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クロウディア  作者: 綾奈
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第二話 街角の孤独

第二話 街角の孤独


5月30日(火) 帰り道 放課後

                                       

 それから一週間がたった。例の黒森(くろもり)えりさだが、監視すると言っていたので何をされるのかと思っていたが、ずっとつけられているわけではなくて安心した。

「ねぇねぇ、日奈太(ひなた)! 今日この後ちょっと付き合ってほしいところがあるんだけど……」

と、話しかけてきたのは、有川(ありかわ)だった。

栗色の髪を少し大きめのリボンでまとめた有川は、子どもっぽさが残るが俺と同じ歳、同じクラスだ。

「『神楽(かぐら)アン』っていう女の子の歌手のコンサートなんだけどさ。一緒に見に行こうよ!」

「別に俺とじゃなくてもいいだろ……いつも一緒にいる子はどうしたんだよ?」

有川は、「あー、えっと……」と言いながらうつむき、弁解を始めた。

「実はその子今日風邪をひいちゃって、でもチケットは二枚取っちゃったから、一枚余ってて……。他の子にも聞いたんだけど、みんな今日は用事あるらしくて……」

有川の両手に握られた二枚のチケットのうち、一枚をつまみ上げながら「わかったよ」と返事をすると、有川は「ありがとうっ!」と目を輝かせた。こいつ本当に子どもっぽいな。

「その神楽アンって子は、人気なのか? 俺は初めて聞く名前だが……」

すると有川は、よくぞ聞いてくれました! とばかりに胸を張ると、説明を始めた。

ああ、これ長くなるやつだ、聞かなきゃよかった。

「神楽アンちゃんは、すごく歌の上手い女子中生歌手なんだよ! 迷灯町では、とっても人気のある歌手で、っていうか、基本は地元の迷灯町だけでコンサートをしてるからなんだけど、清楚っていうか、すごくかわいいの! 声もこう、澄んでいるっていうか……体の隅々まで響き渡るんだよね~。神楽アンといえば、迷灯町の天使って感じだよ~」

今も説明を続ける有川を半ば無視しながら歩いていくと、そのコンサートが行われているという「迷灯総合ホール」に到着した。外観からしてかなり広そうだ。有川も説明をやめ、よっぽど楽しみなのかだんだんと早歩きになっていた。入り口でチケットを切ってもらうと、いよいよ中に入った。


「うわあ……」

まだ開演までしばらくあるというのに、ホールの中は満員状態だった。やはりかなりの人気歌手のようだ。

だが俺はそんなことより、さっき有川の言っていた「迷灯町だけ」で活動を行っているという事が気になっていた。そんなに人気があるなら地元じゃなくても十分やっていけそうなんだが、何か事情があるのだろうか?

「あのあたりが観やすそうだよ、日奈太!」

席は空いていないので立って観ることになったが、有川が良さげな場所を選んでくれたおかげで、ステージ上はしっかり観られそうだ。

しばらくしてホール全体が暗くなり、会場が静まり返ったところで開演のブザーが鳴った。

「お待たせしました!ただいまより、神楽アンさんのライブコンサートを始めます!」

ステージにライトが当たる。そこには一人の女の子がたっていた。

山桃色の髪をサイドアップで結び、薄桃のワンピースを身にまとっている。ミュージックが流れ出すとともに、会場が大歓声に包まれる。

「みなさん、今日はあたしのコンサートに来て下さりありがとうございます! みなさんと出会えた今日という日が、最高の一日となるようにあたしも精一杯歌います! 今日は、楽しんでいってください!」

そう言って神楽アンが手を振ると、会場が再び歓声に包まれた。さすがの人気だな、これで歌も上手いのなら、有川が言っていたことも頷けるかもしれない。そう思っていると、ポップスのミュージックに乗せて、最初の歌が始まった。


 結論から言うなら、神楽アンの歌はとても上手かった。

ただそれ以上に、何か異様な雰囲気を感じた。

有川も他の観客たちもそれに気づいた様子は全くない。なんだろう、この感じ。

観客たちが、何かもっと違うものに魅了されているように見える。


「あなた、こんなところで何しているの⁉」


振り返るとどこから出て来たのか、黒森が驚いた顔でこちらに呼びかけていた。

有川がそれに気づき、「知り合い?」と尋ねてきた。

だが、俺はそれに答える間もなく、黒森に腕を引きずられてホールの外に出されてしまった。


「おい、何するんだよ。普通にコンサート観てただけだろ。別に有川、一緒にいた奴に、迷灯町の秘密を言ってもいないぞ」

「だから、それが問題なのよ。なんで普通に神楽アンのコンサートを観ているのよ。あと、一緒にいた子にも、もう彼女のコンサートには来ないように言っときなさい」


そこまで神楽アンのことが嫌いなんだろうか? いや、さすがにそれはないか。

とすると、俺がさっき感じた異様な雰囲気と何か関係があるんだろうか?

俺は、感じた疑問を率直に聞いてみることにした。

「なあ、昨日は聞く暇なかったけど、黒森ってクロウディア、っていうやつなんだよな、烏丸と同じ。まさかその神楽アンも、何か特別な存在なのか?」

黒森は大きくため息を吐き苦笑すると、腕を組んで近くの壁にもたれかかった。

「後藤君はそういう勘は鋭いのね。そのことは、この後本人から聞きなさい。コンサートが終わったら、会いに行くつもりだから」

「知り合いなのか⁉ ていうか、そんな簡単に会えるものなのか……。あ、そうだ。黒森もクロウディアなら、お前の能力って何なんだ? あの、杖みたいな槍みたいなやつか?」


黒森は少し考える素振りを見せると、「何か食べたいものある?」と意味不明なことを聞いてきた。

「いや、今はどっちかっていうと飲み物が欲しいな」と冗談半分に言うと、黒森は自分の両手を見つめ始めた。

何やってるんだろうと俺も黒森の手を見ていると、何もなかったはずの両手の上に、コーラの入ったペットボトルが突如出現した!

「う、うわあっ!」

な、なんなんだ、今のは⁉ 黒森から手渡されたコーラを恐る恐る受け取る。

ほ、本物だ。

少し飲んでみたが、ちゃんとコーラの味だ。普通に美味い。

手品か何かだろうか?

だが、俺は食べ物を聞いた黒森に、飲み物で答えた。事前に準備していたとは考えにくい。

そんな俺を見て、黒森が説明を付け足してきた。

「私の能力は、『創造主クリエイター』といって、想像したものを造り出すことが出来るの。私の槍はそうやって作った物なのよ。あと、君にあげた剣もそうよ」

物体を作り出す力、創造主クリエイター……。

なるほど、だから、コーラが出現したのか。あの、妙にファンタジックな剣や槍の出所もそれで説明がつく。烏丸のも便利っちゃ便利だが、黒森のはそれを大きく上回っている。

「その力、ばれたら誰かに悪用されかねないんじゃないか?」

「ええ。今までも何度もこの力のせいで狙われてきたの。だから、普段は創造主クリエイターではなく、『聖槍使い(ホーリーランサー』と名乗っているわ」

聖槍使い、確かにそう名乗られてもあまり違和感ないな。俺にはその能力を明かしてくれているという事は、少しは信頼してもらえているのだろうか。

「そういえば、私もあなたに聞きたいことがあったのよ。後藤君は、クロウディアでないにもかかわらず、能力が使えているみたいだけど……どういうこと?」

「ん? いや、俺には能力なんて使えないと思うが……」

そもそも、そんな便利な能力があったら、今頃俺はもっと違った人生を送っていることだろう。

勿論カラスと契約した覚えなんて毛頭ない。運動神経はいいと思うが、それもそこまでずば抜けているわけではない。

「そんなことないわ。だってあなた、このあいだ……」

そう黒森がしゃべり出そうとした時、一羽のカラスがこちらにすごい勢いで飛んできた。

そして、徐々に羽音を静めると、いつの間にか差し出されていた黒森の右手の指に器用にとまった。


「ようやく見つけたよ、えりさ。全く、いきなり勝手にどっか行っちゃうから驚いたよ。……でさ、このいたって普通の男は、なんなの?」


最初その声がどこから聞こえてきたのか、全くわからなかった。

明らかに俺を見下した態度だったので、一発何か言ってやろうかと思ったが、俺が声の正体に気づいた時にはそのことは頭から離れてしまっていた。


「か、カラスがしゃべってる⁉」


しばらく驚きで動けないでいた。いよいよ、某アニメや某マンガのようになってきた気がする。

「君ねぇ……カラスの声帯は人間とは違うんだから、人間の言葉を話せるわけないだろ。テレパシーだよ。テレパシーで思考を送ってるの!」

どっちも現実味がないって意味で同じのような気がするが……。ここまで来ると、耐性がついてきたのか、そんなこと聞いてもあまり驚かなくなってきた。

少し落ち着いてきたところで、黒森がカラスを紹介してきた。

「紹介が遅れたわね。この子は、クラウド。私の『クロウ』よ。あとクロウっていうのは、クロウディアが契約するカラスたちのこと。クラウド以外にも大勢いて、一種の種族と考えてくれて構わないと思うわ。クラウド、こちらは後藤日奈太君」

契約しているカラスでクロウって、そのままだな。

「ふーん。で、えりさはかなり後藤のことを信頼しているんだね。彼が普通の人間にも関わらず、そんなにもいろいろ話しちゃってるわけだし。ま、理由はだいたいわかるけど。言っとくけど、えりさに何かしたら、僕がただじゃおかないから」

相手はカラスで表情も読めないのだが、クラウドが俺に嫌悪感を抱いているのはわかった。

うかつに何かしない方が無難だろう。

「それで話を戻すけど、生まれつきなのか、突発的なのか、後藤君にはクロウディアのような能力があるみたいなの。能力は恐らく、気闘士(フィールバトラー)よ」

「いや、だからそれはないって……」

黒森は途中で俺の話をさえぎると、何か思いついたのか「ここじゃ人目につくから」と、ホールから少し離れた路地裏に移動した。

黒森はそこで地面にしゃがみ込むと、手をかざして鉄の塊を造りだした。ごつごつしていて、かなり大きい。

「後藤君、前に私があげた剣を持ってるかしら?」

「ああ、持っているぞ。家に置いといて親父に見つかったらまずいしな」

そう言いながら、俺はリュックに入っていたあの黒い剣を取り出した。タオルをほどくと、真新しい剣身が顔を出した。久しぶりに剣を握り、指示を待っていると、黒森は思いがけないことを言ってきた。

「とりあえず、それでこの鉄塊を壊してみてくれない?」

「はああ⁉ いや、無理だろ、普通!」

そこまでの破壊力がこの剣にあるとは思えない。いや、でも黒森が造った剣だし、そういうこともありうるのか?

それでも、俺の力ごときでは無理があるだろう。諦め半分で、剣を大きく振りかぶり、足腰に力を入れて、叩き付けた。



――ガキンッ!

「ってぇぇぇぇっ!」



当たり前と言えば当たり前なのだが、傷ついたのは鉄塊ではなく、俺の身体のほうだった。

思い切り叩き付けたせいで、手がじんじんと痛む。一方の鉄塊は、痕が付いただけでほとんど欠けていない。

「なるほどなるほど。じゃ、もう一度やってみてよ。別に僕は、君が鉄塊に敗れ去るところをみたいわけじゃないんだから」

さすがに意味不明なことをやらされて、こんな風に言われると、こっちも腹が立ってくるわけで……。


「うるせぇっ!」


気づいた時には、俺は地面を蹴り、剣を大きく振りかぶった後、全ての怒りや感情を乗せて鉄塊を叩いていた。しばらくしてようやく我に返った俺は、目の前の出来事に驚いた。


「わ、割れてる……?」


さっきまでほぼ無傷だった鉄塊は、見事に真っ二つに切断されていた。

嘘だろ、さっきまではびくともしなかったのに。

黒森はやっぱり、といった風に腕を組み、鉄塊を路地裏の邪魔にならない位置に動かしながら言った。

気闘士(フィールバトラー)っていう能力は、能力者のモチベーション、つまりやる気や心情によって能力者の身体能力が変化する、というものなのよ。その人の気持ちによっては、常人では有りえないほどの力を引き出すこともできるの」

「ようするに、非力な後藤は僕のおかげで怒って、この鉄塊を壊せたってわけだね」

「いちいち一言多いな、お前」


確かにそう言われると、今までもそうだった気がする。

野球の試合でも、やる気が入っているときはうまくいくことが多かった。

もしかしたら、俺は本当に能力を持っているのか?

「ま、あとはどうして後藤が能力を持っているのかってことだけど……今のところは、何とも言えないね。とりあえず、僕か、えりさが常に後藤を見張ってれば、特に問題はないんじゃない?」

「後藤君の生活の邪魔はしちゃだめよ。今までだって、気づかれないよう頑張ってたんだから……」

気づかなかったが、ちゃんとつけられていたのか……。



路地裏からホールの前に戻ってくると、神楽アンのコンサートが終わったのか、ホールから大量の観客が出てくるところだった。

「さて、じゃあ神楽さんのところに行きましょうか。後藤君もここまで来ちゃったんだし、知れるところまで知りたいんでしょ? それに、みんなに提案したいこともあるから」

そう言うと、黒森はホールの裏口にまわり、俺を手招いた。


そこには意外な先客がいた。

「おっ、オマエらも来てたのか! ひっさしぶりだなー後藤! あ、クラウドもいるのか」

烏丸(からすま)!」

烏丸は俺たちより先に警備員と話していたのか、すんなりと中に入ることができた。

もちろんカラスが中に入れるわけないので、クラウドは外で待つことになった。

「えりさに何かしたら、頭をつついて、君たちの脳みそ食べるから。不味そうだけど」という不吉な言葉を残していたが。


「神楽アン 控室」と書かれた扉にノックして入ると、舞台上で見た可憐な少女が、黒いセーラー服を身にまとい、鏡の前の椅子に座っていた。


「あら、今日は随分と大勢なんですね。烏丸さんと黒森さんと……そちらの方は?」

「こちらは後藤日奈太君です。烏丸の馬鹿のせいで、クロウディアのことをいろいろ知ってしまったらしくて。それで今日は後藤君のことで、ちょっと話したいことがあるんです」


俺が話し出す前に黒森は今回の話の概要と俺の能力などについて、説明しだした。それにしても、黒森も敬語を使うんだな、当たり前だが。けどなぜ、明らかに、自分より年下の神楽に使っているのかが、俺には疑問だった。


「なるほど、わかりました。ではまずは、後藤さんにあたしのことを説明したほうが良さそうですね」

神楽は席を立つと俺の前まで来て、にっこりとほほ笑んだ。


「あたしは神楽アン、十四歳です。この迷灯町で50年近くクロウディアをしているので、わからないことがあったら何でも聞いてください。黒森さんや烏丸さんとは、仕事仲間みたいな感じです。能力は『歌姫ディーバ』です。よろしくお願いしますね、後藤さん!」

人気歌手の満面スマイルに、さすがの俺も頬が緩む。人気の理由が少しずつ分かってきた気がした。それにしても、そんな身近な人物までクロウディアなのか。俺より結構年下なのに、いろいろ知ってるなんて、しかも50年近くも……ん?

「ご、50年っ⁉」

驚きすぎて、いきなり大声を出してしまった。しかし、目の前の少女が50歳こえてるなんて信じる方が難しい。

「後藤、オマエ忘れたのか? クロウディアは不老なんだよ。正しくは体の時間を止めてるだけらしいけどな。だから、歳を取ったりはしないし、成長もしない。もっと言うと、食べたり寝たりしなくても死なないらしい。精神的にきついがな。オレとえりさだって、20年くらいは、クロウディアやってるぞ」

「じゃ、ここにいる人は全員俺より年上なのか……」

「それでも、見た目はあたしの方が年下なので、気軽にため口でいいですから。黒森さんも、敬語なんて使わなくていいんですよ? 逆に不自然ですから」

黒森は「え、あ、はい……」と、曖昧に会話を濁して、うつむいた。神楽のことが苦手なのだろうか? この二人の間には、少し不穏な空気と、距離がある。

「あー、そうそう! 神楽ちゃんの能力、歌姫(ディーバ)っていうんだけどな、ちょっと変わってるんだぜ。なんと、歌った歌に不思議な効果を込められるんだ」

その空気を破ったのは烏丸だった。さすがはこの二人と付き合いが長いだけのことはある。それにしても、なんとも歌手らしい能力だな。それじゃあ、俺がコンサートの時に感じた違和感は、その効果によるものだったのか。烏丸がしゃべっている間に、いつもの調子を取り戻したのか、黒森は新ためて話し出した。

「それで、今日話したいことというのは、能力も使えることだし、後藤君を私たちの活動に参加させてはどうか、 ということなのだけれど……」

「なるほど、後藤を『レスト』退治に参加させるっつーわけだな。それなら、オレらの手間も省けるし、後藤を見張ることもできるわけだな」


「おい、ちょっと待て! 俺はまだ何にも聞いてないぞ! 第一、レストってなんだよ?」


黒森は「まだ説明してなかったわね」と、一度間を置くと、神妙な面持ちになった。

「レストっていうのは、私たちが毎晩討伐している化け物のこと。あなたも、一週間前に見たでしょう? あの異形のことよ。レストは、生きることを諦めた者のなれの果ての姿だと、クラウドが言っていたわ」

「レストは、毎晩午前0時が近づくと次々と出現し始めます。その時間帯に、外を出歩く人は少ないと思いますが、レストは放っておくと、周囲にある人や物を見境なしに破壊します。なので、そのレストの討伐があたしたち、クロウディアの役目の一つなんです」


「へぇ~。面白そうだ。クロウディアってすごい不気味な集団だと思ってたんだが、実はそういう町の平和を守る、みたいなこともしてるんだな」


俺がそういった瞬間、場の空気が凍った気がした。


俺が思っているほど、クロウディアが簡単なものじゃないことを、その時の俺は知らなかった。


「まー、後藤もこう言ってることだし、これからは後藤も一緒に戦うってことでいーよな。もともと、後藤に拒否権はなかっただろうが」

烏丸が明るく聞いてきたことで、場の空気が戻った。ちょっと面倒なことに巻き込まれたが、退屈しなさそうだ。それに、反論してひどい目には遭わされたくない。

「じゃあ、今夜午後11時に、迷灯公園前で。あと、後藤君は、終電逃さないように帰ること。それじゃあ、また後で」

黒森がそう言ったのを機に、俺たちは控室から出ていき、解散した。

黒森は外で待っていたクラウドに事情を話し、烏丸は気付いたらどこかへと行ってしまっていた。

黒森と別れた後は、しばらく迷灯町で時間をつぶすことにした。



 俺が公園に来た時には、もうすでにクラウドを含めた全員が集まっていた。

みんな準備は出来ているようで、黒森は聖槍を、神楽はマイクを手に持っていた。


俺もリュックから黒剣を取り出し、邪魔なリュックをベンチに置いた。

「そういえば、烏丸の能力は戦いには使えなさそうだが、どうやって戦うんだ?」

それを聞いて、烏丸はニッと笑うと、直後どこからか取り出したナイフを両手の指の間に挟んでいた。

「ちゃ、ちゃんと持ってるんだな……。てか、どっから出したんだ……?」

「あー、制服とかだな。ダーツが得意だったんで、投てきもいけるかと思ってやったら、いい感じの武器になったんだよ」

投げるのか。制服ってことは、もしかして、俺と澤野が行った時も持ってたのか⁉

金属バットでぶっ叩くとか言ってたが、返り討ちにされるとこだったんだな……。危ない、危ない……。

「ちょっと、二人とも、そろそろ来るわよ……」

あたりを見ると、先週見た異形、レストが地面から徐々に現れ始めていた。

黒々とした色、泥のような質感。見ているだけで吐き気がする。俺は剣を両手に構え、闘争心を燃やした。

「さてと、じゃあ、みんな。頑張ってきてくれよ。ま、間違ってもこんなとこで死なないようにね、後藤」

「なんで俺名指しなんだよ……。というか、クラウドは戦わないのか⁉ 期待はしてなかったけど……カラスだしな」

「馬鹿にしないでくれる? こんな雑魚、僕が手を下す必要がないだけだよ」

相変わらず、こいつは偉そうだな。それが嘘なのか、本当なのかは置いといて……。

「大丈夫。後藤君は、絶対に私が守るわ。もともと私が言いだしたんだし。あなたは私が死なせない。絶対に」

そう言う黒森の言葉は、安心できるというよりは、どこか何か覚悟しているようだった。自分の身くらいは自分で守れないとな。みんなの足を引っ張るわけにはいかない。

「よっしゃ! じゃー行くか!」

烏丸の合図で俺たちはレストを倒しながら、迷灯町の各地に散って行った。



 レストの数があと少しになってきたところで、俺たちは再び公園に集まっていた。

他より一際大きなレストを倒すためだ。神楽は短く歌ってそれまで俺たちが受けた傷を癒した。


聴いてみるまでよく解らなかったが、神楽の歌は、攻撃、回復、それ以外にもいろいろと使えるらしい。夜の町で歌ったら近所迷惑なのだが、指定した相手にしか神楽の声は聴こえない。だから、大丈夫なそうだ。


「最後の一仕上げね。行きましょうか」

黒森はそう言って、聖槍を構え、それに合わせて烏丸と俺、神楽も、レストに正対する。

烏丸がナイフを投げて動きを止め、その隙に神楽が歌で雷を落とした。

俺と黒森は、そのまま走っていき、レストを切り裂く。ようやく全てのレストを倒したころには、俺はもうくたくただった。


「お疲れ様。やっぱり、一人増えたおかげで、いつにも増してスムーズだったね。残念なことに、後藤も生きてるみたいだし」

「なんで残念なんだよ……。だ、だいたいお前は…………もういいや……」

クラウドに文句を言う気力もすでになかった。こんなに動いたのは久しぶりだった。明日はたぶん、筋肉痛だな。

「そんなの勿論、えりさに付きまとう男が一人減るからだよ。ま、後藤もこんなんだし、今日はもう解散だね。明日も逃げずに来なよ。仮に逃げても、見つけるけどさ」

クラウドはそう言ってどこかへと飛んで行った。それを合図に、烏丸も「じゃあな」と、去って行った。神楽も「今日はありがとうございました。楽しかったですよ」とほほ笑んで、ゆっくりと歩いて行った。


一人残っていた黒森に、荷物を片付けながら聞いてみた。

「なあ、黒森はなんでクロウディアになったんだ?」



黒森は聞こえないふりをしているのか、それには答えなかった。

そのまま「また、明日ね」と、他の二人のように去って行ってしまった。




 まだ終電が来るのには時間があったので、ゆっくりと駅を目指していると、花壇の横のベンチにたたずむ一つの人影があった。

月明かりに輝く金色の長い髪は、若干ウェーブがかかっており、薄黄緑色のワンピースは、きれいに足を覆い隠していた。こちらに気づいたその人物は、ゆっくりと顔を向けた。

月明かりが当たった顔は、雪のように白く、青い瞳が片方だけ前髪で隠されている、少女の顔だった。

「こんばんは。こんな時間に町をお散歩かな? よかったら、一緒に行く?」

少女は座ったまま、優しい笑顔で手を差し伸べた。

言っていることは、ずれているのに、彼女の雰囲気がどこかミステリアスなせいで、こちらも微笑して自然に返してしまった。

「悪いな。そんなにゆっくりしてはいられないんだ」

少女は少しがっかりしたように微笑むと、両の手を胸の前で絡ませ首を傾けながら笑んだ。

「そっか。じゃあ、また今度会ったときに、いろいろお話したいな」

「ああ、そうだな。またその時に……」

果たせるかもわからない約束。それでも、少女にはまた会える気がした。通り過ぎたベンチを振り返ると、そこにすでに少女の姿はなかった。



5月31日(水) 迷灯高校 放課後


 授業が終わり、生徒が徐々に減っていく教室で、俺はリュックにいろいろな物を詰め込みながら、ぼんやりと外を見ていた。校庭では、いち早く部活へと繰り出した何人かの野球部員が、走り込みを始めていた。

「ちょっと、日奈太? 昨日は何で先帰っちゃったの⁉ ん、あれ、野球部?」

ドシドシと俺の隣に来た有川だったが、俺の目線の先を見て言葉を止めた。

何か言うのは俺に悪いと思ったんだろう。俺は今、野球部に参加していないからな。


別に、つい最近の出来事ではない。一年の時、先輩たちのやり方が気に食わなくて、ある先輩と殴り合いになったことがあった。もちろん、部のみんなに迷惑をかけたことを、今も後悔はしているが、その時以来、顔を出せていない。有川もそのことは知っている。

「今日はちょっと用事があるから、早く帰るぞ」

「え? ああ、うん……。じゃあね……」

俺があまり気にしていないことが意外だったのか、有川は不思議そうな顔をしていた。が、すぐにいつも通りになり、教室を出ていく俺にぶんぶんと手を振っていた。元気だな……あいつも。


さて、深夜までには時間がある。公園に集まる前にやりたいことのあった俺は、そのまま高校から一番近いお気に入りのコンビニへと歩いた。

あいつらとは、最近会ったばかりだし、ひどい目に巻き込まれたけど、どこか憎めなかった。当てもなく町で時間をつぶしていると、今夜を楽しみにしている自分が心のどこかにいた。



 「お疲れ様でした! 今日は何だか、とても早く終わりましたね。皆さんの傷も少なく済んでよかったです! やっぱり、後藤さんが加わってくれたおかげでしょうか?」

全てのレストが消滅した所で神楽が喜びの声をあげた。確かに、今日は昨日と比べても、数段早く片付いたな。俺が慣れたというのもあるだろうが、以前よりもレストの数が少なかった気がする。黒森と烏丸は思案顔だったが、烏丸の方は「まあ、いいか」と言うと、ナイフをしまった。

俺は事前に用意していた「例のモノ」をリュックから取り出していた。


「そういえば、俺いいもの持ってきたんだけど……」

そう俺が言った時だった。

醜い獣の呻き声が聞こえてきたのは。


「今の……レストの声じゃないの⁉」

「まさか! さっき町を一通り見回った時には、何もいなかったはずだ!」

だが、さっきまでは薄れていた邪気が、少しずつあたりを覆っていくのがわかる。レストの気配だ。

しかも、だんだんと気配が大きくなっているような気がする。

「今の声は、おそらくビル街の方からです! 急ぎましょう!」

さすが音楽関係のことをしているだけあって、神楽の耳は鋭いようだ。

迷灯町は、田舎ではないが、そこまで大きな町ではない。だがある一角にだけ、高層ビルの立ち並ぶ区画がある。神楽が言っているのはそこだろう。

それを聞き、全員もう一度武器を取り出すと、一斉にビル街へと駆けていった。俺も持っていたものを急いでリュックにしまうと、あとを追いかけた。


 遅れてそこに着いた俺が見たのは、その場所からどんどん現れるレストと、それを見て言葉を失う黒森、烏丸、神楽の三人と、知らない二つの人影だった。


「わああ……見て見て、(あさひ)! レストがこ~んなにいっぱいっ! こんな物作っちゃうなんて、やっぱりアカギ兄はすごいね~!」

ツインテールに結われた桃色の髪を激しく揺らしながら、その少女は、もう一人の茶髪の少年に語りかけた。旭と呼ばれた少年も、少し興奮気味に頷き返した。

「そりゃあ、赤城(あかぎ)兄さんは研究者だから! それに、ボクと(しずく)も頑張ったからね。あと、ちゃんと必要な虫どもも集まってきたみたいだよ」

少年はそう言って、こちらを見据えた。どちらも歳は俺と同じか、少し年下くらいなのに、とても子供っぽい話し方だ。

しかし、その割に言葉には毒があり、どこか纏わりついてくるものを感じる。


「お初にお目にかかります、クロウディアさんたち。ボクは旭。こっちの子は、雫です。

『ロンリネス』の一員として活動しています。

ボクらのリーダーの言う事に従って、いろいろな行動をしています。


で、今回のリーダーの命令が……」


旭は近くに落ちていた鉄パイプを拾うと、俺たちに向けた。それを見て、雫が足元に置かれていた容器のようなものを持ち上げた。


「『昔からこの町に居付いている邪魔なクロウディアを排除しろ』っていうやつなので~、この『増殖マシーン』くんで、レストを生み出して~、みなさんをボコボコにしま~すっ!」


次の瞬間、雫の持っていた容器の中から、どんどんとレストがあふれ出してきた。大量に増殖したレストは、すでに俺たちの周りを取り囲んでいた。

「なんなんだよ、これ⁉ ロンリネス? クロウディアを排除するって、どういうことだよ⁉ しかも、なんで、クロウディアのこと知ってんだよ⁉」

「し、知らないわよ。ていうか、後藤君、慌てすぎ。もう少し落ち着きなさい。よくわからない集団との遭遇なんて、こっちは日常茶飯事なのよ。今回はちょっと特殊だけど……」

黒森はそういうと、聖槍をレストたちに向けた。俺も辺りを見回し、剣を構えた。

「今はそれよりも、この状況をどうやって切り抜けるか考える方が大事だからな。さっさと片付けて帰ろうぜ。対人戦なら、オレも本気出せるしな」

「いつでも行けます! みなさんでやっつけましょう!」

烏丸と神楽も気合十分のようだ。俺も冷静になって目の前の敵に集中する。

とりあえず、雫が持っている増殖マシーンとやらをどうにかしないと。神楽が「疾風の唄」を歌い、俺たちの動きを速くする。そのリズムに乗せて、次々とレストを斬り裂く。すごい勢いで、レストの数が減っていく……。

「おおっと、そうはさせないよ!」

旭は近くにいたレストを鉄パイプで殴りつけ、それを容器に入れた。再び黒い塊があふれ出す。こ、これじゃ、きりがないぞ……。そう思っていた時、烏丸の声が聞こえた。

「後藤! 無理やりでいい、あの雫ってヤツのとこまで行け! オレが援護する!」

烏丸は俺の前方へ出て、華麗な身のこなしでレストたちを斬り刻んでいく。俺も烏丸の逃した敵を仕留めながら、ただ前へと走った。

神楽の歌がフィナーレへと差し掛かり、加速度をあげながら、俺は二人の下へと突っ込んだ。だが、雫の前には旭が立ちふさがった。

「邪魔だあっ!」

旭を鉄パイプごと剣で吹き飛ばす。ここで時間を食っていたら、またレストを増やされる。

神楽ももうだいぶ歌っているし、俺たちも体力の限界が近い。

ここで決めなければ、全員殺される。増殖マシーンを持った少女まで、あと数歩……。



「こっ、来ないでよぉ、きゃああああああああっ!



なんてねっ☆」


雫はてへっといった風に舌を出すと、そのままマシーンを放り投げた。その先には、剣で吹き飛ばされたはずの旭がスタンバイしていた。そんな、このままじゃまた!

それを、嘲笑うかのように、雫がどす黒い声で俺の耳元に囁いた。


「どうやら、キャンディーよりもずっと甘々だったみたいですね? 大切なお仲間たちがレストに殺されていく様を、ゆっくりと見ていって下さいよ」



「甘かったのは、オマエの方なんじゃねーか?」


その時だった。雫と旭の間に割って入る、一つの人影。


烏丸だった。


烏丸はそのまま空中でマシーンをキャッチすると、地面に叩き付けた。

ガラスの割れる音とともに、増殖マシーンは粉々に砕けた。

烏丸は、驚いている二人を見据えながら、ニッと笑った。


「オレは、人の思考が読めるんだよ。わかったか?」


黒森と神楽も残りのレストを蹴散らして、こちらに向かって来た。

「ちぇ、形勢逆転か……。こうなると、ボクらが圧倒的に不利ですね。ボクらは、君たちみたいな能力は使えないですから。んじゃ、逃げるとしますか」


旭は懐から瓶のようなものを取り出すと、その蓋を開けた。やがて、煙のようなものが辺りを包み、二人の姿は消えていた。

その瞬間、じわじわと脱力感に襲われる。

「はあ……疲れたな。でも、何とかなってよかったぜ」

「ああ、本当に。てか、烏丸! 援護するとか言っておきながら、結果的にお前が決めてるじゃないか!」

烏丸は、「そうだったか?」ととぼけて笑った。あの瞬間、烏丸がかっこよく見えたことは黙っておこう。

「とりあえず、今回は退けられたけど、彼らの目的は私たちの排除。またいつ来るかわからないわね。各自、注意しておかないといけなさそうね」


黒森は聖槍をしまうと、思案顔で近寄ってきた。確かに、今まで以上に戦いが厳しくなることは明白だろう。意を決したように、黒森はあることを提案した。


「ねえ、後藤君。あなたは昨日、私がなぜクロウディアになったのか聞いてきたわよね。

実は、まだあなたにクロウディアのことで、言ってないことがあるの」


黒森は一呼吸置くと、真剣な表情で俺を見た。


「クロウディアになる時、その人は一つだけ願いを叶えることができるの。

私は、大切な人の命を救ってほしいと願って、クロウディアになった。


この世界はあなたが思っているほど、簡単で単純なわけじゃない。私から言いだしておいてなんだけど、あなたがこの戦いから抜けたいなら、抜けるべきだと思う。これから、戦いはどんどん厳しくなる。あなたの命が脅かされる危険性だってたくさん出てくるの。


だから、あなたの意見を聞かせて」


俺の意見……か。烏丸も神楽も、クラウドも全員俺の返答を待っている。この先へ行けば、もう本当に引き返せないだろう。


自分が明日死ぬかもしれないということも、当たり前になるだろう。いうなれば、日常に戻る最後のチャンスだ。俺は、リュックの中をのぞいた。


「そうだな……」

その中には、全ての答えがあった。



「俺は、このまま戦うよ」



それが俺の答えだった。俺はそれぞれの目を真剣に見ながら、笑った。

みんな初め驚いて固まったままだったが、やがて安心したように肩の力を抜いた。

「ここまで聞いて、引き返そうなんて、俺は思えない。それに……お前らのことは、嫌いじゃないから」


「わかったわ。それが、あなたの答えなのね。なら、私は反対しない。これからよろしく、日奈太君」

黒森は、嬉しそうに笑った。その時、初めて黒森の笑顔を見た気がした。

「ああ、よろしく、みんな」


久しぶりに、俺も人の輪の中にいるのが温かいと思えた。そんな雰囲気の中、烏丸が何か思い出したように手を打った。

「そういえば、後藤さっき何か言おうとしてなかったか?」

「ああ、そうだった。ちょっと待ってくれ……」

俺はリュックを漁ると、ある物を取り出した。


「それって……プリン、ですか?」

「みんなで戦いが終わった後に食べようと思って、五個買ってきたんだが……甘いものは、大丈夫だったか?」

「さては、オマエ甘党だな……。ん? 五個だと一個多くないか? 後藤、えりさ、神楽ちゃん、オレだろ?」

「僕は数に入ってないってこと、烏丸?」

「か、カラスってプリン食べるのか? ……わーかったよ! そう怒るな、怒るな」

「プリンなんて、食べるの久しぶりだわ」

「俺のお気に入りのなんだ。ケンカせずに食べろよ」



深夜の迷灯町に、何時ぶりかの笑い声が響いていた。


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