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2.レヴィの願い

 それから数か月おきに、アリスは孤児院に遊びに来るようになった。

 レヴィはその度に笑顔で彼女を迎え入れ、できる限りのことをする。



「あのね、これ、私のお気に入りの絵本なの! レヴィに読んでほしいなぁって思って」



 けれど、アリスの常識とレヴィの常識はやはり異なっている。「僕は字が読めないんですよ」と教えれば、アリスはかなりのショックを受けたようだ。



「そっか……そうだったんだ。じゃあ、アリスが教えてあげるね!」



 八つも年の離れた少女に教えを乞うことを、レヴィは少しだけ恥ずかしいと思った。


 けれどそれと同時に、とても嬉しいと感じた。


 これまではどうでも良かったことが、どうでも良くないことへと変わっていく――――レヴィは自分が変わりつつ有ることをハッキリと自覚ができた。



 レヴィの変化と呼応するかのように、孤児院での生活は、日に日に改善を見せていた。


 身綺麗にするための水や布をたくさん確保してもらえるようになったし、古着が頻繁に寄せられるようになった。食事も以前より量が多くなり、年下の子どもたちが喜んでいる。



(まさか、アリスお嬢様が進言してくださったのだろうか?)



 そうは思うものの、彼女はまだ5歳。

 本来ならば、他人のことなどどうでも良い年齢だし、そんなことが可能だとはとても思えない。


 けれどレヴィには、アリスなら或いは、と思えた。


 アリスは優しくて、聡明で、他人の心の痛みのわかる少女だ。

 はじめて出会った日にレヴィから聞いた話を父親に伝え、こうして頻繁に孤児院を訪れることで、その改善状況を見極めようとしているのではないか、と。

 


(けれど、僕はお嬢様に救われてばかりで、何もお返しすることができない)



 何か贈り物をしようにも、孤児院にいては伯爵家にふさわしいものなど準備しようがないし、そもそもどうしたら喜んでくれるかも分からない。


 レヴィは段々ともどかしさを感じるようになっていた。




「レヴィは執事の役ね!」


「執事?」


「うん! 執事はね、アリスのことを可愛がってくれるんだよ」



 二人が出会ってから1年が経過したある日のこと、レヴィはアリスに求められるまま、ごっこ遊びをして遊んだ。


 このためだけに持参したのであろう、アリスの周りにはドレスやリボン、靴やバッグなどがたくさん用意されている。



「どれも大変お似合いですよ、お嬢様」



 少し気取った口調でそう言えば、アリスは瞳を輝かせて喜んだ。



「本当? レヴィはどれが一番可愛いと思う?」


「全てが。この世界のすべてのものがお嬢様のためだけに作られたかのように、僕には見えます」



 それは誇張でもなんでもない。

 レヴィはこの小さなお嬢様が、とてもとても大切だった。


 彼女を取り巻く世界はいつだってキラキラと輝いていてほしいし、優しいものであってほしい。

 アリスの望みならば何でも叶えてあげたいし、周りも同様であってほしい。



「嬉しい! ありがとう、レヴィ!

だけど、今日持ってきたものはレヴィと一緒に遊んだあとで、ここの女の子たちに使ってもらおうと思ってるの。喜んでくれると良いなぁ」



 アリスが微笑む。



(ああ、なんて……)



 この感情になんと名前をつければよいのだろう?

 胸いっぱいに温かい何かがこみ上げてくる。

 レヴィはそっと瞳を細めた。



 けれど、孤児院での生活は永遠に続くわけではない。


 この国では孤児は15歳になると施設を出て、自活をしなければならないと決まっている。

 アリスと出会った時点でレヴィは13歳。

 彼の独り立ちのときは刻一刻と近づいてきていた。



(だけど、ここを出てしまったら、お嬢様とはもう会えなくなってしまう)



 これまでは早く孤児院を出たいと思っていたはずなのに、今は真逆のことを考えている。


 アリスから教えてもらった文字や算術を取っ掛かりに、自力で勉強をはじめたレヴィは、なんとかして彼女に関わりのある職業に就こうと考えていた。


 伯爵家に出入りしている商家、食材を作っているであろう農家や漁師。内容はどんなものでも構わない。けれど、自身の仕事がアリスの幸せに繋がっていると思いたかった。


 たとえ二度と会うことは叶わずとも、自身の感謝を伝えられたら――――そんなふうに願っていた。


「ここを出たら、家で働いてみないかい?」


「……え?」



 それは思ってもみない申し出だった。レヴィは驚きのあまり目を見開き、口元を手で押さえてしまう。伯爵はそんな彼の様子を見つめながら、そっと目を細めた。



「娘が君のことを大層気に入っていてね。会えなくなると知ったら絶対に泣くだろうし、叱られてしまうに違いない。それに、君は相当優秀だと聞いている。我が家でも十分やっていけるんじゃないかと思ったんだ」


「そんな……僕はそんな大層なものではございません」



 レヴィが優秀に見えるとしたなら、それは全てアリスのおかげだ。彼女が遊びの中で教えてくれた数々の学びが、今のレヴィを形作っている。立ち居振る舞いも、言葉遣いや知識だって、彼女がいなければ身につかなかったものだ。



「けれど、もしも許されるなら――――僕は伯爵家で働きたいです。お嬢様のために働きたいです」



 間接的に関われたら、それだけで嬉しいと思っていた。

 ほんの少しでも良いから存在を感じていたいと願っていた。


 だというのに、アリスの成長を、幸せをこの目で見届けることができる――――レヴィにとってこんなにも幸せなことはない。



「もちろん。娘も絶対に喜ぶよ」



 伯爵はそう言って、人好きのしそうな優しい笑みを浮かべる。



「ありがとうございます! この御恩は一生忘れません! 誠心誠意、伯爵家に身を捧げ、尽くさせていただきます。お嬢様の幸せは、僕の命にかえても必ずお守りします」



 深々と頭を下げながら、喜びが勢いよくこみ上げてくる。涙がポロポロとこぼれ落ち、いつまでもいつまでも止まることがなかった。


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