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罪深き 隣の人は 何歌う人ぞ(後編)

「……じゃあ、ぼくらも帰ろうか」


「お待ち」


 立ち上がった村藤を呼び止め、ソファーをポンポンと叩いた。


「まだ全ての説明をしていないでしょう?」


「……」


 真は座ると、しばし黙った。


「……あの三人は学部はバラバラだ。いくら同じマンションで同じ被害にあっているとはいえ、三人が結託するにはきっかけが必要だったはず。特に田中さんは階も違うしね。……三人を結びつけたのは霧ヶ峰さん、君だね。君があの三人に事件を起こすよう、焚き付けたんじゃない?」


「そうよ。美紀が上の階からの騒音に悩まされていたのは、以前から相談されて知っていたの。で、それをどう解決するか私も私なりに考えていたのよ」


「ぼくが最初にあれっ、と思ったのは、霧ヶ峰さん、あの時君が松村さんにマンションを出入りした人はいないと言った時なんだ」


 やっぱりね、といたずらが見つかった子どものように、霧ヶ峰は顔をしかめた。


「あの時、エレベータはたしかに四階に止まっていた。ボタンを押したのは僕だからね、間違いないよ。ああいうマンションのエレベーターってしばらく使われていないと普通入り口のある一階に自動でいくものだから、直前に誰かがエレベーターを使って四階で降りたことは確実だと思った。ただあの時は、三階から四階みたいにマンション内で利用した可能性もあって、針ヶ峰さんと田中さんが一階から誰かが乗っていったことを黙っているとは断定できなかった」


「……確信を得たのは?」


「確信、というほど立派なものじゃないけど。……松村さんが振り付きでアイドルソングを歌うことがあったと知った時。田中さんは上の階の人を意識したことない、って言っていたことは嘘なんじゃないかと思うようになった。それでもし田中さんが嘘をついているとすると、松村さんの歌唱が今回の件の原因だろうなと。それなら階下の田中さんだけではなく、両隣の山中さんと真崎さんも関わっていて、それなら色々辻褄が合いそうだと考えて」


「そうね」


「きっと松村さんの歌を諫めるためにやった出来事が逆効果──毎晩毎晩聴かされるようになって、三人とも慌てたんだろうね。それで仕切り役である君に事態の収拾を頼んだんだ。だから君は探偵役をぼくに押し付けて、急いで事件を解決するよう発破をかけたんでしょう?」


「ええ。実行犯が単純にごめんなさいと謝って説明したって、さっきの様に松村さんが素直に受け止めてくれるかわからないでしょう?まあ山中さんの話し振りから、そんな人ではない感じはしてたけど……それでも念を入れて、完全な第三者を用意しておきたかったの。ただ村藤くんもまだまだ名探偵には遠いわね」


「あれ、何か間違ってた?」


「大筋では合ってたから三人はあえて指摘しなかったけど、『隣の女』の声は真崎さんのものではなく、美紀の声を少し変調させたものよ。最初は村藤くんの推理通り、真崎さんの声を使うつもりだったんだけど、声の感じの違和感が強すぎるからやめたの」


「ははあ。あ、じゃあ分からなかったことがいくつかあるんだけど訊いていいかな?」


「どうぞ」


「一つは分からないことというか、単純な興味から訊くんだけど、松村さんが言っていた、カーペットに叩きつけられた『何かの肉』ってなんだったの?それも舞台の小道具?」


「いいえ、本物の鶏もも、よ。ドリップがいい感じに映えて助かったわ。真崎さんがカーペットに叩きつけたお肉は、綺麗に洗ってしっかり焼いてソテーになって、真崎さんの晩ごはんのおかずになったのよ」


 ニヤリと、針ヶ峰は意地悪そうに笑った。その顔を見て村藤は、針ヶ峰さんが真崎さんに食べるよう強要したんだろうな、と直感した。真崎の性格を考えると、当初その肉は捨てるつもりだったはずでもおかしくない。それを「捨てるのはもったいない」とかなんとか四の五の理屈をつけて、彼に食べさせたのだろう。


「……バッグのことも訊いていいかな?おそらくだけど、道具類を三つに分けて詰め込むと一つ一つのバッグはあそこまでの重さにはならなかったと思うんだ」


「御明察。あれは美紀の食料──お米とかじゃがいもとか。それを袋に入れてバッグのかさ増しに使ったの。だって、バッグがあんまり軽いと村藤くんを呼ぶ理由にはちょっと弱いじゃない?」


 そこまでして自分をこの件に巻き込みたい理由とはなんだったんだろう、と村藤は思う。


「……もう一つ。もし松村さんが真崎さん演じる『隣の女』を見て気絶しなかったり、部屋全体を見回そうとしたらどうするつもりだったの?可能性は十分にあるよね」


「そこは抜かりなく。実は、松村さんの後ろには気配を殺して仮面をつけた私と美紀が潜んでいたのよ。そして不測の事態が生じた場合は──」


 こうよ、と針ヶ峰はチョップをする真似をした。


「……だいぶ抜かりある気がするなぁ」


「なによ。どのみちそっちの方が都合良かったのよ。何しろ松村さんを山中さんの部屋に戻してから、急いで部屋の荷物をまとめて下に降ろさなきゃいけなかったんだから。結構ギリギリだったのよ?もう少し村藤くんが遅かったら、真崎さんが自分の部屋に戻るのに使った四階のエレベーターも自動で一階に降りてきてたんじゃないかしら」


「そこだよ。ずっと、ぼくがわからずにいるのは」


「?」


「もし『歌うのを控えてくれ』と伝えられていたら、松村さんが歌うのをやめていたら、今日のような探偵役を使ったネタバラシは必要なかったはずだよね?それに、針ヶ峰さんが第三者のフリをして探偵役をやることもできたはずだ。なのにぼくを呼ぶことを始めから計画に組み込んでいる」


「そうね。もし村藤くんの言うように全てが上手くいっていたら、今日みたいに皆で集まって村藤くんの名推理を披露する必要はなかったでしょうね。でもどちらにせよ村藤くんはこの件の参加者になってもらうつもりだったわ。まあ本来は謎を解いてもいいし解かなくてもいい、もう少し自由な立場の予定だったのだけれど」


「どういうこと?」


「その説明する前に一つ、村藤くんの勘違いを解いておく必要があるわ」


「何?」


「村藤くん、『あんびりぃ』をただの飲みサークルだと思っているでしょう」


 藪から棒になんだろうと真は思う。だが確かに、彼は『あんびりぃ』をそういうサークルだと思っていた。というよりも、そう聞いていた。他ならぬそのサークルに席を置く先輩から。


「違うの?」


「村藤くん、あなたの先輩って妙なとこでかっこつけというか意地っ張りなのよ。『自分が誘えば無理やり勧誘したみたいになる』とか『男なら自分の道を行くべきだ』とかなんとか……まあ、飲みサーという触れ込みで新入生を集めようとするサークル側も問題あるし、諸々の説明前に新歓を途中で抜けた村藤くんも悪いと言えば悪いわ」


「?」


「『あんびりぃ』はね、Unbelievableアンビリーバブルな小話を各々が集めては発表するサークルなのよ。その発表の場がお酒の席なことが多いから、その部分だけを強調して先輩たちは新入生に飲みサーだなんて教えるわけ。人を集めるためにね。村藤くんの先輩なら、後からあなたに重要な部分を伝えることもできたでしょうに」


 もしかして、と、村藤は針ヶ峰を見つめた。


「先輩から、サークルでは未成年の間に酒のつまみ(・・・)を探すって言われていたけど、それって……」


「そ。お(つまみ)というわけ」


「なんで内緒にしてたんだろう……?」


「さあ?先輩の高校時代の秘密を村藤くんが握ってて、あなたがサークルに入るとそれをバラされると思ってるとか?」


「いやそんなものはないよ」


「冗談よ。あの先輩もあなたも、互いに嫌いあってるわけではないみたいだし。きっと、話を面白おかしく披露するってサークルの性質上、身内がそばにいるのが恥ずかしいって感覚じゃないかしら。英会話教室に普段の自分を知っている友人が来た、みたいな気まずい感じ」


「わかるような、わからないような……」


「新歓に来ていた他の人たち、そんな面白いんだか面白くないんだかわからない話を用意するのも聞かされるのも面倒くさそうだって、蜘蛛の子散らして逃げていっちゃったのよ」


 ぱあ、と針ヶ峰は両手を開き肩をすくめる。で、と一息ついて、針ヶ峰は続けた。


「私としては村藤くんにサークルに入ってほしいのよね。今ならなんと、私特製『怪奇!第三の隣人の女の謎』の小話を付けるわよ?……これが、村藤くんを参加者に……そして探偵役にした理由。当事者じゃないと出せない臨場感が発表する時のミソらしいのよ」


「なるほどね……」


 うーん、と悩むふりを村藤はしてみせた。


「それに村藤くん、あなた私に借りがあるでしょう」


「えっ?」


「食堂で村藤くんが読んでいた本、私も買ったのよ。文庫を新刊で」


「ああ、あの本ね。ぼくも一昨日一気に読んだよ。結構悪ふざけな内容だったね」


「そうよ、その本よ。村藤くんあの本を『ミステリー』だって言ってたでしょ?」


「えーっ?言ったかなあ?」


「言いました。何がミステリーよ、あれ。とんだ三文小説じゃない。途中までまあこういうミステリーもあるわよねって読み進めていたら、最後の方の展開、いくらなんでも雰囲気変わりすぎじゃない。本の中の殺人事件よりもあんな本を恥ずかしげもなく出版したという事実がミステリーだわ」


「何もそこまで言わなくても」


「いーえ。今回、村藤くんを巻き込もうと考えてから何か事件を起こす参考にでもならないかと買ったのよ、わざわざ。これはもう、村藤くんの私に対する借りよ。本代は千円もしないけど、お金の問題じゃないの」


 冗談混じりに、針ヶ峰は歯を剥いてみせた。綺麗な歯とその並びが村藤には眩しく映える。


「うーん……」


 返事を渋る村藤に更に言い募ろうと針ヶ峰が口を開いた瞬間、部屋の電話の音が鳴り響いた。


「……さあ、どうするの?村藤くん」


「わかったよ、『あんびりぃ』に入るよ」


 降参、という風に村藤は手をあげた。


「──違うわよ」


 笑いながら、針ヶ峰は立ち上がり電話に出る。


「はい──ああ10分前。ではあと30分延長をお願いします。……はい、はい。二人残ってます」


 受話器を置くと、針ヶ峰はトン、と先程とは違う、村藤の隣へと腰掛けた。


「せっかく来たんだもの、二、三曲歌っていきましょう?」


 いたずらっぽく笑うと、針ヶ峰はリモコンを手に取った。村藤は、針ヶ峰がどんな曲を歌うのか気になりつつも手元をまじまじと見つめているのは悪いかなと思い、ぼんやりとモニターや部屋の隅を眺めていた。


 やがてイントロが流れ出すと、針ヶ峰は立ちあがりマイクを一本、村藤の胸へと突き出した。


「さあ村藤くんも歌って。これは、デュオよ」


 この曲あまりよく知らないんだけどな、と村藤は思いつつも、ニコニコとしている針ヶ峰が差し出したマイクを受け取り、歌い出しを待った。


「今回、私が犯人側の役回りだったじゃない?」


「うん」


「犯人というのもそれはそれでスリルがあったわよ。いつ探偵が気づくのか、どう気づかせるのか──ってね。だから、今度は村藤くんを犯人にしてあげるわね。探偵は私で。きっと楽しいわ」


「……それ、ぼくを冤罪にかけるってこと!?」


 笑って村藤が返すと、針ヶ峰も声を出して笑った。モニターでは歌詞を示す文字列がBGMに合わせて色をつけ流れていたが、二人はそれに合わせて歌うこともなく、笑った。様々な音が混じり合い混沌としているカラオケボックスの外では、日の長くなった季節を祝すかのように陽光が新緑の街路樹を照らしている。五月の燕はさえずりながら薫風に乗りこむと、青空へ飛び込んでいった。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

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