神様と悪霊お別れの時
きっぱり。迷いがねえ。こりゃ駄目だ。例え滅びかけた異国を見せて、未来なら救えると言っても彼女は首を縦に振らないだろう。それこそ未来本人がやるとでも言わなければ。
けど。
そんなのアカン。と、俺は首を横に振る。未来が異世界に行けば、それが彼女の現実になる。ゲームのようにリセットしたり、やっぱり止めたはできない。それを本人に選択させる訳にはいかない。それに、一度見せてしまえば選んでも選ばなくても未来は一生苦悩するだろう。俺ぁー、そんな事は望んでない訳。だからこういう事は結局、本人の意志なんて無視して管理職の一声が一番なんだよ。会社でもそうでしょー? こいつならと見込んだ人間は、どんな場所でも輝ける。ちゃんと自分で居場所を作っていける。
「この世界だって彼女を必要としているわ。少なくとも親や友人は彼女を失ったら酷く悲しむ。それは良くて他は駄目なんて不公平じゃない」
ぐうの音も出ねぇ。あー。やっぱり説得は無理かー。と、俺はため息をついた。検討に検討を重ねてやっと未来を選んだのに本当に困ったなぁー。今日の休戦が終わったらまた二人で攻防戦するのか? そんな時間無いんだけど。もう他の人間探すのも無理だしなぁ…。そう思っていた俺に一つの信号が届く。あ。こりゃ駄目だ。もう待った無しだわ。
はぁー。と、俺は大きなため息をついた。その音にこっちを向いた彼女の目を見て俺は言った。
「未来を送り込もうとしていた異世界は、もう滅亡寸前なんだ」
「…」
「そこに未来を送り込めば、人々は救われると思っていた。俺は操作する訳でも未来に特別な力を与えるつもりもなかったから彼女本人の力でだ。だから本当に救えるかは分からない。それでも、あまりにひどい状態にあるその世界を見ているのが忍びなかった。だから未来に賭けたかった」
俺の言葉が過去形になったことに気付いたらしい。彼女は少し目を見開く。
「救世主がいなければ、間違いなく近い内にあの世界は滅びる。それこそ神の力が関与しなければ、もうどうにもならない位に末期だ。手を差し伸べるとしたら今しかない」
その言葉に彼女は俺の目から視線をずらした。未来の意志でもない。そして神の救いすら捻じ曲げてきた彼女は今何を思うのか。
「そうは言っても、まぁ、これはただの俺の気まぐれだ。神様だってその気にならなきゃ万能じゃない。お前に簡単にひっくり返される程にはな。そもそも全ての世界を監視して、誰も彼もを幸福にしようだなんて思っちゃいない。だから異世界への転生だって未来でなければならない理由も、しなきゃいけない理由すら無い」
「…」
喜ばしい筈のその言葉に彼女は反応しない。未来を犠牲にする事と切り離して考えれば、救われるかもしれなかった不幸な異世界への罪悪感が生じるのは当たり前かもしれない。俺が未来から離れる事を示唆したことで、彼女の背中には背負わなくても良い筈のものが載ってしまった。可哀想に。だから俺は言った。お前が罪悪感を感じる必要は無いんだよ、と。
「で、結論だ。未来の事は諦める。俺にも時間がないんでな。お前の勝ちだ」
そう言ったのに彼女は泣きそうな顔をした。未来以外に異世界への救いの手を。彼女は多分、それを望んだだろう。でも言えない。それを阻み続けた彼女だから。
けれど俺は叶えてやる。何でかって? まぁ、その理由は追々。おっと、丁度零時だ。
「だからお前が代わりに行け」
「…は?」
ぎょ? と、音がする程には彼女の目が見開いた。
「お前は既に死んでいるんだから、いなくなって悲しむ奴はもういないだろ? それに未来にあんなに狂気的なストーカー行為を繰り返していたんだ。未来の魅力も十二分に知っているよな? それを踏まえて検討した結果、未来が行けないなら未来イズムを引き継ぐお前が行けば良いと思いました」
「ちょ? な? に? 言って?」
「今までの俺の話、ちゃんと覚えておけよ? 本当は前世の記憶なんてリセットしなきゃならないんだけど、今回は事が事だから残しておいてやる。未来にもそうするつもりだったしな。まぁ頑張れや」
「待って! 待って待って待って!!」
「待たない。お前、死んでも良いくらいに未来の事を守りたかったんだろ? その未来に安全な将来がやってくるんだ。もう心残りも無いだろ? おまけにお前は異世界を救いたいと思った筈だ。そのお前が行かずに誰が行く?」
「それとこれとは話がちが」
「違くない」
「あたたたたた、しが、あたしがっ行っても何もできな」
「それはお前次第だ。それに未来が行ったって必ず救えるとは限らないと言っただろ? 与えられた場所でそれぞれ生きるしかない」
神様の思し召しです。と、分かり易く仏のポーズをとってボケたのにツッコミも入らない。
「あんた! 神様の癖になんて意地悪…っ」
「意地悪?」
その言葉に笑ってしまった。そんな可愛い言葉で良いのかと。未来を狙っていた時にはもっと酷い言葉を言っていた癖に。
「ごめんな。俺ももっと話していたかったけれど、本当に時間がないんだ」
そう言った俺の声の変化に彼女は気付いたらしい。苦情を止めると俺の目を真っ直ぐに見た。その彼女に俺は事実を告げる。
「陣痛が始まってるんだわ」
「…陣痛?」
彼女は反芻すると右上に視線をずらし、それから俺の腹に視線を移し、そして俺の顔を見て、また腹を見て、俺を見た。
「ああ、あんた、こここんなところで子どもを産むつもり? っていうか、お? 女だったの? あの、じじじ、陣痛って。めっちゃ痛いって…大丈…ひぃいーーー!!」
「はははは」
と、真面目な顔で壮大なボケを口にする彼女に、もう声を上げて笑ってしまった。腹痛え。本当に腹痛え。面白過ぎる。そうそう。その調子で頑張ってくれ。
「違う。未来の為に用意していた子ども」
「?」
はい? と言ったみたいだが声が出てない。口パク。本当に面白いなこいつ。
「未来が転生した時に魂入れる予定だった子ども。もうすぐ生まれそうだから早くお前を突っ込まないと」
「…!!!?」
「あー。もう生まれるわ。急ごう。産声も上げずに親に心配させたら可哀想だろ? 覚悟決めろ」
「ひえっ。いや、え!?」
「じゃあ」
「!!」
そう言って人差し指を彼女の額にとんと置く。覚悟が決まったのか、それとももうどうにもできなかったのか、その指を彼女はぎゅっと目を閉じて体を強張らせてだけど堂々受け止めた。へぇ? やっぱり度胸あるなこいつ。
その表情を目に焼き付けて呟いた。期待しているぞ。
「いってらっしゃい」
こうして悪霊の私は滅亡寸前の世界に送り込まれた。
…ちょっと!! あんまりじゃない!? 折角幸せな悪霊ライフ送ってたのに、また辛い毎日を過ごすの!!? やだやだやだやだ! 勘弁してよ! やっぱりあいつは疫病神だったんだぁーー!!