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異世界転生コレクター あなたの死因はなんですか?

作者: 猫柳野夢

「やった! 召喚に成功したぞ!」


始めに聞こえてきたのはそんなセリフだった。

続いて歓声がまばらに広がり始める。


やった。よかった。これで我が国は救われる。あれが勇者様。息子の仇を取ってくれ。

ありがたやありがたや。もう怯えなくていいんだ。憎き魔王のヤローをぶちのめしてくれ。


自分を囲む人々は思い思いの言葉を発している。


これはどういう状況なんだ―――。


自分を囲む見知らぬ人たち。

いや、人どころか場所にも見覚えはない。


状況把握の為、周囲を見回してみる。


どこを見ても、人。 人。 人。

男性も女性も老いも若いも、全てが自分を見ている。


違和感を覚えたのは、まず服装だった。


人々の着ている服は、なんというか古臭い。

ファッションに明るくない自分から見ても、そう思わざるを得ない。


それはまるで歴史の教科書。 あるいはどこかの有名な絵画に描かれている人。

そんな古めかしい服装に着る人々。


ここまで思考して、自分は一つの結論に至った。


これはいわゆる、『異世界転生』というやつではなかろうか。


・・・異世界転生とは、かくも唐突に始まるものなのか。


神様とか、天使だとかに。

今から転生するよ。 といったワンクッションがあるのではないのか。


わいわい。 がやがや。

人々の声は、内容を聞き取れない程に大きく。 だんだんと耳が痛くなってきた。


「まあまあ、君たち! ちょっと落ち着きたまえよ」


凛と通ったそんな一言で、人々が静寂を取り戻した。


「博士! 見ての通り、召喚に成功しました!」


「ああ、わかっているとも。 部屋の用意はできているね?」


「もちろんですとも!」


「じゃあ、私が彼を連れて行くから。 君は先にいっててくれないか?」


自分そっちのけで繰り広げられた会話は終わり、博士と呼ばれた方の女性が自分の前に立った。


「やあやあ、君が勇者クンだね」


女性。 いや、この場合は少女をいったほうが適当だろうか。

可憐な容姿に、少女には不釣り合いな大きな白衣を羽織っている。


少女は自分に語った。


曰く、ここは自分のいた世界とは別の世界であると。

曰く、この国は魔王の侵攻を受け、困窮していると。

曰く、勇者として、魔王と戦って欲しいと。


「とまあ、こんなとこで立ち話する内容ではない。 もっと詳しい話がしたいのだ。 ついてきてくれるね?」


こんなありがちな話は実在するのだな。


異世界転生そのものもそうだが。

魔王の侵攻がどうとか、あまりにテンプレート過ぎて逆に困惑する。


しかし、困惑しては何も始まらない。

本当に異世界転生しているのなら、今とれる選択肢は目の前の少女についていくことだけだろう。


「理解が早くて助かるよ。 部屋を用意してある、こっちだよ」


っ!!


突然、左手を掴んできた少女に引っ張られ、人々のまえを後にした。


少女に連れられ案内された部屋は、煌びやかな調度品が誂えられた豪奢な部屋。

ベッドが置かれていることから応接間というより個室なのだろう。


「準備ご苦労だったね、助手クン。 後はさがっていいよ」


かしこまりました。 と一礼し、助手と呼ばれた男性は部屋を出て行った。


「さあさあ、勇者クン。 ようやく落ち着いてお話ができるね。 君の疑問に何でも答えようじゃないか


少女の眼が嬉々として輝く。

あれは自分に、何かを期待している眼に思えた。


「それじゃあ、まずは君の名前を教えて欲しい」


「名前かい? 名乗るほどの者でもないのだがね。 呼び名が知りたいなら、『博士』とでも呼んでくれ」


さっそく疑問に答えて貰えなかった。

期待するような眼といい。 何か裏がありそうだ。


「ほらほら、そんな事よりも、聞くべきことがあるだろう」


何やら誘導されている気もしないではないが、疑問が多いのは事実だ。

質問を続行しよう。




「大まかなことはよくわかったよ。 ありがとう博士さん」


「そうかそうか、もう質問は終わりかい。 いやぁ、君は実に理解が早いね」


博士さんはうんうんと首を縦に振る。


「それじゃあ、本題に入ろうか」


声色が変わった。


博士さん、一体なにを考えているんだ?


「おやおや、臆することはないさ。 君はひとつ、私の質問に答えてくれればいい」


「質問……?」


「君の死因を教えてくれたまえ!」


「…………死因?」


「そうそう、死因だ! 君たち勇者として召喚された者は皆、元いた世界…チキュウだったか? で死亡した後に、この世界に呼ばれていることは調べがついているのだ。 私は君たち、勇者の死因が知りたい。 あぁあぁ、知りたいのだとも! この果てなき欲求に一つの答えを求めているんだ。 さあさあ、アンサープリーズ!」


…やたら早口で、半分なんと言っていたか聞き取れなかったな。


「失礼。 少々興奮してしまったよ」


「どうしてそんなに、その、死因を聞きたいのかな?」


「死因を聞くことにより、君たち異世界人の文化的背景、技術レベル。 あるいは君個人の思想や理念なんかの推察…。 とまあ、建前は色々とあるものだが、実際のところそんなことはどうでもいいのだよ!」


また早口になった。 最後の方しか聞き取れなかったな。


「実際のところは?」


「私個人の興味だよ! コレクションしているんだ! 君たち勇者の死因をね」


死因のコレクション…。


「私はこれを転生コレクションと呼んでいるよ」


「それは…。 悪趣味な」


「君の私への評価がどうなろうが、知ったことではないね」


博士さんはやれやれと首を横に振る。


「一応、どんな死因があるのか聞いても」


「聞きたな! 聞きたいんだな! 聞くんだぞ! 最後までな!」


どうやら、地雷を踏んだようだ。


まぁ、予想通りなのだが。

今のうちに身の振り方を考えよう。


「まずは、そうだな。 集めた中で一番普遍的な死因は『トラックに轢かれる』だな。 トラックというのはだな…。 うん? あぁあぁ、君に異世界の用語に説明はいらないか、話を続けよう。 子供や小動物を助けるためだったり、あるいはただの不注意だったり。 そこには様々なドラマがあるんだ。 そうそう、それこそ死因についてもいろいろあるのが面白い。 基本的には高速の重量物との接触時の衝撃による人体の欠損が主だった死因だが、中には低速で本来死ぬような状況にあらずともショック死した例も確認している」


博士さんは雄弁に語っている。これなら時間はかなり稼げそうだ。


「ついで多い死因と言えば『過労死』だな。 これには私も気をつけねばならんな。 転生をコレクションする者が過労死して異世界転生した、なんてことになったら笑い話にもならんだろう。 …おっと話が逸れたな。過労死した者の大半はブラック企業なるところに勤めているらしい。 そこで不当な長時間労働を強いられているというのだ。 人の上に立つものでありながら、人の風上にも置けんやつは異世界であっても存在するものなのだな。 まったく、嘆かわしい」


「事故、病死ときたら。 そうそう、お次の死因は『他殺』だ。 これにはおおきく分けてふたつのパターンが存在する。 ひとつは無差別殺人に巻き込まれたといったもの。 これは実に運が無いね、だからこその転生というセカンドチャンスが与えられたのかもしれない。 もうひとつは他者の恨みを買って殺されてしまったもの。 他殺といえば普通はこちらをイメージするだろうね。 しかし、他者の恨みを買うなど、一体どのような人生を送ればそうなってしまうのだ。 犯罪心理学に明るくない私には想像もつかないね」


「逆に転生の死因としてありそうなものだが、聞かないものもあるのだ。『戦死』なんかがそれに該当するね。 チキュウというのはこの世界と同じく、複数の国家や文化の集合体だろう? だというのに戦死する者がいないのだとすれば、チキュウは素晴らしく平和な世界なのだな。 あるいは戦死そのものに何か問題があるのかもしれない。 人が人を傷つけるということは、そこにどういった事情があるにせよ、タブー視されることかもしれないね」


「そうそう、やはりコレクターとして面白い死因に強く惹かれるものなのだ。 たとえば『1000回に及ぶ自慰行為の末に転生した少年』なんてのもいたな。 あまりに荒唐無稽な話で面白かろう? おっと、一応男性の君からしたら面白い話ではなかったかな? いやいや、失敬失敬」


「愉快な死因というのは他にもあってだね、私のお気に入りのひとつに『豆腐の角に頭をぶつけて死んだ少年』がいるのだ。 これはとある少年が夏休みの自由研究なる勉学の一環にて、豆腐は脆いからたとえどんな速度でぶつかったとしても死ぬことはない。 という事を証明したかったそうだ。 ちなみにその少年は今、魔王そっちのけで実験を続けているらしいよ。 豆腐であっても当たり所が悪ければ死に至ることもあるのは、すでに証明されていると思うがね」


「先ほどの件は好奇心で死んだわけだが、今度は不注意で死んだものだ、『タンスの角に足の小指をぶつけた痛みでショック死』。 いや、さすがに私もこれは冗談だろうとは思ったさ。 だが、どうも嘘ではないらしいのだ。 私も家具に足の小指をぶつけた経験くらいはあるが、いくらなんでもこれでショック死するというのは、いささか軟弱すぎると思うね」


「クレイジーな死因には限度というものがないらしい。 『なぜか飛んできたキツツキに激突して爆死』、最初に聞いた時は自分の耳を疑ったよ。 キツツキというのは小型の鳥類らしいな。 まあ、豆腐の角に頭をぶつけて死ぬこともあるのだ。 キツツキと激突して死ぬこともあるのだろう。 それでも、なぜか飛んできた、の部分は解せんがな」


「思い出したよ。 おかしな死因と言えばあれがあるじゃないか。 いやいや、死因としては他殺に含まれるのだが、『ねんがんのアイスソードをてにいれた』から殺されたというものだ。 アイスソードとは一体全体なんだというのだ。 そんなにも危険な代物なのか? 念願というからには入手にさぞかし苦労しなのだろうが、報われん男だったな」


「さあ、ここまで色々と語ってきたわけだが、異世界転生の死因の素晴らしさには十分理解していただけたことだろう。 勇者クン、今一度問おう。 君の死因はなんだろうか?」


まずいな。

遂に自分の番がきてしまったようだ。


「ほらほら、どうした? はやく君の死因を語ってくれたまえ。 無論、自らの死因を自らの口で語ることを躊躇う気持ちはわかる、わかるとも。 だが、しかしね、これは取引なのだよ。 君のこれからの最低限の生活の保障と、引き換えで君の死因を聞かせてほしい。 ただそれだけでいいのだよ」


前世の死因。

確かにそれを語るだけで身の保障が約束されるなら、安いものなのだろう。


「おやおや、どうした? 不安なのかな? もちろん君の死因を他人に言いふらしたりはしないさ。 記録には残すがね。 他人からは理解され難い趣味であることは、理解しているのだ。 だから、ねぇ? はやく言ってくれたまえ!」


・・・・・・。


「どうしたんだい? 本当に押し黙ってしまって・・・。 はっ! まさか君は・・・」


「『記憶喪失』なのかい!? あぁあぁ、何てことだ! こんな悲劇があっていいものか!」


・・・?


なにやらこちらの都合のいい解釈をしてくれたようだが。


「そうかぁ。 なら、ならば仕方がないね。 記憶に無いものは語れない。 そういうことなのだね、勇者クン」


「・・・ああ、そうだよ。 前世について考えてみたが何も思い出せない。 すごく期待されてしまって、言い出せなかったんだ」


なんか勝手に勘違いしてくれたおかげで、言い逃れることができそうだ。


「・・・うんうん。 わかった、わかったとも勇者クン。 私とて鬼ではない。 記憶喪失の少年を一人、世にほおり投げるのはあまりに忍びない」


「そもそも君はね? 勇者として、この世界に呼ばれたのだ。 初めに行ったがね? 君は勇者として戦う責務があるのだ」


「しかし君は、記憶も無く、力を振るう術を知らず、この世界においては孤独だ! そんな状態で戦えというのは、酷ではないか!」


「だからだ、だからだよ! 私が君の友となろうではないか! 私が友として君の旅路を支えようじゃないか! 心配することはない。 私はこれでも腕に自信はあるほうでね。 君にわかりやすく伝えるならば、魔法使いというやつだ。 ・・・っと、君は記憶がないんだったね」


「まぁまぁ、ともかく。 私が一緒に行動するのだ大船に乗った気でいてくれたまえ! これから、よろしく頼むぞ、勇者クン?」




こうして、自分は勇者として目の前の少女、『博士』と旅をすることになった。


「やあやあ、絶好の冒険日和ではないか! 斯くも晴れ渡るとは、勇者クン、なかなか持ってるタイプだね?」


『博士』がこちらを向き、朗らかに笑う。


落ち着かない。


「そうだ、言い忘れていたのだが。 旅の途中、もし君の記憶が戻るようなことがあれば。 その時は、死因。 聞かせておくれよ? 約束だよ?」


死因。


『博士』には絶対に知られてはならない。


自分の死因が、

『目の前の少女と同じ顔をしたやつに殺された』ことであるのは。




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