第六話 秘密と葛藤
そろそろ最終回、色んな事にケリをつける回です。
第六話 秘密と葛藤
11月5日(日) 高層ビル屋上 昼下がり
「すごい絶景だけど、さすがに高いな……。お前、いつもこんなとこに来てるのか?」
下を見ただけで足がすくんでしまいそうだ。これ以上、地上を見ているのは、俺の心臓によくないだろう。
俺と連夜をここに連れて来てくれた張本人であるクラウドは、今もビルの縁に座って下を見下ろしている。一方、連夜の方は高いところは大得意なようで、興味深そうに町を眺め回していた。
「でも、気晴らしにはいいかもしれない。ここに連れて来てくれてありがとな、クラウド」
クラウドは特に返事もせず、何か素振りを見せることも無かった。
あれから、約一週間が経ったのだが、その間クラウドは誰とも会話していない様子だった。ところが今日、偶然会ったクラウドに、無言のままここに連れて来られて、今に至るという感じだ。連夜も同じように、クラウドに先に連れて来られていたらしい。
「なー、二人とも。ちょっとオレの昔話に、付き合ってもらってもいいか?」
屋上の床に腰を下ろして、連夜はしみじみと言った。
俺は連夜の方に近づき、クラウドも顔だけを連夜に向けた。「少し長くなるかもしれないけどな」と言って、連夜は帽子を少し上げて、空を見上げた。
――つまらない。世の中なんてつまらないことだらけだ。それが、オレが高校二年にして思い至ったこの世界の現実だった。
だが、別に不満があるわけじゃなかった。いざという時に、どうするべきなのかという事もオレは理解していたし、生きることに特に執着もない。だから、昨日会った意味不明なカラス野郎の話は蹴った。叶えたい願いなんてものは無いし、不老になりたいと思ったこともない。
『あなたがそう言うのなら、仕方ないけど……。でも、少しでも気が変わったら、いつでも呼んで。すぐに飛んでくるから』
あのカラスはそう言っていたが、万が一にも、億が一にもそれはないだろう。そんな感じで、オレは今日も変わらず窓の外でも眺めながら、悠々と学校生活を送っていた。
「ねえ、今日も外を見てるの?」
「………………」
オレは思い切り無視を決め込んだ。今日も来たのか……。オレの時間を無駄にしてくる、
鬱陶しい少女、名を澤野梨恵子。
ただのクラスメイトで、それ以外は接点がない。にも関わらず、最近声をかけてくるヤツだ。
「あの、そろそろ返事してくれないかな?」
「………………」
「うう……今日もだんまりか…………」
澤野はしょんぼりとオレを見つめると、ため息を吐いた。俺はソイツと目を合わせないように、学生帽を深く被り直した。大体いつもはこの辺りで、澤野が諦めて席に戻っていく。もともと、澤野はそこまで積極的じゃないし、目立つタイプでもない。だからこそ、なぜ澤野がオレに話しかけてくるのか謎だった。
そんなことに一瞬でも気を取られていたのが、オレのミスだった。
不意に視界が明るくなったと思ったら、澤野に帽子を取られていた。
「オイっ! 返せ!」
澤野から帽子をひったくり、深く被り直す。思い切り澤野を睨みつけると、なぜか澤野は嬉しそうだった。
「……やっと、しゃべってくれたね」
「………………」
今度は威圧も含めて、無視をする。しかし、澤野がそれに気づいた様子は無く、軽やかにスキップをしながら、自分の席へと戻っていってしまった。
――ああ、鬱陶しい。アイツは何がしたいんだ。オレと過ごしても、楽しくなんかないだろうに。しかも、最悪なことに、それ以降はアイツが話しかけてくる頻度が増えてしまった。おまけに、オレも間違えて喋ってしまうことが、日に日に多くなっていた。
いつしか、オレと澤野は、簡単な会話くらいは、普通に交わす仲になってしまっていた。
そんなある日のことだった。
「澤野って、あいつのこと好きなんだろ? ほらあの、名前なんていったか忘れたけど、いつも学生帽被ってる根暗っぽい奴」
そのまま教室に入ればよかったものを、オレはなぜかそれを戸惑ってしまった。
「えーマジかよ……。あいつのことが?」
「信憑性は高いぜ。一緒にいるの目撃した奴が、何人もいるからな」
「うわー趣味悪いなー。物静かで優しいし、おれ澤野のこと結構タイプだったんだけど」
「あの帽子の奴のこと好きっていうのは、さすがに引くよな……」
……今入ると、何か問題が起きそうだな。話が終わるまで、少しここで待っていようか。
そんなことを考えていた時、背後から物が落ちた音が聞こえた。
振り返ると、そこには、澤野が突っ立っていた。
「あ……えっ……と…………」
今のを、聞いていたみたいだな……。
とんだ勘違いなのだが、この様子だと、もうだいぶ広まっているだろう。
オレのせいで、誰かに迷惑がかかるのは、絶対に避けなければいけないことだ。
……今が、その時なのかもしれない。
麗らかな日差しの差し込む、とあるビルの屋上。
……ついに、オレも終わるのか。
でも、特に未練もないし、オレがいなくなっても、関係なく世界は回るだろう。
この時の為に、今までそんな風に振る舞ってきた。
死にたいわけじゃない。生きたくないわけでもない。
ただ、今回の問題は、これで解決するだろう。
生も死も、ただの世界の一部、つまらない世界の現実。
オレは、屋上の端へと移動すると、ゆっくりと町を見回した。
そのまま、足を屋上の床から離した。
その時、屋上のドアが勢いよく開け放たれた。
落ちながら、顔を向けたオレの瞳に映ったのは、息を切らした、澤野だった。
体を包む浮遊感。上空を見ながら、ただ、落ちていく――――。
次に気づいた時、自分の体に澤野が掴まっていた。
まさか、こいつも飛び降りたのか?
「あのね……さっきの話、間違いじゃないの」
激しい空気抵抗の中、澤野が声を振り絞る。
「私は、キミが好きなの……。だから、たくさん声をかけてたんだよ……。勝手に一人でいなくならないでよ……。最期まで、キミを独りになんか、しないから…………」
澤野が流した涙が、水滴となって宙に留まっていた。
やけに、ゆっくりと落ちている感覚だった。
オレは、見えているようで、実は何も見えていなかったのか。
近くにいたこの少女が、オレを見ていたことに、気づかなかったのか。
自分がこの少女といることを楽しく思っていたことに、気づかなかったのか。
迷惑をかけないためとか言って、結局は、一番迷惑をかけているじゃないか。
このままだと、オレのせいで、コイツが死ぬ。そんなことは、絶対に駄目だ。
地面が迫ってくる。
――なあ、聞こえてるんだろ?
頼むから、助けてくれよ。こんな終わりは、絶対に嫌なんだ。
頼むから――。
「オレ達を助けてくれ‼」
次の瞬間、眩しすぎる光に包まれたかと思うと、黒い鳥のような影が、オレと澤野を抱きかかえたような気がした。
「その後、気絶した澤野を近くにあったベンチに座らせて、オレはクロウディアとして生きることにしたんだ。まーこれが、オレのクロウディアになった理由だ」
話し終わると、連夜は清々しい笑みを見せた。
前に、連夜が澤野の母親、澤野梨恵子さんと知り合いだと言った時に見せた苦い顔は、もうしていなかった。
「澤野のおかげで、オレはちゃんと生きようって思えるようになったし、生きなきゃいけないって思った。昔はそれがただの枷になって、思い出すたびに苦しいだけだった。そんなオレが、オマエらにちゃんと過去のことを話せるようになるなんて、思ってなかったぜ」
連夜はいつものようにニッと笑うと、クラウドの方を見た。
「オレは、もう迷わないぜ。もしものことばっか考えるより、今オレにできることがあるだろうからな。次はオマエの番なんじゃないか、クラウド? 言いたいことは、ちゃんと言った方が楽になるぜ」
縁に座り込んでいたクラウドは、立ち上がって体をこちらに向けた。
「なんで…………烏丸は、そんなに呑気なのさ…………」
クラウドは、大きく息を吸い込むと、俺たちを睨みつけながら、大声で叫んだ。
「あのさ……本当に意味解ってるの⁉ 死んだら、レストになるんだよ⁉ あんな意思のない怪物に‼ どうして、そんな余裕なのさ⁉ それに、後藤もだ‼ そいつは、クロウでも、クロウディアでもない! 烏丸は、何でそいつが憎くないんだよ⁉」
「確かに、日奈太はクロウでも、クロウディアでもないけどな、だからってオレらが日奈太を責めるのは、違うだろ。それに、オレだって、こんなことわかって、平気なわけじゃない……。けど、日奈太が迷いなく、俺たちを守るって言ってくれてるんだ。だったら、オレらも、迷ってちゃいけないだろ」
「どうかな……僕は、そうは思わないけど……」
俺を庇ってくれる連夜の言葉に、なぜか胸が痛んだ。その正体に気づきたくなくて、俺は今まで、見えないふりをしていたのかもしれない。クラウドは、刺すような視線を俺に向ける。こいつは、最初から全て、解っていたんだろうか?
「僕らがいくら迷いを振り切ったところで、無駄だよ。だって、当人の後藤は、今もまだ迷い続けているんだから。そんなあやふやな存在を信じるなんて、どうかしてる」
冷たくクラウドが言い放つ。
ゆっくりと俺に向けられた連夜の瞳には、疑心が混じっていた。嘘だよな? と、最後の望みを託しているようにも見えた。
その連夜に、俺は、何の言葉もかけられなかった。
――俺は、迷っていた。みんなを守ると言ったあの言葉。あれは、俺の本心だったのか。ただ、俺がこの場にいていい理由を、作りたかっただけなのかもしれない。しょうがないだろって、言い訳したかっただけなのかもしれない。その為に、咄嗟に出てしまったんじゃないだろうか?
それに大体、どうやって守るっていうんだ。
永遠に一緒にいて、守り続けるなんて不可能だ。
だったら、俺がいなくなった後に何かあったら、みんなそれで終わりってことか?
俺の主張は、穴だらけだった。
11月14日(火) 迷灯町内 深夜
あのことがあって以来、俺は誰とも口を利けないでいた。ただ最近、レストの数も強さも、最初のころとは比べ物にならないくらい強大になっていたので、レスト討伐にだけは赴くようにしていた。今日もいつも通りの時刻に集合し、各自しっかりとレストを討伐し、無言で解散するつもりだった。
ある予想外の事態が起きるまでは。
「あらあら~、妙にしんみりしてるんですねっ! それに、運がいいことに、あなた一人だけじゃないですかっ! シズクったら、ついてる~!」
お互い気を使わないように個別行動をとっていたため、俺は一人でそいつに出くわしてしまった。「ロンリネス」とかいう意味不明な組織の一員。
桃髪ツインテールの、やけにハイテンションな少女。名前は、雫とか言っていた。
「今日は、そこのあなたに用事があってきたんですよ~。ズバリっ、シズクたちの組織の研究材料になってくださいっ‼ でも、拒否権はありませんよっ!」
そう高らかに宣言すると、雫はファイティングポーズをとった。
ロンリネスの目的はわからないが、いいことではなさそうだ。捕まる気など毛頭ない。
俺は、剣を雫に構え、いつでも動けるような体勢へ移行した。
……だが、よく考えると、おかしい。以前戦った時、この少女ともう一人の少年は、能力が使えないと言っていた。だったら、こいつは、どうするつもりなんだ?
そんなことを考えていた俺に向けて、雫の手から、何かが放たれた。
慌てて身をひるがえすと、顔の真横をものすごい風圧の、空気の塊が飛んでいった。
かすってしまったところに、切り傷が出来ている。
「あっははっ‼ 何もできないと思ってましたか⁉ シズクやアサヒは、クロウディアにはなってないけど、なんとなんと、アカギ兄が、大発明をしたんで~す! アカギ兄は、ついに、クロウディアの原理を利用した、人の能力を引き出す装置を作り上げたので~す!その結果、シズクは、『疾風精霊』の能力を手に入れたので~す‼」
「一体何者なんだ、その赤城って奴は⁉ お前たちの目的は、何なんだ⁉」
次々と飛ばされる風の刃をなんとか避けながら、俺は雫に問いかけた。ふいに、雫が攻撃を止め、こちらに歩み寄ってきた。いつもの雰囲気とは違い、静かな狂気を感じる。
「アカギ兄の研究は、ついに最終段階に到達しました~。そう、この研究の最終目的、そして、ロンリネスの最終目標、それは、クロウディアによって生み出された能力を、普通の一般人に付加できるようにすることなんですよ~。それが成功すれば、能力を付加してもらった人物がどうなるか、予想するのは簡単ですよね~? しかも、複数の能力を宿すことも可能なまでに、研究が進歩したら~?」
雫はその場で思い切り地面を蹴ると、俺の方に手を伸ばして、風刃を飛ばした。距離が近過ぎてかわしきれず、体中に傷が出来る。痛みで俺が体勢を崩した隙に、雫が俺の手を掴んでいた。
「シズクたちは、大いなる力を手に入れることができるんですよっ‼ そのために、あなたが必要なんですよ! 一般人であるにも関わらず、能力を有しているあなたにっ!」
雫は瓶のようなものを、もう片方の手で取り出した。あれは、前に雫と旭が使っていたな。
「この瓶の中には、『瞬間移動者』の能力が詰まってるんですよ~! これで、シズクたちのアジトまで来てもらいま~す! 命の保証はできないですけどねっ!」
瓶の蓋を開けようとする雫を、思い切り両手で突き飛ばし、剣を持って一度距離を取った。体がふらつく。この状態で戦うのは、かなり厳しいかもしれない……。
「日奈太君っ⁉ いったい、どういう事⁉ それより、大丈夫なの⁉」
後方の町角から現れたえりさが、俺に駆け寄る。
そちらに目をやると、他のみんなも駆け付けてくれていた。えりさが、俺と雫の間に入る。
「なかなか戻ってこないから、様子を見に来て正解だったわ」
「む~、仲間が出てきちゃったよ~。いけると思ったのにな~。さすがに、1体6は無理があるので~、こちらも仲間を呼びますか~! お~い、ヤシロ兄~‼」
雫が大げさに手をぶんぶんと振ると、向こう側の道から、紅い剣を持った社が現れた。
「おいおい、もう二次作戦突入か? しょうがない。関係ない奴らをぶっ殺すのは、俺の役目か……。ま、でも、雫。お前も手伝えよ」
「了解だよ~っ‼」
相手二人は戦闘態勢に移ると、こちらに向かって攻撃を仕掛けてきた。
戦うにしても社の能力は、かなり厄介だ。武器で攻撃しても、剣で防がれたら壊されてしまう。そのくせ、相手がこちらに攻撃してきた場合の傷は致命的だ。
今のところは、数の利の死霊たちで、クラウドが攻撃を受け止め、アンが歌で、ヤタが銃で間接攻撃をしているが、そのほとんどが防がれてしまっている。
雫は動きが速いため、攻撃を当てるのも一苦労だった。
そんな四苦八苦している時に、急にヤタの動きが止まった。
「ヤタ! どうした⁉」
連夜がヤタに叫ぶのを聞きながら、俺はヤタの眼が薄ら緑に光っているのを見た。
「そんな…………だめぇっ‼」
次の瞬間、ヤタは大きな羽を広げ、近くのビルの屋上に向かって飛び去った。
そのビルの屋上から、何か矢のようなものが飛んできて、ヤタの体をかすめた後、俺たちに向かってきた。
矢は、そのまま地面に刺さると思いきや、その直前で方向転換し、社と戦っていた人物の背中を高速で貫いた。
「っ⁉ クラウドっ‼」
その矢は、完全にクラウドの心臓を、背後から貫いていた――。
クラウドの体が、ゆらりとその場に倒れる。
大量の血が、あふれ出している。
「い、今っ、治癒の歌をっ! 傷をすぐ治しますからっ‼ だからっ、まだ死んじゃっ、だめですっ‼」
アンは大きく息を吸い込むと、いつもより精一杯の歌声をあげた。
だが、傷の治りよりも、流血の流れ出る速度の方が早かった。
「たぶん……もう、無駄だよ…………。自分の体だから……なんとなく、わかる………」
うわごとのように呟くクラウドの眼から、光が無くなっていく。
「ちょっと、クラウド⁉ しっかりしなさい‼」
「なんでだよ……お前はっ、生きなきゃ駄目だろ⁉ こんなの……」
理不尽過ぎじゃないか……。結局、こうなるってことか。俺には何も、守れないって。
「……僕……死ぬんだね…………。いや、違うか……レストになるんだっけ……。あんな、醜い……化け物に…………」
クラウドの声に、覇気がなくなっていく――。
光の消えた瞳から、一筋の涙が流れた。
「……死にたく……なかった…………」
もうそれ以上、クラウドは動かなかったし、喋らなかった。代わりに、染み出すように湧いて出た黒い影が、クラウドを呑み込んで、膨らんでいった。
「少しは不審に思った方がよかったろ。もう一人の奴、旭がいないことにさ」
「やるね、アサヒ~っ! さっすが『必中狩人』の使い手! それにしても、放った矢が絶対に当たるなんて、すっごく便利な能力だよね~。
……それを知らないお馬鹿さんが、また一人犠牲になろうとしてるみたいだけどっ!」
嘲笑う雫に、慌てて上空のビルを見上げると、上にいるであろう旭に、ヤタが突っこんでいっていた。
「⁉ やめろっ、ヤタっ‼」
「よくもっ‼ よくも、くらうどをっ‼」
空中を飛びまわりながら、ヤタは旭に弾丸を放つ。
そんなヤタに向けて、再び一つの矢が射られた。そのままかわすも、矢はUターンして、ヤタへと向かう。
急ぎ高速で飛び回り、ヤタはうまく矢を家の屋根に引っ掛けて止めた。
ヤタが俺たちの下に戻ってきた。
「どうしよう……あのままじゃ、攻撃できな…………」
「⁉ ヤタっ‼ 後ろっ‼」
「え?」
突如、眼の前が真っ赤に染められた。
次に目の前に飛び込んできたのは、頭を矢に貫かれたヤタだった。
「……は……あっ……!」
ヤタの体が、地面へと倒れる。
間違いなく、即死だった。
「あーあー、だから言ったのにー。絶対に当たるんだから、防ぐ方法は矢を壊すくらいしかないでしょー。あの速さじゃ、それも無理だと思うけどー。それに、お仲間さんの死を悲しむ余裕なんて、与えませんよ~?」
雫がこちらに風撃を放つ。
呆然とする俺たちに、容赦ない攻撃が降り注ぐ。
悲しんでいる暇なんて、なかった。
全員が怯んでいる隙に、雫が再び俺へと手を伸ばす。
そこに、俺を庇うように、連夜が割って入ってきた。
「あの、邪魔なんだけど?」
どす黒い声を発した雫の手が、連夜の腹に押し当てられるのが見えた。
「連夜ぁっ‼」
雫の手から放たれた風の刃が、連夜の腹を掻っ捌いていた。その風圧で、連夜は後方に吹っ飛んで、転がった。
「連夜さぁんっ‼ いやああああああああっ‼」
泣き崩れるアンの背後に、影が立っていた。
「悪いが、これも命令なんだ。そこにいる異端者以外は、死んでもらうことになってる」
「……………………へっ?」
驚きと困惑で振り返るアンの顔が、「そこ」から消えるまで、そう時間はかからなかった。
首から上とお別れしてしまったアンの体は、自然の摂理に従って、そのまま地面に倒れた。
虚ろな目をしたアンの頭が、社の足元に転がっていた。
――――吐き気が、こみ上げた。
「あと一人……か。最悪、この死体たちのレストに任せてもいいだろうが…………」
それに合わせるように、レストと化した四人が、俺とえりさを囲み始めた。
そう、だよな。
みんなこんな世界に疲れていた。
みんな、レストになってしまった……。
「……日奈太君。今はまだ、そんな風に、項垂れている時ではないわ。あなたのことは、私が守る。だから、立って。生き延びることに専念して」
えりさは、俺の腕を掴んで立ち上がらせると、槍の刃を地面に叩き付けた。それで起きた砂埃を目くらましにして、俺たちは路地裏に逃げ込んだ。だが、あまりゆっくりはしていられないだろう。上から、必中狩人の矢で狙われては終わりだ。
「どうすればいいんだ……いったい、どうすれば…………」
大通りから、足音が聞こえる。間もなく、あいつらがこっちに来るだろう。
そんな時に、えりさが何やら造り出しながら、俺に声をかけた。
「ねえ、日奈太君。たぶん、私たち二人だけであの二人を倒して、更にみんなのレストを倒すのは、不可能に等しいと思う」
えりさは悲しげな顔をしながら、俺とえりさの間の空間に触れた。
「何をしているんだ?」と、えりさの手を掴もうとした時だった。
俺とえりさの間に、見えない、壁のようなものがあった。
周りを確かめると、俺は透明な箱のようなものに閉じ込められていた。
「スモークガラスの応用版よ。外から見ると、ただの路地裏に見えるように塗装もしたから、きっと気づかれないはずよ。実際、今も私から、あなたは見えないから。このまま、あいつらがいなくなるまで、ここで待機して。あ、安心して。空気穴はちゃんと作ったわ」
えりさは悲しそうな笑顔で、壁にもたれかかった。
「お前は……どうするんだよ? お前も一緒に待機しないのか?」
「二人ともいなくなったら、あいつらはこの周辺を探し出すわ。そうしたらきっと、ここもばれてしまう。だから、私が、今からあいつらをここから遠ざける。しばらくしたら、その箱も壊れると思うから、そうしたら逃げて」
「そんなことしたら、お前が死ぬだろ⁉ 嫌だ、俺は絶対そんな作戦には乗らないぞ」
「私が造った物体は、私が死ぬと消える……。そう、クラウドから聞いたわ。出口のないその箱から出るのは、私が死んだあとになるでしょうね」
箱から離れながら、えりさはうつむいて言った。
人の足音が近づく。もう、時間は無い。
「ごめんなさい、日奈太君。私、あなたに私がレストになるところを、見られたくないの」
「やめろ……えりさ……。やめてくれっ!」
えりさは槍を構えると、頬を涙でぬらしながら、最期に俺を見て笑った。
「さよなら。ありがとう……日奈太君……」
「――――――っはぁっ‼ ……あ…………」
目を覚ますと、そこには、見慣れた俺の部屋の天井が見えた。
反射的に、ベッドの近くに置かれたデジタル時計を見る。
11月14日、火曜日、午前9時42分。
じゃあ、今のは――――夢、だったのか?
それにしては、妙にリアリティのある夢だったな……。
「あ…………学校……」
とっくに始業の時間は過ぎている。それに、今は、行こうと思えるだけの気力も無かった。ある意味、これは、警告なのかもしれない。これ以上俺があいつらと関わるとこうなるぞっていう、俺への危険勧告。俺が、あいつらと一緒にいる資格なんかないっていう自責。俺はもう、あいつらのところへ行かない方がいいかもしれない。
気づくと時計はもう、午後11時頃を示していた。
結局朝から、飯とトイレ以外は部屋から出ず、余計なことを考える思考を停止させようとして眠ったり、起きたりを繰り返していた。
夢の中だと、そろそろ俺が雫と出会った時刻になるのか……。まあ、そんなこと、今はどうでもいいが……。
「どうでもよくは、ないかな」
「うわあっ⁉」
いきなり視界に金色の髪の少女の顔が飛び込んできたので、俺は飛び起きた。
長すぎるワンピースと、ウェーブロングの髪。
いつかの帰り道に何度も出会った不思議なクロウの少女、パンゲアがそこにいた。
「お、お前っ! どこから入ってきたんだよっ‼」
窓の鍵はちゃんと閉まっている。だからって、部屋のドアが開いたら、俺だってさすがに気が付くはずだ。
パンゲアは、俺の質問には答えず、ベッドに腰掛けると真剣に俺を見た。
「ヒナタ。君が見た夢は、現実のことになる。つまり、予知夢なんだ」
「予知夢って、俺はヤタじゃないんだから……そんなの見れるわけないだろ。だいいち、なんでお前が俺の見た夢のことを知ってるんだ?」
「君は、世界に選ばれたんだから、これも世界の意思かもしれない。きっと世界が、君の未来を知らせようと働きかけたんだよ!」
どうやら、パンゲア自身に対する質問を聞き受けるつもりは、彼女にはないらしい。っていうか、なんなんだ、世界の意思って。俺が世界に選ばれたって、どういう意味だ。
「それに、もし俺が見た夢が現実になるとしても、俺がみんなのところに行かなければ、未来は変わるだろ。それでみんな、死ななくて済む」
「それは……どうかな? 君の夢の中に出てきたヤシロは、ヒナタ以外のみんなを殺すことも、命令されたって言ってたよね?」
「だから、何で俺の夢の内容を……もう、いいや。だからって、俺一人に出来ることなんて、たかが知れてるだろ。みんなを……助けるなんて…………」
「また、そうやって迷って、逃げるの?」
その時のパンゲアの口調は、いつにも増してきつく、信念がこもっているように感じた。
「ヒナタは、そろそろ、自分がどうしたいのか決めなきゃダメ。そして、自分の気持ちを全部正直に話すべきだ。どんな不可能でも、君なら可能に変えられる。それに、ワタシもちゃんと手伝うから。君のしようとすることに……協力するから」
パンゲアは今度は優しい瞳で俺を見つめ、手を胸に当てながら俺に問いかけた。
「もう一度聞くね。君は、どうしたいの、ヒナタ?」
「俺は…………」
心の中でくすぶっていた感情。その答えが、一つに決まる。
俺のやるべきことが、道が、拓けていくように感じた。
この答えを、みんなに伝えるためにも――――。
「みんなを、助けたい。あんな思いは、もう、したくないから」
パンゲアは、「それが君の答えなんだね」と、嬉しそうに笑うと、後ろにあった窓を、開け放った。
俺はパンゲアの手を取り、そのまま深夜の迷灯町へと、窓から飛び立っていった。
うろ覚えのビル前へと行くと、すでに戦闘が始まっていた。
「急いでくれ、パンゲア!」
パンゲアはスピードを上げ、旭のいるビルの上まで飛ぶと、そこで俺を下した。俺は剣を抱えたまま、前転して着地する。パンゲアは、そのまま飛び去って行った。
パンゲアは、俺以外の人には、なるべく姿を見せたくないらしく、俺からは見えない位置で援護すると言っていた。パンゲアの能力は教えてもらっていないが、彼女がそう言うなら、援護系の能力の使い手なのだろう。
急に空から降ってきた俺に、旭が振り向く。
「君、なんでここに……⁉」
剣を旭に構えながら、俺はパンゲアの言葉を思い出していた。
『必中狩人の能力は、絶対に当たる弓矢。けど、その標的までの距離にもよるけど、大抵、矢を撃つまでにはかなり時間がかかるの。だから、相手の体勢を崩してしまえば……』
旭が俺に驚いている間に、俺は一気に旭との間を詰める。
そのまま剣で、旭の持っていた弓を弾いた。
「あ……しまったっ‼」
俺は旭の首元に剣を向けて、動かないよう促した。旭は、降参というように、両手を上に上げた。
「いやー、まさか、撃つ前に見つかっちゃうとは予想できませんでしたよ。角度的にも、絶対に見つからないであろう場所を選んだんですけどね……」
これで少しは、未来を変えられた、はずだ。あとは残りの二人をどうするか……。俺は、地上で戦っているみんなの方を見た。今のところ、押されているわけでは、なさそうだが。
って、あれ?
おかしなことに、地上にいるロンリネスのメンバーは雫だけで、社はどこにもいなかった。
『まだ油断しちゃダメだよ、ヒナタ!』
「うわっ!」
今、パンゲアの声が聞こえた気がしたのだが、周りにパンゲアの姿はない。
しかも今の感じ、なんか頭に響いてきたみたいな感じだった。
「お前がヘマしてどうするんだ、旭……」
俺が頭を悩ませていると、予想外の声が降ってきた。声の主の方を見ると、ビルの屋外階段を上ってきたらしい社が、そこに立っていた。
『君がみんなのところに行かず、アサヒを攻撃したせいで、君が見た未来とは、いろいろなところで若干の誤差があると思う。だから、何が起こるかわからないの』
そういう大事なことは、もう少し早く言ってほしかった……。社は強敵だが、倒すための策はパンゲアが教えてくれるらしい。問題は、それが成功するかどうかだが……。
『ワタシはこのまま、このクロウのテレパシーの能力で、君に指示をするから、君はそれに従って、目の前の敵に専念して!』
「全く、こっちに本命がいるじゃないか……何やっているんだ、雫は…………」
社は紅い剣を俺に向けて構えた。俺も自分の黒い剣を社に向けて構える。
「腕や脚が一、二本千切れるくらいはいいか……。どうせ後で治せるしよ‼」
社が剣を振りかぶって、俺に向かってくる。俺はタイミングを合わせながら、避けた。
『その調子! ヒナタの能力なら、体は自然と動いてくれるはず。ヒナタ、ヤシロが来た方の階段に向かって!』
パンゲアの指示に従い、俺はビルのわきにある非常階段へと向かう。
「おおっと、俺から逃げようとは、いい度胸だ」
階段まで来たはいいが、この先どうすればいいんだ?
『とりあえず、下に降りて! ヤシロを引きつけながら!』
社の攻撃をかわしつつ、下へ下る。斬撃が階段の手すりなどに当たり、切断されていく。
なるほど、なんとなく、パンゲアのやりたいことがわかってきた気がする。
「ちょこまか鬱陶しいが、それもいつまで続くか?」
少し降りたところの踊り場で、俺は立ち止まり、社に向き直る。剣を握り直し、姿勢をかがめて、次の行動に集中する。
「もう追いかけっこは終わりか? なら、さっさととどめと行こうか!」
攻撃態勢を作る社の横を、あらんかぎりの力で走り抜ける。それを社は目線で確認し、体を捻じって、俺の脚に向けて斬撃を放った。
『ヒナタ、今だ‼』
俺はタイミングを見計らい、階段を思い切り蹴ってジャンプした。空を切った紅い剣が、階段に叩き付けられる。その部分は真っ二つに斬られ、地面に近い側の部分が軋んだ。
「⁉」
社の猛攻のせいで壊れかかっていた階段は、音を立てて崩れ始めた。
俺は急いで、階段を駆け上がった。振り返ると、階段につかまっていた社が、そのまま地面へと落ちて行っていた。高いビルではないので、大怪我になるにしろ、死ぬことは無いだろう。
「助かった…………のか?」
一息ついて地上を見ると、今の物音に気付いたみんなが、こちらのビルへと向かってきていた。この位置からだと、こちらからは見えても、向こうからこちらは見えないだろう。階段は壊れてしまったし、パンゲアを呼んで降ろしてもらわないと……。
「悪いけどさ……ボクらも、ただやられて帰るわけにはいかないんですよ…………」
振り返ると、弓を構えた旭がいた。
「社兄さんのおかげで時間は出来ました。連れ帰れないのなら……殺すまでです‼」
旭の持っていた弓から、矢が放たれる。
咄嗟のことに、俺はかわすことなどできなかった。
矢が眼前に迫ったその時だった。
俺の頭に当たる寸前で、なぜか矢が停止した。
よく見ると、誰かが素手で矢を掴んでいた。
「大丈夫? ヒナタ?」
俺の背後から手を伸ばして矢を掴んでいるその少女は、片手で矢を真っ二つにへし折りながら、俺に問いかけた。
その少女の存在に、旭が青ざめた。
「どういうつもりだよ……。なんで、なんでパンゲア姉さんが、そいつの味方をしているんだよ⁉ ボクらを、裏切ったのか⁉」
「パンゲア、姉さん?」
パンゲアは、俺を庇うように前に出ると、旭に正対した。
まさか、パンゲアはロンリネスの一員……だったのか?
「裏切るつもりなの、姉さん? そうしたら、赤城兄さんは、どうなるのさ⁉」
「アサヒ、ユウマの、『赤城祐真』のやっていることは間違っている。ユウマのせいでこの世界がどうなるのかくらい、わかるでしょ? このままじゃ、世界は崩壊する。ううん。今のユウマにとっては、世界の崩壊こそが目的になっているんだ。とりあえず、ここは、退いて、アサヒ。普通に考えて、アサヒは、ワタシには勝てない」
怒りを露わにした様子だった旭は、悔しそうな顔をしながら、弓を置いた。
「そうだね……。残念ながら、ボクなんかじゃ、『全知全能者』である姉さんには絶対に勝てないよ。全ての能力を持った姉さんを、無理やり連れ帰すなんて、不可能だよ。『ボク』には、ね」
旭は悲しげな面持ちで「ごめん、パンゲア姉さん……」と言って、盗聴器のような機械を取り出した。
その時、パンゲアの表情に動揺が生まれ、次の瞬間、パンゲアの目の前に、一人の男が現れた。
白衣に身を包み、目に眼鏡のような不思議なものを付けた、研究者のようだった。
「パンゲア。まさか、君が俺を裏切るとは、思ってなかった」
「ユウマ…………」
こいつが、赤城祐真……。ロンリネスの、リーダーか……。
「君はこいつらに、少し情が移ってしまっただけなんだ。もうすぐ、やっと君を救うことが出来る。……戻ってきてくれるよね?」
「………………うん」
赤城はパンゲアの手を掴むと、懐から瞬間移動瓶を取り出した。
『ヒナタ、聞こえる? 一方的にしゃべるけど、聞いてほしい』
見ると、パンゲアが目線だけをこっちにやっていた。
『もうすぐ、この世界の崩壊が始まる。その時が来たら、町に現れる塔の頂上まで来て。そこに来れば、この世界のことも、ワタシのことも、全ての秘密を、教えることが出来る。だから、どうか、ユウマを……』
そこで赤城は瓶の蓋を開け、目の前にいた三人の姿は消えた。
それと同時に、パンゲアのテレパシーも消えてしまった。
嵐の後の静けさ――。まさに、そんな感じだった。
「日奈太君っ⁉ ここで一体何があったの⁉」
クラウドに掴まって屋上まで上がってきたえりさが、急いで俺に駆け寄った。残りのみんなも、あとからクロウの二人に掴まって上ってきた。
「日奈太……? オマエ、ここで何してんだ……?」
俺に視線を向けるみんなの顔を、一人一人見回す。
みんなには、伝えるべきことが、ある。
……ちゃんと、伝えないと駄目だよな。そのために、ここまで来たんだから。
「なあ、みんな。俺の話を聞いてほしい」
俺は深く深呼吸すると、今度は偽りの無いように、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「俺はこの間、東雲のレストと戦った時、みんなを守り抜くって、言ったよな。あの言葉自体が嘘だったのか、本当だったのか、それはわからない。でも、あの言葉を言った後、クラウドにも言われたように、俺は迷っていたんだ。本当に、みんなを守り切れるのか、他に道はなかったのか、ってさ。だけど、そんな思いじゃ、みんなを不安にさせるだけだよな。迷ってるってことは、たぶん、あれは、俺の本心じゃないんだ」
みんなのことは、もちろん守りたいと思った。
でも、それだけじゃ駄目なんだ。
それじゃ、根本的な解決にはならない。みんなを、救うことは、出来ない。
「俺はさ、こんな理不尽なシステムの世界を変えたい。クロウディア達だけが犠牲になるような、こんな世界を、変えてやりたい。不可能に等しいことかもしれないけど、やってみれば、出来るって気がするんだ。これがたぶん、俺の本心、なんだと思う」
みんなの眼を、もう一度見る。
拒絶されるのは怖いけど、それでも、逃げてたら前へは進めないし、自分のやりたいと思うことは、出来ない。俺はただ、みんなの返事を待った。
「世界を変えたい……か。ほんと、あなたも、言うようになったわね」
そう言って微笑するのは、いつも通りのえりさだった。
「いいわ。その話、乗ってあげるわよ。どちらにせよ、私は、最初から最後まであなたに味方する気だったし」
「日奈太……オマエ、オレらのために、いろいろ考えててくれたんだな。なんか、悪いな。オレ、日奈太が迷ってるんじゃないかって、クラウドが言った時、一瞬、やっぱ人なんか信じなきゃよかったって思っちまった。でも、そうだな。オレもやっぱり、こんな理不尽なのは嫌だな。世界を変えられるかどうか、試してみてもいいかもしれない。オレは生き残ったんだから、生き抜かなきゃだよな」
連夜はニヒルに笑って、俺の方を真っ直ぐとした瞳で見た。
「わたしも、ひなたを信じるよ。ひなたが迷いを振り切ったなら、疑う必要はない。それに、弥生や兄さんも、そんな世界になったら、きっと喜ぶと思うから」
ヤタは両手の拳をぐっと握り、たくましく微笑んで見せた。
「人を殺したあたしに、生きる価値なんてないって、ずっと思ってました。それに、この世界の現実を突き付けられた時も、何でこんななんだろうって。でも、自分の罪を嘆くだけじゃ、理不尽を嘆くだけじゃ、駄目なんですよね。大切なのは、そこから、ですよね?」
アンは、ゆっくりと顔をあげ、いつか見たような満面の笑みを浮かべた。みんなの思いを聞けた俺は、安心して肩の力を抜いていた。
水を差すような、あいつの言葉が入るまでは。
「だから…………なんなの?」
クラウドは鋭い瞳で、冷たく言い放った。
「世界を、変える? そんなこと、不可能に決まってるでしょ? 大体、あれだけ大見得きって、僕らを守るって宣言したのに、今さら前言撤回するの? 所詮はただの人間ってこと? 今さら、そんな風に善人を気取らないでよ」
クラウドの言うことは、もっともだ。それは、認めなければいけない。
「確かに、俺はクロウでも、クロウディアでもないし、自分の発言に責任も持てないような偽善者だよ。でも、だからって、このまま立ち止まっているわけにはいかないから! 今、俺に出来ることをしたいんだ!」
「君らがそんな風に前向きになれるのは、乗り越えてきた過去が有るからだろ⁉ 僕には、過去が無い! 僕は……何も覚えていないから……! クロウディアの時の記憶も、人間だった時の記憶も‼ 何を願って、何のためにクロウディアになったのかすら、僕は憶えていないんだ‼ それなのに、死んだら化け物になるとか言われて、そんな風に前向きになれるわけないだろ…………」
それは、クラウドが俺たちに初めて話した、クラウド自身の悩みだった。今までそうだと信じてきたことが、全て植え付けられた記憶で、自分が何を求めてクロウディアになったのかもわからない。そんな不安。たぶん、この世界の摂理を知ったあの日から、クラウドは、ずっと一人でその不安と闘ってきたのだろう。苦い顔で下を向いて震えるクラウドの不安を、少しでも和らげたいと、俺は素直にそう思った。
「クラウドは……俺たちのこと、どう思ってくれてるんだ?」
「……は……?」
「もしも、クラウドが、俺たちのことを大切だと思っていて、俺たちと一緒にいた時間を、少しでも楽しかったと思えるのなら、これからも、俺たちと一緒に過ごしていくことを、
クラウドの生きる意味に出来ないか?」
「君らと一緒に……過ごすこと?」
訝しげに顔をあげるクラウドの方に向き直る。
「クラウドは、今まで一人で抱え込み過ぎだったんだ。もっと俺たちを頼っていいと思う。まあ、それはクラウドだけに言えることじゃないけどな。もっと、俺たちといろんな思いを共有して、今みたいに悩みもちゃんと打ち明けて……。そんな風に、俺は、クラウドと一緒に、これからも過ごしていきたいんだ」
「…………」
クラウドは瞳を大きく開くと、そこにいた俺たち全員を見回した。そして、再び下を向くと、そのまま大きく深呼吸した。
「そうか……別に、何も憶えてなくてもいいんだね……」
一呼吸おいて、クラウドはゆっくりと顔をあげた。
「世界を……変えるんだっけ? やってみたらいいんじゃない? ただ、君らだけに任せてはおけないから、僕も手伝ったげるよ。このまま思い通りになるのは、なんか癪だし。君らのことは、そんなに嫌いじゃないから、君らを死なせるわけにはいかないしね」
相変わらず少し上から目線に言って、クラウドは嬉しそうに笑った。
「「クラウドが笑った⁉」」
あまりの出来事に、俺と連夜は二人して大声で叫んでしまった。
「な、何……? 僕だって、普通に笑ったりするんだけど…………」
「いえ、でも、あなたがそんな風に笑うのを見るのは、私も初めてよ」
「ちょっと、えりさまで……」
冬に等しい11月の寒空が、俺たちを包み込んでくれているように感じた。
たぶん、こういう感情を、「安心」っていうんだよな。今まで、人と大して深く関わってこなかった俺が、こうやって輪の中にいることが出来きるのは、俺自身が成長した、という事なのかもしれない。
親父から聞いた、母さんがクロウディアだという話。
母さんは、もう、死んでしまっているのだろうか?
それとも、まだ生きているのだろうか?
母さんにも、こんな風に、安心できる場所があったのならいいな。
11月15日(水) 能力研究施設 深夜
もう、崩壊までにあまり時間は残されていないだろうな。
大きな水槽のような物の中で、水の中を揺蕩いながら、ワタシはそう思った。
たぶん、約2週間後の12月1日頃には、限界が来るだろう。
ワタシは、体中につなげられた管のようなものを忌々しげに見回した。
水槽の外では、ユウマの部下であろう何人かの研究者たちが、ワタシの正体を解明するためにいそいそと機械をいじっていた。
こんなもの、壊そうと思えば、いつだって壊せるだろう。
逃げようと思えば、ワタシはいつでも、どこへでも、逃げることができるだろう。
ただ、そんなことをしても、ユウマを悲しませるだけだという事はわかっていた。そんな風に、毎回甘い考えでいたという事も、今回世界が崩壊するに至った原因の一つなのかもしれない。あながち、ユウマだけのせいにもできないものだ。
「……負荷電圧、500ボルト、お願いします」
研究者がそう言っているのが聞こえて、私は思わずため息を漏らした。
口から数個の水泡が吐き出される。研究者たちは、何か機械を用意すると、それを私が繋がれているものの先に取りつけた。
数分の後、体に衝撃と痛みが走る。
「被験体の生存を確認。どうやら、また新たな能力を使ったようです」
「解析を急げ。被験体の身体状況も考慮して、能力を推察しろ」
「了解」
ああ、これでまた、世界の崩壊が早まってしまっただろうか。
そんなにワタシを調べたところで、意味なんて無いのに。
でも、もう少し耐えなきゃね。もう少しで、きっと日奈太たちが来てくれるはずだから。
終わりの塔が出現するまで、あと16日――――。