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4.侍女たちの最重要課題

 あっという間に4年が経ち、二人は共に12歳になった。


 これまでずっとメアリーのほうが身長が高かったというのに、気づけばジェラルドに追い抜かれてしまっている。

 武術を学んでいる影響だろうか? 丸っこかった頬がシュッと引き締まり、体の至るところに筋肉が付いていて、なんだかすっかり見違えてしまった。



(人って変われば変わるものねぇ)



 ジェラルドもメアリーも子供の頃のまま、変わることはないと思っていた。それなのに、彼等を取り巻く環境は刻一刻と変わっていく。



 貴族であるジェラルドは、社交界に出るための準備を本格的にはじめていた。アカデミーの受験も控えているし、嫡男として、いつか爵位を継ぐための経験も積んでいるのだという。



 かくいうメアリーも、ようやく雇用契約を結べる年齢になったことから、正式に侍女として雇われることになった。

 これまではお手伝いの延長だったが、これから先は大きな責任を伴うし、給金をもらえるようになる。メアリーは身の引き締まる思いがした。




「メアリー、ちょっと」



 けれど、二人の関係は存外変わらず。

 ジェラルドは相変わらず気安い口調でメアリーに声をかけてくる。



「どうしたの、ジェラルド?」


「これ。メアリーの分をくすねておいたんだ。仕事終わりにおふくろさんと食べてよ」



 彼はそう言って、クッキーやマドレーヌがたっぷり入った包みをメアリーに渡した。



「わぁ……良いの? 美味しそう。ありがとう! だけど、こんなに残してジェラルドはお腹空かなかった?」


「全然。最近、前よりは甘いものが苦手になってきたしお茶もお菓子も、毎日は要らないよ」



 8歳の頃とは違い、メアリーはジェラルドの部屋に一人で入ることはできない。お茶を淹れに行くことはあっても、他の侍女とペアを組む。どちらも年頃になったことがその理由だ。



「えぇ? わたしが行ってた頃は『お茶は毎日飲むもの』なんて言ってたじゃない? お菓子も美味しいって食べてたくせに」



 メアリーがクスクス笑う。



「……鈍いやつ」



 ジェラルドはほんのりと頬を染めつつ、ふいと顔を背けた。



***



 12歳ともなれば、女の子はとことんマセる。

 最近入ってきた年上の後輩侍女たちの話題といえば、もっぱら恋バナだった。



「恋をするならやっぱり相手は年上が一番。この間デートした彼は優しくてお金持ってるし、とても素敵だったわ」


「分かる〜〜。同い年の男性って子供っぽくて、恋愛対象に向かないわよね。お金も持っていないし」



 侍女というのは年をとってもできる仕事だが、殆どの女性がより良い男性と結婚をし、以降は働かずに悠々自適の生活を送ることを望んでいる。


 だからこそ、侍女たちは本気で恋愛をする。将来の結婚相手を必死で探す。

 それは彼女たちにとって最重要課題だった。



 しかし、侍女たちの会話に、恋愛初心者のメアリーは全くついていけない。そもそも男性を年齢や収入ではかるという価値観が合わないのだ。


 それでも、ある程度話に加わっておかなければ、仕事に支障が出ることもある。適当に相槌を打ちつつ、メアリーはほぅとため息を吐いた。



(そっか。同い年の男性って、恋愛相手に向かないんだ)



 そんなこと、これまで考えたこともなかった。そもそもメアリーが伯爵邸から出ることは殆ど無いし、屋敷以外の男性とは関わる機会が存在しない。ジェラルドや彼の弟以外の男性がどんな感じか、全く想像がつかなかった。



「ねえ、メアリーはこの屋敷にずっと住んでいるんでしょう?」


「ええ。母がジェラルド様の乳母だったから」


「そっか。それであんなに仲が良いのね。羨ましい〜〜」


「……そう? 羨ましいってどういうところが?」



 どうしてここで羨ましがられるのか、メアリーには理解ができない。首を横にかしげていると、後輩侍女たちはクスクスと笑い声を上げた。



「だって、このままいけば玉の輿じゃない! 伯爵夫人なんて、夢よね、夢!」


「玉の輿……? 伯爵夫人? 一体誰が?」


「またまた! 鈍いふりなんてしなくて良いわよ。ジェラルド様の態度を見てたら誰だって分かるもの。メアリーのことが大好き〜〜っていつも目で訴えてるものね」


「……へ⁉」



 それはあまりにも思いがけないことだった。メアリーは大きく目を見開き、両手をパッと頬に当てる。恥ずかしさのあまり全身が燃えるように熱くなり、彼女は首を横に振った。



「まさか! そんなこと、あるはずないでしょう?」


「えーー、どうして? 絶対に不可能ってわけじゃないでしょう?」


「不可能よ! 貴族と平民が結婚するなんて、世間が――――旦那様が認めっこないわ。わたし自身、そんなこと考えたことないし」


「あんなに好かれてるのに? ジェラルド様ったら気の毒〜〜」



 明るく軽快な口調ではあるが、なんとなく、みんながメアリーを快く思っているわけでないことが伝わってくる。


 権力者に好かれることは良いことばかりではない。周囲から要らぬやっかみを受けることだってあるのだ。



(そっか……これからはジェラルドともう少し距離を置かなきゃ、かな)



 不要なトラブルは避けるに限る。

 分かっていても、メアリーの胸が小さく軋んだ。


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