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迷う村藤くんの調査(ごっこ)

 それから数日後のこと。


「村藤くん」


 講義を終え講堂から人混みに流れながら出た村藤を聞き覚えのある、針ヶ峰の声が呼び止めた。


「ちょっと」


 講堂の出入口から少し離れた場所で手招きをしてそう言うと、針ヶ峰は村藤の意思を聞きもせず先に歩いていく。


「どうしたの針ヶ峰さん」


 駆け足で追いついて村藤は彼女の横に並んだ。一緒に講義を受けていた友人らの冷やかしの視線を背後に感じ、少し気恥ずかしい気もする。


「どうしたの……って村藤くん、あなたね」


「?」


 ふう、とため息をつくと、針ヶ峰はビッと人指し指を真に向けた。


「あれから少しはあの女の謎について考えたのかしら?」


「なんだあ、その話のことだったの」


「なんだあって……村藤くん、他に何があるって言うの」


「いや、何もないけどさ」


「それで、村藤くんの考えは?」


 興奮気味に言葉を引き出そうとする針ヶ峰をどうどう、と村藤はなだめた。


「ごめん、何も考えてなかった」


「な・に・も!?」


「というか、夢だったんじゃないのって話だったじゃない」


「村藤くん──」


 目を瞑り腕を組み何か思案している針ヶ峰を見て、「あ、まずかったな」と、村藤は思う。


「じゃあ、もう一度松村さんや山中さんの話を聞くことにしましょうか」


「……じゃあ?」


「じゃあ、よ」


 バイバイ、と針ヶ峰は手を振り去っていく。


「私これから講義なの。また日にちを改めましょう」


 ぽつんと残された村藤は、先のことを思いため息をついていた。


***


 その翌々日、二人は構内で待ち合わせをし、再び田中の住まうマンションへと赴いた。まさかまた来ることになるとはなあ、とマンションの入り口に立って村藤は思う。二人揃ってエレベーターに乗り込むと、針ヶ峰は村藤が予期していなかったことを言いだした。


「村藤くんは四階ね。私は美紀の部屋で待ってるから」


「えっぼくだけで?」


 驚いて思わず聞き返す村藤に針ヶ峰はあっけらかんとして、


「当然でしょ?探偵は村藤くんなんだから」


 と、言い放つ。その言い方に、断ると後が怖そうな気配を感じた村藤は黙って頷くよりほかなかった。


 エレベーターが三階に着くと針ヶ峰は降りエレベーターに残る村藤を振り向くとニッコリと微笑んだ。


「さあ、いってらっしょい」


 ──が、彼女の目は笑ってない。音を立て閉まるエレベーターのドアの内側で、村藤はこれからどうしたものかとそっと頭を抱えた。


 居なかったらいいなと思いながら村藤は四〇三号のチャイムを鳴らした。しかし彼にとっては残念なことに、彼にとって残念なことに松村は部屋に居たのだった。松村は彼のことを覚えていて、「あの時の」と、部屋に招き入れてくれた。


「おじゃまします。──あれからどうですか」


「いやあ、あの時だけだね。俺怖がりだから一度きりで助かったよ。おばけや何かに取り憑かれてるとかじゃなくてさ。やっぱり悪酔いして変な夢を見ちゃったんだろうね」


 部屋の様子は以前と変わった印象はなかった。村藤が次の言葉に迷って部屋の様子を眺めていると、


「ほら、ポスターのこの子。カオリン。俺の推しなんだけどさ」


「その子のグループ、先月新曲出しましたね」


「そ!でさ、前から気分上げたい時は景気づけに時々やってたんだけど、あんな夢を見てからは毎晩寝る前はその新曲をかけて歌に合わせて歌ったたり踊ったりして寝るようにしてる。案外これが効いてるのかもなぁ」


 と言って、ニヤリと笑った。


「ほら、寝る前に楽しいことやっとくと薄気味悪い夢なんて見そうにないじゃん?アイドルソングなんて生命力全開!って感じだし」


「……そう……です、ね……実は、その夢のことについて訊きたくて今日は来たんです」


 やや引きながら村藤が切り出すと、松村は、うん?という顔をして村藤を見つめた。


「何を?」


「松村さんが気づいた時、具体的にどんな立ち位置だったか覚えてます?あ、夢の中でですけど。どうしても気になって」


「ああ、覚えてるよ。何しろ、本当にリアルな夢だったからね」


 そう言うと松村は居室のテーブルを背にする形で、台所の方を向いて横になった。


「この位置だったかな。それで女が台所に立ってて──」


 そうやって松村に再現をさせていると、部屋のチャイムが鳴り山中がやってきた。


「おじゃまします……と、村藤くん……来てたんだ」


「はぁ、どうもです」


 横たわっていた松村が顔を持ち上げ、


「どうしたん?」


 と、山中に尋ねる。


「いや、まっちゃんが『どうしたん?』だよ。何寝そべってるの……あ、一般の観光のレジュメがどこか行っちゃったみたいでさ。先週のやつ。悪いけどコピー取らせて」


「んだよ、しっかりしろよなあ」


「わり」


 身を起こしカラーボックスから資料の入ったケースを取り出すと、松村はそこを漁り始めた。


「二人は同じ学部なんですか?」


「ああ、言ってなかったっけ?俺ら経済学部だよ。二年」


「そうなんですね……もしかして、隣の真崎さんも同じ経済だったりします?」


「違うよ」


 と、松村が取り出した資料を受け取りながら山中が答えた。


「自分は工学部だって、この前三人で飲んだ時に言ってた」


「へぇ……」


「マサさんには悪い話、ぱっと見付き合い悪そうだななんて前に見かけた時なんか思っていたんだよね。だけどあれからなんか普通に仲良くなれたよな」


 へへ、と松村は少し嬉しそうに笑った。


「俺、地元出てここに来たばっかりの時は知り合いとか一人も居なくてちょっと寂しかったからさ、今は両隣がダチってなんかすげー嬉しいの」


「うわはっず!」


 山中は手に持った資料を音を立てて上下に振った。しかし小馬鹿にするような言葉とは裏腹に、その顔はどことなく嬉しそうな表情をしていた。それから一時、村藤は階下で待つ針ヶ峰のことをちょっと忘れて、二人から安くて美味い飯屋のことやラクな一般の講義の情報を教えてもらったりしていた。


 「──じゃあ、お邪魔しました」


「うん。村藤くん、俺のこと心配して来てくれたんだろう?本当にありがとうね」


「村藤くんも大変だね」


「いえ、そんな──」


 と三人で玄関先で話しているところに、下階より上がってきたエレベーターから真崎が出てきた。


「お、マサさんちょうどいいところに」


「こんにちは」


 村藤が挨拶をすると、真崎も彼のことを覚えていた様子で、


「……どうも、村藤くん」


 と会釈を返した。


「村藤くんね、あれから俺のこと気にかけてくれてたみたい。それで今日はわざわざウチまで来てくれて……いやあ、悪かったなあ」


「いえ、お節介というか、ただお邪魔しただけでしたね」


「いいよいいよ、気にしないで」


「酒飲めるようになったら、みんなで飲みにいこうね」


「……それもいいな」


 真崎は更に村藤を何か言いたげに彼をじっと見つめたが、自室の玄関を開け、


「それでは、自分はこれで」


 と、部屋へ戻っていった。


「あ、ぼくもそろそろ帰りますね」


「うん、本当にありがとうね。もう大丈夫だから」


「はい」


 二人に別れを告げエレベーターに乗ると、村藤は三階へ、三〇三号の田中の部屋へと向かった。部屋では村藤が来るのを大分待っていたようで、お茶とお菓子が開けられ食べ散らかされて、テーブルに晒されていた。


「おまたせ──」


「それで?」


 村藤がやって来るなり針ヶ峰が質問を飛ばす。


「何か推理の進展はしたのかしら?」


「ま、待ってよ」


「何をよ」


 針ヶ峰を置いておき村藤は田中に向き直ると、


「すいません、田中さんが在籍してる学部を訊いてもいいですか?」


 と、訊ねた。


「え?ええ、私は教育学部だけど」


「……美紀の学部がどうかしたの、村藤くん」


「ちょっとね……」


 村藤はあぐらをかいてその場に座ると、テーブルに手を伸ばし残されていたクッキーをつまんだ。


「ねえ」


「うーん……」


 どうしようか、とクッキーをかじりながら村藤はしばし悩んだが、結局その日は針ヶ峰に何も言わず田中の部屋を後にした。村藤にとって幸いなことに彼女も執拗な追求をせず、あっさりと彼は解放された。


 次の日、村藤は迷いに迷っていたが、お昼過ぎにとうとう針ヶ峰にメッセージを送信した。


「針ヶ峰さん、色々わかったよ。悪いけどあのマンションの四階の三人と田中さんを集めてくれるかい?」


 針ヶ峰からの返事は早く、「OK」と、短いテキストだけだったが、村藤にはそれで十分だった。


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