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1.納得できない!

 瞬きを数度、わたしは首を傾げようとする。

 けれど、頭を、顎をガシッと押さえられていて、顔が全く動かせなかった。



(なにこれ、どういうこと?)



 自分の置かれた状況と理解が全く追いつかない。感情に至っては虚無といっても過言ではない。


 今日、わたしの大好きな人――――ジェラルド様の婚約が決まった。


 けれど、わたしは今、そんなジェラルド様にキスをされている――――。



***



 メアリーは生まれたその日からスプレンデンス伯爵家に居た。母親が侍女として働いていたのがその理由だ。


 同時期に生まれた伯爵令息ジェラルドは、メアリーの母親が乳母を務めたため、メアリーと彼は姉弟も同然。二人はまるで双子のように育ってきた。


 何処へ行くにも、何をするのも二人一緒。

 稀に別々に行動していても、すぐにジェラルドがやってきて、メアリーの側にいようとする。


 幼い子供に上下、主従関係を理解させるのは難しい。また、周囲の大人も口やかましく注意しなかったことから、メアリーは自分も伯爵家の娘という感覚で生きてきた。



 転機が訪れたのは、彼女が8歳の頃、メアリーと同年代の子を持つ女性が伯爵家に雇われたときのことだった。



「ねえ、どうしてあなただけ、ジェラルド様と仲良くしてるの?」


「え? どうしてって……」



 メアリーはそんなこと、考えたことがなかった。問われてはじめて、彼女はその理由を考える。



「私のお母さんが言っていたわ。ジェラルド様は偉い人だから、話しかけちゃいけないんだって。なにか言われても、聞かれたことにだけ答えて、しっかりと頭を下げていなさいって。

それなのに、メアリーはいつもジェラルド様と一緒にいるでしょう? いつも友達みたいに普通にお話しているし、それっておかしいと思う」


「おかしい……」


 それは幼いメアリーにとって衝撃的な一言だった。自分が当たり前だと思っていたことが、実は当たり前じゃなかった。そんなこと、とてもじゃないが受け入れられない。


 彼女は急いで母親の元へ向かい、事の是非を問いただした。



「あぁ……うん、そうね。その子の言っていることのほうが正しいわ。ただ……なんて説明すれば良いのかしら?」



 母親は困ったように笑いつつ、メアリーの頭をそっと撫でる。答えづらい質問なのだろうか? 視線が不自然に泳いでいる。

 メアリーは頬を膨らませつつ、母親に向かって身を乗り出した。



「わたし、とっても嫌だった。あんなふうに言われるなんて……ジェラルドと遊んじゃいけないなんて知らなかったもん。

ねえ、どうやったらあんなこと言われなくなる? お母様や他の侍女たちみたいにジェラルドに接したら良いの?」


「――――ええ、そうね。そうすれば、注意されることはなくなると思うわ。

だけど、いきなり態度を変えることができる? 相手は姉弟みたいに育ってきたジェラルド様よ? それなのに……」


「できるわ! わたし、これからはお母様たちと同じ侍女になる!」




 その日から、メアリーの日常は一変した。

 彼女は子供らしく遊ぶことを止め、見様見真似で侍女たちの仕事を手伝いはじめる。


 掃除に洗濯、調理場の手伝いや給仕など、ありとあらゆる仕事をした。すぐに戦力になるわけではないが、やらないことには覚えない。メアリーは積極的に質問をし、貪欲に仕事をこなしていった。



 けれど、日常が一変したのはメアリーだけじゃない。彼女と多くの時間をともにしてきたジェラルドも一緒だった。



「メアリー、そんなことしてないでさ、俺の部屋においでよ。さっきチューターから算術を教わったんだ。いつもみたいに教えてやるから……」



 その瞬間、メアリーはゆっくり深々と頭を下げる。ジェラルドはショックのあまり、大きく瞳を見開いた。



「おまっ、何して……」


「坊ちゃまにおかれましてはご機嫌麗しゅう」


「はぁ? なんだよその呼び方。それに、その口調! まるで侍女みたいじゃないか。止めろよ、そういうの。似合わないし、それに……」


「だってわたし、侍女だもの! 侍女の娘だもの!」



 やはり、昨日の今日で自分を完全に変えることは難しい。いとも簡単にメッキが剥がれてしまった。

 メアリーは憤慨しつつ、ムッと唇を尖らせた。



「わたし言われたんだもん。これまでがおかしかっただけなんだって。

わたしは坊ちゃまの姉妹じゃないし、貴族の娘でもない。ただの使用人の娘なんだから、坊ちゃまと仲良くしちゃいけないんだってさ」



 言いながら、メアリーは段々悲しくなっていく。


 彼女とて、好き好んでジェラルドと他人行儀になりたいわけではない。


 けれど、これまでが間違っていたと知った以上、元通りには戻れない。きちんと線引きをしなければならないと頭では理解している。自分なりに納得もしている。


 それなのに、ジェラルドに真逆のことを言われると対応に困ってしまうのだ。



「なんだよそれ。俺が良いって言ってるのに、お前には関係ないってこと?」


「そうよ。坊ちゃまが良くても、他の人にとっては良くないんだもの。だから、わたしはもう、坊ちゃまとは遊べない。これからは侍女として、慎ましく真面目に生きていくことにします」


「……全っ然、納得できない」



 ジェラルドは瞳をキリリと釣り上げて、ふいっと勢いよく踵を返す。



「納得できなくても、そうしなくちゃいけないんだよ! じゃなきゃ、注意されちゃうんだもん! 分かった?」



 メアリーの返事を無視し、ジェラルドはずんずん離れていく。胸にわだかまりを抱えつつ、メアリーは小さくため息を吐いた。


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