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3.メリンダと素敵な想像

(どうしよう……)



 布団を引っ被り、メリンダは一人、悶々としていた。


 あの後、どうやってステファンと別れたのか、どうやって寮まで帰ってきたのか、メリンダはまったく覚えていない。完全にパニック状態だった。



 妄想の中でしか起こり得ないことが起きてしまった。いや、本当は夢だったのかもしれない――――そう思いたくなるほどのことが立て続けに起こった。



 ずっと恋い焦がれていたステファンの視界に入った。彼に声をかけられた。

 彼はメリンダの名前を知ってくれていた。呼んでくれた。

 彼はメリンダを想っていると口にした。メリンダにも同じ気持ちを求めた。

 挙句の果てに、ステファンはメリンダに口づけたのだ。

 

 とてもじゃないが、メリンダには未だに信じられない。寧ろ、嘘だと言ってほしかった。

 胸がモヤモヤとしてしまい、スッキリとしない。心の整理が全くできなかった。



「メリンダ、大丈夫? さっきからうなされてるみたいだけど……」



 そのとき、反対側のベッドから躊躇いがちに声をかけられた。ルームメイトで同僚のサルビアだ。

 メリンダよりも身分の高い伯爵令嬢だが、気さくで優しく頼れる姉御肌である。



「サルビア……ごめんなさい、起こしちゃったのね」


「良いけど。どうしたの? 悩みがあるなら聞くわよ?」


「え? そ、れは……」



 ステファンのことを誰かに相談したい――――けれど、正直に話すことも躊躇われる。

 相手はなんと言ってもこの国の王太子で、下手をすれば首が飛びかねない相手だ。サルビアを巻き込むのは忍びない。


 第一、言ったところで信じては貰えないだろう。ステファンは公爵令嬢との婚約が決まったばかり。こんなタイミングで別の女性にうつつを抜かすだなんてありえない。メリンダ自身、未だに現実を受け止められないというのに。



「ねえ、もしも――――もしもよ? ステファン殿下にいきなりキスされたら、サルビアならどうする?」


「え? ステファン殿下に? ふふっ……それってとても素敵な想像ね」



 メリンダが尋ねた瞬間、サルビアは楽しそうに笑い声を上げた。あまりにも荒唐無稽な夢物語だと受け取ったのだろう。笑ってくれてよかったと、メリンダは心の底から安心する。



「そうねぇ。私がもしステファン殿下にキスをされたら――――浮かれちゃうでしょうねぇ。殿下に見初められた! って周りに自慢したくなるかも。

それから、殿下の気持ちを確かめて――――『僕の妃になってくれ!』なんて言われちゃったりして! 『僕はリズベットじゃなく、君が良いんだ』なんて言われたら最高よね」


「え? そ……そうかな」



 完全に夢見る乙女の表情になったサルビアは、次から次に妄想を膨らませていく。彼女はキラキラと瞳を輝かせ、メリンダの手をギュッと握った。



「それでそれで、もしも殿下にプロポーズされたら、今の婚約者との婚約を破棄しなきゃいけないでしょう? きっと揉めるでしょうねぇ……両親や彼がどんな反応をするか想像するとドキドキしちゃう。

それからステファン様側の婚約者問題もあるわよね。私とリズベット様と、どっちを取るのか。どっちも取るとして、どちらが側妃扱いなのか――――まあ、身分を考えたら十中八九私のほうだろうけど! そういうことをハッキリさせなくちゃならないし。

あとは妃教育が大変そうだなぁって心配をするかしら? ものすごく厳しいって噂だもの。

まあでも『困った、どうしよう』って言いながら、本当はとても楽しいし嬉しい――――そんな感じだと思うわ」



 破滅への道のりを朧気に思い描いていたメリンダとは異なり、サルビアの想像はとことん前向きだった。伯爵令嬢と男爵令嬢の違いもあるのだろうが、根本的な考え方が違うようだ。メリンダは感心しつつ、サルビアの方を見つめる。



「な……なるほど。よく分かったわ、ありがとう。

だけど、今の婚約者は捨てる前提なの?」


「そりゃあ王族と貴族を天秤にかけたら、基本は王族を取らなきゃって思うでしょう? 下手すりゃ一族まとめて憂き目に合わされる可能性だってあるし、本気で乞われて断れるような相手じゃないしね。

でもそれは、あくまで妄想だからそう思うだけで、そもそもそういう事態に陥らないようにするかな。これでも婚約者のことを大切に想っているからね。家族のことも困らせたくないし」



 サルビアの話は夢物語のようであり、とても現実的だった。彼女の話を聞きながら、メリンダは段々と地に足が付いたようにな心地がしてくる。



 これまでメリンダが思い描いてきたステファンとの関係は、ただ互いを想い、想われ、愛を囁き合うという程度だった。その先のことなど、ちっとも考えたことがなかったことにはじめて気づく。



(わたしとサルビアのおかれた状況は違う。そもそもわたしはしがない男爵令嬢で、ステファン殿下の手を取れるような立場にはない。サルビアみたいに殿下との未来を想像することだって全くできない)



 つまり今、『どうしよう』を考えたところで意味はなく『どうすることもできない』状態というのが正しい。



「ありがとう、サルビア。なんだか眠れる気がしてきた」


「あらそう? 良かった。お役に立てたなら光栄だわ」



 サルビアはニコリと笑うと、しっかりと布団を被り直す。メリンダはそんなサルビアの様子を見つめつつ、ゆっくりと深呼吸をし、それから静かに目を瞑った。



『メリンダ』



 頭の中でステファンの声が優しく響く。唇にしっとりとした温もりが押し当てられ、頬を愛しげに撫でられ、抱きしめられたときの驚きと幸福感がありありと蘇ってくる。



(――――ああ、なんて幸福な夢なの)



 ステファンはメリンダの願望を叶えてくれた。

 たった一度だけ。もう二度と同じことは起こらないだろう。


 だとしたら、今後どうしたら良いかを考えるのは不毛な努力だ。そんなことに気力を使うぐらいなら、この幸せな経験を覚えておくことに全力を注いだほうがよほど良い。



(それにしても、ステファン様はどうしてあんなことをなさったんだろう?)



 彼は『メリンダを想っている』と言っていた。その気持がどこまで本当なのか、メリンダには知る由もない。


 ただ、あのとき、あの瞬間のステファンは、メリンダだけのものだった―――――メリンダはそんなふうに思いたかった。


 彼に心から愛されていたのだと想像し、この記憶を甘いだけのもので終わらせたかった。



(――――わたしも、ステファン殿下のことが好きです)



 昼間、言えずに飲み込んだ言葉を心のなかで呟いて、メリンダはそっと涙を流す。


 もしも素直にそう言えたなら、一体どんな未来が待っていただろう――――いつもならば幸せな妄想のはずなのに、今夜はそうは思えない。

 自嘲気味に笑いつつ、メリンダはようやく眠りについた。



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