!
ここ最近共に行動していても仕事の時以外ずっと上の空でしたよね?!それなのに今日会場でシアンテ令嬢を見た時の殿下、すっごい興奮した顔してましたよ!!なんで自分の気持ちを認めないんですか?!」
「―――っなっ??!み‥ミラっ!何を馬鹿なことをっ!!」
「無意識なんてたちが悪いんです!!ずっとシアンテ令嬢は傷ついていたんですよ!私はいつもシアンテ令嬢と仲良くしてたから、どれだけシアンテ令嬢が殿下を恋慕っていたか知ってます!!!それなのに・・・本当にこれでいいんですか?!他の人のものになっちゃうかもしれませんよ!!!」
ミラは大粒の涙を流しながら必死で訴えかけた。
伝わってほしい!ここに殿下を内緒で連れていたのは自分の責任だから・・
(こんな悲しい結末にしたかったんじゃないっ!!)
「―――っ――――ミラ・・・すまない・・ありがとう。
ただミラもここに一人にすることはできない。・・一緒についてきてくれるか?」
「・・・・・わかりました。」
二人は急いで王宮の馬車に向かうとシアンテ公爵邸に向かって馬車を走らせた。
「私は・・・本当にリュドミラを好いているのだろうか・・」
往生際の悪いシリルを馬車の中で口酸っぱくなるほどにミラが小言のように言い聞かせ続けることになるのだった。
ミラはつくづく思痛感するのだった・・・もっと早くに確認すべきであったと。
そしてシリルは未だに気づいていない。強烈なまでの初恋を消化できず、拗らせたが故の今だったということに。
なんと暴走列車のように第一章終わりまで執筆してしまいましたw
次からは第二章となります。延々と追いかけるシリルはリュドミラの愛を勝ち取ることができるのでしょうか?