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クロウディア  作者: 綾奈
8/8

第八話 還るために

遂に最終回です。

第八話 かえるために


12月1日(金) 終わりの塔一階 午前6時ごろ


塔の内部は、一階のエントランスから、頂上までずっと螺旋階段が壁沿いに続いていた。

壁や床、天井は白と黒の二色のタイルで覆い尽くされ、幾何学的な模様が生み出されている。


塔に入った瞬間、警報のようなものが鳴り響いた。

「これは、急いで階段を上がった方が良さそうね」

頂上まで行くとなると、かなり時間がかかるだろうが、他に方法は無いだろう。

俺たちが階段を上がっていると、下から大勢の人間がこちらに向かってきているのが見えた。

「いたぞ‼ 侵入者だ!」

どうやら、もう見つかってしまったようだ。だが身を隠せるような場所も無い。このまま、階段を駆け上るしかないだろう。

10階程度上がったところで、円形の床のある場所に着いた。階段の途中には、所々、ここと同じような階層があるようだが、それ以外はほとんど何もなさそうだった。

「さすがに、このままだといつか追いつかれるぜ。丁度いい場所もあったし、そろそろ、ここで誰かが食い止めるべきだろうな」

連夜れんやは提案すると、投てき用のナイフを取り出した。

「オレがその役をやろうと思うが、さすがに一人であの数と戦うのは難しい。誰か、もう一人ここに残ってくれないか?」

「じゃあ、あたしが残ります。見た感じ、あの人たちは普通の人間です。おそらく、ロンリネスに雇われたか何かの人たちでしょう。相手の考えを読める能力の烏丸からすまさんを除くと、あたし以外の誰かの能力じゃ、その人が大量殺人することになっちゃいますからね」

アンと連夜は、上ってきた階段のわきに立ち、戦闘態勢に入った。アンがゆったりとした旋律で、この間と同じように眠らせる歌を歌い出だす。何人かは眠ってしまったが、残りの奴らは特に変わった様子もなかった。

「ロンリネスのことを聞いて予想はしてたが、やっぱりか。アイツらはたぶん、オレらの能力を無効化できる装置みたいなのをつけてるんだろう」

「どうするんだ⁉」

「どうにかしてみせます! 日奈太ひなたさんたちは、早く頂上に!」

「安心しろ、ラスボス戦の時には、ちゃんと駆けつけるからよ!」

威勢よく叫ぶ二人を尻目に、俺たちは階段を駆け上がっていった。





 「って、言ったのはいいんですけど、実際、どうします? 連夜さん?」

神楽かぐらちゃんが苦笑いしながら、オレに聞いてきた。

いつもはあんなこと言わないであろう神楽ちゃんが言い切った時から、薄々感づいてはいたが、やはりか。

「まー、一人も殺さずに終わらせるっていうのは、無理だと思うぜ。そんなことしてたら、こっちがやられるからな」

「はい。でも、これ以上血に濡れるのは、あたしだけで十分です。他の人に、あたしみたいな思いはしてほしくないですから。ごめんなさい、連夜さん。あなたまで巻き込んでしまって……」

「オレだって、アイツらの為なら手を汚す覚悟くらいある。だから、これはオレの意志だ。神楽ちゃんのせいじゃないぜ」

神楽ちゃんは、事前に用意していたのか、この前より少し大きめのスタンガンを持ち出して構えた。オレも、敵にナイフを構える。緊張の走る俺に、神楽ちゃんが笑いかけた。

「さあ、さっさと終わらせましょうか」

「おう、もちろんだ」





 外観や一階で感じたとおり、この塔は相当高いようで、ずっと足を動かし続けているにも関わらず頂上はまだまだ見えて来ていなかった。


……連夜とアンは、大丈夫だろうか?だが、心配している暇はない。

世界が終わるのは、今日の午前0時。時間があるわけではない。

階層にして、50階ほど上がっただろうか? さっきのような床は、10階ごとにあるようで、これを見たのが5回目なので、おそらく50階だろう。

だが、そこには先客がいた。


「ほらほら、アサヒっ! ようやくお出ましだよっ! こいつらを倒せば、ヤシロ兄も、シズクを褒めてくれるかな~?」

「そうだね。きっと、褒めてくれるよ! それに、パンゲア姉さんの目も覚めるかもしれない。きっとまた、昔みたいにみんなで楽しく過ごせるよ!」


あさひしずく。この二人とは、一度戦ったことはあるが、決して簡単に勝てる相手ではないだろう。しかも、今回はいつにも増して、二人とも闘志を燃やしている。

「……くらうど。ここは、わたしとくらうどが残ろう?」

「……まさか、それを君に言われるとは思ってなかったけど、まあ、いいよ。僕に異論はない。この上に向かわせるべきは、日奈太とえりさだと僕も思うから」

ヤタは持ってきていたハンドガンを二刀流に構え、クラウドも空間からデスサイズを取り出した。次の瞬間、クラウドが大量の死霊を呼び出し、階段の上で道を塞いでいた二人に向かわせる。二人が避けたことによって、上階への道が開かれた。

「今だよ!」

その声を合図に、俺とえりさは地面を蹴り、さらに上へと続く階段を上り始めた。

「そっちには、行かせませんよ~っ!」

追おうとした雫を、うしろからヤタが撃って威嚇する。

「こっちだって、行かせない! あなたたちの相手は、わたしとくらうどだよっ!」

響く銃声や斬撃音を聞きながら、俺はさらに上へと急いだ。





 デスサイズで死霊を呼び出し、旭に向かわせるの作業を繰り返しながら、僕は徐々に距離を詰めていた。近距離戦の雫はヤタに任せてある。雫の特異的な動きも厄介だが、一撃必殺の旭はさらにたちが悪い。よって、僕がこちらを引き受けることとなった。

一度雫から離れてきたヤタが、僕の後ろに背中合わせに立った。

「ねえ、なんで自分から残るなんて言い出したの? ここを、僕とえりさに任せて、君と日奈太が上に行く方が、君にとってはよかったんじゃない?」

「くらうどにとっても、そのほうがよかったはずだよ? でも、くらうどは、えりさを上に行かせたいって顔してた。わたしは、そのほうがいいと思ったから、そうしただけだよ」

「ふぅん。まあ、君が納得しているのなら、僕がどうこう言える筋合いはないけどっ!」

僕とヤタは、同時に地面を蹴り、それぞれの相手へと向かう。えりさは、まだ、日奈太に言うべきことを言っていない。この戦いが終わった後でも、十分間に合うのかもしれないけれど、万が一の時に、言えなくて終わりじゃ困るんだ。その為の時間を作ったことを、察しの言いえりさならわかってくれるだろう。少し悔しいけど、僕じゃえりさを振り向かせることは、出来ないみたいだから。





 天井が少し明るんできた。頂上が近いのかもしれない。

駆け上がりながら数えた階層の数が、80階に到達した。この感じだと、頂上は相当高いんだろうな。そんなことを考えてた時、前を駆け上がっていたえりさが、急に歩みを遅くした。えりさは振り返り、そのまま俺の隣に来て階段を上り始めた。俺もえりさのペースに合わせる。


「日奈太君。私、まだ言えていないことがあるって、話したわよね? この調子で行くと、次は私が敵を食い止めて、あなたを上に行かせることになる。だから、その前に、ちゃんと話しておきたいの」


えりさは顔を前に向けたまま、淡々と言葉を紡ぎ出した。


「前に、少し話したわよね? 私は大切な人の命を救ってほしいと願って、クロウディアになったって。その人は、病気だったの。私が高一の時に知り合った先輩だったんだけど、卒業と同時に持病が悪化して、2年後に死に至ると宣告されたそうよ」


そこでえりさは、一度口をつぐんで、何かをためらった。

深呼吸してから、えりさはもう一度口を開いた。


「だから、私はあの人の病気を治してほしいと頼んだ。望み通り、あの人は病気なんて最初からなかったみたいに元気になった。そのあと私とあの人は結ばれて、子供も生まれた。高校は途中で中退して、家庭を築くことに、私は専念した。でも、私はクロウディアであることは、あの人に黙っていたの。だから、子供が生まれて、生活が安定してきたくらいの時期に、全ての説明をするつもりでいた。その認識が、甘かった…………」


えりさの表情から、その先はなんとなく想像がついた。


「話す前に、ばれちゃったのよ……。しかも、クロウディア同士の争いっていう、最悪の状況で、私が相手のクロウディアを殺したところを見られてしまったの。私の説明を聞いて、怒りと恐れを抱いたあの人は…………この先はもう、言わなくてもわかるわよね?」


おそらく、そのままえりさを家から放り出したんだろうな。


「あの人の気持ちも、わからなくはないのよ。やり直せるとは思えないけど……」


えりさの壮絶な過去。言い出しにくいのも、納得できるかもしれない。

……いや、違う。そうじゃないだろ。

だって、えりさはまだ俺に何か言いたいことがあるって顔をしているから。


「ねえ、日奈太君。こんな重い話をしておいて、あれなんだけれど、これはまだ、前置きでしかないの」


その内容を、俺はたぶん気づいてしまっていた。

今までのえりさの行動も、さっきの話の意味も、えりさが俺に言うことをためらった原因も。

それで全て、つながる。


えりさは、意を決したように、明るい語調で言った。



「……そういえば、まだ、日奈太君に、私の本当の名前、教えてなかったわよね?」



えりさが歩く速さを速める。90階の床が迫る。



「私の本当の名前は、後藤真美ごとうまみ、っていうのよ。後藤、日奈太君…………」



顔を背けながら、えりさはゆっくりと呟く。


「私はね、あなたの、母親なのよ……。初めて会ったあの日から、ずっとわかっていたのに、言えなくてごめんなさい。今思えば、あなたがクロウディアでないにも関わらず能力を使えたのは、そのせいなのかも知れない」


90階には、待ちくたびれたようなやしろが立っていた。社と正対しつつ、えりさは背中越しに俺に言った。


「でもね、私は、あなたのことを大切に思っている。あなたが私の子どもだから、私が母親だからじゃなくて、一人の、黒森くろもりえりさとして。確かに、前は、あなたが私の子どもだから、守らなくちゃいけないと思っていた。でも、今はそれとは違った意味で、あなたが大切なの」


社がようやく、という風に剣を構えた。

えりさの表情は見えなかったけど、想いは、伝わった。

だったら、俺は、ちゃんとやるべきことをやらなきゃいけない。


俺は、持っていた剣を握りしめる。

あの日、えりさが作ってくれた、大切な剣を。


えりさが、槍を握ってしっかりと構えた。

「行って‼ 日奈太君っ‼」

えりさのその声を聞いて、俺は地面を蹴り、振り向かずに、最上階へと向かった。





 「行かせたところで、結果は変わらない。あんな奴一人では、赤城あかぎを倒せないと思うが?」

「それは、どうかしら? 下で戦っているみんなが勝って、更に私があなたを倒して先に進めば、彼も倒せると思うわよ」

「随分、余裕そうだが、あんた一人で俺を倒せると思っているのか?」

私は、能力を使った。それは、今まで使っていなかった奥の手。体力の消耗が激しいので、使えなかったのだが、今なら大丈夫だろう。手のひらを宙にかざし、無数の鱗を造り出し、それを体の周辺に浮遊させた。

「なるほど、創造主クリエイターの力で造った鎧って感じか。そっちも、考えたな。残念ながら、俺はあんたを見くびっていたようだ」

「まだ、驚くのは早いわよ。あなたを倒して、上へ行くんだから!」

私は槍の光刃を最大出力まで大きくすると、そのまま社へと飛びかかった。





 ひらけた空。差し込む光。

 

微笑む少女。


やがて、それらが見えてきたとき、俺は大きく息を吸い込んだ


「よかった、ちゃんと来てくれたんだ」


嬉しそうに笑顔を浮かべるパンゲアと、対照的に冷たい目線をよこす赤城。

「あまり、邪魔してほしくはないんだよ。お前等部外者にさ。もうすぐ、パンゲアは全ての苦しみから解放される。パンゲアをそそのかして、俺の邪魔をするような奴は何人たりとも許さない」

「俺は、パンゲアをそそのかしてなんかいない! パンゲアを苦しめているのは、お前の方だろ、赤城! 世界の崩壊が、パンゲアの救いにでもなるって言うのか⁉」

「そうだ‼ パンゲアを救う方法は、もう、これしかない‼ 邪魔者は、失せろ‼」

赤城が、こちらに向けて衝撃波を放つ。この能力は、雫の疾風精霊シルフィード? 剣をもう一度構え直して、赤城の方を向く。今度は、赤城が空中から鎌のようなものを取り出した。あれは、デスサイズ⁉ 赤城はその鎌を使って、死霊を呼び寄せた。こいつ、クラウドの死霊使い(ネクロマンサー)の力も使えるのか⁉

「俺は研究によって完成した技術で、クロウディアの能力を自分の体に複製した! お前なんかに、俺は倒せない!」

向かってくる死霊を倒しながら、赤城へと進む。そのまま、剣を振り上げて赤城に迫る。

が、創造主クリエイターの力で生み出された盾によって、その攻撃は阻まれた。さらに一撃、二撃と細かく攻撃するも、全てかわされてしまった。目が緑色に光っていることから、予言者プリディクターの能力だろう。

赤城は、赤黒い色の剣を取り出すと、反撃とばかりに俺に向けて放った。反射的にかわすと、俺のいた地面が剣の触れた部分だけきれいに痕がついていた。さらには、破壊者ブレイカーの能力もできるのか……。

「ほら、お前に俺は倒せない。今の俺は、全てのクロウディアの能力を完璧に使いこなせている。パンゲアと、同じように!」

このままじゃ、らちが明かない。だったら……。

「なあ、気になってたんだが、なんでパンゲアは、そんなすごい能力が使えるんだ? 全ての能力が使える能力なんて、どう考えても普通じゃない。教えてくれよ、赤城」


「そうだな、どうせお前もここで死ぬんだ。冥土の土産に、聞かせてやってもいいかもしれない。あのな、それは、パンゲアがこの世界を創ったからだ。パンゲアは、この世界にとっての『神』なんだ。この世界は、パンゲアが強い思いで望んだことによって生まれた世界なんだよ。だが、そのせいでパンゲアはこんな世界に縛られて生きることになった。だから、この世界を終わらせて、パンゲアを開放するんだ‼」


パンゲアが、神……?

じゃあ、こんな理不尽なシステムも、パンゲアが創ったんだろうか?

いや、それは後から、パンゲア本人に聞けばいい。それより、これでだいぶ時間は稼げたはずだ。俺の見込みが正しいなら、そろそろだよな。俺は再び剣を握って、赤城に向き直って、言った。

「なあ、赤城。お前はさっき、能力を完璧に使いこなせるようになったって言ってたよな。けどさ、俺はそうは思わない」

「今さら、何を言っている? 俺は間違いなく、全ての能力を使いこなせているっ‼」

赤城はデスサイズに持ち替えると、死霊を呼び出した。俺はそのまま、赤城へと突っ込む。

「いや、だってさ…………」


死霊どもが襲い来る。

しかし、その死霊どもは、新たに呼び出された別の死霊たちによって、次々と倒されていった。


赤城は驚きつつも、さっきと同じように、創造主クリエイターの力で盾を生み出す。

だが、それも遠くから飛んできた武器によって破壊される。


「お前の能力が、ただの複製なら……」


俺はそのまま立ち止まらずに、赤城に向かって剣を振る。予言者プリディクターの能力でかわせたのは、二発目までだった。三発目を予想して、赤城の体がそれる。そのタイミングで、俺は身をひるがえし、赤城への弾道を空けた。銃声が鳴り響き、銃弾が赤城の肩に当たって、紅い花が咲いた。赤城が、地面に崩れる。

「ど、どういうことだ……? 俺の能力は完璧な、はず……」

「お前の能力が、ただの複製品なら、本当にその能力を持ったオリジナルには勝てないだろうと思ったんだ。まあ、みんなが来てくれなかったら、駄目だったんだけどな」

「本当ですよ⁉ あたしたちが来なかったら、どうするつもりだったんですか⁉」

ようやく六人、この場に集まることが出来た。こうなれば、もう赤城など敵ではない。

「ま、まだだ。俺にはまだ、他の能力が…………」

赤城が肩をおさえると、みるみる傷が回復した。もう一度、破壊者ブレイカーの能力を使うために、赤城が剣を握る。そのまま、こちらへと突っ込んでくる。応戦するために、俺も駆け出す。

さっきの赤城の言葉で、一つの確信があった。向かってくる赤城の攻撃を最大の気力でかわしきり、俺は赤城の懐へ飛び込んだ。

赤城は、全ての「クロウディア」の能力と言った。

だとしたら、おそらく、こいつは……。


「俺の能力が、どれだけ甚大なのかは、知らないっ‼」


そのまま、ありったけの力で赤城を斬った。叫び声をあげて、赤城が吹っ飛んで行った。



「ユウマっ!」



パンゲアが、赤城に駆け寄る。

パンゲアとしても、気持ちは複雑だろう。

「ごめんね、ユウマ……。全部、全部ワタシが悪かったんだ……。君の人生を、こんな風に狂わせたのは、間違いなくワタシだ……。ごめんね、ユウマは、ワタシを助けようとしていただけなのに…………」

「……パン、ゲア……? 俺は……やっぱり、君を苦しめていたのか……? そうなんだとしたら、俺も……ごめん……。だから、もう……泣かないでくれ……。君に出会えたことは、俺にとっての宝だから……そんなこと、言わないでくれ…………」



パンゲアは、しばらくそのまま赤城の最期を見ていた。

少しした後、涙を拭ったパンゲアは、俺の方を見てそっと呟いた。



「ヒナタも、皆さんも、本当にありがとう。これで、ワタシもユウマも救われる。永遠という狂気から、ようやく……。さて、全ての説明をしないといけないかな」

パンゲアは、こちらに向き直ると、真剣な顔で言った



「どこから話そうかな……。あ、それじゃあ、全ての始まりからにしようかな。これを話すのは、ユウマ以外では君たちが初めてだけど……聞いてくれるかな?」



パンゲアは、塔のわきに腰を下ろすと、どこか遠くを見るような眼をした。





「昔々あるところに、両脚にがんを患った一人の女の子がいました。


女の子は両脚を失うのが嫌でしたが、がんのためについに手術を決意しました。

手術は無事成功しましたが、そのときにはまだ義足が無く、女の子は車いす生活をすることになりました。そのせいで女の子はいじめられたりもしましたが、いろんな人に励まされながら、懸命に生きようと頑張りました。


しかし、一年後、女の子に最悪の事実が発覚しました。

実は、両脚のがんが、転移していたのです。

しかし、それに気づいた時にはがんもかなり進行していたため、死は免れられないと医者に宣告されました。


ある日、少女はふと考えました。

いったい、自分の一生はなんだったのだろうかと。

がんに振り回され、嫌なことにも耐えて頑張り、ここまで生きてきたのに、この終わりはなんなのだろうと。


そんな時、一羽のカラスが、飛んできて、女の子の家の窓に留まって、ベッドで寝転がっていた女の子に言いました。


『君のその思いがあれば、自分は世界を創り出せる。君が生きられる世界を君自身の手で、創ることが出来る』と。


女の子は、そのカラスの話を信じ、世界を創り出すことを決意しました。


その時、カラスは女の子に三つの忠告をしました。

一つ目に、世界は、女の子の理想の世界のイメージから創られること。

二つ目に、女の子の創る世界にも、一定の摂理が創られる。だから、現実では有りえないような存在には、その代償が付きまとうこと。

三つ目に、世界を創造した女の子自体が死ぬと、世界も消滅すること。

また、そのため、その世界で女の子が簡単に死ぬようにはなっていないこと。


そして、女の子は、カラスの力を借りて、この世界を創り出したのでした」


パンゲアは、一気にしゃべった口を閉じて、俺たちの反応を待った。



「その女の子が……あなた、なのよね?」

「うん、そうだね。ワタシが、この世界を創った張本人。全ての元凶。そのワタシに研究の為、ユウマが負荷をかけ過ぎたせいで、この世界にも歪みが生じてしまった。そして、最終的に崩壊するまでに至ってしまった。そんなこの世界を救う方法はただ一つ」

パンゲアは、人差し指を口元で立てて、滑らかに言った。


「ワタシを殺すことしかない」


パンゲアは、さも当たり前というようにさらっと言うと、そちらの方が重大とばかりに、もう一つの問題点を提示した。


「その場合、ワタシの創ったこの世界は消滅して、ワタシがもともといた世界と融合する。その時に、この世界の人々も、元の世界の人として上書きされて、元の世界で生きられる。ただ、この世界特有のクロウ、クロウディア、レストなんかは、元の世界にはいなかった、いわば、異常物質なの。だから、その三つのどれかに属する、または、どこか特異な性質を持つ者は、元の世界に受け入れられず、この世界と一緒に消滅する。ここにいる皆さんも、例外じゃない。ただ……」


そこで一度、パンゲアは間を置いた。



「ただ能力を持っているだけのヒナタなら、ワタシの力で能力を消し去って、通常の人間にすることができる。ヒナタだけは、生き残れるの」



――ようやくたどり着いた、世界の結末。

それは、俺だけが生き残れるという、最悪の終わりだった。

そんなの、みんな納得できるわけないし、俺だって納得できるわけなかった。



「それで、本当に、日奈太は生き残れるんだな?」

そうパンゲアに尋ねたのは、連夜だった。パンゲアは、ゆっくりと頷く。

「だったら、オレは、それでもいいと思うぜ。オレらが頑張ってきたことを、日奈太は、生きて憶えていてくれる。なら、俺はその選択に、悔いはない」

「……そう、ね。私も、それでいいと思う。ううん、それがいいわ。日奈太が生き残って、私たちの分まで生きてくれる、これ以上、誰かがクロウディアやクロウとして苦しむことももうない」

「それなら、あたしたち、ちゃんと世界を変えたんだって、胸を張っていなくなれますし!」

予想外のみんなの反応に、俺は動揺していた。

「な、何言ってるんだ⁉ お前たち、消えるんだぞ⁉ そんなの、死ぬのと同じだろ⁉」

「はぁ、日奈太は、相変わらず察しが悪いね……。みんな、日奈太が僕たちを憶えててくれるのなら、消えてもいいって言ってんの」

「ひなたなら、わたしたちの気持ちも、想いも、全部背負って生きていってくれるって、わかるから。だから、全部託せるんだよ」

俺は、今まで何度もそうしてきたように、みんなの顔を見回した。それぞれにそれぞれの表情をしていたが、みんな、満足そうだった。

「答えが決まったのなら、早くしてもらえると嬉しいかな。ワタシも世界と一緒で、いつ暴走を始めてもおかしくない状態なんだ。終わらせてくれる? ヒナタ?」

優しい目線を向けるパンゲアが、今はとにかく辛かった。

やっぱり、最後はこうなるのか?

世界なんて、理不尽しかないのか?

こんなの、誰も報われないじゃないか。

何か、何か他に方法は無いのか?



みんなが救われるような方法が、他に――――――――――――。





俺は、覚悟を決めて剣を握った。

これは、もしかしたら、みんなに対する裏切りなのかもしれない。

それでも、俺は――――。


俺は、パンゲアに近づき、剣を構えた。


「お前を殺す前に、一つお願いがある」


パンゲアは、「ん? なにかな?」と言ったが、おそらく能力によって、俺の考えていることくらいわかっているだろう。それに、彼女は、俺に悩みが出来たら、頼みを一つ聞いてくれると言っていたし、協力してくれるはずだ。こうやって頭の中で考えていると、パンゲアへの脅しみたいになってしまうが……。俺の考え通り、パンゲアなら、動いてくれるだろう。それを信じて、俺は考えを行動に移した。


「お前は一応、クロウなんだろ? だったら、俺と契約してくれ」


あたりに驚きと緊張が走ったのがわかった。みんなが固唾を呑んで見守る中、パンゲアは、ため息を吐くと「そういう約束、だったもんね……」と、しぶしぶ了承した。

「何言ってるの⁉ そんなことしたら、あなたが……っ⁉」

えりさが俺に近づこうとして歩き出すと、地面に引っ張られるように、その場にへたり込んでしまった。他のみんなも同様に、上から強い圧力で押さえられているかのように座り込んだ。どうやら、パンゲアは、ちゃんともう一つのお願いも聞いてくれたようだ。

「な、なんなんだよ、これ⁉ 何で立てないんだ⁉」

「『超重力ハイグラビティ』……。指定した場所の重力を、変化させることが出来る力。ヒナタも地味にひどいね……。最後に、ワタシにこんな役をさせるなんて。でも、それが君の出した答えなのなら、世界を創造した者として、その終わりを見届けさせてもらう」

パンゲアは、カラスの姿になると、塔のわきにある柵に留まった。


「さあ、教えて。全てを知った君が、クロウディアになってまで叶えたい願いを」

「ちょっと、日奈太さんっ⁉ 何をするつもりですか⁉」

「君がクロウディアになったら、意味ないでしょうが‼ ついに頭おかしくなったの⁉」

俺は拳をきつく握ると、みんなの制止の声にかぶせるように、叫んだ。


「俺の願いは、『全てのクロウディア、そして、それから生まれた全ての者達を、元の姿に戻すこと』だ‼」




全ての時が、一瞬、止まったような気がした。




………………それでも、時間は動きだす。

確実な「終わり」へと。




「君の願い、しかと聞き届けた」




パンゲアが、俺の指へと羽ばたく。


さしだされた人差し指にカラスが留まると、その部分に足跡の印が付いた。


契約は、成立した。


もう後ろにいるみんなは、ただの人間に戻っているだろう。

俺は、そのまま剣を握った。







「待ってよ……日奈太君……」


消えそうな声で呟くえりさの声が、背中越しに聞こえてきた。

「行かないでよ…………勝手に、消えないで…………」

俺は構わず、剣をパンゲアへと向けた。元の姿に戻ったパンゲアは、少し満足そうだった。

「日奈太さんは、馬鹿ですかぁっ⁉」

泣き叫ぶような悲痛なアンの声に、さすがに俺の心臓も飛び跳ねた。

「そ、そんなことしたって、誰も、喜びませんよぉ……っ! なんでそんな最後に一人でいなくなっちゃうんですかぁっ‼ なんで、なんで……」

そこから先は言葉にならず、ただアンの泣き声だけが聞こえた。

「ほんと……だよ。何でそんな風に、いつも、空気読めずに……。勝手に、勝手にいなくなるなぁっ‼ 正義のヒーロー気取ってるんじゃないっ‼」

「ひなたは……そんなことして、悲しくないの⁉ お別れは、嫌じゃないの⁉ 自分一人だけ犠牲になるなんて、こんなの…………⁉」

「こんなの、嫌に決まってるだろ‼ みんなと離れるのが嫌で、必死で考えて、考えてたら、思いついちゃったんだよ‼」

振り返りたくはなかったけど、もう、我慢できなくなっていた。振り返ったら、泣いていることがばれてしまうから。でも振り返ったら、みんなも泣いていて、頭に一つの言葉が浮かんだ。それはたぶん、俺にとっての希望だった。

「俺だって、こんなのは嫌だ。嫌だから……絶対に戻ってくる。時間を超えたって、空間を捻じ曲げたって、絶対に戻ってきてやる。だってほら、やってみれば、出来るって気がするからさ」

俺はみんなに笑いかけた後、もう一度、強く剣を握った。

「だからさ、いつになるかはわからないけど、その時まで、俺のことを憶えていてくれ。ずっと、ずっと忘れないでいてくれ」

「絶対に……絶対に忘れない‼ だから……絶対…………っ‼」





俺は剣をパンゲアに向けて振り下ろした。


確かな肉を斬る感触と共に、世界が揺らいでいった。

視界が真っ白になって、次の瞬間、真っ暗になった。



『ありがとう、ヒナタ。終わらせてくれて、ありがとう』



そんな声が、深い意識の底に響いて消えた。






























 久方ぶりだな。

私のことを、憶えてるだろうか。

お前には一度、夢の中で会っている。憶えていなくても、仕方あるまい。

だが、お前がこんな残骸世界の片隅で私を待っていた、ということは、あながち、全てを忘れた、というわけでもないのだろうか。私の正体を知ったお前なら、このような行動に出るのも、大方予想の範囲内ではあった。


私に手を貸してほしいのだろう。はっきり言って、お前のしようとしていることは、ほぼ不可能だと言っておこう。それでも、お前は退かないのだな。

……そう言うと思っていた。では、用意はいいだろうか。











 お前は、いったい、何を望み、どのような世界を創造する?

























エピローグ





12月4日(月) 迷灯(めいとう)高校教室 HR(ホームルーム)


 「えー、それでは転校生を紹介します。どうぞー、入ってきてー」


教室の中から教師に呼ばれ、私はゆっくりと扉を開いた。そのまま前へ進み、黒板に名前を書く。

学校なんて久しぶりなせいで、少し緊張していた。


「今日からこのクラスでお世話になります、後藤真美です。よろしくお願いします」


「えー、それじゃ、後藤さんは……そこの有川ありかわさんの隣の席を使ってくださーい」

そのまま指示された席へと歩いて進む。

隣の席の有川という人が、おずおずと聞いてきた。


「あの、後藤さん。もしかして、後藤日奈太って名前の人のこと知ってますか? ああ、ごめんなさいっ! 後藤が名字の人なんていっぱいいますよね! その、日奈太って奴、私の幼馴染なんですけど、今日は学校来てないみたいだし、しかも、それに誰も気づいた様子が無いので、ちょっと不安で……」


彼の存在を、私たち以外に憶えている人がいたというのは、少し驚きだった。

普通ならば、異常物である日奈太君や、クロウディアなどの記憶は、全て上書きされて忘れてしまうはずだ。それを、憶えているという事は、この子もよっぽど日奈太君のことを大切に思っていたのだろう。


「その人のことは、解らないですけど、でもたぶん戻ってきますよ。私はそう、思います」


日奈太君は、絶対に戻ってくる。そう信じて待つ。それがいつになるかは、わからないけれど、彼が戻ってきたときに、安心できる場所を作って出迎えてあげたい。そのために、今できることをしよう。




 「ちょっと、烏丸! じゃなくて、今は、河野かわのっていうんだっけ?」

「ん? ああ、なんだ、えりさか……。烏丸でいいぜ。いちいち変えるのも面倒だしな。」

「それより、今日、放課後は空いてる?」

「まー、特に用事は無いな……。何かするのか?」

「特に何かするってわけじゃないけど、でも、もう一度みんなで集まりたいと思ったのよ。いつか、日奈太君が帰ってきたとき、ちゃんと迎えられるように。あの場所だけは、ずっと残しておきたいの」

「ん? れんやにえりさ、こんなところでどうしたの? 今から帰り?」

「お! ヤタもいいところに! この後みんなで集まるからさ、一緒に行こうぜ」

「クラウドは一年生だから、校門前で待つとして、アンはどうしようかしら?」

「案外、中学の前まで行けば、会えるかもしれないぜ?」

「うん。たぶん、みんな考えてることは同じだから」





帰るかもわからない人を待つのは、少し可笑しいかも知れない。でもその希望がある限りは、きっと前に進んでいけるから。それに、その希望が潰えてしまっても、また新しい希望を捜せばいいだけだから。

「とりあえず、どこに行きますか?」

「いつものカフェでいいんじゃない? すでに、あそこ位しか僕らが行くとこないじゃん」

「たまには、遠出もしたいよな。前の海みたいにさ」
























それは、いつかはわからない、未来――――。


ふと、後ろから誰かに肩を叩かれて振り向く。

そこにいた人物に私は言葉を失う。

目頭が熱くなるのをおさえて、そこから、満面の笑みで、私は彼に、告げた。



『おかえり――――』







クロウディア END

拙い作品でしたが、最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

6年前に書いたものなので、作風も今とはだいぶ変わっていたり、黒歴史を見返している感じでした。


もう書き直す気はありませんが、最後の方、早足にならずにもうちょっとちゃんと書けてたらなーと見返すたびに思います。

繰り返しになりますが、こんな拙作を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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