社畜とJK
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
朝7時半。下り方面の電車に揺られながら、俺はスマホでネットニュースを目を通していた。
通勤ラッシュの時間帯とはいえ、都市郊外に向かう下り電車であるからか乗客は多くない。ロングシートの座席に2〜3人座っている、そんな程度だ。
普通なら前に抱える鞄を横に置いて、優雅に足を組んでくつろぐ。そんな背徳感を味わえるのも、空いている電車ならではだろう。
『次は◯◯。次は◯◯。お出口はーー』
ガラガラの車内に、無駄に響くアナウンス。それを耳にして、俺の意識はネットニュースから隔絶された。
次は降車駅ではない。乗車駅だ。
それも「俺の」ではなくて、「彼女の」。
次の駅に到着し、車両のドアが開く。
すると1人のJKが、乗車してきた。
黒髪セミロングの、可愛らしいJK。スクールバッグに好きなアニメキャラ(だと思う)のキーホルダーを付けているあたり、やっぱり子どもだなと微笑ましくなってくる。
28にもなれば、通勤カバンにキーホルダーを付ける気にもなれない。
JKは、キョロキョロと車内を見回す。
そして俺の姿を見つけると、ニッと笑いながら近づいてきた。
「おはようございます、社畜さん!」
社畜ーーそれは俺のあだ名だ。俺はこのJKから、「社畜さん」と呼ばれ、なぜか懐かれている。
「おう、おはよう」
「おはよう」と言われて、挨拶を返さないわけにはいかない。それが社会人としての常識だ。
しかしJKは、ニコニコと笑みを浮かべながらその場に立ったままだった。
「……座らないのか?」
「座れないんですよ。そこに鞄があって」
俺の鞄を指差しながら、JKは言う。……なるほど、邪魔ってことね。
鞄を膝の上に移すと、さながら椅子取りゲームのようにすぐさまJKは俺の隣の席に腰掛けた。
「……おい、空いている席ならたくさんあるだろう?」
「はい! なので、好きな席に座らせてもらいました!」
確かに電車の座席は俺の所有物じゃないし、だから彼女がどこに(たとえそれが俺の隣であっても)座っても文句は言えないわけで。
だからと言って、他の席が空いているというのに毎朝10も年上の男の隣に座るのも、どうかと思うが。
「それで社畜さん、熱心何を観ていたんですか? エッチな動画?」
「公共の場で何を言っているんだ、君は? ネットニュースだよ」
「あー。「今日の平均株価は、昨日の半分です」みたいなやつですね!」
「そんなニュースが流れたら、仕事どころじゃないと思う」
史上最悪の不景気が始まること間違いなしだろう。
「いつも思うんですけど、ネットニュースなんて観て楽しいですか? 私だったら、すぐに漫画アプリに移動しちゃうなぁ」
「ニュースを把握しておくのは、社会人のマナーなんだよ。仕事みたいなものだな」
「仕事なら、仕事中にやれば良いのに。通勤時間を使うなんて、流石は社蓄さん」
JKの言うこともわからなくはないが、しかし業務中にネットの記事を読んでいたりしたら、怒られてしまう。時事ネタは事前に頭に叩き込んでおく。暗黙の了解だ。
「すごい偏見ですけど、社畜さんのスマホってアプリ少なそうですよね。SNSとかも最低限しか入っていなさそう」
「本当に偏見だな。……これでも多少のソシャゲやサブスクは入っているぞ」
「ホントに〜?」
「疑っているのか?」
「信じて欲しいなら、スマホの画面見せて下さいよ」
積極的に見せたいものではないが、かといって見られて困るものもない。
俺は言われるがままに、スマホの画面をJKに見せた。
「ふむふむ、なるほど。どうやら未成年に見せられないようなアプリは、入れてないみたいですね」
「もし入れてたら、素直に見せるかよ」
「確かに! ……あっ、そのゲーム私もやってる!」
若干体をこちらに近づけながら、JK言う。
ただでさえ、肩やら腕やらが接触しているというのに……近頃のJKって、無防備すぎやしないか?
「面白いですよねー。今ランクいくつですか?」
「56。ぶっちゃけ最近ログインしかしてない」
「えー! もったいない! 私なんて、もう250超えてるのに!」
このソシャゲ、なかなかランクが上がらないことで有名なんだけどな。既にランク250超えしている彼女は、一体いつ勉強をしているのだろうか?
「ねぇ、フレンド登録しましょうよ!」
自身のスマホを取り出しながら、JKはそんな提案をしてくる。フレンド申請というやつだ。
「高ランカーからの申請ですよ。しかもリアルJK。これは断る手はないでしょう」
「……」
リアルJK云々はともかく、確かにランクの高いプレイヤーとフレンドになれるメリットはデカい。正直ソロ攻略も厳しくなってきて、プレイ時間がなくなった背景はあるし。
二つ返事をしてから、俺たちはフレンド登録をする。
本当はこの場で一回くらいクエストに挑んでみたかったけど、残念なことに俺の職場の最寄駅に到着してしまった。
「それじゃあ、また」
「はい! また明日!」
「また明日」、か。どうやらJKは、明日の朝も俺の隣に座る気満々のようだ。
座席は沢山空いているというのに。
改札を出て少し歩いたところで、俺はふと思った。
「……プレイヤーネーム、『社畜さん』にしといた方が良いかな」
その方が、きっとJKもわかりやすいだろう。だから、他意はない。
アプリを開くと、丁度同じタイミングでJKからソシャゲのチャットが届いた。
『これでゲームの中でも、隣にいられますね』
……やれやれ。
本当最近のJKは、無防備というか距離感がバグっているというか。
しかしいつの間にか俺の方も、毎朝JKが隣に座るという日常を当たり前に感じているのだった。