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クロウディア  作者: 綾奈
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第三話 残党の異変

第三話 残党の異変


6月11日(日) カフェ「かしわもち」 午後3時頃


 「で、どうするのよ?」

そう切り出したのは、カフェ「かしわもち」特製のフルーツパフェをほおばる黒森(くろもり)だった。

まあ、でも黒森はいい方で、烏丸(からすま)神楽(かぐら)の他の二人はほとんど脇目も振らず、チョコパフェとフレンチトーストを食べている。そして全部俺のおごりだ。

「とりあえず、情報収集するのがいいんじゃないか? レストが、生きることを諦めた者のなれの果てならば、こっちの社会と大きく関係してるだろうし」

どういうことなのかというと、全ては、昨日の夜にさかのぼる……。


 みんなでプリンを食べた時に、みんなが気の向いた時にしか、食事をしていないことを知った。

もともと食べる必要があまり無いのが原因らしい。

ロンリネスとかいう奴らには、あれ以降襲われていなかった。

そこで俺は、今日レストを倒した数が最も少ない人が、カフェで全員におごる、ということにした。まあ、結果的に俺が一番少なかったのだが……。

だが、俺が一番少なかったのにはある理由があった。

昨夜、俺は奇妙なレストを見たのだ。


6月10日(土) 迷灯町(めいとうちょう)内 深夜


 よし、この辺りはもういないな。

今のところ、倒したレストの数は十体。他の奴におくれを取らないようにしないとな。

そう思っていた時だった。


「…………ゴ……ト……ウ……………」


「っ⁉」

振り返ると、そこには新しく湧いて出てきたレストがいた。声の出所を注意深く探しながら、

レストに剣を向ける。

今の声は、いったい誰だ。


「ゴ……トウ……ゴト……ウ…………」


「な⁉ ま、まさか……」

周りに人の気配はない。


まさか、このレストがしゃべっているのか⁉


いや、今までのレストを見る限り、そんな奴はいなかった。

ってことは、新種か? じゃあ、なんで、このレストは俺の名前を知っているんだ?

次の瞬間、そのレストの周りから次々とレストが現れ始めた。


「オマエハ……ゴトウ……ヒナタ…………」

「ワタシ……ハ……ナゼ……コンナスガタ……ニ…………」

「ボクハ……死……ンダ……………?」


どのレストにも戦意は無く、困惑しているようだった。

だが、それも初めのうちのみで、やがていつものように意思のない怪物となって、俺に襲い掛かってきた。こちらも、いつものように黒剣で斬り裂いて行った。

その疑問があったせいで、威力が落ちていつもより少し時間がかかってしまったが。無事殲滅も終了し、そのまま俺は集合場所である公園へと走った。

 これが、昨日の夜の出来事である。



 「ふぅ。まー後藤の言ってたことが本当なら、何か手は打っておいた方が良さそうだな。これから何が起こるかわからねーし、とりあえず、後藤の言った通り町角で情報集めだろうな。戦いの前の情報収集は、RPGゲームの基本だ」

フレンチトーストを食べ終えた烏丸が、腹をさすりながらようやく会話に参加してきた。

いろいろ突っ込みたい気はあったが、今回烏丸には頑張ってもらうので、何も言わないことにした。情報収集は、情報屋の得意分野だろう。

「あ、そういえば、クラウドはどうするんだ? またやることなしか?」

屋内はもちろん、人目のつく場所にはクラウドを連れて行けないので、今も外で待機中だ。

情報を集めるにも、カラスがそこまで人に近づくのは少し難しいかもしれない。神楽も、幸せそうにパフェを食べ終えると、こちらの話に頷いた。

「うーん……残念だけど、そうなるかしら。じゃあ、今回もクラウドは……」

――コンコン!

音のした方を見ると、一羽のカラスが窓をつついていた。もしかして、クラウドか?

「今回は僕も行かせてもらうからね。これ以上君らだけに任せておけないし。とりあえず、全員外に出て来てくれない?」

クラウドのテレパシーに従って、会計を済ませた俺たちはカフェの外へ出た。


そこで少し雨が降っていることに気づいた。だが、そこにクラウドの姿は見当たらず、代わりに少年が立っていた。

茶髪のその少年の背は、神楽より少し高いぐらいだが、童顔のせいでかなり幼く見える。

この辺りの中学生だろうか? それにしては、黒いマントに黒ズボンという変わった服装をしていた。

その少年は、見上げるような形でしばらく俺たちを見ていた。

「えと……俺たちに、何か用なのか?」

そう言うと少年は少しうつむき、上目遣いで睨みつけるように俺を見た。

「当たり前でしょ? 『僕』が呼んだんだから」


しばらくその意味がわからなかった俺は、ただぼーっと少年を見ていた。

他のみんなも、同じような感じだった。

やがて、理解した、というかあることに思い至った俺は、考えるより先に声が出ていた。

「まさかとは思うが、クラウドかっ⁉」

「はあっ⁉ コイツがあのクラウド⁉」

「え⁉ クラウドさんって、クロウですよね⁉ でも、この人は人間じゃ……」

次の瞬間、クラウドらしき少年は瞳を閉じると、身体に力を込めた。

瞳を開くと同時に、彼の背中に真っ黒な翼が現れた。

「もともと僕らクロウは、こっちが本来の姿なんだよ。契約を取りつける時に、カラスの姿のほうが何かと都合がいいから、そうしてるだけだよ。翼の出し入れは自由だから翼をしまっておけば、普通の人間に見える。これからはこの姿で、君らに同行するからね」

クラウドは頭をかきながら、翼をしまった。確かに今考えると、口調や態度も見事なまでにクラウドだ。カラスの時は無表情だったが、表情があるととことん無愛想だな。それにしても、偉そうにしている割には、見た目はやたら子供っぽいな。顔立ちは整っているが、目が大きく丸く、声変わりもしていない。からかったりしたら、怒りそうだが。

「でも、意外ですね。クラウドさんが、こんなにかわいいなんて、思いませんでした!」

神楽がにっこり笑うと、クラウドの顔がどんどん赤くなっていった。

「うっ、うるさいっ! だから、この姿は嫌なんだ! だいたい、僕は人間の歳で十六だから、君よりは年上だ!」

こ、この見た目で俺の一個下なのか。

とりあえず、これで一応クラウドも一緒に行動できるか。なんだかんだ言って、クラウドも一人でいるのが寂しかったのかもしれない。

「じゃ、それぞれ別れて情報を集めて、あとでまたここに集まるか」

「は? 何言ってるの? 僕まだ後藤に何もおごってもらってないけど」

「え?」

「文句は言わせないから。昨日は僕も戦ってたし」

クラウドは、そのまま勝手に店の中へと入っていってしまった。

おいおい、冗談じゃないぞ……。これ以上、財布を軽くされるなんてたまったもんじゃない。

「まあまあ。少しは付き合ってあげたら? ここにいても雨に濡れるだけだし……」

「他人事だと思って……。はあ……しょうがないな……」

残されたメンバーも、ぞろぞろと中へ入った。




 俺は今、非常にまずい状況に立たされていた。

目の前には傘を差した怒り顔の幼馴染み、有川(ありかわ)

隣には面倒くさそうな顔をしているクラウド。

たまたま会ったクラウドと情報収集しているところを、有川に見られたのだ。

「ねえ。どういうこと? 日奈太(ひなた)? その怪しい子、誰?」

有川の口調にいつものようなお気楽さは無い。この状態の有川には、気安く反論できない。

だからといって、放っておいたらクラウドが何を言い出すかわからない。

見事に一触即発の状態だった。

痺れを切らしたのか、ため息をついてクラウドが口を開いた。

「あの、後藤先輩の知り合いですか? 僕、迷灯高校の一年で、後藤先輩と同じ『コスプレ同好会』に入ってるんです。これはその衣装なんです。で、この町に『コスプレの達人』って、呼ばれている人がいるらしくて、その人を探すために情報を集めていたんです」

「ああ! なるほど! コスプレね~。それで、日奈太は恥ずかしがって何も言わなかったわけね! 最近様子がおかしいと思ってたら、へ~日奈太がコスプレね~」

有川は見事にいつもの口調に戻っていた。おい、待て。なんだコスプレ同好会って。

「それで、その情報か、最近変わったこととかあったら教えてくれませんか?」

「う~ん、コスプレの達人についてはわからないけど、最近の事件っていったら、やっぱりあれかな――」



 「それじゃ、日奈太をよろしくね~」


有川と別れた俺の額からは冷や汗がにじみ出ていた。

「どうしてくれんだよ! お前のせいで、有ること無いこと噂になるだろ!」

「仕方がないだろ。あれしか言い訳が思いつかなかったんだよ。僕のおかげで命拾い出来たんだから、もう少し感謝してほしいよ。僕にあんな演技させたんだから、この借りは高くつくからね」

こりゃ、しばらくは金欠になりそうだな……。

それにしても、あのまま有川と言い合いになるのかと思っていた俺は、少し意外だった。たぶんもうクラウドのあんなかしこまった口調は二度と聞けないだろうな。おかげで、有力な情報も手に入れられた。

「そういえば、その服装は怪しまれると思うんだが、他にもっとマシなのはないのか?」

「あると思って言ってるの? そもそも、これはクロウの標準の服だから、人間の感性はどうでもいいし」

だよな……。にしても、このまま行くのは毎回面倒なことになるし……。

「じゃあ、余ってる俺の制服を着たらどうだ? 一つ貸してやるから。集合時間までまだ時間あるし、いったん俺の家に来るといいと思うんだが」

「ま、それでいいや。それじゃ、行くなら行くよ」

なんで、クラウドの方が上から目線なんだ。

そのまま、駅に向かうのかと思ったが、クラウドは俺に手を出したままその場で留まっていた。

どういうことかとクラウドを見ていると、クラウドは周りの視線を確かめた後、大きく黒い翼を広げていた。

直後、「君……少しは察したら?」と、クラウドは呟くと、無理やり俺の両手を掴んだ。

「おまっ、何する気だ!」


抵抗しようとする俺の体が、ふいに無重力感に包まれる。

その後突風に包まれたと思った次の瞬間、目の前に広がったのは、ひらけた曇り空だった。


「僕が人間みたいに歩いていくわけないでしょ? 何のために翼が付いてるのさ。後藤の家までこのまま飛んで行くからね。そのほうがずっと効率がいいし」


クラウドは俺に有無を言わせず、そのまま風を受けて前方に飛行し始めた。

体にはすごい風圧がかかり、眼下の迷灯町が小さく見えた。というか、そもそも絶叫マシンが基本無理な俺が、こんな体験に耐えられるわけもなく……。

「うわあああああああっ‼ ちょ、ちょっと待て待て! スピードが速いっ! もう少し安全運転にしろ! あと、絶対に手離すなよ!」

ジェットコースターとは違い、体を固定されておらずにクラウドの手だけを掴んでいるので、体感する恐怖はそれらの何十倍もあるだろう。ここから落ちたら……と考えると一層恐怖がかき立てられる。

「何? 後藤こういうの苦手なわけ? だったら、もっとスピードを上げて速く終わった方がいいよね。どっちの方向?」

クラウドの不吉な言葉を聞き流して、家の場所を教えると、いろいろあった末になんとか家に辿り着くことが出来た。もしかしたら、少しだけ絶叫マシンへの耐性が付いたかも知れない……。




 カフェでしばらく待っていると、他のみんなも続々と入ってきて席に着いた。若干予想してはいたが、クラウドに貸した制服は俺が一年の時に着ていたものにも関わらず、クラウドが着ると少しぶかぶかだった。「もっと牛乳飲んだらどうだ?」と冗談半分に言ったら、真面目に殺されかけたのでもう何も言えないが。

「それじゃあ、それぞれ集めてきた情報を発表し合いましょうか」

「あ、じゃあまずは、あたしから」

神楽はそう言うと、一枚の写真を取り出した。

そこには、夜の町を歩く集団が写されていた。

だが、そこに写っている人々は皆どこか物憂げな雰囲気だった。

「三日前に、知り合いが見つけて携帯で撮った物を、プリンタで現像してもらいました。話しかけても反応は無く、何かに憑かれたような、おかしな雰囲気だったそうです」

「これが撮られたのは何時頃なんだ?」

「午後11時頃ですから、レストが現れ始める少し前です。もしかしたら、この人たちが、レストの異変に関係あるのではと思ったのですが……」

神楽はそう言うと、少し不安げな顔をした。確かに神楽の持ってきた写真だけでは、直接の手掛かりにはなりにくい。遠くから撮られているので、人々が誰なのかの特定も難しいだろう。

だが、それは神楽の情報だけの場合だ。

「もしかしたら、それと関係あるかもしれない情報を僕と後藤が手に入れてきたよ。こちらも同じく3日前のことだ。迷灯高校の生徒が、夜中の十時前にどこかへ出かけた後、行方不明になっているらしい。しかも10人近くの生徒が、同じ日の、同じ時間帯に出かけたらしい。それらの生徒は別段仲が良かったわけでもなく、共通点と言えば迷灯高校の生徒ってことだけだったらしいよ」

クラウドに全て説明されてしまったが、その通りだ。

有川に教えてもらうまで、俺は学校に行っていたのに知らなかった。

この二つの情報を合わせて考えられることは一つ。

「つまり、その写真に写っている人たちは、失踪した迷灯高生の可能性が高いってことだ。行方不明になった奴らは、深夜の迷灯町に来てたんだ」

「深夜の迷灯町を徘徊する謎の高校生集団……か。そういや、それを裏付ける証拠みたいな情報なら、オレも手に入れたぜ」

烏丸はテーブルに肘をつくと、いつもは見せないような真面目な顔になった。

「オレもクラウドが言ったような噂は、心眼者(マインドシー)の能力で何度も見た。だが、それ以外にもちょっと気持ち悪いものも度々見たんだ。しかも、ソイツらは全員迷灯高校の生徒だった」

烏丸の話の着地点がいまいちわからない。その気持ち悪いものとは、一体何なんだ? 烏丸はそれを言うのを、少しためらっているように見える。

「死にたい……」

「えっ⁉」

「もう生きてる意味なんて無い、毎日が嫌だ、何もやる気にならない……とか、そういう思いばっかりなんだよ。一人や二人じゃない。かなりの人数の人の思考を読み取ったが、迷灯高校の生徒は、ほとんどそうだった。あんなに気持ちの悪い思いをしたのは、ホント久しぶりだったぜ。ソイツらの中のヤツらが、深夜の高校生集団だと推測できるぜ」

烏丸は、不快そうな表情でそのまま黙りこくった。最初は、烏丸が言ってるのかと思って腰を抜かしたが、なるほど、無気力な迷灯高校生が増えているという事か。しかも普通では有りえないような数で。原因はわからないが、それによって無気力な迷灯高生が深夜の町を徘徊していた、という仮説が浮かび上がった。

それにしても、クロウディアの能力も、やっぱり便利とか、すごいとかだけじゃないんだよな。今の烏丸を見ればそれがよく解る。こいつらは、俺なんかよりずっと前から迷灯町にいて、ずっとそれぞれの能力と付き合ってきたんだ。寿命集めとも、レストとも……。

「あとは、そのおかしな迷灯高生が出た原因だけど……私は今回の件、ロンリネスが関わってないかと思って、調査してみたの。この間のビル街のあたりを少しね。確信的な情報は掴めなかったけど、近隣の人から、ある企業が迷灯高校付近に新しく施設を造るらしいという事を聞いたわ。あくまで、噂の段階だけどね」

そういえばつい最近、学校の裏に何かの施設のようなものが建ったな。

「その話は、本当だと思うぞ。外観だけだが、その施設なら俺も見たことがある。最近完成したみたいだった。よくはわからなかったけど、見た目は普通だったな」

「その建物、出来たの詳しくはいつ?」

俺が何気なくそういった時、クラウドが珍しく食いついてきた。

「んーと、一週間くらい前だったと思うぞ。それまでは騒音がしてたのを憶えてるからな」

話を聞いていた残りのメンバーも、その言葉を聞いて何かを理解したようだ。俺はまだ、ピンと来ていなかったが……。

「えと、つまり、どういうことだ?」

「はあ……後藤はまだ解らないわけ? つまり、おかしなことが起き始めた時期と、その建物が出来た時期、一致してるでしょ? その建物の影響によって、近くの迷灯高校の生徒がおかしくなった可能性が高いんじゃないか、ってことだよ」

これで、このことについては大体の全貌がわかってきた。ただ、俺が見たしゃべるレストとの接点が全く掴めないが。ただ、このまま放っておいて良いことはないだろう。

「とりあえず、明日の夜あたりにいっちょ忍び込んでみるか! 何か有るにしても、無いにしても、確かめるにはそれが一番手っ取り早いだろ」

「忍び込むって……そんな違法的なこと……」

「私たちの存在に、違法とか、常識とかはすでにないと思うけど……。それに、日奈太君だってこのまま放っておくわけにはいかないんじゃない? これからは、迷灯高校に何が起こるかわからないわよ」

それもそうだ。こいつらとやっていくには、普通の常識は捨てたほうがいいだろう。

その後、烏丸は明日の為に情報を集めに行き、各自出来ることをすることになった。俺も明日、学校で少し情報を集めてみよう。

ふと、窓の外を見ると、雨はいつの間にか止んでいた。




 その日の深夜も、いつも通りレストを討伐し、家に帰った。

ただ、いつもと違ったのは俺があることをすっかり忘れていたということだ。


「日奈太、今日は遅かったな。何してたんだ、こんな時間まで」


その声を聞いた俺の体は、思わず硬直した。

しまった、そういえば、今日は日曜日だった。

親父は怒りをあらわにしてはいないが、強い語調で言った。


普段、親父は午前0時を過ぎてから帰宅する。

なのでそれまでに家に帰っていれば、何も気づかれないのだが、日曜は夕方には帰っているので、通常通りの俺なら、今日はレスト退治に参加しなかったのだ。しかし、いろいろあったせいで俺はそのことを忘れてしまっていた。

「ちょっと……いろいろあったんだよ」

そのまま自分の部屋へと歩いていく俺に、親父は「そうか」と言うだけだった。親父は、男手一つで俺をここまで育ててくれた。

だが、野球部のことがあってからは、今のようにどちらからも干渉しないという雰囲気が出来ていた。まあ、ある程度のことをしたら、怒られるだろうが。

親父には感謝しているが、訝しく思っているところもあった。


母親の話を一度も聞いたことがないのだ。


小さい頃から、何も話されなかったので、俺も自然と聞いてはいけない事なのだと察した。

知っているのは、母親の名前が、後藤真美(ごとうまみ)だということぐらいだ。


ベッドに倒れこむと、疲れていたせいかすぐに眠気が襲ってきた。起き上がろうかと思ったが、体は少しも動かない。俺は、そのまま眠りへと落ちていった。




 真っ白な部屋。

だが、そこは光が射しているわけではない。

光が無ければ、影も無い。

明るくなければ、暗くもない。

それは、ある意味闇なのかもしれない。

ようするにここは、これは、「無」だ。

その無の中に、二つの「有」があった。


「……目が覚めたか。ようやくお前に干渉する機会が訪れた。どうやら、まだ現状が理解できてないな」


そこには、一人の人物が立っていた。

頭がぼけているのか、その人を見ても姿が判別できない。

男か女か、子供か大人かも判らないその人物は言った。


「ここはお前の夢の中。深く考える必要もない。夢が覚めたら全て忘れる。しばしの間、くつろげ」


何もない部屋に、机と二脚の椅子が現れた。

その人はその中の一脚に座り、俺に座るよう促した。

椅子に座ると、ふわふわしていた体の感覚が少し安定した。


「まずは、忠告しておく。今この世界は、とても不安定な状態になっている。このままでは、いずれ世界は崩壊する。……信じられぬか。ならば、信じるも信じないもお前次第だ」


表情が認識できなかったが、その人物が深刻そうなのは伝わってきた。

ああ、まだ少し、意識が曖昧だな……。何か問いかけようにも、言葉が紡ぎ出されてこない。


「この空間ではお前は存在するのがやっとだ。だが、覚えておけ。お前はこの世界の鍵。この先何があっても挫折してはならぬ。お前の信じる道を行き、守りたいものを守りきれ」


いつの間にか、机も椅子も消え、俺たちは向かい合って立っていた。

何もなかった部屋に、光が射し始める。

どうやら、朝のようだ。


もう夢が終わるという予感が、俺に最後の言葉を紡ぎ出させた。

「お前はいったい、誰なんだ?」


その言葉を聞いた瞬間、その人が驚いたように感じた。

消えゆく意識の中、俺は確かに、その声を聞いた。


「私は、彼女の契約者であり、――――だ、後藤日奈太。再び会えることを祈っている」






6月12日(月) 迷灯高校 昼休み


 昼飯を食べ終わり、いつもはゆっくりと次の授業の準備でもしながら、過ごしているこの時間。

俺は出来る限りの情報を集めようと、東奔西走していた。

たまたまそこにいた有川から情報を聞いていたが、その後どういう訳か有川も手伝うと言ってきて、手分けして校内をまわることになった。かなり張り切っていたので、何かドジをしていないといいんだが……。

こちらの情報はほとんど噂のような物ばかりで、使えそうな情報は掴めなかった。あとは、有川に賭けるしかないか……。

そう思いながら、待ち合わせ場所の教室で待っていたのだが、昼休みが終わりそうなのにも関わらず、有川が戻ってくる気配は無い。それだけではない。なぜか教室には、半数の人が戻ってきていなかった。


『お前の信じる道を行き、守りたいものを守りきれ』


突如頭に浮かんだ言葉に背を押され、俺は悪い予感を振り切りながら教室をとび出した。


その最中に聞いた話が俺の耳にとび込んできた。


「ねぇ、さっき屋上への階段を上がってく集団を見かけたんだけどさぁ、なんか変な雰囲気だったんだよねぇ」

「サボりじゃないの~? ほらほら、授業始まるよ~」


それを聞いた俺は、屋上への階段へと走った。


案の定、屋上へと上がっていく有川を見つけた。

「おい! 有川! どこ行くんだよ!」

呼びかけてみたが、有川に返事は無い。

聞こえてないのだろうか? さらに近づいて肩を叩きながら呼びかけた。

「有川! 聞いてるのか? もう授業始まる……ぞ?」

有川の正面にまわりこんで、顔を覗き込んだ俺は硬直した。


有川の顔には、まるで生気がなかった。


有川は立ちふさがっていた俺を普通に押し退けると、そのまま階段を上っていこうとする。

「おい、待てって! 有川っ!」

それでも、有川は止まる気配のないまま、屋上への扉に手をかけた。このまま先に行かせるのは、とても危険な気がした。


「目を覚ませ、由香(ゆか)っ!」


もう一方の手を掴んで、こちらを向かせる。

がらんどうな有川の眼がこちらに向けられた。


「……あ、れ……? ひ、なた……? 私なんでここに……?」

がらんどうの瞳は、いつの間にかいつもの子どもっぽい瞳に戻っていた。


――ガシャンッ!


有川が開きかけた扉の向こうから、ふいに音が聞こえた。

俺は、反射的に有川を退けると、ゆっくりと扉を開いた。


 破られて穴の開いた転落防止用のフェンス。

その外側の縁に建つ十数人の生徒。

フェンスの前に順番を待つかのように並ぶ、大勢の生徒。

異変に気付いた教師たちの声。後ろに集まってきた野次馬。


一瞬、現状が理解できなかった。

だが、俺の頭が情報処理を始める前に、校舎の縁に立っていた生徒の一人が、地面に向けて自由落下を開始する。

それを合図に、次々落ちていく人影。ゆっくりと、流れる時間。

意識するよりも前に声が出ていた。


「やめろぉっ‼」


足が動いた。今までの何倍も速く。

屋上のフェンス越しに、落ちていくたくさんの身体が見えた。


絶望に沈んだ数十の瞳が、梅雨時の曇天を見つめていた。




――グシャリ












「じゃあ、侵入経路は今のでいいわね? 私、烏丸、神楽さんの三人で、あの建物に忍び込み、日奈太君とクラウドで町のレスト討伐。討伐班の二人は終了次第あの建物付近に来て、私たちの援護をお願い。侵入できても、脱出できない可能性もあるから」

「りょーかいだ。思考読みなら任せろよ。誰にも気づかせないぜ」

「あたしも、歌で出来る限りのことをします!」

「監視カメラとかもあると思うから、気を付けてよね。最悪の場合、神楽の眠らせる歌で何とかなるかもしれないけれど、あれも乱発は危険だろうから。


って感じだけど、聞いてるよね、後藤?」



酷く頭がぼーっとしていた。

昼間にあった現実味のないあの光景が、今も頭の中を巡っている。

どこか空想の世界の出来事でも見ているかのようなのに、あれは確かな現実なのだ。


今日の昼休み中、迷灯高校の生徒による謎の集団飛び降り自殺。

行列のように並んで待っていた生徒たちは教師たちの説得により意識を取り戻したが、初めに飛び降りた十六人は死亡。原因も理由も不明。遺書も見つかっていない。たぶん、今もニュースで流れているんだろう。俺がここに来た時、他のみんなはすでにその事を知っていた。俺の様子を見て、能力的にも活躍が見込めないと判断した黒森は、俺を討伐班にまわしたというわけだ。


「まー、後藤も今は精神的に疲れてるんだよ。そう言わないでやれや。じゃー、オレらはそろそろ行くか。クラウド、後藤を頼んだぜ」

俺とクラウドを残して、他の三人は学校方面へと走っていった。「なんで僕なんだよ……」とぶつぶつ言っていたクラウドも、立ち上がると何もない空間から「デスサイズ」を取り出して戦闘態勢に入った。

クラウドも能力を持っており、「死霊使い(ネクロマンサー)」というらしい。デスサイズという大鎌を使って亡者を呼び出すことができる。それを使役して戦う、と以前クラウド自身が言っていた。


レストはまだ出現していない。俺も一息吐くと、リュックから黒剣を取り出した。クラウドは大きなデスサイズを肩に担ぎながら、そんな俺を上から見下ろしていた。

「えりさや、烏丸や神楽は随分と君に甘いみたいだけど、僕はそんな風には思わないから。ここはそういう世界なんだよ。誰かが死ぬたびにそんな風になられてちゃ、こっちも困るんだよ。慣れろ、とは言わないけれど、君がそうやってる間に、取り返しのつかないことになる可能性だってあるって、知っておいた方がいいと思う」

取り返しのつかないこと……。

クラウドは地面から数十体の霊を呼び出し、自分も大鎌を構えた。

クラウドが戦っているところは何度か見たことがあるが、あいつは俺でもわかるくらい異常に強い。特に、普通のレストのような大多数の強力でない敵の殲滅に向いている。それこそ、俺がいなくても一人で全滅させることくらいわけないだろう。だからこそ、俺は覚悟を決めてクラウドに頼んでいた。

「なあ、クラウド。頼みがあるんだ。ここをお前に任せたい」

クラウドは一瞬驚いたようにこちらを見たが、すぐに元の表情に戻った。

「それが人に物を頼む態度なの? 嫌だよ。……と、普段なら言いたいところなんだけど、えりさに頼まれてるし、仕方ない。今回だけだよ。さっさと行ったら?」

「黒森が、何か言ってたのか?」

「もしも後藤があの建物のほうに行きたいって言い出したら、行かせてあげてって、えりさがね。本当は、僕一人でやるつもりだったし。君の能力で、今から全速力で走れば何とか間に合うんじゃない? 侵入の仕方はちゃんと聞いてたよね?」

クラウドはやれやれといった風に肩をすくめると、俺に背を向けた。

「助かるよ。ありがとう、クラウド」

俺はそのままレストの現れ始めた道を、学校方面へと駆け抜けていった。


 烏丸に手で遮られ、一度近くの物陰に隠れる。

そのまま通路を見ていると、一人の巡回警備員が周囲を見回しながら、通り過ぎて行った。細心の注意を払いながら、再び立ち上がり、次の部屋へと歩を進める。

今のところ、見つかってはいない。烏丸を先頭に、神楽、俺、黒森の順に通路を進んでいく。どこに原因があるか不明なため、部屋を一つ一つ調べていくしかない。俺たちが侵入した施設は、実際に入ってみると、研究所のようだった。深夜でも残っている人はいるようで、出くわす度に神楽の歌で眠らせた。カギに関しては、どこから持ってきたのか、烏丸が施設のカードキーを持っていたため、それで何とかなりそうだ。ただ、この方法で行くと、クラウドも言っていたように、神楽の消耗が激しい。その為、神楽は今も少し息を切らしている。原因を見つけ出すまで、持ち堪えてくれるといいのだが……。

「おし、次の部屋だ。中に人はいない。このまま突入するぞ」

烏丸はそう言ってカードキーを取り出し、扉のロックを解除した。自動で扉が開く。四人分の足音が部屋の中に響いたところで、扉が閉まった。

烏丸が懐から懐中電灯を取り出そうとするのを、ふいに黒森が制止した。


「……人がいるわ」


次の瞬間、部屋の電気が点いた。


「なんだよ……随分間抜けな集団かと思ってりゃ、そうじゃないのもいるじゃないか」


乾いた男の声が、部屋に響いた。

おびただしい数の機械が並べられた研究室に、場違いな格好の男が立っていた。灰の長いコートの裾は、ファッションなのか、ぼろぼろになっており、カジュアルなカーキパンツのポケットに手を突っ込んでいる。紺鼠色の長い髪を、後ろで一つに束ねたその男の眼は、獲物を見つめるように鋭く吊り上っている。

「どういうことだ? 俺の能力じゃ、部屋の中に誰かの思考は感じなかったぜ……」

「なるほど。あんたが(あさひ)(しずく)の言ってた心眼者(マインドシー)かよ。残念ながら、俺にその能力は通じないんだよ」

そう言うと、男はポケットに突っこんでいた左手の甲を見せた。

人差し指の付け根あたりに、鳥の足跡のマークがある。


こいつ……クロウディアか⁉


「クロウディアやクロウに対しては、能力の効果を発揮できないのは知ってるな。もちろん、例外もある。あくまで、クロウに逆らったり、クロウディア同士で争ったりがないようにの枷だろうから」

それじゃあ、こいつには烏丸の能力は使えないのか。知ってるな、と言われても俺は初耳だったが……。

「旭と雫……ということは、あなたもロンリネスの一員なのね。というか、やっぱりここは、ロンリネスの研究所なのかしら?」

黒森は聖槍を構えながら、俺たちの前に出た。烏丸の能力が使えないという事は、神楽の歌もこいつには効かないだろう。となると、倒して進むしかない。俺も前に出て、担いでいた剣を男に向ける。

「おいおい、物騒だろうが……。俺に勝とうっていうのか? 無謀な賭けはやめて、さっさと逃げることを推奨するが?」

突如、男の右手の周りの空間が歪み、禍々しい紅い剣が現れた。男はそれを片手でぐるぐると振り回すと、俺たちに向けた。なんだか、すごくおぞましい雰囲気が漂っている。

「俺は、(やしろ)。『破壊者ブレイカー』だ。どんな性質のものでも、この剣なら壊せる、そんな能力を持ってる。それこそ、ダイヤモンドだろうが、人間だろうが」

「烏丸、神楽さん! ここは、私と日奈太君に任せて、原因を探して! おそらく、何か機械のような物の可能性が高いわ!」

二人は頷いて踵を返し、急いで部屋をとび出して行った。こいつがただ者じゃないと感じたのだろう。目的は、生徒たちのおかしくなった原因を突き止めることだ。それに、あまり時間はかけられない。黒森の判断は賢明だろう。

「ほう、二人逃がしたか……。けど、残念だが、これじゃ、あんたらは逃げられないな」

徐々に近づいてくる社に正対しつつ、黒森は俺に小声で話しかけた。

「ごめんなさい、日奈太君。あなたを、まき込んでしまって……。たぶん、こいつは……相当ヤバいやつよ。生きて帰れる保証はできない。でも、私の命に代えても、守り切って見せるから……」

「なあ、黒森。そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、もう少し俺を頼ってくれないか?俺もここにいる以上は、自分の身くらい自分で守るし、黒森のことも守りたいんだ。そりゃあ、戦う力じゃ黒森には劣ってるかもしれないけど、甘えていたくはないんだよ」

さすがによそ見するのは危険なので、正面を向いたまま言い放った。

それでも、隣の黒森から、驚きと、嬉しさの微笑が感じられた。


「はいはい。仲良しごっこは、それまでだよっ‼」


次の瞬間、社から横薙ぎに斬撃が放たれる。

俺と黒森は同時に部屋の隅に避ける。


斬撃が扉に当たり、二つに斬り裂かれた。破壊力は……凄まじいな。

すぐに挟み撃ちにするように、俺と黒森で仕掛ける。思い切り振ったが、手には物を斬った感触が無かった。すかさず、視覚で社を探す。


次に俺の眼が社を捉えた時には、黒森が宙に舞っていた。


「黒森ぃっ‼」


慌てて駆け寄ると、黒森の左足の膝から下が無かった。少し向こうに、彼女の足が転がっていた。すごい勢いで足から血が流れ続けている。

「な、何してるの、日奈太君! よそ見してたら……あなたも、やられるわよ!」

「うーん胴を斬り裂いたつもりだったが、かわしやがったか。で、かわしきれずに、左足が……って感じか。おいおい、手応え無さ過ぎなんだが……」

俺は剣をしっかりと握り、社を睨みつける。

そのまま沸々と湧き上がる感情を、全て剣に乗せて、地面を蹴り、斬る!

その全ての動作に一秒もかからなかったことを、俺も社もその時は気づかなかった。

「ぐっ!」

肉を斬る感覚。気づいた時には、肩を支える社が瞳に映っていた。かすっただけのようだが、攻撃を当てることが出来たようだ。

「……なんだ今の速さは? ほぼ、目で追えなかったが……。ま、いい。少しは俺を楽しませてくれそうな奴が来たってことか」

社は剣を構え直すと、不気味な笑いを浮かべた。急に速くなったってことは、俺の能力が働いているってことか? この感じなら、もしかしたら、社を倒せるかもしれない! 俺はもう一度地面を踏みこみ、剣を振り上げる。


――ガンッ!


鈍い衝撃と共に、剣が吹っ飛んでいった。

「ま、でも、どれだけ速くても、壊される前に壊せばいいだけの話だ」

くそ、剣身の部分を斬られたようだ。剣で防がれると、何も攻撃できない。

「日奈太君! こっちを代わりにっ!」

そう言って、黒森は新しく造った黒剣を放り投げた。すかさず、俺はそれを拾って、もう一度構える。

だが、このまま突っ込んでもまた同じようにやられるだけだ。何か、なにか手は無いだろうか……?

「避けてっ!」

反射的に、体が動いた。

次いで、社の方向に何かが飛んできた。そして、爆発音とともに、目の前で火花が散った。

今なら、攻撃できる! 俺はそのまま、煙の中に突入した。だが、そこに社の姿は無かった。

「なるほど。物を造りだす能力、お前が噂の創造主クリエイターか。俺の能力とは、相反する能力か。創造と破壊……。で、その造りだした爆弾ごときで、俺は怯んだりしないんだよ」

どうやら、爆弾が飛んできたときに、避けたようだ。でも、爆炎には巻き込まれたはずだ。

社は、若干怪我をしているように見える。それを見て、黒森が次々に爆弾を造っては投げた。今の俺の身体能力なら、爆炎をぎりぎり避けられる。

「はぁ……鬱陶しい。俺は、こういう、ちまちましたことは嫌いなんだ……。ったく……」

ふいに社が俺の視界から消えた。

嫌な予感がするとともに、体が黒森の方へ向かっていた。

「だったら、あんたを先に始末するしかないよな」

社が黒森に向かって剣を振り下ろした。


足を斬られた黒森が、避けれるはずはなかった。



――ザシュッ!





暗くなる視界。

目の奥がちかちかする。


そのまま、体の力が抜けて床に倒れこむ。

右腕を、斬られたか……。


床に紅い液体がシミを作り出していた。


「っ! 日奈太君っ!」

「庇いやがったか……。ま、順序が逆になっただけだが。可哀想だから、最期に一つ教えてやるか。迷灯の生徒が死んだ原因の機械は、確かにここにあるさ。だがあれはあくまで、クロウディアの人数を増やすために作られた、『生に執着させる』エネルギーを出す機械になる予定だったんだが、失敗して、逆に『生に執着しない』エネルギーを出す機械になってしまったらしい。ま、それはそれでレストが増えるからって放置されてるが。つまり、あんたらがあの機械をどうしようが、俺らはどうでもいいんだ」



――ドゴォンッ!



遠くで何かが破壊されたような爆音が響く。

続いて、侵入者警告のサイレンが鳴り、人の足音がどたどたと響く。


「と、言ってるそばから、機械が壊されたようだ。面倒なのが戻ってくる前に、始末しとくか。もともと、それが、命令だった訳だしよ」

命、令……?

いけない、意識が徐々に薄れてきている。

それよりも、おそらく今の音は、その機械が壊れた音ではない。それにしては、音が大きすぎる。

烏丸も神楽も、攻撃的な能力ではないので、無理やりぶっ叩いて壊したとは考えにくい。

となると、今のは、一体何の音だ?

そんなことを考えているうちに、社はすぐそこまで迫っていた。立ち上がろうにも、片手だけでは体を支えきれず、床に崩れる。次の瞬間、紅い剣が振り上げられた。


――ガッシャン‼


勢いよくドアが壊された。

そのドアの向こうにいた人物は、部屋の中を見回すと、怒りを露わにした語調で言い放った。


「えりさとそのおまけを、傷つけるような奴は、僕が地獄の果てまで追い回してやるから!」


「クラウドっ!」


クラウドは、地面から何十体もの霊を呼び寄せると、全て社に放った。

能力で何でも壊せるといっても、数が多いので振り解くのが困難なようだ。今さらだがおまけって、俺か? その隙に烏丸と神楽が戻ってきていた。

烏丸に「心配すんな。もう大丈夫だ」と言われ、担がれて部屋を出る。横目に見ると、黒森は、クラウドに担がれ、神楽は俺たちの武器などの荷物を抱えて、走って後ろをついてきていた。ただ、揺れる烏丸の背中で、俺はぼんやりと思った。


味方につけたら、こんなに頼もしいやつらなんて……他にいないかもしれないな。






脱出の途中で俺は気を失ってしまったらしく、次に気づいた時には、公園のベンチの上で横になっていた。切断された腕は神楽が治してくれたらしく、傷一つ残っていなかった。黒森の足もきれいに元通りになっていたが、代わりに、神楽はかなり疲れた様子だった。神楽には、今回たくさん世話になったので、しっかり休んでもらいたい。


「なあ、えりさ?」

「ん? どうしたの、日奈太君? しかも急に名前で……」

「いや、何かそう呼びたくなったんだ。お前は少し前から、俺を名前で呼んでたし。それに俺、何か最近、ちょっとおかしいんだ」

そう言いながら、俺は空を仰いだ。

しばらく雨が続いていた夜空は、久々に晴れて、星が光っていた。

「死にかけたり、殺されかけたりしてるのに、今の方がずっと充実してるし、今の方が、ずっと生きてるって感じるんだ」

隣でえりさが、「私もかもしれない」と言って微笑した。


たぶんそれは、人がみんな、心のどこかで望んでいることなのだ。

何か未知のものに、一心に打ち込んでみたい。


同じ志を持つ仲間と一緒に。


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