第五話 忘れられたモノ
真相解明編です
第五話 忘れられたモノ
10月27日(金) 迷灯町内 深夜
現れる歪な影、影、影。
意味も無く彷徨うものもいれば、以前に俺が見たしゃべるレストも何体かいる。最近では、こいつらの登場も普通になってきた。もっとも、しゃべる以外に特殊な点は無く、しゃべる内容も無意味なことか、意味不明なことのどちらかなので、よく解らないままというだけなのだが。
そして理由は不明だが、以前よりもレストが強力になってきていることもあって、現在、俺たちは二人一組になって町を回ることになっていた。先陣を切って俺がレストの群れに飛び込み、ヤタが後方から援護射撃する。向こうも進化してきているのか、斬撃一発でやられる奴は少ない。
「ひなた、撃つから避けて!」
反射的に体をひねって、壁際に寄る。
ヤタはそのまま銃をマシンガンに持ち替えて、レストの波に向けて放った。辺り一面が銃弾の炸裂する音に包まれる。黒い影の群れには、次々と穴が開き、溶け出すように小さくしぼんでいく。やがて銃声が止み、地面に残された黒の残骸も、何もなかったかのように空気中に消えていった。
……とりあえず、この辺りはもう掃討完了だろう。一息吐いて、ヤタの方に駆け寄ると、なにやら思案げな顔をしていた。
よく見ると、ヤタの眼が薄らと緑色に光っている。もしかすると、これは……。
「未来を見たのか?」
元の瞳に戻ったヤタは、ゆっくりと頷いた。
ヤタの予言者の能力には、大きく二つの未来予知があるらしい。
一つは、今のように突発的に見る未来。誰かの生死に関わったり、とても重要なことがあると見えるらしい。しかし、それがいつ起きるのか認識するのが難しいという難点がある。
もう一つは、意識して見ようとする未来。人物や場所、時間を指定することで、起きる未来を見ることが出来る。しかし、こちらは情景が靄のかかったようになってしまい、突発的な未来より、しっかり認識できないらしい。今ヤタが見たのは、突発的な方なので、誰かが危険だという事だろうか。
「えりさと、くらうどが、ちょっと危ないかも。命にまでは、関わらないと思うけど……。加勢しに行った方がいいと思う。場所は、たぶん、公園前」
「そうか、わかった。じゃあ、急いで公園前に行こうか」
俺は剣を担いで、ヤタに行動を促した。表情こそ普段とあまり変わらないが、地面に置かれた銃器を片付けるヤタの顔は、不安げに見えた。何が起こるかわからない未来。しかも、誰かが危険な目に遭う未来なんて見たら、誰でも心配になるだろう。
「大丈夫だ。未来は、変えられる」
そのまま、二人で公園へと走った。
案の定、公園前は大量のレストでごった返していた。えりさとクラウドも応戦しているが、数が多いうえに見るからに異常に強いレストが一体いる。
レストの波を斬り捨てながらかき分けて、二人の下へと進む。ヤタもハンドガンを両手に構えて、殲滅しながら進んできた。
「大丈夫か⁉」
「大丈夫……ではないね。なぜか、死霊が出てこないんだよ……。さっきから、ずっと呼び寄せているんだけど、全く反応が無くて。おそらく、あいつのせいだろうけど……」
クラウドは、さっき見た一際大きく強いレストを指差した。今もえりさが戦闘しているが、動きが他のレストの何倍も俊敏だ。
「わたしが、行く!」
ヤタは銃を構えると、そのレストへと突撃していってしまった。止めようと動いた俺の体を、クラウドが掴む。
「えりさと二人係りなら倒せる。それよりも、僕らは残りの雑魚を倒して、二人の邪魔をさせないようにする方がいいと思うけど?」
クラウドは本来の機能を失ったデスサイズを構え、器用にレストを片付けていく。本領発揮できないクラウドにだけ、戦わせておくわけにはいかない。俺も、他の奴の殲滅に集中することにした。
やがて、周りのレストも少なくなっていき、残りは大型レストだけとなった。
体力も残り僅かであろうレストに、ヤタが銃口を向けた時だった。
「……オマエハ……ヤヨイ…………?」
「っ⁉」
一瞬の身動ぎと共に、ヤタの顔が動揺に染まる。
「オマエハ……イチジョウ、ヤヨイ……ダロウ? ヨカッタ……オマエガ、生キテイテ」
「一条……弥生……。そうだ、わたしの名前! じゃあ、まさか、兄さん? ねえ、和馬兄さんなの⁉」
ヤタは銃を下すと、そのまま、そのレストへと近づいて行った。
「駄目ダ……ソレ以上ハ……近ヅクナ。俺ハモウ……駄目ナンダ……。サッサト、倒スンダ……」
「何言ってるの、兄さん? わたしが、どれだけ、兄さんのこと心配してたか、どれだけ、兄さんと会いたかったか……。せっかく会えたのに、なんで兄さんを倒すの?」
ヤタを弥生と呼ぶ、レスト。
レストを兄だと呼ぶヤタ。
あまりにも異常な光景に、俺はうまく状況を呑み込めないでいた。
「ヤヨイ……オマエハ、マダ全テヲ思イ出セテイナイ……。俺ハモウ、オマエノ知ッテイル兄、カズマデハ無インダ……。ダカラ――――」
次の瞬間だった。
今まで流暢にしゃべっていたそのレストは、急に叫び声をあげると、ヤタに攻撃しにかかった。
いきなりの事態に驚いたヤタは、そのまま動けない。
レストの攻撃がヤタに当たる直前に、えりさの槍がレストを背後から貫いた。
断末魔の叫びが響き渡り、やがて静けさの中に一つの声がこだました。
「にい……さん?」
「とりあえず、どういうことなのか、説明してもらえると助かるのだけど……。大丈夫かしら、ヤタ?」
とりあえず、全員を公園に集めて、えりさが改めて問いかけた。
さっき、一度声をかけたのだが、ヤタは放心状態でまともに話せそうではなかったのだ。
「……わたしには、兄さんがいた。たった一人の、大切な兄さんだった。物心ついた時には、親なんていなかったから、兄さんがわたしを育ててくれた。とても、強くて、優しい兄さんだった。だけど……」
ヤタは虚ろな瞳で、大きく息を吐いた。
「兄さんは、殺された。ずっと昔に――殺されたんだ。
その兄さんが、どうしてレストの姿で、しかも何故、今さらわたしの前に現れたのかはわからない。ただ、わたしは、ずっと兄さんの仇を探していた。そいつを、殺すために。そんな大切なことを、今までずっと忘れていたなんて、馬鹿らしいけど、でもまだ間に合う。わたしはそいつを見つけ出して、絶対に、殺す。兄さんの仇を、取る」
ヤタはおもむろに銃を拾い上げ、そのまま立ち上がった。その表情は、今まで見たことのないほどに冷徹で、その瞳には、俺たちは映っていなかった。
「仇を取るったって、そいつは誰なんだよ? それに、そいつがどこにいるのかわかっているのか? おい、ヤタ!」
そのまま行ってしまおうとするヤタに声をかけると、ヤタは立ち止まり、ゆっくりとこちらを振り返った。
「……それは、まだ、思い出せていない。でも、探さないといけない。あいつは、憎い。絶対に、許さない。邪魔をするのなら、容赦はしない。兄さんの為に、必要があるなら、わたしは何でもする。
だから、わたしの邪魔をしないで」
まるで、何かにとり憑かれでもしたかのようなヤタの豹変ぶりに、俺たちは何もできないでいた。
鋭く言葉を吐き捨てたヤタは、夜の町の中に消えていった。
静まり返るその場所で、最初に口を開いたのはクラウドだった。
「ま、誰にでも過去はあるんだろうし、今はそっとしておいていいんじゃない?」
「また、随分と冷たいんだな、オマエも」
「あの子が、ああ言っている以上は、私たちにできることは無いわよ。残念ながらね」
「そうですね…………」
そのまま散り散りになっていくみんなを、俺はただ見ていた。なんだか、あんなにいろいろなことがあったのに、最初の疎遠な雰囲気に戻ってしまったようだった。当たり前なのに、俺は忘れていた。
俺は、こいつらのこと、何も知らないんだ。
俺はこいつらの過去を、知らないんだ。
家へと帰る道への足取りは、いつもより数段重かった。
「久しぶり、また会えてうれしいな」
そのせいで、声をかけられるまで、俺はその存在に気づかなかった。
いつか会ったその少女は、金色の髪を風になびかせ、街路樹の上に座っていた。
俺を見下ろすようにしている少女の背中からは、漆黒の一対の翼が生えていた。
「やっぱり、お前もクロウ、だったのか……」
少女は目を細めて微笑すると、そのまま話を続けた。
「クロウについては、君ももうだいぶ知っているみたいだし、もうばらしちゃってもいいかなと思ったんだ。ところで、君、名前は?」
相も変わらず、木の上から少女は問いかける。
俺がこの先言う言葉を、全て知っているような表情だった。
「俺は、後藤日奈太」
「ヒナタ……。うん、いい名前だね。じゃあ、ワタシも自己紹介しないといけないかな?ワタシは、パンゲア、っていうんだ」
パンゲアは、俺の瞳を真っ直ぐ見ていた。
その眼は、不自然なほどに純粋な青色で、全てを見透かされているように感じた。思わず、一歩後ずさったその時だった。
突然吹いたビル風が、パンゲアの長すぎるワンピースの裾をめくり上がらせた。
咄嗟に目を逸らそうとしたものの、遅かった。
やがて、風が収まり、パンゲアのワンピースがふわりと元に戻る。
「…………」
俺は、何も言えなかった。
実際、俺はそこにあったものに、目を奪われた。いや、逆だ。
目を奪われるようなものなんて、そこにはなかった。
なかったからこそ、俺は目を奪われたんだ。
パンゲアには、両脚の膝から下が、無かった。
パンゲアは木から降りると、脚の代わりに、翼を使って少し宙に浮いた。
「まさか、このことまでばれちゃうとは……。やっぱり、ヒナタはすごいね。ヒナタは、この世界に選ばれたんじゃないかな」
だが、パンゲアはそのことを知られて落ち込む様子も、怒り出す様子もなかった。むしろ、嬉しそうにすら見える。
「この脚はね、腫瘍のせいで切らなきゃいけなくなっちゃったんだ。今は、もう慣れちゃったんだけどね。昔はよく、気味悪がられたんだ。このワンピースも、そのために、お母さんが長めのものを買ってくれたんだ」
ただ、何事も無いように放たれたその言葉が、パンゲアの訴えのように俺には思えた。
「脚が有ろうと無かろうと、お前はお前……なんじゃないか?」
「ん?」
今まで終始同じ表情だったパンゲアの顔が、驚きの表情に変わった。と思っていたら、目の前の少女は、不意に声をあげて笑い出した。
「え? いや、今の笑うところじゃないだろ?」
「ふふ、ごめんなさい。君が、ユウマと同じようなことを言うから、つい……」
「ユウマ?」
パンゲアは、大きく息を吸い込むと、昔を懐かしむような表情になった。
「ユウマは、ワタシの大切な人。ヒナタによく似て、すごく優しい人だったんだ。でも、ユウマは、変わってしまったの」
そこで初めて、パンゲアは悲しそうな顔をした。
「ユウマはもう、ワタシのことを見ていない。でも、ユウマがあんな風になってしまったのは、たぶんワタシのせい。ワタシの傍にいたせいで、ユウマはおかしくなっちゃったんだと思う」
「それって、どういう意味だ?」
パンゲアはそれには答えず、静かに瞼を閉じた。おそらく、それはまだ言えないということだろう。
「ねぇ、ヒナタ。もし、君がユウマに会う時が来たら、その時は、ユウマを止めてくれないかな。君ならできるって、ワタシは思うんだ」
パンゲアは俺の手を取ると、そっと握った。その瞳は、さっき感じたのとは違い、どこまでも澄んでいて、真っ直ぐだ。俺もゆっくりと、パンゲアの手を握り返した。
「わかった。その時は、俺がそいつの目を覚まさせてやるさ」
パンゲアは、「ありがとう」と満面の笑みを見せた。
俺から離れて空中浮遊しながら、パンゲアはふっと秋の夜空を見上げた。俺もつられて、星を見上げる。
「もしも、ヒナタに悩み事が出来たら、今度はワタシが、ヒナタの頼みを一つ、聞いてあげる。だから、ヒナタは、自分の思った通りに進んでね。ワタシは、ヒナタの味方だから」
視線を戻すと、すでにそこにパンゲアの姿は無かった。
10月28日(土) 迷灯公園前 昼下がり
公園の人の群れから少し遠ざかった遊具の上に、見知った人影を見つけた。
もっとも、午前中からずっと迷灯町内を探し、当てがあるのはもうここくらいとなって来たのだが、どうやら当たりだったようだ。
『脚が有ろうと無かろうと、お前はお前……なんじゃないか?』
昨日、パンゲアに放った言葉。たぶん、あれは俺が俺自身に向けた言葉でもあったんだと思う。
――どんな過去が有ろうと無かろうと、ヤタはヤタなんじゃないか?
だったら、俺が今のヤタを拒絶する必要なんてない。
俺は、今まで通りにしていればいいのだから。
「こんなところにいたのか。探したぞ」
虚ろな黒目が、恨めしそうにこちらを向く。
「何しに来たの? 邪魔しないでって、わたしは言ったんだよ?」
「別に邪魔しに来たんじゃない。お前を、手伝いに来たんだ」
その返答は予想外だったようで、ヤタは少し目を丸くした後、手を顎に当てて思案顔になった。
俺も、ヤタの返事をじっと待つ。少しした後、ヤタは考えを振り切るように、頭を大きく横に振った。
「そんな必要、ない。わたし一人で探す。お願いだから、これ以上わたしに関わらないで」
口ではそう言い放っているが、ヤタの顔には、僅かな不安が表れていた。
「一人よりも、二人で探した方が早い。それに、今のお前を一人にはできない」
「…………勝手にして」
立ち上がって歩き出したヤタの後を追うようにして、俺はヤタの兄を殺した犯人捜しをすることとなった。
「そういえば、お前は今まで記憶喪失状態で、昨日いくつかの記憶を思い出したんだよな。お前の兄さんのこととか、自分の名前とか……。他に何か、思い出したことは無いのか?」
他にも聞きたいことはあったが、たくさん質問しても、今のヤタが答えてくれるとは思えない。最低限答えてくれるとしても、犯人に繋がらないことは後で聞けばいいだろう。
「……他にも、いくつか思い出したことはあるけど、その中でも関係していそうな記憶は、『東雲』という男のこと。記憶を失う前、わたしは、あいつと兄さんの仇を追っていた。東雲に会うことが出来れば、何か情報が掴めるかもしれない……」
「そう思って、その東雲をずっと捜していたが、見つからず、公園でどうしようか考えていたら、俺が来た……って感じか?」
ヤタはじっとりと俺を上目遣いに睨みつけてから、頷いた。記憶を取り戻しただけで、ここまで豹変するものなのだろうか……。
今のヤタは、なんかクラウドみたいだな。そんなこと言ったら、どっちからも怒られそうだが……。
「あんたの言いたいことは、なんとなく解るよ」
「えっ⁉」
「わたしがなんで、こんなに性格変わっちゃったのか、考えてたんでしょ? まるで別人みたいに。実際、そうなんだよ。わたしは、あんたの知っている、わたしじゃない。わたしは、ヤタじゃなくて、弥生……。記憶を忘れる前の人格……。全て忘れて、あんたたちと遊んでいたヤタとは違うの。こっちが……本当のわたしなのよ」
その口調は冷淡で、だけど、どこか寂しそうだった。
「たとえそうだとしても、お前にヤタを否定していい理由も、道理もない」
とりあえず、情報を集めるとしたら、間違いなく連夜のところに行くべきだろう。ヤタの様子だと、朝からずっと一人で、当てもなく町を回っていただけなのだろう。
「土曜だし……今日は、あそこだろうな……」
店の扉を開くと、からんとベルの音が響く。中を見回すと、窓近くのテーブルに一人座っている、学生帽を被った青年が目に入った。そのテーブルまで、ヤタを連れて進む。
「ああ、連夜。ちょっと聞きたいことがあって来たんだ。一緒にいいか?」
連夜は、窓の外を見ながら「おう」と、生返事をしたが、俺のほうを向いた瞬間、わかりやすく視線を泳がせた。ヤタもずっと下を向いたままだ。
「なあ、連夜。東雲っていう男について、何か知らないか? そいつの居場所が知りたいんだが……。どんな情報でもいい、教えてくれ」
「東雲……か。そりゃまた、物騒なヤツの名前が出てきたな……。俺もよくは知らないが、今までに何人も人を殺してきてるクロウディアらしいぜ。あまり、近づかない方がいいと思うがな……」
次の瞬間、ヤタがはっとした様子で、顔をあげた。
「……思い出した。東雲は、わたしを裏切ったんだ。確か、犯人捜索の為に、忍び込んだ施設で、東雲はわたしを、背後から撃った。その時に、わたしは記憶を失くしたんだ」
「じゃ、ヤタの兄さんを殺したのは、その東雲っていう奴の可能性が高いってことか?」
それを聞いたヤタの目つきは急に鋭く尖り、険しい顔立ちになった。
「…………東雲の居場所は? どこかで見かけたとか、情報は無いの?」
連夜は一つ大きくため息を吐くと、ヤタの眼をしっかりと見据えた。
「さっきも言ったろ。アイツは、危ないんだ。何と言われようと、オレは、オマエらに、危険が及ぶようなことはさせない。ヤタ、今のオマエが、誰であろうとな」
「そんな悠長なことを言っている場合じゃない。ようやく、わたしの念願の夢が叶うんだ。教えてよ。わたしは、兄さんの仇を討つ。そのために、わたしは今、ここにいるんだから」
「だったら、オレらも連れて行け」
連夜から予想外の返答が返ってきたので、俺もヤタも一瞬静まり返った。
「仮に、もしアイツが犯人でも、オマエら二人だけでアイツに勝てるとは思わない。アイツが犯人じゃないにしても、ただで返してもらえるとは限らないしな。だから、オレらと六人で行くって約束できるのなら、情報を教えてやる」
ニヒルに笑う連夜を見て、オレは少しほっとしていた。やっぱり、なんだかんだで心配してたんだな。目の端で、しぶしぶ頷くヤタが見えた。
「よし、決まりだな。オレは、他のヤツらに声をかけてくる。八時にいつもの公園に来てくれ。しっかり準備を整えて来いよ」
席を立ってひらひらと手を振りながら店を出ていく連夜は、少し嬉しそうに見えた。
公園にやってくると、すでに俺以外の五人は集まっていた。
些か重い雰囲気が漂ってはいたが、とりあえず、全員集まれてよかった。
「じゃー、行くか」
先陣切って歩き出した連夜の後に続いて、俺たちもまた歩き出した。
見慣れた商店街を抜けて、人通りのある道からは外れた場所へとやってきた。建物の壁や地面のタイルは荒れすさんでいて、所々に落書きが成されていた。迷灯町に、こんなところがあったのか……。奥まで行くと、数人のガラの悪そうな連中が、何やら話をしていた。人の気配に気づいた連中が一斉にこちらを向く。その中から、いかにも下っ端風な男が連夜に言い寄ってきた。
「おうおう、誰だよォ、兄ちゃん達ィ。っつーか、その制服、迷灯のだよなァ。来る場所間違えてんじゃねェ? ガキはさっさと家に帰んな」
連夜はその言葉を特に気にした様子もなく、後ろの俺たちに目配せして、男に向き直った。
「東雲はどこにいる? 用があるんだよ」
「東雲さんだとォ? あのなァ、東雲さんは、てめえらなんぞがひょいひょい会える人じゃねェんだよォ。痛い目見たくなかったら、帰った方がいいぜェ。それとも、オレたちに遊んでもらいたいのかァ?」
連中が下劣な笑いを浮かべながら、こちらに集まってくる。
「いいから、東雲に会わせて。ここにいるんでしょ? それ以上おちょくるつもりなら、殺すつもりで、こっちも力づくでいくよ」
「冗談でもやめろよ、ヤタ?」
ヤタが懐から銃を取り出そうとしたので、慌てて制止した。
「その辺にしときや。そんな言い方しとると、ワイが臆病モンみたいやないか」
建物の影となっていた場所から、ゆっくりとそいつは現れた。大柄な体つきとは裏腹に、鋭く冷たい雰囲気をまとった男だった。
「聞き覚えのある声がしとると思ったら、アンタかいな。また会えるとは思っとらんかったわ。久しぶりやな、一条、弥生殿」
ヤタは警戒の姿勢を崩さないまま、目線を男に注いでいた。
「久しぶり、東雲。わたしが生きていて、驚いた? 生憎だけど、今日はあんたに聞きたいことが山ほどあるの」
「その様子やと、どうやったかは知らんが、記憶は戻ったみたいやな。ちゅーことは、ワイが何でアンタを裏切ったか聞きたいんか?」
「それも聞いておきたいけど、そんなことなんかよりも、もっと重要な質問が先にある」
ヤタは、今度こそ銃を取り出して東雲に向けた。
「わたしの兄さんを殺したのは、あんたなの? 正直に答えないと、撃つよ?」
水を打ったような、一瞬の静寂。
それを破ったのは、高らかに笑う東雲の声だった。
「……なんや、アンタまだ全ての記憶を思い出してなかったんか! なるほど、これで謎が一つ解決したわい。それにしても……こりゃ、まごうことなき傑作や! 大傑作やな!」
尚も笑い続ける東雲に、痺れを切らしたヤタが、さらに東雲に詰め寄る。
「なっ、何が可笑しいの⁉」
東雲は笑いを止め、さぞ面白そうにこちらを眺めた。
「犯人なら、『そこ』にいるやないか」
東雲の言葉の意味を理解するのには、少し時間がかかった。
ただ、頭が一つの結論を導き出した瞬間、世界が揺らいで、足元から崩れ落ちそうな感覚に襲われた。追い打ちをかける様に、東雲は全ての答えを言い放った。
「な、そうやろ? 神楽アン殿!」
全ての視線がアンへと向けられる。
アンの表情は、髪に隠れてよく見えなかった。
長き静寂の後、アンは大きく頭を起こして言った。
「あーあっ! ばれちゃいましたか!」
アンの表情は、今まで見たこと無いほどに、爽快な笑顔で、俺は頭が真っ白になった。
「そうなんですよ。あたしがヤタさんのお兄さん、和馬さんを殺したんです! 初めて会った時に、あなたが弥生さんであることはすぐに気づきました。最初はどうしようかとも思いましたが、運がいいことにあなたは記憶を失くしていた。始末することはいつでもできる……なら、少し手元に置いて、あなたの無様な様子でも見ていようと思ったんです‼」
両手を広げながら、アンは不気味に微笑んだ。
「でも、失敗でしたね。まさか、こんなに早く記憶を取り戻してしまうとは思いませんでした」
「ほ、本当なのか……? おまえが、ヤタの兄さんを殺したのか? だとしても、なんでそんなこと……」
理解できたって認めたくなかった。
アンは、今まで俺たちを騙していた。そんなことは、解りたくなかった。
「聞きたいんですか? あたしの動機を」
アンは、声のトーンを低くして、深く息を吸った。
「あたしはただ、クロウディアでいるのが、嫌になっただけなんですよ」
その顔は、いつかアンが俺にクロウディアになった理由を話してくれた時と、同じように見えた。
「クロウディアは、普通の生活をすることを許されない。学校に行くことも無く、家族や友達と過ごすこともできない。ただレストを倒し、寿命を奪って生き長らえる。……悩みや痛みを話せる人もいませんでした。だから、クロウを殺せば、契約が切れて、あたしは普通の人間に戻れると思っただけです。和馬さんは、あたしの契約した、クロウでしたから。でも、結局それは、あたしの見当違いだったみたいですけどね。たったそれだけなんですよ。だから……」
そこでアンは一度言葉を止め、何かを堪えてヤタに向き直った。
「だから、あたしが和馬さんを、自分のエゴだけで殺したんです! それ以上でも、それ以下でもないんですよ! あなた達は、あたしに騙されて踊らされていただけなんです!」
快く笑うアンに、ヤタが近づいて行った。
「あんたが兄さんを殺したっていうのは、よくわかったよ。でも、最後までわたしの目的は変わらない。自分から種明かししたってことは、覚悟はできているんだよね?」
「それはもちろんですけど、あたしはあなたのお兄さんを殺したんですよ? 簡単に勝てると思っているのなら、大間違いです」
アンはポケットから小型のスタンガンを取り出すと、ヤタに構えた。
ヤタも同様に銃を構え、臨戦態勢を取る。
「二人ともやめろよ!」
二人の間に割って入ろうとしたが、時すでに遅し。
先手必勝とばかりに、ヤタがアンに向かって一発撃っていた。
右脚に当たり、アンがよろける。が、そのままアンはヤタへと突進し、スタンガンを体に押し当てた。
「――――っ⁉」
ヤタの体が地面に崩れ落ちる。
「言ってませんでしたけど、このスタンガンはかなりの高電圧です。首元あたりにやれば、感電死くらい余裕だと思いますよ?」
ヤタは気絶してしまったようで、床に倒れこんだまま動かない。アンがゆっくりと近づいていき、ヤタの近くでしゃがみこんだ。
「おい、アン! やめろ!」
ヤタの首元に近づけられていくスタンガンを見ながら、俺は必死にアンの制止を試みた。
いつもの何倍も速く駆ける足でも、そこに行きつくには時間がかかった。
スタンガンが、ヤタの首元に届きそうになった瞬間だった。
「なっ――」
ヤタが片手でアンの腕を掴んで地面に打ち付けると、アンの体勢を崩していた。
その反動で、アンの体に馬乗りになったヤタは、もう片方の手の銃をアンの頭に突き付け、引き金に指をかけた。
形勢逆転――。
引き金が引かれていく。
俺はただ、見ているしかなかった。
――次の瞬間に聞こえるはずだった銃声は、聞こえなかった。
目の前にいたのは、引き金にかけた指を震わせながら泣く少女だった。
「だめ……だよ。こんなのだめだよ。あんはわたしの仲間なんだよ……。だから、殺しちゃ……いけ、ない……」
「ヤタ……さん?」
ヤタは銃を持った腕を、もう片方の手で無理やり下げた。
その隙に、俺は二人の下へ突っ込み、ヤタの持っていた銃を回収した。
「あんが兄さんの仇でも、殺すのは、だめだよ。だって……あんは、大切な人だから。あの子が、弥生が何と言おうと、これはわたしの意志だから……。だから、そうはさせない!」
「何を言っているんですか⁉ あたしは、あなたのお兄さんを殺したんですよ⁉ 仇を討たなきゃ駄目でしょう⁉」
アンは起き上がって、スタンガンをヤタに近づける。しかし、ヤタは何の抵抗もせず、ただアンを見ていた。
「ついにおかしくなっちゃったんですか⁉ だったら、あたしがあなたを殺して……」
「もう、その辺にしとけ、神楽ちゃん」
ふいに入ってきた連夜の言葉に、アンの動きが止まる。
「オレはいつも、人の思考を読んでいる。だから、なんとなくわかるんだよ。人が嘘を吐いてる時とか、人を騙してる時とかさ。少なくとも、さっきの神楽ちゃんの言葉や仕草の中には、嘘があるとオレは思うぜ」
アンの言動や行動の中に、嘘がある? 確かに、改めて思い返してみると、不自然な点はいくつかあった。連夜は、アンに近づくと、真剣な表情で続けた。
「これはオレの推測だが、もしかして、神楽ちゃん、わざとそんな態度で振る舞ってんじゃねーか? ヤタに自分を殺しやすくするためにさ」
アンはびくりと肩を揺らすと、俯いて押し黙った。
「やっぱり……か。どうりで、おかしいと思ったぜ」
「そうだとしたら……なんだっていうんですか……。あたしが和馬さんを殺した事実は変わらない。しかも、自分の私利私欲のために。だから、あたしは報いを受けなくちゃ駄目なんですよ‼」
アンの瞳から、大粒の涙がこぼれた。
「最初は……ちゃんとみなさんに伝えようって、考えてたんです……。でも、なぜか和馬さんのレストが出てきて、ヤタさんが記憶を取り戻して……犯人探しが始まっちゃって……。もう、ただ告白するだけじゃ収拾がつかないと思って……。だから、もしあたしが犯人ってばれたら、とことん非道な演技をしようって決めたんです。そのことでヤタさんが戸惑うだろうってことは、わかってましたから……」
「あん……。じゃあ、わたしのために?」
「いや、たぶんあたしは、楽になりたかったんですよ。こんな痛みを背負いながら、嫌われることに怯えながら生きることに、疲れたんです。どちらにせよ、そんな生活も、もう終わりですね」
アンは持っていたスタンガンを地面に放ると、立ち上がって、俺たちが来た道の方へと、歩き出した。
「どこに行くつもりだよ? まだ、話は終わってないぜ」
赤くなったアンの眼だけが、連夜の方に向けられる。
「オレは、神楽ちゃんのこと、嫌ったりしてない。殺したことも、全部話してくれたんだから、それは裏切りじゃない。だから、神楽ちゃんがいなくなる必要は無い」
「今さら、同情なんていらないですよ、連夜さん。あたしがここにいる資格なんて、ないですから。だいいち、あたしが……」
そこで連夜は強引に話をさえぎって、強く言い放った。
「自分に生きてる意味なんて無いと思って、このあと一人で死のうと思っているのなら、オレは許さない。自分で自分の命を捨てるヤツは、ただの臆病者だぜ」
神楽は目を伏せると、「じゃあ、どうすればいいんですか?」と震える声で呟いた。
「別に、今まで通り、私たちと一緒にいればいいじゃない」
あっけらかんとしたえりさの返答を理解することができず、アンはしばらく言葉を失っていた。珍しく、クラウドがその言葉に続いた。
「そりゃ、身近な奴が今まで重大な隠し事をしてたっていうのは、こっちもいい気分じゃないけどさ。もしも神楽が自分の犯した罪を償いたいなら、死ぬんじゃなくて、生きて償うべきじゃない? 生きることって、死ぬことより大変だから。特に、クロウディアとして生きるのはね」
「俺も、アンには生きていてほしいし、これからもアンと仲間でいたい」
「ほら、あんは嫌われてなんかいないよ! ここにいていいんだよ!」
体もこちらに向けて、アンは再び涙を流した。ただ、顔は笑っていた。
「お人好し過ぎですよ……全く……。そんなだから、あたしにも騙されちゃうんですよ?けど…………すごくうれしいです」
アンは涙を拭うと、こちらへ引き返した。
しかし、それを邪魔するように、アンの足元にクナイが飛んできて、地面に刺さった。
「おっと、ここで仲直りされてもこっちは困るんや。アンタ等が許そうが許すまいが、それはどうでもいいやろ。アンタ等は、所詮第三者なんやからな。それにしても、弥生殿も気の毒やな。兄ちゃんを殺したやつを、やっと見つけたっちゅうに、たかが第三者に邪魔されて、仇を討てへんなんて。ここまで、兄ちゃんの仇を取る為だけに生きとったのに、ほんま、アンタが生きる理由も、意味も、資格も、道理も……無くなったわけやな」
刹那、ヤタの肩がびくりと揺れる。
見ると、ヤタの瞳は、動揺と困惑に満たされていた。どうやら、人格が弥生の方に戻ってしまったようだ。唇を固く結び、虚空を見つめる少女の表情からは、絶望、の二文字が見て取れた。そんな彼女に、さらに追い打ちをかけるために、東雲の口が開かれる。
「アンタは今、いてもいなくても、どっちでも同じや。アンタが今までやってきたことは、全部無駄だったんや。アンタは、もう弥生殿やない、ただの昔のヤタ殿なんや。ヤタ殿が本物で、アンタが偽物。アンタは、もうすぐソイツ等に否定されるんや。ヤタ殿の体から出てけ、ってな」
「それは、違うよ」
声を発したのは、俺たちのよく知っている方のヤタだった。先ほどまで絶望に沈んでいた表情には、静かな確信が秘められ、内なる少女に語りかけるように言葉が紡がれる。
「前に、ひなたがやよいに言ってたよね? わたしが、本物のわたしじゃないとしても、やよいにわたしを否定していい理由も、道理もない、って。それと同じでさ、わたしや、ひなたたちが、やよいを否定していい理由も道理もないよ。ううん、わたしややよいだけじゃない。全ての人に、その人が否定されていい理由も道理もないんだよ。やよいは、怖かったんだよね? 自分の存在を、異常なものにされるのが。でも、やよいの存在の否定なんて、誰にもできない。誰が何と言おうと、やよいには存在する権利があるんだよ!」
いつも冷徹だったもう一人の少女、弥生は、「わたしが……存在する権利……」と呟いて、少しだけ顔をほころばせると、瞳を閉じて頷いた。ゆっくりと瞳を開き、顔をあげると、その時は、もうヤタに戻っていた。
「なんや、白けてしもたやないか……。おもろないなぁ。いっちょ、お互い仲間割れして派手に殺し合ってくれる思っとったのに。おもろないから、オマエ等やっちまってええで」
東雲が適当にあしらうと、様子を見ていた連中は、待ちかねたようにそれぞれに武器を構えた。20、いや30人はいるだろうか。
「コイツ等は、アンタ等がいつも戦っとる影の化け物とちゃうで。普通の生身の人間や。アンタ等に、コイツ等が殺せるか? まぁ、殺せんのなら、そっちが死ぬだけやけどな」
「お前、汚いぞっ!」
こうなってしまうと、こちらが圧倒的に不利だ。もともとここで全ての話を進めたことに違和感を感じていたが、まさか、普通の人間を盾にされるとは思っていなかった。そんな思考にはお構いなしに、連中はこちらに突っこんでくる。みんななんとか防いでいるが、
それもいつまで持つか。その時、ふいに柔らかな歌声が聴こえ、連中の動きが鈍くなった。やがて攻撃を止めた連中は、ゆっくりと地面に倒れると、眠り始めてしまった。
「あたしがいることを、忘れてもらっては困りますよ! あなたのような人の弱みに付け込んで陥れようとする人は、絶対に許しません!」
アンはもう一フレーズ歌って、さっき受けた足の傷を治すと、常備しているインカムをつけて、新たな歌を歌いだした。体の調子が、いつもより良くなったのがわかる。
「あぁ、おもろないわ! そういう展開は要らないんや!
……しゃあないなぁ。こいつは最後の手段やったんやけど、アンタ等がそのまま希望に満ち溢れるんは、気に食わんからな。
…………ところでなぁ、アンタ等は、気にならへんのか?」
東雲は危機的状況であろうにも関わらず、腕を組んで鼻を鳴らした。
「ほらな、アンタ等が最近体験したことや、弥生殿から聞いた話には、いくつかおかしな点があったやろ? 例えば、弥生殿の兄ちゃんのレストが出てきたことや、弥生殿が記憶を失ったことや」
「弥生の記憶は、お前が奪ったんだろ?」
「それは、弥生殿の早とちりや。よう考えてみりゃわかるやろ。
ワイは、弥生殿を裏切って背後から撃ち、殺そうとした。
ワイはそこで、弥生殿は死んだと思っとった。
死んでるだろう奴の記憶なんぞ奪ってどうするんや。
それにまず、根本からおかしいんや。ワイは、確実に弥生殿を殺しとる。ちゃんと心臓を狙ったしな。それは、弥生殿に聞けば分かると思うで」
入れ替わって出てきた弥生は、思案顔になって、冷静に分析し始めた。
「確かに、わたしは心臓を撃たれたと思う。それで床に倒れこんで……体の感覚がだんだんなくなってきて、消えそうな意識の中で、まだ、生きなきゃいけない、死にたくないって考えてた。そこで、一度意識が飛んで、気づいたら、同じ床の上に倒れてたんだ。その時に憶えてたのは、自分がクロウだってことと、人と契約して寿命を貰わなきゃいけないってこと。あとは、その詳しい方法だったよ」
それだけ言って、弥生はヤタに戻った。
……つまり、弥生は一度死んでいるってことか?そこで何らかの方法で蘇り、ヤタになったのか?
「さらに極めつけは、クロウの能力、そしてクロウディアと同じ位置にある、指の爪痕や」
「何が言いたいの? あなたは、一体何を知っているの?」
東雲は不気味に笑うと、ヤタを指差した。
「これが何を意味するのか、弥生殿、アンタはもうわかっとるやろ? ワイの推理通りなら、アンタはもう、全ての記憶を思い出しとるはずや。アンタが死ぬ間際にワイが言った、この世界の摂理もな。大事なお仲間が、絶望する様は、見たくないっちゅうのか?」
ヤタが、「やよい?」と自分に対して呟いて少ししてから、青い顔をした弥生が出てきた。
「…………わたしは、もともと、クロウディアだったんだよ。……いや、わたしだけじゃない。全てのクロウが、もともとはクロウディアだったんだ」
「っ⁉」
それに一番の反応を見せたのは、クラウドだった。確かに、クロウディアがクロウになるのなら、説明できることがたくさんある。いや、むしろそうだと考えた方が自然だ。それじゃあ、えりさや連夜、アンもいずれクロウになるのだろうか? 今まで、散々クロウを格上げしていたクラウドにはショックだろうが、俺にはいまいちピンと来ていなかった。
「その通りなんや。でも、弥生殿? それじゃ、まだ半分も説明しきれてないやろ?」
東雲が弥生に問いかけたが、弥生はすでにヤタに戻ってしまっていた。その後も、弥生が出てくる気配は無かった。
「ジブンには、荷が重すぎるっちゅうことか? んじゃ、ワイが説明するしかないか」
東雲は大げさに頭を掻いて、息を深く吸い込んだ。
「今弥生殿が話したんは、クロウディアが死んだときに、生きる意志があった場合の話や。その場合、クロウディアは、クロウへと生まれ変わる。ま、その時に、それまでの一切の記憶は失われてまうけどな。弥生殿がそのいい例や。
問題は、クロウディアが死んだとき、これ以上生きる意志がなかった場合や。ここまで来れば、なんとなく、想像はつくやろ? 生きる意志のある者の反対は、生きる意志のない者。アンタ等もよく知っとる、アイツ等のことやな。」
俺たちの知っている、生きる意志を失くした者たち。その答えは、一つしかない。みんなの顔を見回す。どうやら、みんなもその答えがわかったようだった。ただ、その答えは、あまりにも残酷だった。
「いいでいいで、その顔や。ワイは、その顔が見たかったんや。ほんじゃ、答え合わせと行こうか。これが、アンタ等がいずれなる者の姿や!」
東雲は狂ったように叫ぶと、手にしていたクナイを自分の胸に突き刺した。赤い液体がドロドロと流れる中、東雲はさらに二本、三本と苦しみながら、自分の体にクナイを突き刺していく。やがて、動かなくなった東雲の体から、また別のどす黒いものが湧き上がってきた。それは、東雲の体を呑み込み、俺たちのよく知る者へと変形していった。
「レ………スト……………」
「グハハハハハァッ‼ その通りヤ! この世界ハ、プラスとマイナスで成立しトル! クロウディアやクロウという正の存在で傾いた分、レストという負の存在があるんヤ! 正があるカラ、負があり、負があるカラ、正がある! アンタ等も同類ヤ! 正として輝いた分ハ、負となって償ってもらうンヤ! クロウとして蘇ったとしてモ、次に死んだ時ニハ、レストと成り果てる! それガ、この世界の摂理なんヤ! それに、一度クロウディアとなったラ、魂の輪廻に戻ることハ許されヘン。レストは消えんからナ。時間が経ったラ、また元の形に戻る。そうして、永遠にレストとして過ごすンヤ! 和馬殿が、今さら出てきた理由もそれなんヤァッ‼」
目の前で大きな口を開け、言葉を吐き捨てる怪物に、俺は呆然としていた。
クロウやクロウディアが、死んだらレストになる? 魂の輪廻に戻れない? 永遠にレストとして過ごす? それが、世界の摂理?
嘘だ。そんなの、こいつが吐いたただの嘘なんだ。だって、本当だとしたら……。
みんなは、これから、どうなるんだよ?
目の前にいるこの化け物が東雲だという事が、何よりもそれを証明していた。
ただ、そんなことよりも、心のどこかでクロウディアになっていないことを、安堵している自分に、たまらない自己嫌悪を抱いた。
「つっ……うっ、うわあああああああああああっ‼」
渦巻く感情に耐えかねた俺は、後先考えず、剣を持って巨大なレストへと突っ込んでいた。
何なんだよ、これ? 理不尽過ぎだろ?
自分のすべてを賭しても叶えたい願い。その覚悟。それの行き着く末路が、これか?
いや、違う。一番いけないのは、俺だ。
一番ずるいのは、この俺なんだ。
「まァ、その世界も根本から揺らぎ始めてるんやけどナ。そのおかげデ、自我を保ったままこの化け物の力を使えるんやかラ、いいけど、ナアァッ‼」
瞬間、飛んできた黒い腕に、俺はぶっ飛ばされた。
直線状に飛んで、壁に打ち付けられる。
「日奈太君っ‼」
えりさが俺に駆け寄る。
怪我はしたが、動けないほどじゃない。再び剣を握り直すと、俺は強大なレストに向けて走った。掴みかかってくる腕をよけながら、俺は、レストの懐に飛び込んだ。
何でなんだよ……全く。
何でこんな、酷い仕打ちがされなきゃいけないんだ。何で、何で……。
そのまま、感情を剣に乗せて、力任せに斬りつける。斬撃音が、町中に轟く。
「グハァッ! ……これが、噂の気闘士の力……なんカ。だが、今の俺の力ニ、オマエが勝てるんカ? この絶望ニ、オマエ等は勝てるんカ?」
蹴り飛ばされそうになったのを、すんでのところでかわす。
……俺たちは、この絶望に勝てるのか? 死ねば、化け物になる。そんな現実を突きつけられて、普通でいられる方がおかしい。だったら、今俺にできること。これから俺にできることは一つなんじゃないか?体勢を立て直すと、俺はレストに正対して叫んだ。
「死んで、みんなレストになってしまうのなら、俺が死なせない! 誰一人として、死なせずに、俺が全員守ってみせる! こいつらが、命がけで戦うように、俺も命がけでこいつらを守りきる! 世界が理不尽に攻め立てるのなら、俺は、世界とだって戦ってやる‼」
そうだ。それが、この状況の只中にいる俺の唯一出来ることだ!
「うわあああああっ‼」
剣を大きく振りかぶり、黒い塊に向けて、下ろす! 醜い断末魔をあげて、レストは真っ二つに切断された。影は徐々にまわりから薄れ始め、闇に溶け込んでいく。
「それが…………アンタの答え、ナンヤな? やれるもんなら……やってみるんやナ……。どんな、理不尽な真実からも…………せい、ぜい……足掻け……ヤ…………」
影は黒い微粒子となって、見えなくなった。
こいつもまた、時間が経てば復活して同じような行動をとるのか。
とりあえず、みんなに言いたいことがある。そのために、振り返ろうと、足を動かしたつもりだったのだが、体は動かず、物が地面に倒れる音が聞こえた。それが、自分が倒れた音だと認識するのにも、少し時間がかかった。
意識が薄れる。
瞼が重い。
体が軋む――。
少し、無理をし過ぎた、みたいだな……。みんなが俺を呼ぶ声が、ぼんやりと聞こえて、あとは、深い沼に落ちていくように、意識と感覚を、宙に手放した。
どこだろう、ここは?
来たことのない場所だ。
ただ、目の前にいる人には、見おぼえがあった。
後姿のあの人物。
たぶん、あれは――。
「――母さん?」
目が覚めると、そこには見慣れた俺の部屋の天井が見えた。
ゆっくりと、辺りを見回すと、ベッドの傍に驚いた表情のえりさが座っていた。
「ひ、日奈太君っ⁉ 良かった、目が覚めたのね!」
えりさは身を乗り出すと、俺をまじまじと見つめた。
「えりさ? っていうか、俺なんでここに……。ん、てか、なんでえりさが俺の部屋に⁉」
勢いよく起き上がると、若干体が痛んだ。「無理しないで」と、声をかけるえりさを見ながら、ああ、俺、倒れたんだっけと、今さらながらに、頭が情報処理を始める。
「あの後すぐにアンに傷を治してもらったのだけど、あなたは気絶したままだったから、家に連れてきたのよ。……お父さんとも、さっき会ったわ。特に何か問い詰められたりはしなかったけどね。全員でお邪魔するのも悪いから、他のみんなには先に帰るよう言ってあるわ。ところで、さっきから少し気になっていたのだけど……」
えりさは複雑な表情で苦笑した。
「あなた、さっき私のこと、母さんって呼んだわよね?」
「あ……声に出てたのか……。いや、なんか夢の中で母さんを見たような気がしたんだ。小さい頃から父子家庭だったし、会ったこと無いはずなんだけどな。ただ、えりさと過ごしていると、母さんってこういう感じなのかなって、思えてくるよ」
「それ、言われてもあんまり嬉しくないわよ……。まあ、でも、日奈太君が私や私たちのことを、大切なものだと思ってくれているのは、嬉しいわ」
えりさはベッドに置かれた俺の手に自分を重ね、俺の眼を見つめた。
「日奈太君、私たちを守るって言ってくれて、ありがとう。あなたのおかげで、私は立ち直ることが出来た。でも、無理はしないで。あなたがいなくなったら、元も子もないんだから」
そう言って笑うえりさの眼に、絶望の色はもうなくて、俺は安心した。
「ああ、そうだな。俺ももっと、えりさと一緒にいたいからな」
「え?」
「これから先も、みんなでどこかに出かけたりして、たくさん笑っていたい。そのために、みんな死なせないし、俺も死ぬわけにはいかない」
えりさは少し顔を赤くして、呆れ気味に、「そういうことね……」と呟いた。どういう事か意味が解らずに戸惑う俺に、えりさは微笑した。
「でも、そういうことを言うようになったってことは、あなたも変わったのかもしれないわね。そんなあなたに守られることを嬉しいと感じられるようになった私も、もしかしたら、変わったのかも。……ああ、そういえば、外でヤタ……弥生が待っているわよ。話したいことがあるからって。動けそうなら、行ってあげて」
えりさは席を立つと、「じゃあね」と呟いて、俺の部屋を出て行った。
時計は、午前二時を示している。弥生が待っているなら、俺も行かないとな。アンのおかげか、体が疲れているだけで、怪我した所は治っていた。
外に出ると、弥生が家の壁にもたれかかって待っていた。
「もう、大丈夫?」
「おかげさまでな。こんな時間に電車が走っているわけないし、お前とクラウドが運んできてくれたんだろ?」
弥生は、「運んだのは、ヤタの方だけど……」と壁から離れながら、呟いた。俺は弥生にそのままでいるよう促し、弥生の隣の壁にもたれた。
「……今日は、ありがとう。あんたがわたしに協力するって言い出さなかったら、記憶は戻らなかっただろうし、今みたいなわたしは、いなかったと思う」
「代わりに、みんな何も知らずに済んだけどな」
そう、今さらながらに思ってしまう。そんな俺に、弥生は人差し指を向けた。
「それは、違う」
その姿は、さっきのヤタに若干似ていた。
「先にわかっていたくせに、何も言えなかったわたしがこんなこと言うのもあれだけど、知ってしまった後で、知らなきゃよかったって言うのは、結局、本当のことから目を背けているだけだよ。どんなに辛くても、逃げたらだめ。大切なのは、そこからどうするか。そんな曖昧な気持ちで、仕方なく、あんたは全員を守るなんて言ったの?」
弥生の言葉は、見事なまでに的を射ていた。たぶん、俺はまだこれでいいのか迷っている。こんな残酷な真実を突きつけられなくてもよかった道がないか、模索している。
「……ごめん。そんなことが言いたかったんじゃなくて、単純にお願いがあって待ってた」
「お願い?」
弥生は視線を俺から外すと、とっくに更けた夜の空を見上げた。
「正直に言って、わたしがこれ以上、この体に留まる必要性は無い。あ、安心して。さっきみたいに、兄さんの仇が討てないから……とか、自暴自棄な理由じゃないから。ただ、これ以上ここにいても、わたしにやれることは無いし、あの子に負担をかけるだけだと思う。だから、この体から、いなくなろうと思ってる。わたしとあの子の記憶は共有されてるから、わたしがいなくなっても、記憶を失う前のことは憶えてるはずだよ。あの子は、ああ言ってくれたけど、わたしはもう、それで満足しちゃったから。もう、消えても大丈夫なんだよ」
俺は弥生の眼を見た。その瞳には、悲しみも絶望も無く、満点の星々が映っていた。
「だからさ、あの子のことをお願いしてもいい? あの子は、あんたを信頼してる。同じ体にいるから、なんとなくわかるんだよ。今回の件で、あの子も落ち込んでるはずだから、あの子を……助けてあげて。これからも、傍にいてあげて」
なんだかんだ言って、弥生にとって、ヤタは大切な存在のようだ。自分がいなくなった後、大丈夫なのか不安なのだろう。こうして見ていると、二人は姉妹のようだな、と思った。
「わかった。ヤタのことは、任せろ」
「そう、よかった……。これで安心して逝けるよ」
「もういなくなっちゃうのか?」
「うん。あんた達は今、呑気にお別れなんてする気分じゃないだろうし。あんたには感謝してるよ。………………元気でね」
弥生は俺を一瞥して、瞼を閉じた。
一瞬、周りの空気が変わって、次に瞼を開いた時には、少女は弥生ではなくなっていた。
「逝っちゃったか…………。お願いされちゃったね、ひなた」
寂しそうに呟いたヤタは、やがて、失われていた昔に思いを馳せた。
「やよいのおかげで思い出せたよ。わたしがクロウディアになった理由も、『兄さんを捜すため』だった。わたしが小学生くらいの時に、家に強盗が入ったの。抵抗したせいで、父さんも母さんも殺された。わたしも死にかけた。でも、その時ちょうど外出していた兄さんの『わたしを助けてほしい』というクロウとの契約の願いで、わたしだけ生き残った。その後、わたしは親戚に引き取られたけど、迷惑をかけまいとした兄さんは、わたしから離れた。だから、わたしは大きくなった後、『兄さんに戻ってきてほしい』と願ってクロウディアになった」
一気にしゃべった後、ヤタは一息吐いて、胸に手を当てた。
「その後は、兄さんとずっと一緒に行動してた。いろいろなことがあったけど、私は兄さんに頼りっぱなしで、何も考えてこなかった。ただ兄さんについていくだけ。でも、もう兄さんはどこにもいない。だから、これからは自分で考えて、行動しなきゃ、だよね?」
ヤタにはもう、迷いがない。弥生が心配する必要は無かったみたいだ。
ヤタは自分の力で、立ち直ろうとしている。自然に、俺も頑張らないと、と思える。大きくうなずいた俺を見て安心したのか、ヤタは嬉しそうに微笑んだ。
その後ヤタと別れた俺は、大きなあくびをしながら家へと戻った。
玄関で俺を待ち構えていたのは、意外な人物だった。
そもそも、こんな時間まで起きていること自体めずらしいのだが、今回ばかりは、お咎めなしというわけにはいかないだろうと、覚悟はしていた。俺は怒声に備えて、身構えていた。
「日奈太、話がある。ちょっとリビングに来い」
が、怒りの言葉は飛んでこず、思っていたほどに口調もきつくなかった。唖然とする俺を残して、親父はリビングへと入っていってしまった。そのまま突っ立っているわけにもいかないので、俺も慌てて親父の後を追いかけた。部屋に入ると、テーブルの席に着いた親父が、俺にも座るように促した。
そのまま、親父の向かいの席に着いた。何を言われるのかと、緊張しながら親父の様子を見る。親父の方も、なぜか同じように神妙な面持ちになって、深呼吸をしていた。
しばらくの沈黙が続いた後、親父が意を決したように咳払いを一つした。
「いきなりかもしれないが、日奈太。お前は、迷灯町七不思議って知っているか?」
「え⁉ あ、ああ。もちろん、知っているけど……」
まさかその話が親父の口から出てくるとは、思わなかった。ただでさえ、そんなに会話しないのに、噂話なんて浮ついた話は、今まで親父としたことが無かった。
「その中の一つに、カラスと契約した人間が不死身の力を手に入れる、っていうのがあるだろ? 馬鹿馬鹿しいと笑ってくれて構わない。でも、いつかは、お前に伝えなきゃいけないと思っていた」
親父は一呼吸置くと、俺の眼をしっかりと見つめた。
親父のこんな表情を見たのは、初めてだった。
「お前の母さんは、そのカラスと契約した人間、なんだ。
お前に初めて話した母さんのことが、こんなことだなんて、ふざけていると思うかもしれない。
だが、おそらく、本当のことなんだ。
信じろとは言わない。ただ、憶えておいてくれ」
思いがけない親父の言葉に、俺の思考は、しばらく停止していた。
自分の部屋へと戻っていく親父の背中を見ながら、ぼんやりと頭に浮かんだ答えが口から零れ出た。
つまり……、俺の母さんは…………。
「クロウディア……ってことか……?」